更新日:2026年9月13日 (日)
公開日:2024年3月18日 (月)
医療機関の倒産と破産手続きの注意点|患者対応やカルテ管理を解説
サマリー
経営難や資金繰りの悪化から破産を検討する医療機関の経営者にとって、手続きの進め方や患者への影響は大きな懸念事項です。医療機関の破産では、一般的な法人破産とは異なり、入院・通院患者の転院先の確保や、医師法等に基づくカルテの法定保存義務など、特有の実務対応が求められます。この記事では、近年の倒産動向や破産の主体をはじめ、患者対応や事業停止の判断、従業員の雇用、診療録の管理、保健所への届出における注意点について解説します。
医療機関の倒産動向と破産手続きの基本
医療機関を取り巻く経営環境は厳しさを増しており、債務整理や破産手続きを余儀なくされるケースが見られます。倒産に至る背景や手続きの進め方を理解する上では、まず近年の倒産動向と、経営形態による手続き主体の違いを押さえておくことが重要です。
医療機関における近年の倒産動向
2023年における医療機関(病院、診療所、歯科医院)の倒産件数は41件に達し、2年連続で40件を超える高水準となりました。
2000年以降の統計を振り返ると、2009年(52件)、2007年(48件)、2019年(45件)などに次ぐ水準で推移しています。コロナ関連の公的支援策などにより倒産が大幅に減少した2020年(27件)を経て、2021年以降は再び増加傾向へと転じています。
| 業態 | 施設の概要 | 2023年の倒産件数 |
|---|---|---|
| 病院 | 20人以上の患者を入院させるための施設を有する医療機関 | 3件 |
| 診療所 | 19人以下の患者を入院させる施設を有する、または入院施設のない医療機関 | 23件 |
| 歯科医院 | 歯科医師が医業を行う施設 | 15件 |
業態別では診療所や歯科医院の倒産件数が多くを占めていますが、病院の倒産も発生しており、幅広い医療現場で経営再建や清算の検討が必要とされる場面が存在します。
個人経営と医療法人における破産の申立主体
医療機関の破産手続きを進めるにあたっては、その医療機関が「個人経営」か「医療法人」かによって申立を行う主体(破産者)が異なります。
個人経営のクリニックや歯科医院の場合、破産手続きの申立主体は経営者である院長(個人)となります。事業用の資産や負債だけでなく、個人の財産関係も含めて一体的に破産手続きの中で整理が進められます。
これに対して医療法人の場合は、医療法人という独立した法人格そのものが申立主体となります。法人の財産が破産管財人によって換価・配当されることになり、理事長個人の財産とは法理上分離して扱われます。
ただし、経営主体が個人であっても医療法人であっても、患者の受入先確保やカルテの保存義務など、破産に際して留意すべき実務上の重要事項には共通点が多くあります。
注意点1:患者の転院先確保と事業停止日の決定
医療機関が破産手続きを進める際、一般企業の手続きと大きく異なるのが、入院患者や通院患者への対応です。医療機関は患者の生命や健康を預かっているため、破産による影響が患者に及ばないよう細心の注意を払う必要があります。
患者の受け入れ先確保と関係機関との協議
破産申立を検討する段階において、まずは入院患者や継続的な治療を受けている通院患者の転院・転医先が確保できるかを確認しなければなりません。転院手配を円滑に進めるため、医療機関の経営者や申立代理人となる弁護士は、破産を申し立てる裁判所だけでなく、行政機関や地域医師会等と事前に協議を行うことが重要です。
具体的には、転院や転医に必要な期間や費用の把握に加え、それまでの間、破産対象の医療機関において適切な診療を継続できる体制が整っているかを精査します。
入院患者が存在するにもかかわらず医療体制に不備がある場合や、患者の生命身体に重大な影響が生じるおそれがある場合には、都道府県の所管窓口(環境保健部など)や所轄の保健所、地域医師会と密に連携を取りながら受け入れ先の手配を進めます。また、通院患者のみであっても、継続的な処置が必要な患者の状況を個別に調査し、必要に応じて関係機関の協力を仰ぎます。
事業停止日の慎重な決定
