海外在住の相続人がいる場合の相続手続きと遺産分割時の注意点

相続人の中に、国際結婚や海外留学・海外赴任のために日本国外に居住している方がいることも珍しくありません。海外在住の相続人が外国籍を取得して、日本国籍を喪失していることもあります。
日本では、市区町村役場に海外転出の届出をすると、住民票と実印登録が抹消されます。そのため、日本国内に住所を持たない海外居住者には、住民票や印鑑証明書が発行されません。日本国籍を喪失した場合には、戸籍謄本も取得できません。
海外に居住する相続人は、日本にいる相続人の方とは異なる書類を揃える必要があります。
この記事では、被相続人が日本国籍であることを前提に、海外在住の相続人がいる場合の相続手続きについて解説します。
目次
海外在住の相続人も遺産分割協議に参加しなければならない?
ここでは、海外在住の相続人がいる場合の遺産分割手続きの注意点を解説します。
海外居住者も遺産分割協議に参加する必要がある
被相続人が遺言を残さずに死亡した場合は、相続人全員で遺産分割協議を行わなければなりません。
遺産分割協議とは、相続人全員が遺産分割について協議をし、合意をすることです。相続人を1人でも欠いた遺産分割協議は無効となるため、海外在住の相続人がいる場合には、その相続人も遺産分割協議に参加する必要があります。
しかし、海外在住の相続人は、仕事の都合や渡航費の負担などの問題もあり、容易に日本に戻ることは難しいでしょう。海外居住者の相続人の帰国を待っていては、相続手続きが滞る可能性もあります。
そのため、海外在住の相続人がいる場合は、通常とは異なる方法で遺産分割協議を進める必要があります。

海外在住の相続人がいる場合の遺産分割協議の進め方や注意点
話し合いは電話やメール、Web会議システムを活用
遺産分割協議は、相続人全員が一堂に会して行うだけでなく、電話、メール、手紙などの持ち回りの方法で行っても構いません。
分割対象の遺産が少なかったり、誰がどの遺産を承継するかが概ね決まったりしていて話が複雑でない場合などには、持ち回りで協議すると良いでしょう。相続人の一人が遺産分割協議書の案を作成して閲覧に供する方法もあります。
ビデオ通話やWeb会議システムを利用して、顔を見て資料を共有しながら話し合いを進めるのもおすすめです。
書類のやり取りは国際郵便とPDFデータ送信を併用
海外在住の相続人がいる場合、基本的に国際郵便で書類をやり取りする必要があるため、時間と手間がかかります。
後述するサイン証明書や在留証明書等は、海外居住者から原本を国際郵便で送付してもらう必要がありますが、署名押印が必要な書類の持ち回りの方法を工夫するだけでも国際郵便を送る回数も減らせます。
遺産の内容や範囲を疎明する資料や署名押印を求める遺産分割協議書は、PDFデータ等に変換すればメール添付で送信できます。
遺産分割協議がまとまった時点で、海外在住の相続人遺産分割協議書をデータで送信して印刷してもらい、署名押印した協議書と必要書類の原本をまとめて国際郵便で日本に送ってもらえれば、国際郵便の利用回数を減らせます。
その後、日本国内にいる他の相続人が順次署名押印すれば良いので、手間や時間を削減できるでしょう。
遺産の受け渡しについての工夫も必要
遺産を換価分割して現金で分配する場合、海外在住の相続人が日本国内に銀行口座を持っていれば、日本国内の口座に送金すれば手間や費用をかけずに済むでしょう。
しかし、日本国内に口座がなければ海外送金の方法を取らざるを得ないため、手数料も高額となり、送金手続きの手間もかかります。
海外在住の相続人が日本国内に口座を持っていなければ、海外送金を避けるための工夫や遺産分割方法の検討も必要です。
例えば、以下のような方法をとれば海外送金にかかる手間や手数料を回避できます。
- 海外在住の相続人には現預金以外の遺産を取得してもらう(不動産の現物分割等)
- 海外在住の相続人の家族が日本国内に居れば、遺産を代理受領してもらう
海外在住の相続人が相続手続きで取得すべきサイン証明とは?
相続登記や金融機関での相続手続き、相続税申告の場面では、相続人全員が署名・実印を押印した遺産分割協議書と印鑑証明書の添付が求められます。不動産を相続する場合には、登記申請時に住民票の提出も必要です。

