傷害罪の時効は10年?公訴時効や民事の時効・警察は動かない?
あってはならないことですが、面識のない相手との間で、口論や暴力といったトラブルが発生するケースがあります。
実際に、コンビニの駐車場で口論になった男性が顔面を殴られ、その後死亡するという事件が起きました。
殴られて倒れた被害者を放置し、現場から立ち去った男性は逮捕されています。
他人にけがをさせたうえで現場を離れると、傷害罪や傷害致死罪として捜査されることになります。
被害者にとっては、加害者に対して負わせられたけがの責任を追及したいと考えるのが自然でしょう。時効が成立していなければ訴訟を起こすことも可能です。
この記事では、傷害罪における時効について以下の点を解説します。
- 傷害罪の刑事・民事の時効
- 傷害罪の時効で警察から逃れられるか
- 傷害罪で警察が動くケース・動かないケース
- 傷害罪は初犯だと不起訴になるか
傷害罪の時効とは
時効の種類
刑事事件の時効には、以下の種類があります。
公訴時効 | 検察が疑わしい人を刑事裁判で訴えることができる期限 |
刑の消滅時効 | 刑を執行できる期限 |
一般的に、犯罪の時効と聞いて思い浮かべるのは、公訴時効を指すことが多いです。
この公訴時効は、犯罪ごとに定められた罰則に応じて期間が異なります。後述しますが、傷害罪の公訴時効は10年です。
時効が存在する理由
犯罪に対して時効があるなんて納得できないと感じる人もいるかもしれません。しかし、民法にも、訴えることができる期限として時効が定められています。
このように時効が存在するのは以下の理由があるからです。
- 長期続いた状態を尊重すべきだから
- 時間の経過とともに証拠が失われるから
- 犯罪による社会的な影響が微弱となるから
時間経過による証拠の消失や散逸の危険性は重要視されます。このため、冤罪のリスクを軽減する目的で、公訴時効が設けられています。
傷害罪の公訴時効
ここでは、傷害罪の公訴時効、時効の起算点、時効が停止するケースについて解説します。
傷害罪の公訴時効は10年
傷害罪の公訴時効は10年です。公訴時効の期限については、各犯罪の刑罰の上限を基準に定められています。
傷害罪の罰則は、15年以下の懲役または50万円以下の罰金です。
このため、公訴時効を定めた刑事訴訟法の250条にもとづき、懲役や禁錮の上限が15年以上の罪に該当し、公訴時効は10年となります。
第二百五十条
中略
②時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一死刑に当たる罪については二十五年
二無期の懲役又は禁錮に当たる罪については十五年
三長期十五年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については十年
四長期十五年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については七年
五長期十年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については五年
六長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については三年
七拘留又は科料に当たる罪については一年
なお、傷害行為によって被害者が死亡し 傷害致死罪 が成立した場合、公訴時効は 20年 となります。
殺人罪など死刑に相当する犯罪については、法改正により公訴時効が撤廃されています。
傷害罪の公訴時効の起算点
起算点 とは、公訴時効のカウントが開始される時点のことを指します。公訴時効の起算点は、犯罪行為が終わった時点から時効が進行すると定められています。
第二百五十三条時効は、犯罪行為が終つた時から進行する。
傷害罪の場合、暴行行為そのものではなく、ケガをさせたという結果が発生した時点が起算点と考えられます。
そのため、暴行後に後遺障害が発生した場合でも、その後遺障害が生じた時点から公訴時効が進行します。
傷害罪は親告罪ではないため、刑事告訴がなくても起訴(刑事裁判で訴える)が可能です。
告訴期間の制限もないため、公訴時効が成立するまでの間、刑事告訴される可能性があります。
公訴時効が停止するケース
公訴時効は、以下のような場合にカウントが停止します。
- 刑事裁判で起訴した場合
- 共犯者を起訴した場合
- 犯人が国外にいる場合
- 犯人が逃亡しており起訴状の送達や略式命令の告知ができない場合
起訴された場合や、犯人が国外にいる場合、逃亡により起訴状など送達や告知ができない場合は、時効の進行が停止します。この状態が続く限り、時効は完成しません。
傷害罪の民事事件の時効
民事事件の時効とは
民法では、故意や過失によって他人の権利や利益を侵害した場合、加害者に損害賠償の責任が課されます(民法第709条)。
刑法が犯罪行為の刑罰を規定しているのに対し、民法では被害者が加害者に対して損害賠償を請求する権利が定められています。
たとえば、暴行によって被害者がケガをした場合、それは民法上の不法行為に該当し、被害者は加害者に損害賠償を求めることができます。
ただし、民事事件においても損害賠償請求権には時効があり、一定期間を過ぎると請求できなくなります。
傷害罪の民事事件の時効は5年
傷害罪などの人の生命や身体を害する不法行為の時効は、損害及び加害者を知ったときから5年、もしくは不法行為から20年です。
(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第七百二十四条の二 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
傷害罪の民事事件の起算点
不法行為の時効は2種類ありますが、それぞれ起算点が異なります。
時効 | 起算点 |
5年 | 損害及び加害者を知った時から |
20年 | 不法行為の時から |
5年の時効期間の場合の起算点は、損害及び加害者を知った時からです。
損害を知った時からというのは、加害者から暴行を受けて、後からケガが判明した時点のことです。
加害者を知った時とは、加害者の氏名・住所が判明した時点とされています。
そのため、面識のある相手から暴力を受けてケガをした段階か、暴行によりケガが発覚した段階から時効が進行します。
面識のない相手から暴行を受け、加害者が特定できない場合の時効は、被害を受けた時から20年です。
ただし、20年の間に加害者を特定できれば、その時点から5年以内に損害賠償請求を行う必要があります。
傷害罪の時効で罪から逃れられる?
