遺言執行者にしかできないことと、遺言執行者にはできないことは何か?

遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために必要な手続きをする人です。
遺言執行者には、多くの権限が与えられていますが、遺言執行者ができること、できないことは何でしょうか。
この記事では、遺言執行者にしかできないこと、遺言執行者にはできないことを解説します。
目次
遺言執行者にしかできないこととは?
ここでは、遺言執行者にしかできないことについて解説します。
遺言執行者にしかできないこと
法定遺言事項のうち、遺言執行者でなければ執行できない遺言事項は、次の3つです。
認知
遺言による認知は、遺言執行者にしか執行できません。
認知とは、婚姻関係にない男女の間に生まれた子との親子関係を認めることです。認知は、生前でもできますが、遺言でもできます(遺言認知)。
遺言で子を認知する旨の記載があった場合、遺言執行者は就任から10日以内に認知の届け出をしなければいけません。この届け出は、遺言執行者でなければできないことなので、当該遺言書で遺言執行者が指定されていない場合は、相続人等による家庭裁判所への遺言執行者選任の手続きが必要です。
認知の届け出は、次のいずれかの市区町村役場で行います。
- 遺言者の本籍地
- 子の本籍地
- 遺言執行者の住所地
ただし、認知する子がまだ生まれていない場合(母親の胎内にいる場合)は、母親の本籍地にある市区町村役場でしか届け出ができません。
推定相続人の廃除・取り消し
推定相続廃除・廃除の取り消しの手続きは生前もできますが、遺言による相続廃除・廃除の取り消しは、遺言執行者でしか執行できません。
推定相続人の廃除とは、推定相続人に軽度の相続欠格により親族的協同関係破壊の可能性がある場合に、被相続人の意思に基づき、家庭裁判所の審判によって、遺留分を有する推定相続人の相続権をはく奪する制度です。
自分の財産を渡したくないと考えたときに利用できる制度ですが、単に気に入らないとか仲が悪かったという理由で自由に廃除できるわけではありません。廃除ができるのは被相続人のみで、制度を利用するには一定の条件が必要です。相続廃除が認められるためには、対象となる推定相続人において、次のいずれかに該当する行為をしたことが必要です。
- 被相続人に対して虐待をした
- 被相続人に重大な侮辱を与えた
- その他、著しい非行があった
例えば、相続人が被相続人に対して日常的に虐待をしていた、暴言を吐いていた、もしくは相続人が多額の借金をしていた、重大な犯罪をしていたことが挙げられます。
遺言執行の具体的な手続きは、遺言執行者が被相続人の住所を管轄する家庭裁判所に推定相続人廃除または廃除の取り消しの審判申立書を提出します。これが認められれば、廃除された者の本籍地または遺言執行者の住所地の市区町村役場に、審判書謄本を添付して、その旨を届け出ます。
一般財団法人設立のための財産の拠出
自身の死後、これまで築いてきた財産を世の中のために使ってほしいと考える人もいるでしょう。遺言による寄付のほか、一般財団法人を設立する方法があります。一般財団法人は、設立目的や事業の目的を定められるので、財産を希望する方法で使ってもらえます。
遺言書には、一般財団法人を設立する意思を表示して定款に記載すべき事項を定めておきます。設立には、最低300万円が必要なので財産から拠出できるようにしておきましょう。財団法人設立のために財産を拠出するには、遺言執行者による執行が必要です。
当該遺言書で遺言執行者を指定していなければ、相続開始後、相続人等による家庭裁判所に対する遺言執行者選任の申し立てが必要です。
遺言執行者は、遺言の効力が生じた後、遅滞なく、遺言書の内容に基づき定款を作成し、公証役場で認証を受けます。定款の公証人の認証後、遺言執行者は、遅滞なく定款に定めた拠出に関する金額の払い込み、または金銭以外の財産の全部を供給します。
設立時の理事、監事の選任が必要なので、遺言書に指定がなければ、定款の定めに従ってこれらの者を選任します。設立時の理事は、設立時の代表理事(法人を代表すべき者)を選任し、設立時代表理事が、法定の期限内に主たる事務所の所在地を管轄する法務局に設立の登記の申請を行います。
