ひき逃げの刑罰は初犯でも重い処分?ひき逃げに気づかなかったら?
ひき逃げをすると、救護義務違反が成立して、懲役や罰金刑が科される可能性があります。
被害者が死傷すれば、過失運転致死傷罪や危険運転致死傷罪に問われるだけでなく、併合罪として処理され、刑罰の上限が1.5倍になるおそれもあるでしょう。
この記事では、ひき逃げについて下記の点を解説します。
- ひき逃げの刑罰や刑事処分の傾向
- ひき逃げをした場合の違反点数や逮捕のリスク
- ひき逃げをした場合にすべきこと
なお、法務省によると、2022年のひき逃げの検挙率は69.3%と、7割は加害者の特定に至っており、逮捕される可能性が高いです。
ひき逃げに身に覚えがあるという人や、警察から連絡が来た人、家族が逮捕された人は、迷わず弁護士に相談して適切な対応をしてください。
目次
ひき逃げの刑罰と成立する罪
ひき逃げをした場合、道路交通法の救護義務違反が成立します。
ひき逃げとは別に人身事故で人を死傷させれば、ひき逃げとは別の罪が成立することになり、最終的に重い処分が科されるおそれがあります。
救護義務違反(道交法第72条) | ①5年以下の懲役または50万円以下の罰金
②被害者の死傷が運転者の運転によるものであった場合は10年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
過失運転致死傷罪(自動車運転処罰法第5条) | 7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金 |
危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法第2条、3条) | 負傷させた場合:15年以下の懲役
死亡させた場合:1年以上の有期懲役 |
ここでは、ひき逃げの刑罰と成立する罪を解説します。
救護義務違反
運転手は人身事故があった場合に、負傷者の救助や、警察に通報する義務があります。
これをせずに現場から立ち去ると、救護義務違反となります。
救護義務違反に問われた場合の罰則は、下記のとおりです。
救護義務違反の場合 | 5年以下の懲役または50万円以下の罰金 |
被害者の死傷が運転者の運転によるものであった場合 | 10年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
車で被害者をひいてしまった場合はもちろんですが、下記のようなケースでも救護せずに現場から立ち去れば救護義務違反になります。
- 被害者が軽傷だったため立ち去った
- 相手が転倒したが非接触だったため立ち去った
なお、よく似た言葉に当て逃げがありますが、一般的に、当て逃げは、負傷者がいない物損事故のケースで、警察に報告せずに立ち去ることです。
負傷者の救護をせずに立ち去る | 救護義務違反 |
警察に通報や報告をせずに立ち去る | 報告義務違反 |
過失運転致死傷罪
車を運転する際は、安全に配慮して運転する義務があります(道交法第70条)。
こうした安全運転の義務を怠り、人を死傷させた場合に過失運転致死傷罪に問われます。
過失運転致死傷罪の罰則は、7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金です。
なお、①過失で人を死傷させたことに対して、過失運転致死傷罪が成立し、②負傷者を救助せずに立ち去ることで、救護義務違反と、二つの罪を犯すことになります。
安全運転義務違反となるケースは下記のとおりです。
運転操作のミス | アクセルとブレーキの踏み間違い、ハンドル操作の誤りなど |
前方不注意 | 意識が散漫な運転(漫然運転)、前方を見てない運転(わき見運転) |
動静不注視 | 他者量や歩行者を認識しているにも関わらず強引な運転をすること |
安全速度違反 | 安全速度を超過した走行、徐行や減速をしないなど |
予測不適 | 危険の想定をせずにする運転や判断ミス |
安全不確認 | 前方や後方、左右の安全確認が不十分 |
他にも、アルコールを摂取しないことや、携帯を操作しながらの運転、居眠り運転の防止などがあります。
危険運転致死傷罪
危険運転致死傷罪は、危険な状態で車を運転して、人を死傷させた場合に成立する犯罪です。
