代表取締役の意思に反して行われた業務担当取締役の取引によって第三者に損害を与えた事案において、代表取締役について商法旧266条ノ3の責任が否定されたケース

事実関係
A社は宝石類の輸出入・販売等を目的とする株式会社であり、Yはその代表取締役でした。
Yは業務担当取締役(専務)であるBから、Xよりダイヤモンド原石を購入する提案を受けましたが、Yが強硬に反対し、重役会議ではBの提案は通りませんでした。
ところが、Bは勝手にXとの間でダイヤモンド原石の売買契約を締結し、事情を知らない事務員に約束手形を振り出させ、Xに交付しました。
Xに交付した手形が不渡りになったため、XはYに対し、商法旧266条ノ3による損害賠償を求めました。
判旨
裁判所は、「代表取締役は、対外的に会社を代表し、体内的に業務全般の執行を担当する職務を有する機関であるから、善良な管理者の注意をもつて会社のため忠実のその職務を執行し、ひろく会社業務の全般に亘つて意を用いるべきものである。
されば、他の業務担当取締役や事務担当者のなす職務執行の監視を怠つたり、それらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するに至る場合には、自ら悪意又は重大な過失により任務を怠つたものと解せざるを得ない。
しかしながら、他の業務担当取締役から職務執行に関して提案ないし進言を受けた場合に反対である旨の意見を明確に表示すれば、業務担当取締役としては代表取締役の意見に従つて職務を執行するのが一般であるから、代表取締役としては、当該業務担当取締役が代表取締役の意見に背いて職務を執行することが予想される状況にある場合その他特段の事情がない限り、業務担当取締役が代表取締役の意見に背き提案ないし進言の趣旨に即して職務を執行することを阻止する措置をとらなかったとしてもこれを監視業務に関する任務懈怠に問疑するを得ないことはいうまでもない。」とした上で、Yの任務懈怠を否定し、Xの請求を棄却しました。
Yの任務懈怠が否定されたポイント
本件では、そもそもXとの売買契約に関してYは強硬に反対しており、重役会議ではBの提案は通っていませんでした。
それにもかかわらず、Bは勝手にXと取引し、その取引は完全にYには秘匿して行われました。後日、Xへの約束手形の振り出しを知ったYは、激怒してBを責めています。
また、当時のA社において、業務担当取締役が代表取締役の意見に背いて職務執行することが予想される特段の事情も認められませんでした。
以上のことから、裁判所は、Yの任務懈怠を否定しました。
コメント
本件は、代表取締役が強硬に反対しており、重役会議でも通らなかった提案であるにもかかわらず、業務担当取締役のBが独断で会社の決定に背いて取引を行ったという事案です。
本件Bのような行動にまで、監視・監督して阻止するよう求めることは、代表取締役Yにほとんど不可能を強いるものであり、任務懈怠を否定した裁判所の判断は妥当というべきでしょう。