事業譲渡における従業員の待遇について|留意点を解説!

事業譲渡とは、会社の一部または全部の事業を第三者へ譲渡することです。
事業譲渡では、資産や負債だけではなく雇用関係も譲渡の対象となります。
対象となる従業員は、以下3つのうちいずれかの待遇を受けます。
- 譲受企業と新たに雇用関係を結び働く(転籍)
- 譲渡企業との雇用関係を維持して働く(残留)
- 転籍や残留をせずに退職する
従業員との雇用に関するトラブルが原因で、事業譲渡そのものが破談となることもあります。
そのようなトラブルを未然に防ぐため、譲渡企業の経営者らは次の3つのポイントを押さえて進めることが重要です。
- 従業員と協議を行う
- 従業員の心情を理解する
- 従業員からの理解を得る
ここでは、事業譲渡を成功させるため、事業譲渡における従業員への待遇についての留意点をご説明します。
事業譲渡における従業員の待遇①|転籍
事業譲渡により、従業員は譲受(買手)企業に引き継がれることが一般的です。
しかし、譲渡(売手)企業と従業員との雇用契約が当然に引き継がれるわけではありません。
従業員が譲受企業で働くためには、譲渡企業、譲受企業、及び各従業員の三者において、その合意が必要です。
ここでは、従業員が転籍する際の留意点についてご説明します。
譲受企業への転籍
従業員の転籍の方法は、次の2つです。
- 雇用契約の承継
- 再雇用
以下でその違いをご説明します。
雇用契約の承継
雇用契約の承継とは、譲渡企業と従業員とが締結していた契約内容のまま譲受企業と従業員とが新たに雇用契約を結び直す方法です。
つまり、譲渡企業との労働条件のまま譲受企業で働くということです。
再雇用
再雇用とは、該当の従業員を解雇・退職によって、一旦譲渡企業との雇用関係を終了させ、譲受企業と従業員とが新たに雇用契約を結ぶ方法です。
再雇用の場合、従業員は譲受企業の労働条件で働くことになります。
そのため、雇用契約の承継による転籍と比べて、勤務地や勤務時間の変更など労働条件が変わる可能性があり、従業員に不満が生じることがあります。
しかし一方で、譲受企業と従業員との間で合意があれば、給料や賞与を上げてもらうなどの調整も可能となります。
転籍承諾書の作成
従業員を譲受企業に引き継ぐには、個々の従業員から承諾を得る必要があります。
これは、民法第 625 条第1項の規定に基づいています。
民法第 625 条(使用者の権利の譲渡の制限等)
第1項 使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。
また、平成28年に厚生労働省から出された「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」において、譲渡企業が、従業員から承諾を得る際に留意すべき事項が次のとおり挙げられています(一部抜粋)。
- 個別の承諾を得ること
- 事業譲渡に関する全体の状況について十分に説明すること
- 勤務することとなる譲受企業の概要及び労働条件について十分に説明すること
- 真意による承諾を得られるよう時間的余裕をみた協議をすること
従業員の理解と協力を得ることができ、雇用契約の承継につき三者で合意に至った場合は、譲渡企業は転籍承諾書を作成し、従業員から取り付けましょう。
インターネット上には、単に「転籍辞令に異議なく同意いたします。」などといった文言だけが記載された承諾書から、詳細な勤務条件まで記載された承諾書など様々な書式が公開されています。
譲渡企業は、譲受企業での労働条件を把握し、事業譲渡や転籍の条件を踏まえた中身のある転籍承諾書を作成すべきです。
なぜなら具体的な内容を明示することで、従業員の不安を解消し、事業譲渡時の人材流出などのトラブルを未然に防ぐことに繋がるからです。
【転籍承諾書例】
虚偽の情報提供による承諾
企業側が、従業員に対して意図的に虚偽の情報を提供して、雇用契約の承継の承諾を得た場合は、当該従業員よって民法第 96 条第1項の規定に基づく意思表示の取消しができます。
民法第 96 条(詐欺又は強迫)
第1項 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる
譲渡企業は、従業員から転籍の承諾を得るため情報提供を行う際は、安易に不確定な好条件を提示したり、害悪を告知したりするなどして恐怖心を与えるなど、トラブルに発展するリスクを生じさせないよう留意しましょう。
譲受企業にとっての従業員
譲受企業は、既存の事業を引き継ぐことで、付随する設備や在庫、ノウハウ、取引先の関係などを活用し、新規事業にかかる費用や時間の削減を期待しています。
経験があり、ノウハウを身に着けている従業員の多くを引き継ぐことは、新人教育や人材補充の費用や時間の削減となります。
