起訴猶予処分とは|処分の内容と効果についてわかりやすく解説
起訴猶予処分(きそゆうよしょぶん)とは、犯罪の嫌疑が十分認められ、訴訟条件も欠けていない(訴訟条件が備わっている)にもかかわらず検察官の判断で訴追の必要が無いと考えられるため、起訴をしない処分のことです。
この記事では,起訴猶予の処分の内容と効果について解説いたします。
目次
起訴猶予とは
検察官は、捜査の結果に基づいてその事件を起訴するかどうか決めます。起訴する権限は検察官のみが有しています。嫌疑が十分にあってもあえて起訴する必要がないと考えるときに起訴しない(起訴猶予)場合があります。この記事では、起訴猶予とはどのようなものか、起訴猶予と似ている処分との比較、検察官が起訴猶予する際の判断基準などについて解説します。
起訴猶予の意義
起訴猶予は刑事訴訟法に定められています。
刑事訴訟法第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
引用:e-Gov法令検索
刑事訴訟法第248条は全ての犯罪を起訴するのではなく、検察官において必要性を選別して起訴すればよいという起訴便宜主義を定めています。
刑罰の目的には以下2つがあります。
- 社会秩序の維持
- 犯人の改善更生
起訴便宜主義は、全ての事件を起訴し裁判にかけると費用も時間もかかり効率が悪いため、社会秩序が維持できなくなるほど重くない軽微な犯罪では処罰しない、犯人が十分反省している場合には処罰しない、とすることが合理的だという考えに基づきます。
検察官の不起訴処分のうち、起訴猶予率はおおむね微増傾向にあり、令和元年にはおよそ70%を占めています。
起訴猶予と不起訴の違い
起訴猶予と不起訴はいずれも検察官が起訴しない処分です。起訴猶予は不起訴処分の一部です。
不起訴処分になる場合は以下3つです。
- 被疑者が罪を犯したとの疑いが無い場合
- 被疑者が罪と犯したとの証拠が不十分である場合
- 被疑者が罪を犯した嫌疑は十分あるが、起訴する必要が無い場合
起訴猶予は上記の3つ目に該当します。
起訴猶予の効果
起訴猶予は起訴をしない処分であるため、事件が裁判所にいく前に終了します。
前歴と前科の違い
裁判所に起訴されて有罪判決を受け、判決が確定すると前科が付きます。他方、捜査機関の捜査の対象となったことがある場合に、前歴となります。
起訴猶予処分は裁判所に起訴される前に終了するので前科は付きませんが、捜査機関の捜査対象になったので、前歴が残ります。
起訴猶予と無罪の違い
起訴猶予は、犯罪の嫌疑が十分あっても、あえて起訴しない処分です。起訴しないので、裁判で有罪・無罪の判決を言い渡されません。
起訴されて、裁判において無罪を言い渡され、無罪判決が確定すると同じ公訴事実では二度と起訴されることがありません。これを一事不再理といいます(憲法第39条)。
憲法第39条(抜粋) 又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない。
引用:e-Gov法令検索
無罪が確定すると、その後どのような証拠が見つかっても同じ事件で再度裁判はできません。
起訴猶予は検察官の処分であり、裁判ではありません。そのため一事不再理は適用されません。したがって、起訴猶予になったからといって、今後一切その事実で起訴されないわけではなく、新たに証拠が見つかった場合には起訴される可能性があります。公訴時効が完成するまでは、起訴される可能性があります。
例えば、起訴猶予当時には判明していなかった何らかの証拠が出てきて後日捜査が再開され、検察官が起訴すべきと判断した場合には起訴されます。
処分保留
ニュースでよく「処分保留で釈放されました」という言葉を聞くのではないでしょうか?