危険な状態で運転して、人を負傷させた場合は15年以下の懲役、人を死亡させた場合は、1年以上の有期懲役が科されます。
1年以上の懲役と聞くと軽く感じられるかもしれませんが、懲役の上限は20年です。刑が加重されれば、最大30年となります。
つまり、人を死亡させた場合は、1年以上20年以下の範囲で懲役の期間が決定されるということです。
なお、過失運転致死傷罪と同様に、ひき逃げをした場合は、①危険な運転で人を死傷させた危険運転致死傷罪と、②負傷者を救助せずに立ち去った救護義務違反、二つの罪に問われることになります。
危険運転致死傷罪に問われる危険な状態での走行として、下記の行為が該当します。
- アルコールや薬物を摂取しての走行
- 制御できないようなスピードでの走行
- 制御する技術がない運転(無免許運転)
- 通行妨害目的として走行中の車の前での停止や接近(あおり運転や強引な割り込み、急接近) など
他にも赤信号を無視して危険な速度で走行をすることや、通行禁止の道路を危険な速度で走行する行為などが当てはまります。
ひき逃げの刑事処分の傾向
先述したとおり、ひき逃げで人を負傷させた場合、①過失や危険な運転で人を死傷させたことに対してと、②負傷者を救助せずに立ち去った救護義務違反2つの罪に問われることなります。
裁判で判決が確定していない2つ以上の罪がある場合は、併合罪として処理されます。
(併合罪)
第四十五条確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。
引用:刑法第45条|e-Gov
併合罪として処理された場合、言い渡される量刑の上限は、最も重い刑期の上限の1.5倍となるため、重い処分が下される可能性があります。
ただし、その2つ以上の罪の刑期の上限の合計を超えることはありません。
ここでは、併合罪となった場合の刑罰や、統計上の処分を解説します。
救護義務違反の場合
ひき逃げをしたとしても、被害者が死傷していないような場合は、救護義務違反だけに問われることになり、併合罪として処理されることはありません。
なお、法務省によると、ひき逃げを含む道交法違反の起訴率は50.3%で半数が起訴(裁判になること)されています。
傾向としては、約93.4%が簡易的な書面による略式起訴という手続きで、罰金刑が科されています。
また、正式な裁判で裁かれた事案のうち、約95.7%に懲役刑が科されています。
過失運転でひき逃げをした場合
不注意などの過失運転でひき逃げをした場合は、過失運転致死傷罪と救護義務違反の併合罪となります。
救護義務違反 | 被害者の死傷が運転者の運転によるものであった場合は10年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
過失運転致死傷罪 | 7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金 |
救護義務違反の方が重い刑罰となるため、併合罪として処理された場合は、救護義務違反の懲役10年の1.5倍が上限となり、懲役15年を上限として刑罰が言い渡されることになります。
過失運転致死傷罪の起訴率は13.5%とそこまで高い割合ではありません。
処分としても道交法違反と同様、略式起訴の罰金刑となるケースが多いです。
危険運転でひき逃げをした場合
飲酒や薬物の影響で危険運転をして、ひき逃げをした場合は、危険運転致死傷罪と救護義務違反の併合罪となります。
救護義務違反 | 被害者の死傷が運転者の運転によるものであった場合は10年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
危険運転致死傷罪 | 負傷させた場合:15年以下の懲役
死亡させた場合:1年以上の有期懲役 |
危険運転致死傷罪の方が重い刑罰となるため、併合罪として処理された場合の罰則は下記のとおりです。
- 人を負傷させた場合は22年5か月以下の懲役
- 人を死亡させた場合は1年以上30年以下の懲役
懲役の上限は基本20年ですが、併合罪の場合は30年が上限となるため、非常に重い処分が科されるおそれがあります。
なお、危険運転致死傷罪の起訴率は72.9%と高い割合で裁判になる可能性があり、罰則に罰金刑はありません。
