事例から学ぶインドにおける紛争防止5 – インドにおける事業縮小と従業員リストラ

インドにおける紛争防止について、事例をご紹介します。
相談内容
弊社はインド国内で電子部品を取り扱う商社です。インドに進出して長年経過しましたが、思うように事業を拡大せず赤字が続いている状況にあります。このたび本社より指示を受け、一刻も早い黒字化を目指すべく事業を縮小によるコスト削減を実現するよう指示を受けました。その一環として、3分の1にあたる従業員をリストラしようと考えています。インドにおける解雇は難しいと聞いておりますが、大規模なリストラをするにあたっては、どのように対処することが紛争を未然に防ぐ上で重要になるでしょうか?
インドにおける人員削減
インド人は訴訟を提起することを厭わず、またインド労働法が労働者に有利な内容となっており、かつ、労働審判所も労働者を保護する方向で判断を下す傾向があるため、解雇の問題が紛争に発展すると使用者に対して大きな負担となることが通常です。そのためインドでリストラを実施するにとっては実施すべき措置に関して慎重に検討する必要があります。
インドにおける雇用関係の解消方法には主に①合意による雇用関係の解消、②普通解雇、③懲戒解雇の3つの手段が存在します。それぞれの手続きの特徴は、以下の通りです。
合意による雇用関係の解消
合意よる雇用関係の解消は、その実施に際して労働者の合意が必要である点に特徴があります。使用者による一方的な法律行為である②普通解雇や③懲戒解雇と異なり、合意が取得できない場合には実施することができない反面、従業員の合意さえ取得できれば紛争に発展する可能性が低く、仮に紛争に発展したとしても、労働者側が争うことのできる論点が合意の任意性に限定されることが通常であり、適当に手続きを履践すれば事後的に労働者が合意の任意性を覆すことが難しいことから、労働者にとって事後的に争うことが難しい手続類型となります。
労働者の合意取得というハードルさえ超えてしまえば、紛争化する可能性が低いため、リストラ事例においては第一に検討すべき選択肢となります。他方で、労働者からの合意取得を促すために通常支払う必要のある解雇補償金や法定退職金に上乗せした金額を、雇用関係の解消の補償として提示することが通常であり、金銭的な負担という意味では、②普通解雇や③懲戒解雇と比較して高額になることがあります。
なお、インドでは大規模なリストラを行う場合Voluntary Retirement Scheme(VRS)と呼ばれる早期退職パッケージを従業員に画一的に提示して、希望者に対して雇用契約の解消を行うということが一般的です。
普通解雇
普通解雇は、使用者側の理由に基づく、使用者による解雇通知によって実施される雇用関係解消の方法です。労働者の合意が不要と言う点で①手続きと大きく異なります。
普通解雇において必要な手続きは、ノンワーカーとワーカーと言う労働者カテゴリーによって大きく異なります。ノンワーカーに関しては、インド労働法が規定する労働者を保護するための解雇規制が適用されないため、雇用契約書に規定されている解雇予告通知の規定を遵守さえすれば雇用契約を解消することができます。これに対して、ワーカーと呼ばれるカテゴリーの労働者に関しては、(a)解雇予告通知、(b)解雇補償金の支払い、(c)適当な政府機関に対する通知の実施といったインド労働法が規定する解雇規制に従った手続きをする必要があります。また、労働法の規定する法定退職の支払いが、ワーカー、ノーワーカー共通で求められます。ワーカーとノンワーカーの区別は、その労働者が管理・経営的立場にあるか、監督的役割を果たし一定額以上の給与を受け取っているかという点から判断されますが、定量的な基準でないため専門家でもその判断は容易ではありません。また、労働法が要求する手続きの履践にはテクニカルな部分があり専門的な知識が必要である上に、労働者の同意なく実施できる普通解雇は紛争に発展する蓋然性が高いため、普通解雇を実施する場合には専門家の関与が不可欠といえます。
普通解雇は労働者の同意なく実施可能なため、紛争に発展する可能性という意味では、①合意による雇用関係の解消と比較すると高いですが、労働者の規律違反を理由に実施される③懲戒解雇と比較すると紛争発展可能性は低いといえます。またコストの観点では、①合意による雇用関係の解消の方法より低くなることが通常ですが、紛争に発展した場合には、この限りではありません。
懲戒解雇
懲戒解雇は労働者の規律違反を理由に実施される懲戒処分としての雇用関係の解消方法です。労働者による規律違反行為を理由に実施される懲戒処分の一種であるため、事後的に労働者から争われる可能性が高いと言えます。さらに、判例上懲戒解雇ついては、厳格な手続要件が定められており、また、裁判における立証責任も原則として使用者側に負担させられているため、裁判に発展した場合に、使用者が勝訴する事は容易ではないことが通常です。雇用関係解消手段の中では、最もハードルの高い方法となるため、懲戒解雇を実施するにあたっては、専門家を関与させることが強く推奨されます。