人に暴行を加えてケガをさせた場合、時効の成立によって加害者は罪を免れることができるのでしょうか。
ここでは、傷害罪の逮捕率や警察が動くケース、動かないケースについて、加害者、被害者両者に向けて解説します。
傷害罪の逮捕率
法務省によると、2022年に傷害罪で逮捕された人の割合は50.2%でした。
しかし、これは傷害事件全体のうち逮捕されたケースを示すものであり、逮捕されなかった残りのケースが放置されているわけではありません。
逮捕は、被疑者が逃亡や証拠隠滅の恐れがある場合に行われる手段です。
そのため、加害者が特定されていても、逃亡や証拠隠滅の恐れがない場合は、逮捕されずに捜査のみが進行することがあります。
警察や検察が加害者を特定することを検挙と言いますが、2022年の警察の統計によれば、傷害事件の検挙率は81.1%でした。
これは、事件の約8割で加害者や関与者が特定されていることを示しています。
参考:令和5年版 犯罪白書 第3節 被疑者の勾留と逮捕|法務省
傷害罪で警察が動くケース
確かに傷害罪などの犯罪では、警察が動かないケースもありますが、以下のようなケースでは、警察が捜査を進める可能性があります。
- 暴行とケガの因果関係がある
- 被害状況などの証拠がそろっている
- 告訴状が受理された
例えば、加害者から暴力を受けて、その場でケガをして病院に搬送された場合は、暴行とケガに関係があると判断できます。
暴行を受けてその場で警察に通報した場合も、警察は被害状況を確認できるため、捜査が行われることも考えられます。
他にも、被害について以下のような証拠があれば、被害の事実が明らかとなり、捜査が行われる可能性があるでしょう。
- 暴行の様子が記録された防犯カメラやスマホの録画データ
- 暴行によりケガをしたことがわかる医師の診断書や負傷状況の写真
- 暴行で被害を受けたことがわかる壊れたものの写真
- 第三者の目撃証言 など
告訴状が受理されると、警察や検察には捜査義務が生じます。証拠が明確で、犯罪の成立が判断される場合は捜査が進められるでしょう。
傷害罪で警察が動かないケース
一方で、傷害罪で警察が動かないケースは、以下のとおりです。
- 事件性や違法性が低い
- 証拠が不十分
- 被害届が受理されていない
例えば、加害者の暴力と無関係に被害者がケガをしている可能性が高いなど、暴行とケガの因果関係が認められないケースが考えられます。
被害者が加害者から殴られてケガをしたと主張しても、診断書や写真などがなく、事実を裏付ける証拠がそろわない場合は、警察が動かないこともあります。
犯罪行為や被害の事実が明確でないと判断されると、被害届自体が受理されないことがあります。
ただし、被害の内容が明確で犯罪が成立していると判断されれば、警察が動く可能性は高まります。
傷害罪の成立要件
傷害罪は、被害の程度などによっては成立しないケースもあります。ここでは、傷害罪が成立するための以下の構成要件について解説します。
- 傷害の実行行為があること
- 傷害の結果が生じること
- 実行行為と結果との因果関係があること
- 暴行や傷害の故意があること
傷害の実行行為があること
傷害罪の構成要件の一つは、傷害の実行行為があることです。これは、人の身体に対する有形力の行使を指し、わかりやすく言えば他人への暴力行為です。
殴る、蹴るといった直接的な行為だけでなく、音や光、熱などのエネルギーを用いた間接的な行為も該当します。
例えば、隣家に連日ラジオを大音量で流し続け、被害者に慢性頭痛などの健康被害を生じさせた場合も、傷害の実行行為にあたると判断されています(平成17年3月29日最高裁判例)。
傷害の結果が生じること
傷害の実行行為の結果、被害者に傷害の結果が生じることも必要です。
ここでいう傷害とは、人の生理的機能に損傷を与えることや、健康状態を悪化させることとされています。
例えば、暴行により打撲傷などのケガを負わせた場合や、精神的ストレスから頭痛を発症させた場合も傷害に該当します。