医療機関の事業をどの時点で停止するかという判断も極めて重要です。適切な医療体制の維持が困難な状況下で診療を継続することは、重大な医療事故や患者への健康被害を招くリスクを伴います。
例えば、病床に多数の空きが生じている場合や、資金繰りのために診療報酬債権が既に譲渡されている場合、医療機関の不動産や院内の医療機器に対して滞納処分や差押えがなされている場合などは、安定した医療提供を行うことが困難な状態といえます。
医療提供体制に重大な支障が出ている場合は、患者の安全を最優先とし、速やかに事業停止日を設定して転院・転医を完了させる必要があります。
注意点2:従業員の雇用終了と破産管財業務の補助
医療機関が破産手続きを進める際、雇用している医師、看護師、医療事務員などの従業員の取り扱いについても慎重な対応が求められます。
原則としての従業員解雇と破産申立時の流れ
通常の法人破産と同様に、医療法人が破産する場合も原則として全従業員を解雇する手続きを進めることになります。事業停止や破産申立てのタイミングに合わせて解雇予告や通知を行うのが一般的な実務の流れです。
破産手続開始決定がなされると、破産法人の財産を管理・換価処分する権限は裁判所から選任された破産管財人に専属します。そのため、基本的にはすべての事業活動が停止し、職員による通常の診療業務も終了することになります。
医療現場の特殊性と例外的な一部職員の雇用継続
しかし、医療機関の業務は独自性が高く、院内には医療機器、医薬品、膨大な診療記録(カルテ)など特殊な財産や情報が多数存在します。これらは一般的な事業用設備とは異なり、取り扱いに相応の知識を要します。
破産管財人だけでこうした特殊な医療財産の所在確認や整理、患者情報の確認などを迅速に行うことは困難を伴う場合があります。
そのため、破産管財業務を円滑に進める目的で、例外的に看護師や事務担当職員の代表(各1名程度など)について雇用を継続し、管財業務の補助を担ってもらう運用が採られることがあります。
院内設備の把握やカルテの整理、各種問い合わせへの初期対応などを補助してもらう体制を整えることで、混乱を防ぎながら破産手続きを進行させることが可能となります。
注意点3:カルテ等(診療録)の法定保存義務への対応
医療機関が破産手続きに入る場合であっても、患者の診療記録に関する保存義務が免除されるわけではありません。医療機関には法令に基づき、カルテや各種の帳簿類を一定期間保管し続けることが義務付けられています。
法令で定められている保存期間
カルテ(診療録)については、医師法において診療終了の日から5年間の保存義務が定められています。事業停止によって医院や法人が消滅する場合でも、過去に診療を行った患者の記録を勝手に破棄することはできません。
また、カルテ以外にも法令等によって3年間の保存が求められている記録類が存在します。破産手続の準備段階において、対象となる書類の範囲と保管状況をあらかじめ整理しておくことが求められます。
| 法定保存期間 | 主な対象書類・記録 |
|---|---|
| 5年間 | カルテ(診療録) |
| 3年間 | 病院日誌、各科の診療日誌、処方箋、手術記録、看護記録、検査所見記録、エックス線写真、患者数を明らかにする帳簿、入院診療計画書 |
施設譲渡の有無による管理実務の違い
事業停止後の診療記録等の管理方法は、医療機関の建物や設備が第三者に引き継がれるかどうかによって対応が大きく異なります。
病院や診療所の施設を他の医療法人や個人医師が買い受け、その場所で医療業務を継続する場合には、診療記録類をそのまま買受人に引き継ぐ対応が一般的です。
一方で、施設の買受人が見つからず事業を完全に閉鎖せざるを得ない場合には、記録の引き継ぎ先が存在しません。このケースでは、破産管財人が破産者の財産(破産財団)から外部倉庫の利用料などの費用を演出し、法定保存期間が満了するまで適切に保管を続けることになります。
医療機関が破産する場合であってもカルテ等の法定保存義務は残り、保管先の確保や費用の手当てが必要となります。
注意点4:行政(保健所)への届出と事業譲渡のタイミング
医療機関が事業を停止した際は、原則として事後速やかに行政機関へ届出を行わなければなりません。法律上の手続きとして、事業停止後10日以内に所轄の保健所へ「廃止届出書」を提出することが基本原則とされています。
