求刑とは|懲役や実刑・判決との違いや執行猶予がつくケース
ニュースで、被告人に懲役〇年を求刑といった報道を耳にしたことがある人も多いでしょう。
求刑と、裁判官が言い渡す判決は全く異なるもので、求刑通りに刑が言い渡されるわけではありません。
この記事では、刑事裁判でよく使われる求刑について、次の点をわかりやすく解説します。
- 求刑とは何か
- 求刑と判決、実刑、執行猶予などの違い
- 求刑に対してどの程度の判決が下されるのか?
目次
求刑とは
求刑は検察が求める刑
求刑とは、刑事裁判において検察が相当と考える刑罰を科すよう裁判所に求めることです。
検察が被告人の行った犯罪事実を立証した上で、被告人の行為にどの罪が成立し、その罪の中ではこのくらいの刑罰を科すべきであると意見することです。
ただし、求刑は検察の意見でしかなく、裁判所の判断は別です。
ニュースで懲役〇年を求刑されたと報道されても、これは単に検察がこのくらいの刑罰が相当だと意見をしたに過ぎず、裁判の結果ではありません。
裁判所は、求刑を超える刑罰を科すこともできます。
なお、裁判員裁判以外では、裁判所が求刑よりも重い処分を下すケースはほとんどありません。
求刑を決定する人
求刑は、裁判に出席している検察官ではなく、捜査を担当した検察官が決定しています。
検察官は、警察が逮捕した被疑者を、刑事裁判で裁いてもらうために訴える(起訴)する権限を持っています(刑事訴訟法第247条)。
警察から引き継がれた事件は、その後検察官が捜査を行います。
検察官と聞くと、警察が捜査した内容について裁判で訴えているイメージが強いですが、捜査を行う検察官と、裁判に出席する検察官とで役割が分かれていることがあります。
捜査を担当した検察官が、起訴の段階(刑事裁判になる前)で求刑を決定しています。
ただし、起訴後に示談が成立するなど、処分に影響する事情が生じれば、求刑が変更される可能性があります。
求刑の相場
検察官の求刑にも相場があります。求刑は、検察庁が各検察官に貸し出す処分参考例という資料を参考にしています。
処分参考例には、各犯罪の概要と実際の求刑がまとめられています。
検察官はこの資料を参考に、おおよその基準にもとづき、各事案ごとの事情を考慮して、求刑を決定します。
求刑とよく似た言葉の違い
刑事事件では、求刑以外にも、実刑や判決、懲役、執行猶予、論告など、日頃聞きなれない専門用語が数多くあります。
それぞれと求刑との違いについて解説します。
求刑と判決の違い
刑事裁判における判決とは、検察の罪の立証と、被告人についた弁護士の立証とで審理を行い、裁判所が有罪か無罪か、どのくらいの刑罰を科すか(量刑)決定することです。
求刑は、検察が相当と思う刑罰を意見することに対して、判決は裁判所の決定という違いがあります。
求刑と実刑の違い
実刑とは、執行猶予がつかずに、すぐに刑務所に収容される有罪判決が下されることです。
後述しますが、刑事事件では、事案によって執行猶予がつき、一定期間罪を犯さなければ、刑務所に収容されずに済みます。
しかし、こうした執行猶予がつかない場合は、言い渡された刑罰がただちに執行されます。
実刑は、判決の一種であり、裁判所の判断です。
なお、刑罰には罰金刑もありますが、罰金刑に執行猶予がつくケースはほとんどありません。
そのため、実刑や実刑判決という場合は、刑務所に収容される懲役刑や禁錮刑が科されたと考えられます。
求刑と懲役の違い
懲役とは、刑務所などに拘束される自由を奪う刑罰(自由刑)のことです。
懲役を科されると、言い渡された期間、刑務所で刑務作業を科されることになります。
検察官が懲役〇年と求刑することもあれば、裁判官が被告人を懲役〇年を言い渡し、実刑判決を下すこともあります。
刑罰には、他にも次の刑罰があります。
生命刑 | 死刑 |
自由刑 | 懲役、禁錮、拘留 |
財産刑 | 罰金、科料 |
なお、刑務作業のある懲役と、刑務作業がない禁錮刑は、2025年6月までに、矯正に重きを置いた拘禁刑に一本化されます。
求刑と執行猶予の違い
執行猶予とは、有罪判決が下されても、刑の執行を一定期間猶予できる制度です(刑法第25条)。
執行猶予が言い渡された場合、直ちに刑務所に収容されることはなく、身柄は解放され、通常通り生活できます。
執行猶予期間中に新たな罪を犯さなければ、言い渡された刑罰は免除されます。
例えば、懲役3年、執行猶予5年の判決が下された場合は、執行猶予期間5年の間に罪を犯さなければ、言い渡された3年の懲役は執行しないという意味になります。
執行猶予は、比較的罪が軽い人に対して、長期間服役して社会復帰が困難となるデメリットをなくし、社会の中で更生の機会を与えるためにあります。
求刑と論告の違い
論告とは、刑事裁判で、検察が事実関係や適用される法律について意見を述べることです。
刑事裁判では、検察が被告人に対して刑罰を科してもらうために、裁判所に審理を訴えますが、裁判では訴えた側が、相手の罪に対して立証する責任を負います。
証拠を用いて、被告人の行為が、どのような犯罪を成立させ、有罪であるのかを立証した後で、まとめとして検察が意見を述べるのが論告です。
この論告の後に、どのくらいの刑罰を科すのが相当なのかを意見することが、求刑です。
なお、検察官が論告や求刑を行った後は、弁護士が弁論を行い、どの程度の刑罰にするのが相当か意見を述べます。
検察の求刑に対して判決はどのくらい影響する?