住民票や印鑑登録が抹消された日本国内に住所を持たない海外居住者は、どうすればよいのでしょうか?
ここでは、印鑑証明書、住民票、戸籍謄本に代わる証明書について解説します。
印鑑証明書に代わるサイン証明
海外在住の相続人は、印鑑証明書の代わりに、在住地の在外公館(日本国総領事館や日本国大使館等)が発行するサイン証明(署名証明)を利用できます。
遺産分割協議書への署名・押印の際には、以下の手順でサイン証明を取得しましょう。
- 在外公館に出向いて、担当官の前で遺産分割協議書に署名する
- 在外公館が発行する証明書(サイン証明)に、担当官に割り印をしてもらう
なお、サイン証明の方法には以下の2種類があります。
- 在外公館が発行する証明書と私文書を綴り合せて割印を行うもの
- 申請者の署名を単独で証明するもの
相続手続きでは、上記のとおり遺産分割協議書に証明書を綴り合わせたものが良く利用されますが、手続きの内容・提出先によって異なる場合がありますので、あらかじめ提出先に確認して必要な証明を取得することをおすすめします。
申請時に必要な書類は、以下のとおりです(遺産分割協議書に証明書を綴り合わせたサイン証明を希望する場合)。
- 日本国籍を有していること及び本人確認ができる書類(有効な日本国旅券等)
- 日本から送付された署名(又は拇印)すべき書類(遺産分割協議書等)
住民票に代わる証明書は?
海外在住の相続人は、住民票の代わりに在留証明書を取得することで、相続登記等の手続きを進められます。
在留証明書も、在住地の在外公館(日本国総領事館や日本国大使館等)で発行してもらえるので、サイン証明の取得時に併せて在留証明書を取得すると良いでしょう。
なお、在留証明書の交付を受けられるのは、以下の要件を満たす方に限られます。
- 日本国籍を有していること
- 現地に既に3か月以上滞在し、申請日現在も居住していること
- 原則として日本国内に住民登録がないこと
申請に必要な書類は、以下のとおりです。
- 日本国籍を有していること及び本人確認ができる書類(有効な日本国旅券等)
- 住所を確認できる文書(滞在許可証、運転免許証、納税証明書、公共料金の請求書等)
- 滞在開始時期(期間)を確認できるもの(賃貸契約書、公共料金の請求書等)
- 証明書上の本籍地欄に番地までの記載を希望する場合は戸籍謄(抄)本
在外公館によっては、申請にあたり事前予約が必要な場合や受付時間が限られている場合がありますので、事前に各公館の公式ホームページ等にて申請方法の確認をおすすめします。
参考:在外公館における証明|外務省 (mofa.go.jp)
外国籍に帰化した場合、戸籍謄本はどうすればいい?
海外に在住していても、日本国籍を有している限りは戸籍謄本を取得できます。
しかし、海外転出後、その国の国籍を取得した場合には日本国籍を喪失するため、戸籍は削除され除籍扱いとなるため、現在の戸籍謄本を取得できません。
そのため、日本国籍を喪失した相続人は、日本の戸籍謄本以外の方法で相続人であることを証明しなければなりません。
戸籍制度がある国に在住している場合
日本と同様の戸籍制度がある国では、その国の戸籍を取得し、日本語訳の翻訳文を添付することで、相続関係が証明できます。
戸籍制度がない国に在住している場合
戸籍制度がない国では、その国の出生証明書、婚姻証明書、死亡証明書等とその日本語訳で相続関係を証明します。
ただし、これらの証明書は日本の戸籍のように家族関係を網羅的・連続的に記載したものではないため、不足部分については宣誓供述書で補わなければならないケースがほとんどです。
宣誓供述書とは、現地の公証人の面前で、宣誓者本人が作成・署名捺印した文書(証書)の記載が真実であることを宣誓した上で、証書に署名もしくは押印、または証書の署名もしくは押印を自認したとき、公証人がその旨を記載して認証する書面です。
相続の場合、海外在住の相続人が被相続人の相続人であることを自ら宣誓し、公証人の認証を受けることで、戸籍謄本に代わる書類として使用できます(相続手続きでは日本語訳の翻訳文も必要)。
日本国籍を喪失している場合のサイン証明や在留証明書の取得
なお、サイン証明や在留証明書は、原則として日本国籍を有していなければ取得できませんが、以前日本国籍を有していた人については発行されることもあります。
在外公館でこれらの書類が取得できない場合は、宣誓供述書の作成時に併せて現地の公証人による証明を受けるとよいでしょう。
海外に行った相続人が所在不明…!どのように調査すればいい?
海外に転出した相続人の所在が分からない、長期に亘り音信普通で連絡を取る手立てがない場合には、どうすればよいのでしょうか?
ここでは、海外にいる相続人の所在調査の方法や調査を尽くしても行方が分からない場合の対処法を解説します。
外務省が実施する所在調査を利用する
