名目上の取締役の代表取締役に対する監視義務違反につき、重大な過失による任務懈怠が認められないとして、第三者に対する損害賠償責任が否定されたケース

事実関係
A社は、昭和42年に設立された自動金網機の製造販売等を業とする株式会社で、B、Bの妻であるCおよびYの3名が取締役を務めていました。
Yは、土地家屋調査士で、A社の業務上の知識経験はありませんでしたが、CがYの妻の姪であったことから、A社取締役への就任を請われてその地位に就きました。YはA社に出資をしておらず、取締役報酬も受けていませんでした。
A社の経営は事実上、代表取締役Bによる「ワンマン経営」で、正規の取締役会が開催されることはありませんでした。
Yは月1回程度の割合でA社を訪れ、Bから口頭で業況の報告を受け、うまくいっていると聞いていました。Yは、Bに対し、間違いのないやり方をするようにとの一般的な注意を促していました。
A社は、昭和47年頃から業績が悪化し、翌年6月の決算期には約2,000万円から3,000万円の損失を出し、仕入れ等について期日の長い手形で支払うようになっていました。
Bは、主力商品の売れ行き自体には著しい落ち込みはなかったこと等からA社の状況を楽観視し、Yに対する報告では欠損の事実を隠していました。
ところが、石油ショックによる業績低下や、融通手形の交換、取引銀行からの融資枠の制限などの事由が重なって、昭和49年3月上旬に手形不渡りとなり倒産しました。
A社に対し、代金約494万円相当の商品を販売したX1および代金約76万円相当の商品を販売したX2は、A社の倒産により、上記各商品代金の支払いを受けることができなくなりました。
そのため、これと同額の損害を被ったとして、商法旧266条ノ3第1項に基づき、Yに対し各損害につき賠償を求める訴えを提起しました。原審がYの責任を肯定したことから、Yが控訴しました。
判旨
控訴審は、Yの任務懈怠につき、悪意または重大な過失が認められないとして、損害賠償責任を否定しました。
Yの責任が否定されたポイント
Bの妻CおよびCの姪を妻とするYが取締役の地位にある中で、A社はBのいわゆる「ワンマン経営」の状態にありました。
Yは、A社に出資もしておらず、取締役報酬も受けていない、ほとんど名目上の取締役として名を連ねただけの者でした。Yは、A社業務についての専門的知識経験も有していませんでした。
A社は、主力商品の製造販売には激しい落ち込みもなく、外見上は通常通り稼働していました。
以上のことから、裁判所は、Yが「概ね月一回の主として口頭による業務報告を是としてこれに何らの疑いを持たず、それ以上の強い監督と介入を遂げなかつた点においては、会社に対し任務懈怠を問われても止むを得ないものがある」としつつ、悪意または重大な過失は認められないとして、Yの責任を否定しました。
コメント
本件は、いわゆる「ワンマン経営」を行う代表取締役の職務に対する取締役の監視義務違反が問われた事例です。
本判決は、Yの監視義務違反について、ほぼ月一回程度の口頭によるBからの業況報告を受けるだけで、これに疑念を持たず、より強い監督と介入を行わなかった点において、任務懈怠を認めています。
その上で、Yが名目上の取締役であるといえること、会社業務についての専門的知識経験を有していなかったこと、A社の役員構成の中におけるYの立場に徴すれば、任務懈怠につき悪意または重大な過失は認められないと結論付けています。
つまり、Yが会社業務に精通していない名目上の取締役であるという事実は、任務懈怠についての悪意または重大な過失の有無の判断において考慮され、結論に影響を与えたものといえます。