つまり、譲受企業にとって転籍する従業員の存在は重要ということです。
しかし、譲受企業は、契約によって引き継ぐ内容を選択できることを忘れてはなりません。
契約内容によっては、人員削減を前提とし、従業員を承継しない選択を取ることがあります。
この場合、事業譲渡の対象とされず譲受企業に引き継がれなかった従業員から、自己の雇用契約の帰属について紛争が起こる可能性がある点に留意が必要です。
近年の裁判例において、譲渡企業から譲受企業に雇用契約が承継されない場合でも、譲渡企業と譲受企業との実質的同一性や法人格否認の法理、公序良俗違反の法理などにより承継から排除された従業員の承継を肯定した例があります。
従業員の承継に際しては、各従業員それぞれと十分な協議を行い、理解を得ることがのちの紛争のリスクを防ぐことに繋がるでしょう。
事業譲渡における従業員の待遇②|残留
上記でご説明したとおり、従業員が譲受企業に転籍する場合は、従業員と十分に協議した上で、承諾を得る必要があります。
しかし、十分に協議したからと言ってすべての従業員が転籍に承諾するとは限りません。
承諾を得られなかった場合は、譲渡企業と従業員との間の雇用契約は継続されます。
ここでは、従業員が残留する際の留意点についてご説明します。
譲渡企業での残留
事業譲渡の対象事業に従事していた従業員が譲渡企業で残留して働く方法は、次の2つが考えられます。
- 配置転換
- 出向
以下で留意点を踏まえてご説明します。
配置転換
譲渡の対象事業に従事していた従業員は、譲渡企業内での配置換えをする必要があります。
ただし、仕事内容や雇用条件が変更されるため、従来の雇用内容や従業員の希望と異なることがあります。特に長期にわたって従事してきた従業員は、新しい配置先の待遇に不満を抱える可能性があります。
配置転換の場合も、従業員へ労働条件を提示し、十分な協議を行いましょう。
出向
出向とは、譲渡企業との雇用関係を維持したまま、譲受企業で業務に従事することです。
通常出向は、将来的に譲渡企業に戻ることを前提として行われますが、譲受企業で働くことに不安が強い従業員に対して、当初は出向で対応し、一定期間経過後に従業員の承諾を得て転籍させる方法もありえます。
譲渡企業が従業員に対して有効な出向命令を出すには、以下2つの点に留意する必要があります。
- 出向命令権があること
- 出向命令権が権利濫用に当たらないこと
これは、いずれも労働契約法第14条の規定に基づいています。
労働契約法第14条 (出向)
使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。
以下で詳細をご説明します。
・出向命令権があること
出向命令は、譲渡企業に「業務上の必要があれば出向を命じる」などの就業規則や労働協約などがあり、さらに出向時の労働条件などが規定されている場合に可能です。
就業規則などに定めがない場合は、転籍と同様に従業員の承諾を得る必要があります。
ただし、規定さえあれば良いというわけでもありません。
判例では、出向元企業と出向先企業との間に密接な関連があり、出向により従業員にとって労働条件などの点で不利益が生じない場合に、出向命令権を認めています。
・出向命令権が権利濫用に当たらないこと
権利濫用に当たるかは、以下の点などが考慮されます
- 業務上の必要性の有無
- 出向先の労働条件
- 人選の合理性
- 労働者の生活状況
判例では、業務上の必要性と比べて、従業員に極端に不利益が生じる場合に、権利濫用とされています。
従業員の同意を得られないからといって解雇はできない
従業員が転籍や出向などに同意しない場合でも、譲渡企業は、その拒否のみを理由に従業員を解雇することはできません。また、単に事業譲渡のみを理由とした解雇もできません。
これらは、労働契約法第16条の規定に基づいています。
労働契約法第 16 条(解雇の無効)
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
人員整理のために行う解雇を整理解雇と言います。
この整理解雇が、権利濫用に当たるか否か総合的に判断するための要素として次の4つが挙げられています。
- 人員削減の必要性
経営上の事情により人員整理をする必要があること
- 解雇回避の努力
配置転換や希望退職者の募集などの手段により解雇を回避するための努力を十分に行ったこと
- 人選の合理性
解雇対象者の人選が客観的かつ合理的であること
- 手続の妥当性
対象労働者や労働組合に対し解雇の必要性や時期など十分な説明と協議を行ったこと
近年の裁判例では、解雇回避の努力や人選の合理性について特に厳格に審理される傾向にあります。
整理解雇を行う場合は、不当な解雇を行い、従業員との間で紛争トラブルが起きないよう留意が必要です。
