預金を使い込まれてしまった
遺産相続では、被相続人の生前や死後に預貯金を管理していた親族や第三者による預貯金の使い込みがよく問題にとなります。
不当な預貯金の使い込みが発覚し、使い込まれた分を取り戻すには、次の点を明らかにする必要があります。
- 預貯金の引き出しの事実
- いつ・誰が・何のために行ったのか
- 被相続人の意思によるものかどうか
このページでは、被相続人の預貯金が、一部の相続人や第三者に使い込まれてしまった場合の解決方法についてご説明いたします。
被相続人(亡くなった方)の預金を使い込まれてしまったらどうする?
不当な預貯金の使い込みは、預貯金が引き出された時期が被相続人の生前か死後かを分けて考える必要があります。
生前の預金の引き出し
被相続人の生前に使途不明な預貯金の引き出しがある場合は、被相続人の意思に基づく引き出しか否かが問題となります。
被相続人の意思による預貯金の引き出し
被相続人の意思により一部の相続人が預貯金を引き出し、それを受領した場合は、多くの場合、贈与と考えられます。
贈与の場合、遺産分割の際に、贈与を受けた相続人の特別受益の有無が争点となります。一部の相続人のみが被相続人から既に利益を受けている状態で、法定相続どおりの分配を行ってしまうと不公平な相続となるからです。
ただし、被相続人の財産形成に貢献してきた、被相続人の介護に努めてきたなど被相続人に対して何らかの貢献をしてきた相続人については、法定相続分にプラスして寄与分として上乗せされることがあります。
被相続人の意思によらない預貯金の引き出し
被相続人の意思によらない預貯金の引き出しについて、被相続人は預貯金を引き出した者に対して不法行為に基づく損害賠償請求権、債務不履行に基づく損害賠償請求権または不当利得返還請求権を有することになります。
被相続人が亡くなると、相続人にこれらの請求権が継承されるため、各相続人は被相続人の預貯金を引き出した者に対して法定相続分に従った金額の返還を求めることができます。
死後の預貯金の引き出し
被相続人が亡くなり、その旨を金融機関に伝えると、被相続人名義の預貯金口座は、原則的に各金融機関によって凍結されます。しかし、金融機関に被相続人の死亡が知られる前に、一部の相続人が現金を引き出すことがあります。
被相続人が亡くなった後、預貯金の引き出しがあった場合は、各相続人は自身の権利が侵害されたとして損害賠償請求権または不当利得返還請求権を有します。そのため、被相続人の預貯金を引き出した相続人に対して法定相続分に従った金額の返還を求めることができます。
預貯金の使い込みが認められやすいケース
預貯金の使い込みがあったと認定されやすいケースとして、次のような場合が挙げられます。
- 引き出し金額が高額
- 引き出し回数が頻繁
- 引き出し時期が被相続人の死亡の直前・直後
- 被相続人の意思に反した引き出しと立証できる場合
- 生前、被相続人の判断能力が低下していた場合
預貯金の使い込みが認められにくいケース
一方、預貯金の使い込みと認定されにくいケースとしては、次のような場合が挙げられます。
- 預金の引き出し金額が少額
- タンス貯金などの保管現金の使い込み
- 被相続人本人の預貯金の引き出し
- 被相続人から財産管理を任されていた者の預貯金の引き出しで被相続人の生活費の範囲内と認められる場合
- 被相続人の葬儀費用として引き出され、その金額が葬儀費用内と認められる場合
預貯金の使い込みを証明する方法
使い込まれた被相続人の預貯金を取り戻すには、預貯金の引き出しの事実やその使い込みを客観的に証明しなければなりません。
ここでは、具体的にどのように証明するかをご説明します。
引き出された預貯金の金額・日付がわかる資料を集める
引き出された預貯金の金額や日付を証明するには、次の方法で資料を集めます。
- 通帳のコピーなど相続財産の開示を請求する
- 取引履歴を金融機関に請求する
通帳のコピーなど相続財産の開示を請求する
まずは、被相続人と同居していた相続人、または、被相続人の財産管理を任せられていた相続人がいれば、その相続人に対して預貯金通帳など相続財産資料のすべての開示を求めましょう。
しかし、財産管理をしていた相続人が使い込みをしていた場合、素直に開示に従わないことが予想されます。一部の預貯金通帳しか開示してくれなかったり、一切開示してくれなかったりするないことがあります。
取引履歴を金融機関に請求する
仮に通帳のコピーなどが開示されても、次のような場合には金融機関に被相続人名義のすべての口座の取引履歴の開示を請求しましょう。
- 被相続人は年金受給者であったにも関わらず、通帳にその記載が見当たらない場合
- 長らく記帳されず、すべての入出金が確認できない場合
- その他、すべての預貯金口座が開示されているか疑わしい場合
戸籍などで口座名義人の相続人であることが証明できれば、ほとんどの金融機関は単独でも開示に応じてくれます。
どの金融機関に開示請求すればよいかわからない場合には、次のような方法があります。
- 被相続人が利用していたと考えられる生活圏内にある複数の金融機関に照会する
- 被相続人宛ての郵便物、パソコン、携帯電話のアプリの情報から照会する金融機関を絞り込む
誰が引き出していたのか特定できる資料を集める