危険運転致死傷罪は、裁判員裁判の対象事件です。法務省によると、2022年に危険運転致死傷罪で有罪となった人の懲役年数は下記のとおりでした。
懲役 | 危険運転致傷 | 危険運転致死 | |
10年を超える | 0人 | 4人 | |
10年以下 | 0人 | 10人 | |
7年以下 | 0人 | 5人 | |
5年以下 | 8人 | 1人 | |
3年以下 | 執行猶予 | 226人 | 0人 |
実刑 | 16人 | 1人 |
被害者が亡くなった事案では、執行猶予がつかないことがわかります。
ひき逃げが初犯の場合
初犯であることは、刑事処分の判断に有利に働く可能性があります。
ただし、初犯だからという理由だけで、不起訴になるとは限りません。
初犯であっても悪質だと判断されたり、今までも常習的に飲酒運転を繰り返していたりすれば、重い処分となることが考えられるでしょう。
執行猶予がつけば、執行猶予期間中に罪を犯さない限り、刑務所に収容されることはありません。
しかし、初犯で執行猶予がつくのは、言い渡される量刑が3年以下の懲役か禁錮の場合です。
先述したとおり、危険運転で人を死傷させた場合、統計上は執行猶予がついていません。初犯だからといって甘く考えるのは危険です。
ひき逃げで重い処分が下された事例
ひき逃げで、負傷者がおらず、救護義務違反に問われた場合であれば、罰金刑で済む可能性があります。
一方で、万が一人が死傷した場合は、ここで紹介する事例のように重い処分が下されるおそれがあります。
飲酒ひき逃げをした元バス運転手に懲役10年
バイクに乗っていた男性をひき逃げして死亡させた事件の裁判員裁判では、元バスの運転手に懲役10年の判決が下されました。
事件当時、被告人は酔った状態で車を運転し、被害者のバイクに追突。
そのまま約470メートルにわたり被害者を引きずって死亡させた上、逃走したとのことです。
被告人がこれまでも常習的に飲酒運転を繰り返していました。
裁判官は、思いとどまるチャンスがあったにも関わらず軽く考えて、凄惨な結果を招いたと指摘し、上記量刑が言い渡されています。
職業として運転手をしている場合は、努めている会社の信頼を失わせることになり、解雇されることも考えられるでしょう。
参考:元バス運転手、飲酒ひき逃げで懲役10年 さいたま地裁|産経新聞
ひき逃げをした被告人に懲役23年
交差点で歩行者を跳ね3人が死亡した事件の裁判員裁判では、外国籍の被告人に懲役23年が言い渡されました。
被告人は無免許で運転をし、時速約120キロのスピードで赤信号の交差点に進入し、被害者3人を約40メートル先まで跳ねて死亡させた上、その場から逃走。
裁判官は、遺族に謝罪文を送るなど反省している点は認めつつ、現場から逃げ去る行為は悪質であり、3人が死亡した結果は重大で長期間の懲役は免れないとして、上記の判決となりました。
参考:名古屋・熱田ひき逃げ、運転手の男に懲役23年 地裁判決|日本経済新聞
ひき逃げをした被告人に懲役15年
会社員をはねたあと、約3キロにわたり引きずり、死亡させたひき逃げ事件では、道路交通法違反と殺人罪に問われた被告人に、懲役15年の判決が下されました。
裁判では、被害者との衝突後に、異音や車両の抵抗があり、被害者を引きずっている可能性が高いと認識できたにも関わらず、そのまま車を走行させたため、殺意が認定されました。
動機も、執行猶予期間中の被告人が、飲酒や無免許運転による服役をおそれて逃走し、人の命さえ意に介さない身勝手極まりない残酷な犯行であるとして、上記の判決が言い渡されています。
ひき逃げをした場合に殺意があると判断されれば、殺人罪に問われる可能性があります。
参考:3キロひきずり、懲役15年 大阪地裁判決|日本経済新聞
ひき逃げで問われる責任
ひき逃げをした場合、刑事処分が科されるだけではありません。
行政処分で違反点数が加算されるほか、場合によっては民事裁判で損害賠償請求を受けることも考えられるでしょう。
行政処分で免許は取り消しになる
ひき逃げは、被害者の負傷に関係なく、救護義務違反として35点が加算されます。
累積14点までは免許停止ですが、35点が加算されれば、一発で免許取り消しです。
免許が取り消しとなった場合は、一定期間免許を取得することができません。