従業員リストラ検討手順
前述のとおり、インドにおける雇用関係の解消方法には、①合意による雇用関係の解消、②普通解雇、③懲戒解雇の3つの手段が挙げられますが、従業員リストラの場面では①合意による雇用関係の解消及び②普通解雇が選択肢となります。
従業員リストラの場面で一番避けなければならない状況が、多数の労働者が結託して集団訴訟のような形でリストラを争うケースです。集団訴訟のような形でリストラを争われると、コスト・時間の観点から多大な負担を強いられることになるためです。
紛争を避けるという観点から、通常は、まず①合意による雇用関係の解消によって従業員との雇用関係を解消していき、合意に応じなかった労働者については個別に②普通解雇の方法で解雇していくと言う手順でリストラを実施することが推奨されます。
合意による雇用関係の解消によってリストラを実施する場合、前述のとおりVRSと呼ばれる早期退職スキームを提示することで、雇用関係を解消することが一般的ですが、その際に重要なのが(a)リストラ実施の必要性とその伝え方及び(b)労働者に支払われる補償金の金額になります。
VRSによって雇用契約を解消するには、労働者からの合意取得が必要となりますが、そのためには退職に関して労働者を納得させるだけの理由を提示する不可欠です。この点がうまく使え伝えられないと、労働者による合意取得が難航するため、なぜ大規模なリストラが必要となるのかという理由とその伝え方については入念に検討する必要があります。
また、労働者に対して支払われる補償金の金額も非常に重要な検討ポイントとなります。普通解雇によって、雇用関係が終了する場合、労働者は解雇補償金及び法定退職金を受領することができます。これらの金額を下回るのであれば、「普通解雇の方法によってクビにされた方がマシ」と労働者が考えかねないため、普通解雇の際に支払われる解雇補償金及び法定退職金相当額以上の金額をVRSの際に支払われる補償金として設定することが通常です。なお、法定退職金は10名以上の事業所、かつ5年以上を勤続した従業員に対してのみ叱られる点は注意が必要です。
解雇補償金及び法定対食品は、以下の算定式で算出されます。
解雇補償金=給与月額×15/26×勤続年数
法定退職金=退職時の月額給与×15/26×勤続年数
上記のほかに、VRSの提示からどのくらいの期間で会社を退職することになるのか、有給休暇の買取をどうするかといった点が論点になり得ます。
VRSによって十分な労働者が退職しなかった場合、または辞めて欲しい従業員がVRSに応募しなかった場合、普通解雇が選択肢となります。前述の通り合意による雇用関係の解消と比較して紛争に発展する可能性が高く、またその手続き面において専門的知識が要求されるため、普通解雇を実施するにあたっては、労働法に精通したインド人弁護士を雇用することが強く推奨されます。
相談企業のケースでは、まずVRSによって、幅広く早期退職希望者を募りました。その際、相談企業が注意を払ったのが影響力の強い労働者のコントロールです。相談企業にはクセが強くかつ他の労働者に強い影響力を持つボス的なインド人労働者がいました。この影響力の強い労働者が早期退職スキームに反対し、周りの労働者にもこれに賛同しないよう働きかけた場合、本件ではリストラがスムーズにいかないことが懸念されました。そのため当該労働者に対して、会社に残ってほしいことを強く伝えるとともに、本件リストラが会社の存続のために不可欠であることを納得してもらうなど事前に根回しをすることで、本件リストラの実行について協力的な立場を貫かせることに成功しました。その甲斐もあり大きな反対運動などはなく、ある程度のVRS応募者を募ることができました。
なお、本件ではVRSだけでは目標人数に達しなかったため、相談企業が辞めて欲しいと考えている労働者に対して当初提示した補償金額を上乗せする形でVRSの二次募集が実施されました。その結果、相談企業が辞めて欲しいと考えていた労働者からVRSの応募を取り付け、無事目標人数を達成することができました。普通解雇という方法も選択肢として検討されましたが、辞めて欲しいと考えていた労働者の気質から考えるに、普通解雇の方法では紛争に発展する可能性が低くないと考えられたため、多少の追加コストがかかっても合意によって雇用関係を解消させた方が適切である判断されたためです。

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