引き出された金額や日付がわかったら、誰が引き出しを行ったのかを特定させなければなりません。
預貯金が誰によって引き出されたかを証明するには、次の資料を集める必要があります。
- 通帳やキャッシュカードの管理者が誰であったか
- 金融機関の振込依頼書などの伝票、委任状
通帳やキャッシュカードの管理者が誰であったか
被相続人の同居者や近所に住む親族などが、被相続人の認知症や、身体の不自由を理由に財産を管理していることがあります。その場合、通帳やキャッシュカードを管理していた人が預貯金を使い込んでいたと推認することが可能です。
金融機関の振込依頼書などの伝票、委任状
金融機関の窓口で預貯金が引き出された場合は、振込依頼書などの筆跡や、被相続人の代理として提出された委任状が証拠となります。取引履歴の開示と同様に金融機関で開示請求することが可能です。
ATMでの預貯金引き出しについては、窓口と異なり、預貯金を引き出した人を特定することは困難です。しかし、通帳には、引き出したATMの店舗番号が印字されていることがあります。店舗番号から引き出した人を推認できることもあります。
勝手に引き出していたことを証明できる資料を集める
預貯金の引き出しを行った人が明らかとなったら、その引き出しが被相続人の意思に基づくものであったか、被相続人のための引き出しであったかを検討する必要があります。
勝手に引き出していたことを証明するには、次の資料を集める必要があります。
- 被相続人の医療機関への入通院の記録(領収書、カルテ、診断書、看護記録など)
- 被相続人の介護記録、介護認定資料など
- 被相続人のメモ、日記
被相続人の医療記録や介護記録などから、預貯金の引き出しがあった時点で被相続人に正常な意思能力があったかを明らかにすることで、被相続人の意思に基づく引き出しであったか否かが証明できます。
被相続人のメモや日記があれば、預貯金の取引履歴と照らし合わせながらその関連性を立証できる可能性もあります。
使い込まれた預貯金を取り戻す方法
使い込まれた預貯金を取り戻すには、次の方法があります。
話し合い(交渉)による解決
遺産分割協議の際に、預貯金の使い込みをした人がその事実を認めた場合は、使い込まれた金額や法定相続分の金額などを考慮しながら金額を調整することで解決します。
しかし、実際に預貯金を使い込んだ人が、素直に認めることはなかなかありません。
交渉の場合でも、使い込みを証明する資料を準備する必要があります。
裁判で請求する
話し合いで解決できない場合は、訴訟手続きに移行します。
裁判所での手続では、預貯金の使い込みについてより厳密に証明しなければなりません。
裁判所に預貯金の使い込みが認められれば、判決を得た後に財産を差し押さえて強制的に支払いを求めることができます。
ただし、強制執行しても、使い込んだ人の手元に財産がなかったり、財産を隠されたりする場合は、回収できない可能性があります。事前に回収可能性が低いと考えられる場合は、財産の散逸を防ぐため、保全手続を行うこともあります。
使い込まれた預貯金を取り戻す際の注意点
使い込みの取り戻しを主張する権利には、時効があるので注意が必要です。
使い込みを取り戻すには、次の権利を主張することができます。
- 不当利得返還請求権(民法第703条)
- 不法行為に基づく損害賠償請求権(民法第709条)
これらの請求権には、時効があり、以下のとおりその時期が異なります。
不当利得返還請求権の時効
不当利得返還請求権の時効は、民法の改正されたことにより、使い込みの時期が2020年3月31日の前後どちらであったかで異なります。
- ・2020年3月31日以前
使い込みをしたときから10年 - ・2020年4月1日以降
請求者が使い込みを知ったときから5年、使い込みをしたときから10年 - ・不法行為に基づく損害賠償請求権の時効
不法行為に基づく損害賠償請求権の時効は、使い込みとその人物を知ったときから3年です。
例えば、10年以上前に預貯金の使い込みがあったことを最近知ったとします。
この場合、不当利得返還請求は認められませんが、不法行為に基づく損害賠償請求により、預貯金を取り戻せる可能性があります。
預貯金の使い込みに気付いたら弁護士にご相談ください
被相続人の預貯金が使い込まれた場合、使い込みをした人が、相続人同士の話し合いでその事実を認めることは多くありません。そのため話し合いが長期化することがあります。
また、預貯金の使い込みを示す資料を集めるには、手間や時間がかかります。
時効により請求できなくなってしまうこともあるため、預貯金の使い込みが疑われる場合は、早期に動きだす必要があります。
弁護士に相談することで、以下のようなメリットがあります。
- 証拠収集をスムーズに行うことができる
- 調停や訴訟などの裁判手続きにより法的な解決ができる
- 使い込みに関する問題を含めて遺産分割全体の解決ができる
- 時効が差し迫っている場合は、内容証明郵便による催告によって、時効完成を6カ月延長することができる
円滑に解決するためにも、なるべく早い時点で弁護士に相談してみてはいかがでしょうか。
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