免許停止の前歴などがなければ欠格期間は3年で済みますが、事故の違反点数が加点されたり、前歴があったりすれば、それに応じて欠格期間も長くなります(最長10年)。
参考:行政処分基準点数|警視庁
民事責任を問われ賠償義務が生じる
民法では、故意や過失によって人に損害を与えた場合に、加害者が賠償する責任を負います(民法第709条、710条)。
被害者が負傷や死亡すれば、民事裁判で損害賠償請求を受ける可能性があるでしょう。
人身事故を起こしたとしても、自賠責保険や任意保険に加入しているため、保険会社が被害者の賠償を行うのが一般的です。
ただし、自賠責保険にしか加入していない場合や、被害者の損害が任意保険の賠償額を超過した場合は、加害者が賠償することになります。
ひき逃げをした場合のリスク
ひき逃げをした場合は、下記のようなリスクがあります。
- 逮捕される可能性がある
- 長期間の勾留で日常生活に影響が生じる
- 実名報道をされる可能性がある
- 有罪となれば罰金でも前科がつく
被害者が死傷するようなひき逃げは、悪質だと判断され、逮捕される可能性があります。
逮捕されれば、警察署の留置場に10~20日間身柄を拘束されたり(勾留)、実名報道をされたりするおそれもあるでしょう。
起訴されて有罪となれば、罰金刑であっても前科がつくことになります。
ひき逃げをした場合にすべきこと
もしひき逃げをしてしまった場合は、下記を検討してください。
- 被害者に謝罪をして示談をする
- ひき逃げをした場合は自首や出頭をする
刑事事件では、被害者に対して謝罪や真摯に反省を行い、被害を回復することで、処分が軽くなる可能性があります。
ひき逃げをしてしまった場合は、早期に自首や出頭をするのもおすすめです。
意味 | メリット | |
自首 | ひき逃げが発覚したり、被害者が被害を訴えたりする前に、警察に犯罪の事実を申告する | 自首した場合に、言い渡される刑罰が軽くなる(刑法第42条)
逮捕されない・不起訴になる可能性がある |
出頭 | 捜査が行われている場合に、警察に出向く | 逮捕されない・不起訴になる可能性がある |
比較的軽微な罪で、逃亡や証拠隠滅のおそれがなければ、逮捕されないケースがあります。
そのため、自首や出頭をすることで、ある日突然訪ねてきた警察に、家族の前で逮捕されるといった状況も回避できる可能性があるでしょう。
身柄拘束を受けなければ、仕事などにも影響を与えずに済みます。
弁護士に依頼をすることで、自首や出頭への同行、取り調べに対して不利にならないような助言、被害者との示談交渉など、処分が軽くなるようにサポートを受けることができます。
被害者を死傷させたような場合や、警察から連絡があった場合、家族が逮捕された場合は、迷わず弁護士に相談してください。
ひき逃げに気づかなかった場合も処罰される?
人身事故に気付かずに、その場を立ち去った場合、救護義務違反は成立せず、ひき逃げで処罰されることはありません。
犯罪が成立するには、罪を犯したと認識している必要があります。
実際に、高齢者をひき逃げしたとして、道交法違反に問われた事件でも、無罪が言い渡されたケースがあります。
ただし、単に運転手が事故に気づかなかったと主張をしても、その主張だけで無罪になるわけではありません。
上記事例でも、ドラレコの記録から人を轢いた際の車体の揺れた時間が短く、運転者の動揺が見られなかった点から、人を轢いた認識はなかったと判断されました。
このように、ドラレコの記録や、事故の際の反応、事故現場の防犯カメラの映像などから客観的に判断されることになるでしょう。
参考:タクシーでひき逃げ、仙台高裁が逆転無罪の判決…人に乗り上げた認識「認めがたい」|読売新聞オンライン
まとめ
人身事故で被害者を死傷させて現場から立ち去った場合は、救護義務違反だけでなく、過失運転致死傷罪や危険運転致死傷罪に問われ、刑罰の上限も1.5倍になるおそれがあります。
さらには、逮捕や実名報道、重い処分、解雇といったあらゆるリスクが考えられます。
救護義務違反だけでも違反点数35点が加算され、場合によっては被害者から損害賠償請求を受けるおそれもあるでしょう。
事故の際に恐怖やパニックで逃げてしまえば、こうしたリスクが生じます。事故時は被害者の救護や通報など適切な対応を行いましょう。
ひき逃げに身に覚えがある人や、警察から連絡が来た人は、弁護士に相談してください。