事業譲渡における従業員の待遇③|退職
転籍や配置転換などの条件と折り合いがつかず、退職を選択する従業員もいるでしょう。
従業員の自主的な退職に見えても、企業側が退職しかないように追い込みをかければ不当解雇を主張される可能性があります。
また、再雇用の方法で転籍する従業員についても、譲渡企業との関係で一旦退職となります。
ここでは、従業員が退職となる場合の留意点についてご説明します。
退職
退職には、次の2つの区分があります。
- 自己都合退職
- 会社都合退職
以下で詳細をご説明します。
自己都合退職
従業員自らが退職の意思表示をする方法です。
具体的には、依願退職、辞職、懲戒解雇などが挙げられます。
事業譲渡の際、譲渡企業が従業員に対して、極端に不利益が生じない転籍や配置換えなどの条件を提示し、雇用を維持する努力をしても従業員の同意を得られず、従業員が退職を希望した場合は自己都合退職に該当します。
会社都合退職
企業側の事情により退職することです。
具体的には、倒産や事業閉鎖に伴う退職、解雇などが挙げられます。
上記でご説明した整理解雇は、会社都合退職に該当します。
さらに「退職勧奨」、「希望退職」、「早期退職」も会社都合退職となります。
- 退職勧奨
企業側から従業員に対して退職するよう個別に働きかける雇用調整方法です。退職するかどうかは従業員の自由意思によります。
- 希望退職
退職金加算などの退職条件を提示して退職者を募集する雇用調整方法です。年齢など募集する条件を設定することが可能です。
- 早期退職
定年前の一定年齢に達した従業員に対して、有利な条件を提示して退職を働きかける雇用調整方法です。
従業員の自主的な退職であったとしても、退職以外に選択肢がなかったと認定されれば、実質的には解雇とみなされる可能性がある点に留意しなければなりません。
なぜなら、想定外に解雇とみなされると、譲渡企業は退職する従業員に対して解雇予告手当を支払わなければならず、不利益が生じるためです。
従業員を解雇するには、正当な理由があっても、30日以上前から解雇予告をしなければなりません。また、解雇予告を行わずに解雇となった従業員に対しては、解雇予告手当を支払わなければなりません。
これは、労働基準法第20条の規定に基づいています。
労働基準法第20条(解雇の予告)
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。
従業員が退職する際は、退職日や会社都合退職であるかなどを曖昧にするとのちにトラブルの原因となるため、明らかにすることが重要です。
退職金の支払い
譲渡企業の就業規則に退職金の支払いの規定がある場合は、退職者に退職金の支払いを行わなければなりません。
就業規則の内容にもよりますが、一般的に自己都合退職の方が会社都合退職と比較して退職金が少なくなります。
従業員にとっては、会社都合退職の方が退職金も多く、さらに失業給付金の最大支給額が大きく、すぐに受け取れるというメリットがあります。
このような点を踏まえて従業員と協議することも必要です。
また、転籍する従業員についても、譲渡企業との関係で一旦退職となるため、退職金を支払う必要があります。
転籍する従業員への退職金の支払いについては、次の2つの方法があります。
- 事業譲渡の際に、譲渡企業が退職金を支払う。
- 譲渡企業の際に発生した退職金を譲受企業が引き継ぎ、譲受企業を退職時にまとめて支払う。
退職金の支払いについては、勤続年数の取扱いに留意する必要があります。
なぜなら、退職金の所得税の控除金額は、勤続年数によって左右されるためです。
具体的な控除金額は次の計算で求められます。
- 勤続20年以下の場合:40万円×勤続年数
- 勤続20年を超える場合:800万円+70万円×(勤続年数-20年)
例えば、譲渡企業で15年、譲受企業で10年勤務した場合、合計の勤続年数は25年となりますが、転籍により勤続年数がリセットされると控除金額が減額し、手取りが減ってしまいます。
しかし、譲受企業での退職給与規定において、譲渡企業で勤務した期間を含めた期間により退職手当等の支払金額の計算をする旨が明らかに定められている場合においては、勤続年数を通算して算出できます。
これは、所得税法第30条に係る所得税基本通達30-10の規定に基づいています。
特に長く従事してきた従業員にとっては、退職金の取扱いについて慎重となる傾向にあるため、十分に協議する必要があります。
まとめ
事業譲渡における従業員の待遇については、各従業員と個別に協議を行い、理解を得ることが重要です。
また、雇用関係にはさまざまな法律がかかわってきます。
法律に則った手続や対応をすることでトラブルを回避し、実際にトラブルとなった場合には早期解決ができるよう事前に弁護士にご相談してみてはいかがでしょうか。