これらの手続きが終わると、事業をスタートできます。
相続人自らが執行できる遺言事項
遺言執行者がいなくても相続人自らが執行できる遺言事項があります。下記のような法定遺言事項は、遺言執行者による執行は不要です。
遺贈
遺贈とは、遺言で特定の人や法人に財産の全部または一部を引き継がせることです。受遺者(遺言によって財産を受け取る人)は、自ら財産を受け取るための手続きができます。
ただし、遺言執行者が指定されているときは、遺言執行者が相続人に代わって遺贈義務者となります。
信託の設定
遺言者は、遺言によって信託を設定できます。
遺言者(委託者)が、信頼できる個人または法人(受託者)に対し、自己の指定する財産(信託財産)を特定の目的(信託目的)に従って管理、給付、処分することを遺言書に記します。
遺言による信託を行う場合は、あらかじめ受託者になってもらう人と詳細に打ち合わせを行い、事前に了解を取り付受けておくのが一般的です。
遺言によって信託がされた場合、当該遺言に受託者となるべき者を指定する定めがあるときは、利害関係人(相続人、遺言執行者、受益者等)は、その指定された者に対し、相当期間を定めて、信託を引き受けるかどうかを確答すべき旨を催告できます。
当該遺言に受託者の指定に関する定めがないとき、または受託者となるべき者として指定された者が信託の引き受けをせず、もしくは死亡等により信託の引く受けができないときは、利害関係人の申立てにより、裁判所が受託者を選任できます。
なお、遺言による信託は、遺言者の死亡によりその効力が発生します。
祖先の祭祀主宰者の指定
系譜、祭具、墳墓等の祭祀用財産は、相続財産に含まれず、祭祀を主宰すべき者が承継します。遺言者は、遺言書で、祭祀主宰者(仏壇、仏具、お墓、家系図等の祭祀財産や遺骨の管理をする人)を指定できます。
遺言書で祭祀主宰者に指定された人は、祭祀主宰者になることを拒絶できません。ただし、祭祀義務を負うわけではありません。
遺言書に祭祀主宰者の指定の記載があった場合は、祭祀承継者を指定するという遺言事項それ自体には執行の余地はありませんが、祭祀用財産がある場合は、その指定に従って、祭祀主宰者に財産の移転を行います。
生命保険の受取人変更
遺言者は、遺言によって保険金受取人の指定と変更ができます。ただし、この場合、遺言の効力が生じた後、保険契約者の相続人が保険者(保険会社)に通知しなければ、これをもって保険者に対抗できません。
遺言で指定されたことにより生命保険の受取人になった人は、自らが保険会社に連絡をして変更の手続きができます。なお、他人を被保険者とする保険契約について、保険金受取人の指定・変更をするには、被保険者の同意が必要です。
遺言執行者は誰がなれるのか?
遺言執行者は、未成年や破産者以外なら誰でもなれます。遺言者は、遺言書で遺言執行者を指定できますし、相続開始後、相続人等の申立てにより、裁判所に遺言執行者を選任してもらう方法もあります。

遺言執行者を指定・選任する方法は?
遺言執行者を指定・選任するには、3つの方法があります。
遺言書で指定する
遺言者があらかじめ遺言書で指定するのがスムーズな方法です。ただし、遺言書による遺言執行者の指定には法的な拘束力はないので、遺言執行者に指定された人は、就任を拒否できます。遺言執行者に指定された人が遺言者よりも先に死亡することもあります。そのため、遺言書で遺言執行者を指定する場合は、あらかじめ承諾を得ておく、自分よりも高齢の人を指定しない、指定するなら二次的な遺言執行者を指定しておくとスムーズです。
遺言書で遺言執行者を選任する人を指定する
遺言書で遺言執行者を指定する人を指定する方法もあります。
遺言者の死亡後、指定された人は相続人の中から遺言執行者を指定してもいいですし、あらかじめ承諾を得た弁護士を指定するのもよいでしょう。
相続開始後、相続人が家庭裁判所に選任の申立てをする
遺言による遺言執行者の指定がない場合、相続開始後、相続人等が家庭裁判所に遺言執行者選任の申立てをする方法があります。
遺言書に認知、相続人廃除、一般財団法人設立のために財産を拠出する旨の記載がある場合は、遺言執行者による執行が不可欠なので、遺言書に指定がないときは家庭裁判所へ申し立てます。

遺言執行者ができないこととは?