処分保留とは、勾留期間満期までに十分な証拠が揃わなかった場合などに、起訴・不起訴の判断を保留して、身柄を解放することです。
刑事事件では、逮捕から勾留までの手続きに厳格なルールが設けられています。
逮捕後48時間以内に検察官に送致しなければならず、検察官は送致後24時間以内に勾留請求するか釈放をしなければなりません。勾留請求された場合には原則10日以内、延長が認められると更に10日間、最大で20日以内の勾留が認められていますが、20日間を超えて勾留をし続けることは認められていません。
この勾留期間満期を迎える前に起訴・不起訴の判断を下さなければなりません。勾留満期までに起訴・不起訴の判断ができない場合に、一旦判断を保留し、身柄を解放することを処分保留といいます。
処分が保留されているだけなので、身柄を解放された後も捜査は続けられ、いずれは起訴・不起訴の処分を受けます。その後の捜査状況によっては起訴される可能性があります。
起訴猶予のその後
起訴猶予の場合には、被疑者が罪を犯した嫌疑は十分あるけれど、起訴する必要が無いと検察官が判断したために、起訴されなかっただけです。
本来、罪を犯したことが明白な場合には起訴されてもおかしくありません。起訴猶予判断当時は、起訴するよりも起訴猶予にすることが犯人の更生にとって良いと判断されるも、その後以下のような場合には起訴猶予処分が取り消され、起訴されることもあります。
- 新たな証拠が見つかる
- 被害者を脅迫していた
- 新たに同種の余罪が多数見つかる など
起訴猶予の場合には公訴時効が完成するまでは起訴されることもあると覚えておきましょう。なお、平成22年4月27日「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」が成立し、同日公布されたことにより、公訴時効は廃止あるいは延長されています。
不起訴のうち約7割が起訴猶予
令和2年版犯罪白書によると、日本の刑事手続きにおいて、令和元年時点における不起訴処分の割合は6割を超えていますが、そのうちの約7割が起訴猶予です。次に多いのは嫌疑なしを含む嫌疑不十分ですが、こちらは約2割です。
不起訴処分の中では起訴猶予処分の占める割合が大きいといえます。
罪を犯したことが明白であるにも関わらず、検察官の裁量で訴追の必要が無いと判断されて、起訴されずに済んだ割合が不起訴処分の中の約7割です。
刑法犯の起訴猶予率推移
政府統計によると、日本の刑法犯の起訴率は以下のとおりです。
- 1993年~1998年頃 約60~66%
- 1999年 60%を下回る
- 2005年 約45%
- 2007年 40を下回る
その後も多少の増減はあるものの年々減少し、現在約33%です。起訴率の減少に伴い不起訴率は増加しています。
令和2年版犯罪白書によると起訴猶予率は平成元年には約25%でしたが年々増加(平成7年~9年は減少)し、平成30年には約65%になっています。
起訴猶予の考慮要素
犯人の反省の有無、謝罪や被害回復の努力、逃亡や証拠隠滅等の行為の有無、環境の変化、身元引受人その他将来の監督者保護者の有無等環境調整の可能性の有無、被害者に対する被害弁償の有無、示談の成否、被害感情等、その他社会事情の変化、犯行後の経過年数、刑の変更等
起訴猶予の考慮要素
起訴猶予は、証拠が十分にあり、起訴しようと思えば起訴できるにも関わらず、検察官の判断で起訴しないというものです。検察官の判断基準は刑事訴訟法第248条に記載されています。
- 犯人の性格
- 犯人の年齢
- 犯人の環境
- 犯罪の軽重
- 犯罪の情状
- 犯罪後の情況
犯人自身にまつわる要素(性格や年齢等)、犯人の周囲の環境や育ってきた環境等、犯罪自体の内容に加えて、犯行後の事情を考慮します。
犯行前あるいは犯行当時の事情は変えられませんが、犯行後の事情、家族等周囲の協力により起訴猶予を獲得する可能性があります。
起訴猶予に期間はある?
起訴猶予は、起訴を猶予すべき事情がある場合に起訴しないという判断に至ったということです。起訴を猶予すべき事情が無くなった、例えば新たに証拠が見つかった、同様の余罪が多数出てきた等の場合には起訴すべきと判断される可能性があります。犯人が犯した罪の時効が完成するまでは、起訴される可能性があります。
起訴猶予のデメリット
起訴猶予は、不起訴処分の1つですが、起訴猶予になったことで何かデメリットはあるのでしょうか?
