代表取締役による手形振出行為に対する登記簿上の取締役の監視義務違反について、第三者に対する損害賠償責任が否定されたケース

事実関係
子供用乗物製造等を業とするA社は、昭和33年に設立された会社で、設立以来Bがその代表取締役の地位にありました。A社はBのいわゆる「個人会社」であり、株主総会も取締役会も開催したことがありませんでした。
Y1は、A社の設立以来、Y2は昭和41年11月から、それぞれA社の取締役に就任したものとして、就任登記がなされ、その後も重任登記がなされました。
BとY1・Y2とは、配偶者の兄弟姉妹または兄弟姉妹の配偶者という親戚関係にありました。
Yらの取締役就任および重任の登記は、株主総会の選任決議がないのに、これを行ったように書類を整え、かつ、就任承諾書にYらの承諾印まで得てなされたものでした。
A社が倒産した昭和48年6月20日まで、Y1は設備資金または運転資金としてA社に対し1,900万円を貸し付けました。
また、Y2はA社に金銭を貸し付けたほか、A社の受取手形を割り引いたり、A社の借入れに際して保証人となったりするなど、A社に対して資金面で援助または便宜を与えていました。
A社では、昭和44年頃、融資先の会社の倒産により債権回収が困難となったことから、資金繰りが次第に苦しくなり、倒産の数年前頃からは融通手形の振出しにより資金繰りを行っていました。
昭和47年9月以降のA社の財務状態は、著しく債務超過の傾向にありました。
Xは、A社が振り出した本件手形金の支払いを受けられなかったため、Y1・Y2に対し、商法旧266条ノ3第1項に基づき、損害賠償を求める訴えを提起しました。原審がXの請求を棄却したため、Xが控訴しました。
判旨
裁判所は、以下のように述べて、Y1・Y2について、取締役として著しい監視義務の懈怠があったとはいえないとして、損害賠償責任を否定しました。
「取締役は、会社に対し、代表取締役の業務執行を監視し、必要があれば取締役会の招集を求め、取締役会を通じて代表取締役の業務執行が適正に行われるようにすべき職責を負っているものということができるが、それは、取締役に対して代表取締役の個々の具体的な業務執行につき監視義務を負わせ、その懈怠に対して直ちに商法266条ノ3所定の取締役としての責任を負わせようとする趣旨でないことはいうまでもない。
……代表取締役……手形振出しが特別の理由もなく、また確かに決済できる見込もないのに急激に増加するなど不審な点があり、しかもその事実が取締役としての職務上当然に知りうる状況にあったなどの事情がある場合に、これをそのまま放置すれば重大な監視義務の懈怠があったとして責任を免れることができないと考えられるが、右のような事情がない場合には、直ちに重大な過失があるとしてその責任を問うことはできないものというべきである。」
Y1・Y2の責任が否定されたポイント
Y1・Y2のA社への資金援助はBとの人的なつながりによるもので、A社の経営に関与していたとはいえない状態でした。両名は、A社の経理の実体を知りませんでした。
また、A社の資金繰りが極度に悪化しているなかで本件手形の振出しが行われることも知りませんでしたし、職務上当然に知りうる状況にもありませんでした。
以上のことから、裁判所は、Y1・Y2の責任を否定しました。
コメント
本判決は、代表取締役の手形振出し行為に対する取締役の監視義務について、不審な点があり、その事実が取締役として職務上当然に知りうる状況にあったなどの事情がある場合には、重大な過失による任務懈怠が認められると判示しています。
重過失の具体的内容を示すものとして参考になるのではないでしょうか。