外務省は、海外に在留している可能性が高く、長期にわたってその所在が確認されていない日本人の連絡先等を確認する行政サービスとして所在調査を実施しています。
所在調査は、原則として配偶者及び三親等内の親族(三親等内の血族及び姻族)からの依頼に限り利用できます(裁判所、弁護士会、官公署からの依頼も可)。
行方が分からない海外在住の相続人が、日本国籍を有し、かつ、現地の日本大使館や領事館に本人の住所や連絡先を届けていれば、その情報を外務省が知らせてくれます。
参考:所在調査(三親等内の親族からの依頼)|外務省 (mofa.go.jp)
このほか、以下のような方法で所在が判明するケースもあります。
- 現地の日本人会や県人会に問い合わせる
- SNSやインターネットで検索する
調査を尽くしても行方が分からない場合
不在者の財産管理人選任審判申立
相続人の中に調査を尽くしても行方が分からない方がいる場合、共同相続人は、家庭裁判所に対し、当該相続人を不在者として財産管理人の選任を求められます。
管轄裁判所は、本来、不在者の住所地の家庭裁判所ですが、住所地が分からない場合は、不在者の最後の住所地を管轄する裁判所に申立てます。
財産管理人が選任された場合は、その財産管理人が遺産分割協議に参加します。
失踪宣告審判申立
行方の分からない相続人が7年以上生死不明である場合は、失踪宣告審判申立を検討します。失踪宣告は、利害関係人が、行方不明者の最後の住所地または居所地を管轄する家庭裁判所に申立てます。
家庭裁判所が失踪宣告の審判を下すと、失踪者の実際の生死の有無にかかわらず、失踪者は法律上死亡したものとみなされます。
失踪宣告がなされた後の遺産分割協議の進め方は、失踪者が死亡したとみなさられる時期により、以下のとおり異なります。
相続開始前に失踪者が死亡したとみなされる場合 | 相続開始前に失踪者が死亡したとみなされる場合は、失踪者の代襲相続人(子や孫)を交えて遺産分割協議を行います。失踪者に代襲相続人(子や孫)がいない場合は、他の相続人全員で遺産分割協議を行います。 |
相続開始後に失踪者が死亡したとみなされる場合 | 相続開始後に失踪者が死亡したとみなされる場合は、当該失踪者の相続人を交えて遺産分割協議を行います。失踪者に相続人がいない場合は、家庭裁判所に相続財産管理人の選任を申立てて、当該相続財産管理人を交えて遺産分割協議を行います。 |
なお、不在者の生死が7年以上不明の場合でも、失踪宣告の申立てをせず、不在者の財産管理人の選任を申立てることも可能です。
海外在住の相続人も相続税申告が必要?海外資産も相続税の対象になる?
ここでは、海外居住者や海外資産に、日本の相続税が課税されるかどうかについて解説します。
取得財産のうち日本国内にある財産は相続税の課税対象
財産取得時、日本国外に住所を有する相続人は制限納税義務者となるため、原則として取得した財産のうち日本国内にある財産のみが相続税の課税対象になります。
相続で財産を取得していない場合でも、被相続人から生前に贈与を受けた財産について相続時精算課税の適用を受けている場合には、相続時精算課税の対象となった財産が相続税の課税対象になります。
よって、相続や遺贈によって取得した財産(遺産総額)の価額と相続時精算課税の適用を受ける財産の価額を合計から債務や葬儀費用、非課税財産を差し引いた額が基礎控除を上回る場合には相続税の申告が必要です。
なお、海外在住の相続人は相続申告時に、相続税・贈与税の納税管理人の届出手続を利用できます。
納税管理人の届出手続を行えば、本人の代わりに納税管理人を選任して、申告書の提出や相続税の納付を行ってもらえます。
手続きの詳細は下記国税庁WEBサイトをご参照ください。
参考:[手続名]相続税・贈与税の納税管理人の届出手続|国税庁 (nta.go.jp)
海外資産でも相続税の課税対象となる財産
例外的に、日本国外の財産も課税対象となることがあります。
その基準は以下のとおりです。
次のいずれかに該当する人が財産を取得した場合には、日本国外にある財産についても相続税の対象になります。
1 財産を取得したときに日本国籍を有している人で、被相続人の死亡した日前10年以内に日本国内に住所を有したことがある場合か、同期間内に住所を有したことがなく被相続人が一時居住被相続人又は非居住被相続人でない場合
2 財産を取得したときに日本国籍を有していない人で、被相続人が一時居住被相続人、非居住被相続人又は非居住外国人でない場合
推定相続人が海外にいる場合にできる生前対策
ここでは、推定相続人が海外に在住している場合にとれる生前対策について解説します。
遺言書を作成する
推定相続人が海外に在住し、将来、相続手続きが煩雑になることが予想される場合、相続人の負担を少しでも軽くするためにできる生前対策が遺言書の作成です。
遺言書があれば遺産分割協議は不要となり、遺産分割協議書の作成やそのためのサイン証明の取得も必要ありません。