暴行により被害者がケガなどをすれば傷害罪が成立します。一方、被害者がケガをするに至らなければ、暴行罪の成立にとどまります。
実行行為と結果との因果関係があること
実行行為と傷害の結果の間に因果関係があることも必要です。例えば、加害者が殴ったことで、出血した場合は因果関係が明確です。
一方、足を蹴られたにもかかわらず手首を骨折した場合は、暴行を受けた箇所と結果が矛盾しており、因果関係が認められないと考えられます。
しかし、足を蹴られて転倒し、その際に手首を骨折した場合は、蹴られた行為が直接の原因と考えられ、因果関係が認められる可能性があります。
暴行や傷害の故意があること
最後に、暴行や傷害の故意があることも必要です。傷害の故意とは、被害者に危害を加えようとする意図を指します。
たとえケガをさせるつもりがなくても、危害を加える意図があれば傷害の故意が認められ、結果的に被害者がケガをすれば傷害罪が成立します。
一方、危害を加える意図がなく誤ってケガを負わせた場合は、過失傷害罪に問われることになります。
傷害罪と暴行・殺人との違い
傷害罪とよく似た犯罪に暴行罪があります。さらに、傷害行為の結果、被害者が死亡した場合は殺人罪が成立するのでしょうか。
傷害罪と暴行罪、殺人罪との違いは以下の通りです。
傷害罪 | 暴行を加えて人をケガさせた場合に成立 |
暴行罪 | 暴行を加えて人がケガをしなかった場合に成立 |
殺人罪 | 殺意をもって人を殺した場合に成立 |
暴行を加えて人を死亡させた場合、殺意がなければ傷害致死罪が成立します。一方、殺意を持って人を死亡させた場合に殺人罪が成立します。
それぞれの違いについては、詳しく解説した関連記事も参考にしてみてください。
傷害罪の初犯は不起訴になる?
傷害罪の量刑が決まる判断基準
傷害罪の量刑が決まる基準は法律で明確に定められていません。しかし、以下のような事情を考慮して、裁判官によって判断されます。
- 暴行の内容(凶器使用の有無、使用回数、単独か複数か)
- 犯行の動機、計画性、犯行前後の行動
- 結果の重大性、被害者のケガの程度(治療期間や後遺症の有無)
- 被害者の処罰感情
- 加害者の反省の程度、被害者に対する賠償の有無
- 前科前歴の有無
- 過去の同様の事例の量刑 など
傷害罪の初犯でも実刑になるケース
初犯であり、同様の前科前歴がないことは、刑事処分において有利な事情となります。
しかし、以下のようなケースでは、初犯でも実刑判決を受ける可能性があります。
- 被害者に激しい暴行を加えた
- 凶器を用いて暴行を加えた
- 被害者が重要を負った、被害者が死亡した
- 複数の傷害事件を起こした
- 他の犯罪にも関与していた
- 被害者に謝罪や賠償を行っていない など
傷害罪で不起訴を得るには示談が重要
傷害罪で不起訴(刑事裁判にならないこと)を得るには、被害者に謝罪を行い、被害者の受けた被害を賠償し、示談を行うことが重要です。
示談が成立することで、被害者の被害を回復することができ、処分が軽くなる可能性が高いです。
なお、傷害罪の示談金の相場は、以下の通りです。
- 全治1週間の軽いケガの場合は10~30万円
- 全治2~3週間のケガの場合は30~150万円
- 全治1か月の重症の場合は50~100万円
示談金には、ケガの治療費や入通院費、精神的苦痛に対する慰謝料などが含まれます。被害者との交渉によっても金額が異なります。
ただし、加害者が被害者に示談を申し入れても、拒否される可能性があります。トラブル防止の観点からも弁護士を通じて示談を申し入れることが一般的です。
被害者が刑事告訴をする前に示談が成立すれば、告訴の取り下げにより、逮捕が回避できる場合もあります。
まとめ
傷害罪の公訴時効は10年ですが、民法上の損害賠償請求の時効は最長20年です。
その間、警察の捜査を受けたり、被害者から訴えられたりする可能性があります。
早期に被害者に謝罪し賠償を行うことで、時効まで怯えて暮らす必要がなくなります。
傷害事件に関与してしまった場合や、警察から連絡があった場合は、早期に弁護士に相談して、被害者に謝罪と示談交渉を行うことが重要です。