一人会社の名目的取締役に対し、商法旧266条1項5号に基づいてなされた損害賠償請求が、信義則に反し許されないとされたケース

事実関係
A社は、実質上代表取締役Bの一人会社と見られる実態がありました。A社は、経営に窮し、仕入商品の投売換金をした上で、昭和31年2月9日に倒産しました。
A社の破産管財人Xは、Bの投売換金という違法不当な業務執行行為を抑止する措置をなんら採らなかったことは、取締役の忠実義務違反があるとして、名目上の平取締役Yに対して、商法旧266条1項5号の損害賠償請求を行いました。
判旨
裁判所は、Xの請求は信義則に反するとして、請求を棄却しました。
Yの責任が否定されたポイント
本件のA社は設立の経緯、株式の帰属、経営の実態、損益の帰属などからみて、Bの一人会社と見るべき実態がありました。A社の投売換金行為は、会社所有者Bの独断専行によるもので、Yは関与していませんでした。
以上のことから、裁判所は、「いわゆる一人会社とみるべきA社がYに対しBの違法不当な業務執行を抑止しなかったことの責を問うことは、自ら違法不当な行為をしながら、これを抑止しなかった他人を責めてその損失を他人に転嫁する……いわば「顧みて他をいう」……に均しいものであり、如何にも社会的常軌・衡平にそわないものというほかなく、しょせん信義に反し許されるべきではない」として、Yの責任を否定しました。
コメント
わかりやすくいえば、A社がBの一人会社であるということは、A社=B個人であり、Bの違法行為はAの違法行為ということになります。
B=A社自ら投売換金という違法不当な行為をしておきながら、その違法不当な行為をYが止めてくれなかったことをもって、A社に対するYの忠実義務違反であるとし損害賠償を請求することは、まさに「顧みて他をいう」にほかならず、信義に反する結果となるでしょう。