遺産分割前に預金を引き出ししてもいい?相続法改正についても解説

被相続人が亡くなり、遺産分割協議前に被相続人の口座から預金の引き出しをしたい場合はどのようにすればよいでしょうか?
この記事では、2019年7月に改正になった相続法の変更点とともに、遺産分割協議前に被相続人の口座から預金の引き出しをするメリット、デメリットについて解説します。
目次
遺産分割前の預金引き出しが問題になるケースとは?
ここでは、被相続人が亡くなったあと、遺産分割前の預金引き出しが問題になるケースについて解説します。
特定の相続人が共同相続人に無断で預金を引き出して隠した場合
生前、被相続人の口座を日常的に管理していた特定の相続人が、相続開始後に、共同相続人に無断で預金を引き出して隠した場合、トラブルに発展することが少なくありません。
当該相続人が無断出金の事実を認めれば返還を求め、返還不能であれば、後に行われる遺産分割協議で、出金分が現に存在するものとみなして相続財産の計算上加算して、分割すれば解決します。
無断出金を認めない場合、他の相続人が金融機関から取引履歴を取り寄せるなど、お金の流れを確認できる証拠を得るべく調査をする必要があります。
特定の相続人が預金を勝手に引き出して使いこんだ場合
相続が開始すると、被相続人の財産は、いったん相続人全員の共有財産となります。預貯金も例外ではなく、相続開始後、遺産分割がなされるまでの間、共同相続人の準共有状態にあると解されています。
相続人の一人が勝手に預金を引き出して使い込んだ場合、相続人全員または預金を引き出した相続人以外の相続人全員の同意があれば、引き出された預金が遺産分割時に存在するものとして、遺産分割の対象にできます(民法906条の2第2項)。
ただし、次のような場合には、遺産分割の前提問題として、遺産確認請求訴訟、(不法行為に基づく)損害賠償請求訴訟または不当利得返還請求訴訟で、解決を図らなければならないことがあります。
- 誰による引き出しか分からない
- 特定の相続人が預金を引き出したことが明らかではない(証拠がない)
- 引き出された預金を遺産分割の対象に含めることについて、預金を引き出した相続人以外の相続人全員の同意が得られない
- 引き出された預金が、相続債務の弁済や遺産管理費用等に充てられた場合で、これらの清算について遺産分割の対象とすることに相続人全員の同意が得られない

