営業担当の代表取締役の、経理担当の代表取締役に対する監視義務違反につき、重過失が認められないとして、第三者に対する損害賠償責任が否定されたケース

事実関係
A社は、土木・建設用資材の販売等を業とする、従業員十数名からなる株式会社でした。
BはA社の経理担当、Yは営業担当のそれぞれ代表取締役として職務を分担し、互いに他の代表取締役の職務に関与することはありませんでした。
A社では毎月1回、全取締役が出席する経営会議が開かれ、月次の売上高や経費などを記載した書類に基づき営業等の問題点について検討していました。
Bは、A社のほかに、デザイン・印刷等を営むC社を設立しましたが、年を追うごとに事業の失敗を深めていました。
Bは、A社の事業資金をC社のために流用しましたが、事業失敗によりこれを回収できず、A社の資金繰りも漸次悪化し、昭和41年~42年頃から融通手形を借り受け、これを割り引き、さらには高利金融を借り受けるなど、A社およびC社の資金繰りに苦慮していました。
A社の経営会議や社員会議では、このような資金繰りは明らかにされず、実態と異なる状態が判示され、これに基づいて議論がなされていました。
Bは、手形の騙取による資金捻出を思いつき、X社の代表者にA社の経営状態について虚偽の事実を告げました。
さらに、受注品の仕入れのための担保として物件および第三者振出しの約束手形の提供を要求されており、割り引いたり、取立てに廻したりしないから約束手形を貸してほしいと申し入れ、X社から合計約929万円分の約束手形の交付を受けました。
また、Bはこの見返りとして、A社振出しの同金額の約束手形をX社に交付しました。BはX社振出しの手形を換金しましたが、A社振出しの手形は不渡りとなりました。
X社は、手形金相当額の損害を被ったとして、Yに対し、商法旧266条ノ3第1項に基づき損害賠償を求める訴えを提起しました。原審がYの責任を肯定したことから、Yが控訴しました。
判旨
控訴審は、Yは、その職務について懈怠があったものの、その懈怠が重大な過失によるものとは認められないとして、X社に対する損害賠償責任を否定しました。
Yの責任が否定されたポイント
A社では、Yは営業担当、Bは経理担当のそれぞれの代表取締役として、職務を分担しており、Yが日常的に財務状態や資金繰りを把握することは困難でした。
そして、毎月1回開催の経営会議等で、BはA社の資金繰りの実体を明らかにせず、Yは会議に提出された会社の実体とはかけ離れた経理関係書類に基づいて検討していました。
そのため、Yは、A社の倒産直前以前の段階で、BによるA社の資金の不正な支出について知りませんでした。
本件手形についても、X社から手形の交付を受けたのは、BがX社の代表者に虚偽の事実を述べて詐取したものであって、これをYがチェックすることは困難でした。
こうした状況の中でも、Yは間接的にではありますが、A社の経理内容やBの担当職務についても全般において意を用いていました。
以上のことから、控訴審は、Yは「その判断において、軽卒のそしりを免れないにしても……、いまだ、Xの本訴請求に対する関係において右懈怠が重大な過失に因るものとまでは認められない。」として、Yの責任を否定しました。
コメント
本件は、代表取締役の、他の代表取締役に対する監視義務違反が問われた事例です。
このような場合について、本判決は、たとえ職務分担を定めていたとしても、代表取締役は広く会社業務全般にわたって意を用いるべき義務を負います。
さらに、自己以外の代表取締役等の職務上の不正行為、善管注意義務違反の行為についても、できる限り未然に防止する義務を負うと判示しました。
そのうえで、本件事案については、Yは経理内容についてもBの担当職務についても、間接的に意を用いていたとして、任務懈怠が重過失によるものではないとしています。