前科はつかないが前歴がつく
起訴猶予になると、裁判で有罪判決を受けることはありません。裁判で有罪判決を受けない限り前科はつきません。
前科はつきませんが、捜査機関の取り調べを受けたため、前歴は残ります。今後別の事件で捜査機関から取り調べを受ける時には、前歴があるので多少不利に働く可能性はあります。
勤務先を解雇される可能性がある
起訴猶予で終了した場合であっても、捜査機関から取り調べを受けた事実は残ります。勤務先の就業規則の解雇事由の中に「捜査機関から被疑者として取り調べを受けた場合」と規定されている場合には、解雇される可能性があります。
起訴猶予になるまでの流れ
逮捕から起訴猶予になるまでの流れを簡単に解説します。
逮捕
事件発生後、被害者・目撃者からの通報や、警察官が犯行現場に居合わせたことにより事件が発覚すると、警察が捜査を開始します。被害者が被害届を提出したことが捜査のきっかけになり、逮捕されることもあります。逮捕されると警察による取り調べを受けます。
検察官送致
警察は逮捕後48時間以内に検察官に被疑者の身柄を送致しなければなりません。被疑者が送致されると検察官は、勾留請求する必要があるか否か、取り調べをします。
勾留請求
検察官は被疑者の身柄の送致を受けた後、被疑者を取り調べ、勾留の必要があると考えた場合には24時間以内に裁判所に勾留請求をします。
勾留
検察官の勾留請求が裁判官に認められると、被疑者は勾留されます。勾留は原則10日間、延長されるとさらに10日間、最大で20日間留置場に留め置かれ、検察官からの取り調べを受けます。
起訴・不起訴の決定
勾留期間満了前に、検察官は起訴するか不起訴にするか決定します。取り調べの結果、嫌疑が十分にあってもあえて起訴する必要がないと判断すると、起訴猶予となります。
起訴猶予になるためにできること
嫌疑が十分にあってもあえて起訴する必要がないと検察官に判断してもらうためにやるべきことは、犯行後の情況を良くすることです。具体的に何をすべきか解説します。
被害者と示談する
被害者と示談するためには、加害者が真摯に反省をし、被害者に謝罪する必要があります。その上で、被害者が被った損害を賠償する必要があります。示談の成立は、加害者が反省していること、被害回復がなされたことの証明になるため、検察官が起訴猶予の判断をする際に有利な事情となります。
示談交渉については以下の記事をご参照ください。
損害を賠償する
加害者は被害者が被った損害を賠償する必要があります。被害者に許してもらえず示談できなかった場合であっても、被害者に与えた損害を弁償した場合には、起訴猶予の判断に影響を及ぼします。
再犯防止策をたてる
今後同じような罪を犯さないために、以下のような具体的な防止策を立てる必要があります。
- 専門家の治療を受ける
- 更正プログラムに参加する
- 同居の家族に生活を監督してもらう など
社会生活をしながら改善更生ができるかどうかも、起訴猶予の判断に影響を与えます。
具体的な再犯防止策をたて、検察官に報告しましょう。
弁護士に依頼する
起訴猶予の獲得を目指す場合には被害者との示談成立が重要です。示談交渉をし、示談金を支払うことで損害賠償をし、被害者の許しを得ることを目指すのであれば、弁護士に依頼しましょう。
示談交渉を加害者本人がすることは困難です。被害者は加害者本人から連絡が来ることを拒むことが多く、そもそも連絡先不明な場合には示談交渉はできません。被害者と連絡が取れたとしてもきちんと謝罪することができずに被害者の被害感情を増大させてしまうこともあります。被害者が提示する示談金の金額が法外である場合もあります。
弁護士に依頼することにより被害者への謝罪ができ、被害者が示談交渉に応じてくれるようになり、被害者・加害者双方が納得いく金額で示談が成立できます。
示談書に、被害者が示談金を受領したら加害者を許すという文言(宥恕文言)や、被害届を取り下げるという文言を記載できると起訴猶予になる可能性が高くなります。
示談書は後でトラブルにならないために記載すべき文言があります。弁護士に依頼すると法的に問題のない示談書を作成できます。
まとめ
検察官に起訴猶予が相当であると判断してもらうためには、被害者と示談を成立させ、社会生活を送りながら更生が可能であることを納得してもらう必要があります。
起訴猶予を勝ち取るために必要な対応・助言をしてもらうため、刑事事件の処理は弁護士に依頼することをお勧めします。