検察の求刑は、判決にどの程度影響を与えるのでしょうか?ここでは、求刑と判決への影響について解説します。
実刑の場合は求刑の8割になるケースが多い
実刑の場合、検察の求刑に対して8割程度の判決が下されることが多いです。
裁判官は、検察の求刑、そして弁護士の弁論の双方を聞き、過去の処分や被告人の事情などを照らし合わせて、判決を決定します。
裁判の量刑が決まる要因
刑事裁判の量刑が決まる要因は、検察の求刑だけではありません。そのほか、次のような個々の事案を考慮して決定します。
- 犯行の内容、悪質性
- 犯行の動機、計画性
- 犯行の結果の重大性、被害の程度
- 被告人の性格、経歴、一身上の事情
- 被告人の反省の程度
- 前科前歴の有無や常習性、余罪
- 被害者の処罰感情、示談や被害賠償の有無
- 社会の処罰感情や社会的な影響、社会制裁の程度 など
他にも、刑法上、刑が軽減できる事情が定められています。
- 心神耗弱や心神喪失の場合
- 未遂や中止の場合
- 自首した場合 など
処分を決定する際には、犯罪の内容や結果の重大性だけでなく、社会的な影響、被告人の生い立ちや人格形成、同情すべき点、反省の程度なども考慮されます。
加えて、同種や同様の事件における過去の裁判の事例、どの程度の量刑が相場であるかなどを総合的に考慮したうえで、量刑が決定されます。
弁論においては、適用される罪名が異なるという主張のほか、被告人の反省や同情すべき点を挙げて情状酌量を求めることが多いです。
実刑となる場合に多いフレーズ
刑事裁判で、実刑を求刑する場合、論告では次のようなフレーズが出てくることが多くあります。
- もはや社会内での更生は不可能
- 実刑をもって処断すべき
- 矯正施設で徹底した矯正が必要である
死刑を求刑する場合は、次のようなフレーズが出てくることがあります。
- 死刑以外選択の余地はない
- 更生の可能性はない など
求刑に対して執行猶予がつくケース
執行猶予がつく条件を満たしていれば、執行猶予がつく可能性があります。
対象者 | 前に禁固以上の刑に処されたことがない者 |
禁固以上の刑に処されていても、刑の執行が終わった日、もしくは免除から5年以内に禁固以上の刑に処されていない | |
条件 | 言い渡される量刑が3年以下の懲役または禁錮(罰金は50万円以下) |
以前禁錮刑以上に処されていても、執行猶予がついた人が、1年以下の懲役、または禁錮の言い渡しを受けても、情状に特に酌量すべきものがある場合も、執行猶予がつくことがあります。
言い渡される量刑が3年以下の懲役か禁錮であることが前提となるため、求刑が3年以下である場合は、執行猶予がつく可能性があります。
仮に、求刑が3年以上であっても、示談の成立など処分に有利に働く事情があれば、減軽されて3年以下となり、裁判官が執行猶予をつけることもあります。
検察官も、基本的に求刑で執行猶予をつけるよう意見を述べることはありません。
しかし、執行猶予がついてもよいと判断した場合は、求刑を3年以下にします。
過去には例外的に、求刑で保護観察付きの執行猶予を求めたことがありました。
なお、前科がある場合は、求刑が3年以下でも実刑判決が下される可能性があります。
検察の求刑に対して異なる判決が下された事例
検察の求刑に対して異なる判決が下された事例を紹介します。
求刑20年に対して懲役21年の判決が下された事例
元交際相手の小学校教師を殺害して殺人などの罪に問われた男性に、検察は懲役20年を求刑しました。
裁判では、次の点を考慮して、検察の求刑20年に対して、それを上回る懲役21年の実刑判決が下されました。
- 被害者の自宅を複数回にわたり下見を行うなど、計画性が高い点
- 犯行の内容が危険で残忍であること
- 動機も身勝手であること
被告人は犯行後に自首しており、法律上自首は、裁判官の裁量で減軽の理由となります。
