更新日:2026年10月22日 (木)
公開日:2026年10月22日 (木)
市営住宅でアスベスト見落とし4回の衝撃─石綿調査義務と住民の健康被害リスクを弁護士が解説
サマリー
堺市の市営住宅でアスベストが4回も見落とされた問題から、改修工事における石綿調査義務と住民の健康被害救済制度を弁護士が解説します。
公営住宅の改修工事において、アスベスト(石綿)含有建材の見落としが繰り返されていたことが報じられ、住民の間に不安が広がっています。
大阪・堺市の市営住宅2棟で危険なアスベスト「4回」見落とし 過去の改修で飛散か
出典:Yahoo!ニュース(アジアプレス・ネットワーク)
2026年10月16日に配信されたこの報道によれば、堺市が管理する市営住宅2棟において、過去の改修工事の際にアスベストの調査・把握が複数回にわたって行われず、結果として危険な石綿建材が放置され、改修工事によって飛散した可能性があるとされています。同じ建物で4回も見落としが繰り返されていたという事実は、公共住宅における石綿対策の体制そのものに深刻な疑問を投げかけるものです。本コラムでは、この報道を手がかりに、建物の改修・解体工事における石綿事前調査の法的義務と、住民が健康被害を受けた場合の法的な救済手段について解説します。
改修・解体工事における石綿事前調査義務とは
建築物の改修や解体を行う際には、石綿障害予防規則(石綿則)および大気汚染防止法に基づき、発注者・施工業者に対して事前調査が義務付けられています。石綿則第3条は、建築物等の解体・改修作業を行う事業者に対し、あらかじめ石綿等の使用の有無を調査することを義務付けており、調査にあたっては設計図書の確認だけでなく、現地での目視・分析調査を行うことが求められます。また大気汚染防止法第18条の15では、一定規模以上の工事について、石綿含有建材の有無に関する調査結果を都道府県等に報告することが義務化されています。
2023年10月以降は、この事前調査について石綿障害予防規則に基づく有資格者(石綿事前調査者)が実施することが義務化されており、調査の信頼性を高める制度改正が行われています。にもかかわらず、今回のように公営住宅という公共性の高い建物で見落としが繰り返されていたとすれば、発注者である自治体側の管理体制、あるいは調査を請け負った業者の調査の質そのものに問題があった可能性があります。事前調査を怠った、あるいは不十分な調査しか行わなかった場合、石綿則違反として業者に対する行政処分や罰則(石綿則違反は労働安全衛生法に基づき罰則の対象となり得ます)が科される可能性があります。
住民が石綿にさらされた場合の健康被害と法的責任
アスベストは吸引から数十年を経て中皮腫や肺がん、石綿肺といった重篤な疾患を引き起こすことが知られており、潜伏期間の長さが被害の把握・立証を困難にしているのが特徴です。今回のように改修工事によって石綿が飛散した疑いがある場合、居住者が吸引したアスベストにより将来的に健康被害が生じる可能性は否定できません。
こうした場合に住民が検討し得る法的手段としては、まず国家賠償法第1条に基づく損害賠償請求が挙げられます。市営住宅の管理は地方公共団体の公権力の行使に準じる職務行為とされることが多く、調査義務を怠った結果として石綿を飛散させ、住民に健康被害が生じた場合には、自治体の過失(管理者としての注意義務違反)を理由に賠償を求める余地があります。また、改修工事を請け負った施工業者に対しては民法第709条の不法行為責任、あるいは契約関係があれば民法第415条の債務不履行責任を追及することも考えられます。
さらに、中皮腫や肺がんなど石綿関連疾患を発症した場合には、労働者であれば労災保険、労働者に該当しない周辺住民等であれば石綿による健康被害の救済に関する法律(石綿健康被害救済法)に基づく救済給付の対象となる可能性があります。ただし石綿関連疾患は発症までの潜伏期間が長く、因果関係の立証や請求のタイミングを誤ると救済を受けられなくなるおそれがあるため、異変を感じた時点で早めに専門家へ相談することが重要です。石綿健康被害救済法に基づく給付には申請期限が定められている給付種別もあるため、放置せず速やかな情報収集が欠かせません。
公営住宅の管理瑕疵と自治体の賠償責任の考え方
公営住宅は地方公共団体が設置・管理する「公の施設」であり、自治体には住民が安全に居住できる環境を維持する管理責任があります。改修工事の事前調査を複数回にわたり怠っていたという事実が認定されれば、これは単なる手続きミスにとどまらず、営造物の設置又は管理の瑕疵(国家賠償法第2条)として問題になる可能性もあります。同条は、公の営造物の設置・管理に瑕疵があり、それによって他人に損害が生じたときは、国または公共団体がこれを賠償する責任を負うと定めています。
裁判例上、管理瑕疵の有無は「通常有すべき安全性を欠いていたか」という観点から判断されますが、アスベストのような目に見えない有害物質の管理についても、適切な調査・除去を怠ったことが安全性の欠如と評価され得る点に留意が必要です。住民側としては、改修工事の時期・内容・調査報告書の有無などの事実関係を記録・保全しておくことが、将来の損害賠償請求において重要な証拠となります。
まとめ
今回の堺市の事例は、公営住宅という本来住民の安全を守るべき立場の管理者において、石綿事前調査義務が複数回にわたり果たされていなかった疑いがあるという点で、極めて重大な問題を含んでいます。アスベスト被害は発症までの時間が長く、因果関係の立証や請求手続きが複雑になりがちであるため、住民の方が不安を抱えた場合には早期の専門家相談が被害回復の第一歩となります。
改修工事後の健康不安、自治体や施工業者への損害賠償請求、石綿健康被害救済法に基づく給付の手続きなどでお困りの場合は、弁護士法人ネクスパート法律事務所までご相談ください。
コラム監修者
RUI SATO
所属:代表(東京オフィス)
東京都杉並区出身。明治大学付属中野高校、明治大学法学部を経て、明治大学法科大学院を修了。2011年に新司法試験に合格し、最高裁判所司法研修所を修了(65期)。2012年12月に弁護士登録(東京弁護士会)し、都内の法律事務所での勤務を経て、2016年1月に寺垣俊介とともにネクスパート法律事務所を創業。代表弁護士として一般民事から企業法務まで幅広い分野を手がけるとともに、全国に拠点を持つ事務所の経営にあたる。
早くからテクノロジーと法務の融合に取り組み、2021年にはAIを利用した法律文書作成サービスを開発するLegal AI株式会社の代表取締役に就任(現在は退任)。当時はAI技術が発展途上で技術的な壁に直面したが、この挑戦を通じて「法務業務こそAIの力を借りれば飛躍的に変わる」という確信を得る。以来そのビジョンを持ち続け、生成AIが広く普及した現在は事務所の業務全体でAIの活用を進めている。2026年には日本弁護士連合会「弁護士業務改革シンポジウム」にパネリストとして登壇した。ブロックチェーン・Web3分野の法務や海外法人の設立支援にも取り組み、公益法人主催のセミナー等で講師を務める。
公正取引委員会・中小企業庁「適正取引推進講習会」講師、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員を歴任。弁護士業務のかたわら、2014年に東京青年会議所に入会して以来、10年以上にわたりボランティア活動に取り組む。2017年からは国際的な社会奉仕団体であるライオンズクラブに所属し、2022年には東京数寄屋橋ライオンズクラブ第57代会長を務めた。献血の呼びかけ、障がい者スポーツ大会の支援、保護犬活動のほか、弁護士として小中学生への法教育や薬物乱用防止教育にも携わっている。