遺言執行者を指定する
遺言書の作成に際して、その遺言の執行者を指定しておけば、遺言内容を実現するための必要な手続きを任せられます。
民法の欠格事由に該当しなければ、遺言者の親族(相続人)でも遺言執行者になれますが、海外在住の相続人がいる場合や相続財産が多岐にわたる場合、遺言執行者には相応の負担がかかります。
相続人の負担を軽減するためには、弁護士を遺言執行者に指定することをおすすめします。相続手続きに精通した弁護士であれば、知識や経験に基づきスムーズに手続きを進められます。

海外在住の相続人がいる場合の相続手続きを弁護士に依頼するメリット
ここでは、海外在住の相続人がいる場合の相続手続きを弁護士に依頼するメリットを解説します。
煩雑な手続きを任せられる
相続人の中に海外居住者がいるケースでは、通常の相続手続きに比べて手間や時間がかかります。書類に不備があると遺産分割協議のやり直しが必要になることもあるため、迅速かつ確実に手続きを進めるためには、弁護士に依頼するのがおすすめです。
弁護士であれば、法的に不備のない遺産分割協議書を作成できるので、相続手続きが滞る心配もありません。
日本国内にいる相続人あるいは海外在住の相続人の代理人として、相続人間の遺産分割協議の交渉も代理できるので、やり取りにかかる相続人の負担を軽減できます。
海外在住の相続人の方が取得すべき必要書類も適切に案内できるので、個人で対応するよりも時間の短縮を見込めます。弁護士が代理人として手続きすれば、海外居住者の方も日本に戻らずに相続手続きを完結できるので、時間的・経済的な負担も軽減できるでしょう。
将来のトラブルを回避できる
海外在住の相続人の方は、日本国内にある遺産の内容や状況を正確に把握するのが困難です。
日本に住む共同相続人が、相続財産の調査を正確に行い、遺産の全容を海外在住の相続人に開示した上で、遺産の分け方について相続人全員の合意が得られれば、大きな問題になることはないでしょう。
しかし、遺産に漏れがあったり、後日、予想しなかった債務が発見されたりするケースもあります。海外在住の相続人と日本に住む相続人とのコミュニケーション不足で遺産の全容が正確に伝わらないこともあるでしょう。
このような問題が発生した場合、それを相続人が知っていたら、このような遺産分割協議は成立しなかったといえるときは、当該遺産分割協議が無効となる可能性があり、協議のやり直しが必要になることがあります。錯誤無効といえるほど瑕疵が重要でない場合でも、補完的に協議する必要が生じることがあるでしょう。
弁護士に依頼すれば、相続財産の有無や内容を正確に把握し、適切な評価額を算定できます。
遺産分割後に紛争が発生するリスクが少ない遺産分割方法を検討し、法的に不備のない遺産分割協議書を作成できるので、将来の紛争を回避できます。
音信不通の海外居住者がいる場合も対処してもらえる
海外に転出した相続人の所在が分からない場合、不在者の財産管理人選任審判申立や失踪宣告審判申立を検討しますが、これらの手続きは、単に当該相続人と連絡が取れないという事情だけでは認められません。
申立時には、調査を尽くしても所在が分からないことを証明する資料の提出が求められます。
相続人個人では、海外の行方不明者の所在を調査するにも限界があるでしょう。
弁護士に依頼すれば、海外の相続人の所在調査も任せられます。不在者の財産管理人選任や失踪宣告の申立てに必要な書類の作成も任せられるので、日本に住む他の相続人の負担を軽減できます。

まとめ
海外在住の相続人がいる場合は、通常の相続手続きよりも複雑さが増し、手間や時間がかかります。海外にいるからという理由で、他の相続人から不公平な遺産分割案を提案されることもあるかもしれません。
弁護士に依頼すれば、日本国内にいる相続人あるいは海外在住の相続人の代理人として、相続人間の遺産分割協議の交渉を代行してもらえるため、手間や負担を軽減できます。
相続手続きに精通した弁護士に依頼すれば、相続人全員が納得できる落としどころを探り、最善の形で交渉をまとめてもらえる可能性があります。
海外在住の相続人を含む相続手続きでお困りの際は、ぜひ一度ネクスパート法律事務所にご相談ください。
この記事を監修した弁護士

寺垣 俊介(第二東京弁護士会)
はじめまして、ネクスパート法律事務所の代表弁護士の寺垣俊介と申します。お客様から信頼していただく大前提として、弁護士が、適切な見通しや、ベストな戦略・方法をお示しすることが大切であると考えています。間違いのない見通しを持ち、間違いのないように進めていけば、かならず良い解決ができると信じています。お困りのことがございましたら、当事務所の弁護士に、見通しを戦略・方法を聞いてみてください。お役に立つことができましたら幸甚です。