しかし、裁判官は、自首についても自分が疑われると思い行ったものであり、真摯な反省がなされたとは認めがたく、情状酌量の余地はないと指摘。
検察の求刑を上回る判決を科すのが相当であると判断されました。
参考:求刑上回る懲役21年の判決、自首での減刑認めず 小学校教諭殺人|朝日新聞デジタル
求刑7年に対して禁錮5年の判決が下された事例
東京池袋で乗用車を暴走させ、母子2人が死亡、9人が負傷した事件では、検察は禁錮7年を求刑しました。
これに対して、裁判では禁錮5年の実刑判決が言い渡されました。
この事件では被告人が車両の問題と無罪を主張しておりましたが、裁判ではブレーキとアクセルを踏み間違えたことが認定されました。
社会的にも関心を集めた事件であり、検察の求刑7年も軽すぎるとの批判がありました。
過失による死傷事故の場合は、自動車運転処罰法による過失運転致死傷罪が成立し、7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金です。
過失運転の中では、重い部類に入る求刑だと考えられます。
裁判では量刑の理由として、次の点を考慮して決定したとされています。
- 被害者に賠償金が支払われる見込みはあること
- 免許の取り消し処分を受けたこと
- 高齢で体調が万全ではないこと、非難が集中するなど
- 社会的な制裁を受けたこと
参考:池袋暴走事故、飯塚被告に「懲役」ではなく「禁錮5年」判決文にあったその理由|BuzzFeed
求刑5年に対して執行猶予がついた事例
約40年にわたり介護し続け、寝たきりであった妻を絞殺した事件では、検察は懲役5年を求刑しました。
裁判では、懲役3年、執行猶予5年と、求刑を下回る判決が下されました。
判決の理由について裁判官は、半身まひの妻を40年間献身的に介護してきたが、自身も体が思うように動かなくなり、心理的に追い詰められていたと指摘しました。
その上で、介護の苦労は想像を絶する、強く非難するのは酷だとして、これまでの介護や自首などの事情を考慮して、執行猶予のついた上記判決が言い渡されました。
参考:妻殺害の81歳被告に猶予判決 40年介護「想像絶する」|産経新聞
刑事裁判の流れ
刑事裁判では、検察が証拠を用いて犯罪を立証した後に、弁護士が弁論を行って、裁判官が最終判断を下します。
刑事裁判の流れは次の通りです。
引用:刑事事件 – 裁判所
冒頭手続きでは、次の点の確認や、審理を開始する前の確認を行います。
- 被告人が起訴された人物であるかどうか
- 起訴内容
- 被告人の権利の告知
- 起訴状に対する被告人と弁護士の言い分
証拠調べ手続では、検察が証拠や証人を用いて、犯罪を立証します。検察の立証後に、弁護士が被告人側の立証を行います。
例えば、検察の主張に反論できる証拠を提示するなどが行われます。
被告人質問では、弁護士、検察官、裁判官が被告人に質問することができます。
最後の弁論手続では、検察がこれまでをまとめた論告、そしてどの程度の刑罰にするのが相当か求刑を行います。
一方、弁護士も同様に、どの程度の刑罰にするのか、あるいは、無罪などを主張します。
最後は裁判官が被告人に意見を聞いて、裁判での審理が終了します。
判決は、複雑な事案などでなければ、二回目の裁判で言い渡されることがほとんどです。
まとめ
求刑は、検察がどの程度の刑罰が相当であるかを、裁判官に意見を述べることです。
あくまでも検察の意見であり、裁判の結論ではありません。
判決は検察の求刑のおよそ8割程度となることが多いですが、個々の事案や犯罪の内容、被告人の事情、過去の同様の事件の判決など、さまざまな事情が考慮されます。
例えば、悪質な犯罪や前科前歴、反省の程度などによっては、求刑よりも重い処分が下される可能性もあります。
刑事裁判に発展した場合は、反省を示したり、情状酌量を訴えたりして、適切な処分が下されるように弁護士にサポートを受けることが大切です。