事例から学ぶインドにおける紛争防止4 – 従業員の解雇と逮捕リスク

インドにおける紛争防止について、事例をご紹介します。
相談内容
弊社はインド国内で事業展開をする物流企業です。先日弊社のインド人である女性人事マネージャーが不正を働いていることが判明し、懲戒解雇を実施しました。ところが数日経ったある日、同女性人事マネージャーが警察と共にオフィスにやってきて、自分が日本人駐在員によりセクハラを受けていたこと、そのことに対して文句を言ったところ突然懲戒解雇にされたことなどを主張するとともに、同行した警察が解決金を支払わないのであれば、日本人駐在員をセクハラの嫌疑で逮捕するようなことをほのめかしてきました。一体どのように対応すればいいでしょうか?
インドにおける解雇の難しさ
インド人は訴訟を提起することに躊躇しないため、労働者の意味沿わない解雇は裁判に発展する蓋然性が高く、一度訴訟を提起されてしまうと、インド労働法が労働者の保護に厚く、かつ、労働審判所が労働者よりの判断をする傾向にあることも相まって、使用者の時間・コストの観点から大きな負担になることが通常です。解雇は特に紛争に発展しやすい場面であり、解雇は慎重に実施する必要があります。
インドで雇用契約を解消する方法としては、主に①合意による雇用関係の解消、②普通解雇、③懲戒解雇の3つの方法があります。一般論として、労働者の規律違反を指摘する③懲戒解雇が紛争に発展する可能性が1番高く、その次が②普通解雇が、1番紛争に発展する可能性が低く、安全な方法が①合意による雇用関係の解消となります。
自社の事案で①②③のうちいずれの方法が採用可能なのか検討することが必要となりますが、インドでは労働者の性質(ワーカー/ノンワーカー)、事業所の規模・種類などによって適用される労働法が変わるため、採用可能な雇用契約解消方法は慎重に見定めなければなりません。
本件では、対象従業員による不正があるということで、懲戒解雇が実施されていましたが、従業員に対する審尋の機会が十分に与えられたものではなく、労働者の理解に乏しい態様の処分となっていました。また違反行為を裏付ける証拠の収集も満足になされないまま実施されたものであり、紛争に発展した場合の使用者に不利な形で進行する可能性が高い事案でした。一般論として、懲戒解雇は、従業員の規律違反を理由とする懲戒処分であり、従業員側の反発を招く可能性が高く、審尋の機会の提供や証拠の収集など入念に実施する必要がある難易度の高い手続きとなります。紛争を防止すると言う観点からは、①合意による雇用関係の解消や②普通解雇も十分な選択肢になる事案であったため、雇用関係解消の方法が十分に検討なされなかったことが、問題を大きくしてしまった大きな要因となっておりました。
インドでは、解雇手続きが紛争に発展する可能性が高いこと、紛争に発展した場合の使用者側のコスト負担が不可避であることなどから、解雇を実施するにあたっては、どのような雇用解消手段が適当であるか、入念に検討することが重要となります。
解雇に伴う逮捕リスク
インド特有の解雇リスクの特徴として、日本人駐在員に対して逮捕の危険が発生する点が指摘できます。
インドでは、警察が賄賂や個人的な人間関係によって動くことが珍しく、しかも警察が逮捕できる裁量の範囲が広いため、不当に解雇されたと考えた従業員が警察に働きかけ、駐在員の逮捕リスクをちらつかせることによって、不利な解決金を得ようとするケースが多々あります。
脅しとして使われるのは、架空のセクハラや贈賄などが典型例ですが、特にセクハラの申し立ての事案については、最高裁の判例によって警察に迅速な調査の開始が義務付けられていることも相まって、荒唐無稽なセクハラの主張だからと無視してしまうと、日を空けずに警察が逮捕のために乗り込んでくるという危険がインドでは現実的なものとして存在しています。
日本人駐在員からすれば、全く耳に覚えがない話であり、荒唐無稽な主張に思えるでしょうが、具体的な逮捕リスクが発生する以上は慎重に対応しなければいけない問題といえます。
逮捕リスクが発生した場合の対処方法
本件のように逮捕をチラつかせる形で脅された場合、どのように対処したらいいのでしょうか。
このような場合、セクハラの事実の有無の確認よりも、逮捕されるリスクが現実に発生しているのか否か見極めることが重要になります。そのためには、警察の捜査状況などについてアクセス可能な刑事弁護士を起用することが必要になります。
それでは、どのように逮捕リスクが現実に発生しているのか確認すれば良いのでしょうか。特に重要となるのが(a)実際に被害届(Compliant)が提出されたか否か、(b)その被害届が、警察が内部的に作成する被疑事実に関する初期的な書面的記録である、First Information Report(FIR)として登録されたか否かという事実を確認する点になります。最高裁の判例上、セクハラの被害届に関しては、早急にFIRとして登録することが警察の義務とされています。さらに、セクハラ事案ではFIRが登録されることによって、警察が裁判所の令状なしに逮捕を行うことができるようになるため、FIRの登録によって駐在員が逮捕されるリスクが具体的なものとなります。被害届が受理された場合、遅かれ早かれFIRとして登録されることとなりますが、FIRの登録がなされない限り警察から逮捕される可能性はほとんどないため、自社のケースが被害届が受理された段階なのか、FIRが登録された段階なのか確認することが、具体的な逮捕リスクを確認する上で重要となります。
相談事例のケースでは、実際に被害届が受理されていない状況であることが確認され、駐在員の解雇リスクは発生していないことが確認されました。しかし、相手方の主張を突っぱねることによって、将来的に被害届が提出される可能性も否定できず、また、女性従業員が要求する解決金も許容可能な金額であったため、女性従業員の同意を得た上で、懲戒解雇を撤回し、改めて雇用契約解消に関する合意書を締結し、その合意書の定める義務として女性従業員の求める解決金を支払うことで問題を解決させました。
なお、本件は無事解決しましたが、実際にFIRが登録され日本人駐在員に逮捕リスクが発生すると言うケースも確認されています。警察による逮捕をちらつかせた脅しに対しては、毅然と対応する必要がありますが、そのリスクを軽視することはできず、日本人駐在員が置かれているリスクの程度を見極めながら慎重に対応する必要があります。

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