さまざまな権限が与えられる遺言執行者ですが、できないことがあります。
その一つが相続税の申告です。相続税の申告・納付は相続人の固有の義務であるため、遺言執行者の権限に含まれていません。
遺言執行者に選ばれた後、できないことが分かったら辞退できるのか?
ここでは、遺言執行者に選ばれた後、できないことが分かったら辞退できるのかについて解説します。
就任前であれば辞退できる
遺言執行者は、遺言執行の実現に必要なさまざまな権限が与えられる責任の重い立場です。そのため遺言執行者は指定されたことで自動的に就任するのではなく、承諾して初めて遺言執行者になるのです。つまり、就任前であれば就任を辞退できます。
辞退する方法に決まりはありません。相続人に辞退したい旨が伝わればよいのですが、口頭で伝えると「言った、言わない」のトラブルになることがあるので、書面で通知するのがよいでしょう。遺言執行者への就任を承諾するか否かは自由なので、辞退することに対して特別な理由を付す必要はありません。
なお、相続人等は、遺言執行者に指定された人に対して、就任するかどうかを確答すべき旨を催告できます。提示した期限内に返事がなければ遺言執行者への就任を承諾したとみなされます。
就任後の辞任には正当な理由が必要
遺言執行者にいったん就任した後に辞任するには、家庭裁判所の許可を得なければいけません。民法では正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができると規定されていますので、就任後の辞任には正当な理由が必要です。
例えば、以下のような理由が挙げられます。
- 病気になった
- 仕事が多忙になった
- 海外など遠方に転勤になった
遺言執行者の辞任の許可申立書は、相続開始地(遺言者の最後の住所地)を管轄する家庭裁判所に提出します。申し立てには収入印紙と予納郵券が必要です。各家庭裁判所によって金額や内訳が異なるのであらかじめ確認をしましょう。
遺言執行者になった場合の注意点は?
ここでは、遺言執行者になった場合の注意点について解説します。
遺言の内容を相続人全員に対して、遅滞なく通知しなければならない
遺言執行者に就任し任務を開始したら、遅滞なく遺言の内容を相続人に通知しなければいけません。これは2019年7月の法改正で新たに明記されました。
相続財産の目録を作成し、相続人に交付することも重要な義務の一つです。目録については、相続人から請求があれば相続人立ち合いのもと作成をするか、もしくは公証人が目録を作成するように手配をしなければいけません。
遺言執行者としてできること、できないことを判別する
遺言執行者には、多くの権限が与えられますが、相続税の申告等できないこともあります。できることとできないことをきちんと理解し、相続人に対してもその旨を明らかにしていくことが重要です。
まとめ
遺言執行者に就任することは、とても責任が重いことです。引き受けたものの、どうすればよいか分からないこともあるでしょう。遺言書で復任権が制限されている場合を除き、遺言執行者は、自己の責任で第三者に任務を行わせられます。自分一人で手続きを進めるのが難しいと考えたときは、弁護士に相談をしましょう。
遺言書で推定相続人廃除・廃除の取り消しや認知の意思表示があり、遺言執行者を決めなければいけないと悩んでいる人も弁護士に相談することをおすすめします。的確なアドバイスができますし、場合によっては弁護士に遺言執行者を引き受けてもらえることもあるでしょう。
この記事を監修した弁護士

寺垣 俊介(第二東京弁護士会)
はじめまして、ネクスパート法律事務所の代表弁護士の寺垣俊介と申します。お客様から信頼していただく大前提として、弁護士が、適切な見通しや、ベストな戦略・方法をお示しすることが大切であると考えています。間違いのない見通しを持ち、間違いのないように進めていけば、かならず良い解決ができると信じています。お困りのことがございましたら、当事務所の弁護士に、見通しを戦略・方法を聞いてみてください。お役に立つことができましたら幸甚です。