2019年7月の相続法改正で、遺産分割協議前に預金の引き出しが可能に
ここでは、2019年7月の相続法改正で、遺産分割協議前に預金の引き出しが可能になったことについて解説します。
相続預金の払い戻し制度とは何か?
2019年7月の相続法改正で、遺産分割前に相続人が葬儀費用や生活費として使うため、被相続人の預貯金の一部を金融機関から払い戻しができるようになりました。これが相続預金の払い戻し制度です。
改正前との変更点は?
制度ができる前は、金融機関は、相続人全員の同意がなければ被相続人名義の預貯金の払い戻しに応じませんでした。
相続人全員がすぐに連絡が取れるところに住んでいるとは限りませんし、日頃から交流がない場合は同意を得るのが難しいことから、葬儀費用や当面の生活費を立て替えるなど、相続人の負担が少なからずありました。
今回の改正で、遺産分割前でも、一定の条件のもと、相続人が他の相続人の同意を得ることなく単独で預貯金を引き出すことができるようになりました。
遺産分割前に預金を引き出す方法は?
具体的に遺産分割前に預金を引き出す方法は、下記の2つです。
金融機関の窓口で払い戻しを受ける
金融機関で預金を払い戻しを受ける場合は、以下の書類が必要です。
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍除籍・原戸籍謄本等
- 相続人全員の戸籍謄本
- 払い戻しを受ける相続人の印鑑証明書
金融機関によって必要書類は異なるので、事前に確認しましょう。
払い戻しを受けられる金額は、相続開始時の預貯金債権の債権額(預金残高)の3分の1の金額に、払い戻しを求める人の法定相続分を乗じた金額が上限となります。
計算式にすると、以下のとおりです。
相続開始時の預貯金残高×1/3×払い戻しを求める人の法定相続分 |
ただし、一つの金融機関から払い戻しを受けられる金額は、150万円までです。これは法務省が決めたルールです。一つの金融機関に複数口座を持っていたとしても、その金融機関からはトータルして150万円までしか払い戻しを受けられません。
この制度はあくまで、被相続人の死後、葬儀費用や当面の生活費の支払に対応するために設けられた制度です。相続人の負担を補う範囲の金額であれば足りるとの判断から上記のような上限額が決められています。
家庭裁判所の審判による遺産分割前の預金の払い戻し制度
家事事件手続法の改正により、家庭裁判所の判断で、金融機関の預金の仮払いを認める制度(仮分割の仮処分)が導入されました。この制度は、遺産分割の調停や審判が申し立てられている場合に、各相続人が仮分割仮処分を申し立てて、その審判を得ることで、相続預金の全部または一部を仮に取得し、金融機関から単独で払戻しを受けられる制度です。
金融機関の窓口での仮払いと異なり、仮払いを受けられる金額に上限はありませんが、生活費の支弁等の事情により相続預金の仮払いの必要性が認められ、相続人全員の利害を害さないことが要件となります。
預金の仮払いの要件が緩和に
実は従来から仮分割の仮処分制度がありましたが、認められる条件が厳しく利用するのが難しい制度でした。
改正前は、急迫の危険を防止するため必要があるという要件を満たさなければなりませんでしたが、改正後は、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁などの事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認められときに緩和されました。
遺産分割前の預金引き出し制度を利用するメリット・デメリットと注意点
ここでは、遺産分割前の預金引き出し制度を利用するメリット・デメリットと注意点を解説します。
メリット
遺産分割前に預金引き出し制度を利用することによって、葬儀費用や相続人の当面の生活費に充てられます。遺産分割協議が終了するまで葬儀費用の支払いを保留にできないので、これまでは相続人が負担しなければなりませんでした。今回の制度でこうした事態を避けられます。
これまでは、被相続人の死後、預金を払い戻せないことで、生活に困窮する相続人がいましたが、こうした事態を避けられます。被相続人に借金があった場合も返済できるので、滞納による遅延損害金の心配がなくなります。
デメリット
遺産分割前の相続預金の払い戻し制度は、払い戻しを求める相続人が共同相続人の同意を得ず預金を払い戻せる便利な制度ですが、方法を間違えると他の共同相続人とトラブルになります。
引き出した預金を何に使ったのか、きちんと説明できるように領収書を保管し、メモとして残しておく必要があります。相続人同士でトラブルになると、後の遺産分割協議がスムーズに進まない可能性があります。
注意点
特定の預金を特定の相続人に相続させる旨の遺言がある場合、その預金は払い戻しの対象になりません。この場合、他の相続人が預金を引き出さないように、金融機関に連絡をする必要があります。
この制度は、葬儀費用や当面の生活費を補填する意味で利用できるものです。そのため常識的な範囲を超えて、極端に派手な葬儀をした場合、相続財産を処分したものと判断されます。後に被相続人に借金が見つかって相続放棄をしようとしてもできない可能性があります。
遺産分割前の預金引き出しについて弁護士に相談・依頼するメリットは?
ここでは、遺産分割前の預金引き出しについて、弁護士に相談・依頼するメリットについて解説します。
遺産相続前の預金の引き出しのメリット・デメリットや注意点を教えてもらえる
法改正により新たにつくられた預金払戻し制度ですが、メリットとデメリットの両面があります。弁護士に相談をすれば、預金払戻し制度を利用するときの注意点を教えてもらえます。
相続人同士がもめないように、的確なアドバイスをしてもらえる
預金払戻し制度を適正に利用しないと、相続人同士のトラブルに発展するおそれがあります。弁護士に相談することで、トラブルを避けるための的確なアドバイスが得られます。
まとめ
家族が亡くなると、悲しみに暮れるのはもちろんですが、お金の問題が追い打ちをかけます。遺産分割前の預金払戻し制度は、こうした問題を解決する手段の一つになりますが、制度の利用方法を間違えると、思わぬトラブルとなります。そのようなリスクを避けるためにも早めに弁護士に相談することをおすすめします。
この記事を監修した弁護士

寺垣 俊介(第二東京弁護士会)
はじめまして、ネクスパート法律事務所の代表弁護士の寺垣俊介と申します。お客様から信頼していただく大前提として、弁護士が、適切な見通しや、ベストな戦略・方法をお示しすることが大切であると考えています。間違いのない見通しを持ち、間違いのないように進めていけば、かならず良い解決ができると信じています。お困りのことがございましたら、当事務所の弁護士に、見通しを戦略・方法を聞いてみてください。お役に立つことができましたら幸甚です。