しかし、病院や診療所の施設・事業を第三者へ譲渡(承継)することを予定している場合には、届出のタイミングや書類の選択について極めて慎重な判断が求められます。
廃止届の提出による病床枠消失のリスク
医療法等に基づき、地域ごとに医療機関の病床数(基準病床数)には上限が定められています。事業停止に伴って直ちに廃止届出書を提出してしまうと、その地域における基準病床数に空き枠が生じることになります。
もし買受人の開設許可や病床数増加許可が下りる前に廃止届を受理されてしまうと、空いた病床枠に対して別の医療機関から申請があった場合に、その枠が他へ割り振られてしまう可能性があります。
その結果、施設の買受人が後から開設や増床の許可を申請しても認められず、施設譲渡自体が頓挫してしまうおそれがあります。
休止届の活用と手続きの流れ
このような病床枠の消失リスクを避けるため、事業譲渡を前提とする場合は、廃止届ではなくまず「休止届出書」を保健所に提出する方法が検討されます。休止届を提出している状態であれば、基準病床数の空枠としては扱われません。
施設譲渡を円滑に進めるためには、届出の順序を適切に管理することが重要です。
- 事業停止に伴い、まずは保健所に対して「休止届出書」を提出する
- 医療施設の買受人への譲渡手続きを進め、買受人において新たな開設許可や病床数増加許可を取得する
- 買受人の許可取得が完了した段階で、元の医療機関に関する「廃止届出書」を保健所に提出する
このように届出の種別とタイミングを調整することで、地域の医療資源である病床を維持したまま、第三者への施設承継を進めることが可能となります。
医療機関の破産申立と弁護士への相談
医療機関の破産手続きは、一般的な法人の倒産処理と比較して、検討すべき法的・実務的課題が多岐にわたります。債権者への対応や財産の清算といった通常の破産手続きに加えて、患者の受け入れ先確保やカルテの保存義務、行政への届出など、医療機関特有の配慮が欠かせません。
医療機関の破産申立においては、医療現場の実情に即した多角的な調整と計画的な準備が不可欠です。
医療機関特有の法的・実務的課題の整理
医療機関が破産に至る過程では、入院患者や通院患者の安全確保が最優先事項となります。適切な医療体制の維持が困難と判断される場合には、迅速な事業停止と転院支援が求められ、地域医療機関や医師会、行政機関との緊密な協議が重要になります。
また、破産管財人の財産管理を補助するための職員の確保や、法令で定められたカルテ・診療記録の保管方法の策定など、閉院に伴う実務的な負担も大きくなります。さらに、施設の事業譲渡を視野に入れる場合には、病床数の取り扱いを見据えた行政届出のタイミングを見極める必要があります。
経営難に直面した際の相談窓口の活用
経営状況が悪化し事業の継続に課題を抱えている場合、早期に弁護士などの専門家に相談することが選択肢の一つとなります。破産申立に伴う法的リスクや必要な手続きのスケジュールをあらかじめ整理することで、混乱を最小限に抑えるための道筋を検討できます。
倒産処理や医療法人の法務を取扱分野とする弁護士などのアドバイスを受けることで、患者や従業員、地域社会への影響を慎重に考慮しながら、適切な法的手続きを進めるための準備を整えることが可能です。
コラム監修者
AKIHIRO ARIMURA
所属:仙台オフィス 支店長
慶應義塾大学法学部および同大学院を卒業後、司法試験に合格。最高裁判所司法研修所での修習を経て、個人・法人を問わず幅広い法律問題の解決に尽力。病院や製薬会社、医療機関からのご相談にも多く携わった。 特に法人債務整理分野においては、これまで100社を超える案件に携わった豊富な実績を有している。事業譲渡を伴うスキームや、申立後の事業継続を要する複雑な事案、「経営者保証ガイドライン」を活用した整理手続まで、高度な専門性が求められるケースにも柔軟かつ迅速に対応している。 現在は裁判所から選任される破産管財人業務にも積極的に取り組んでおり、複雑な状況下にある経営者の皆様の「次の一歩」を支えるパートナーとして、日々誠実に業務に邁進している。