殺人事件では、殺意の有無の判断はどのようにされ、量刑判断の犯情では何が重視されるのか
殺人罪や殺人未遂罪で起訴された場合、殺意が争われたり、実刑か執行猶予か量刑が難しい事案もあります。
では、殺意の有無の判断はどのようにされ、量刑判断の犯情では何が重視されるのでしょうか。
殺意が争われる場合は、情況証拠から殺意の有無を判断することになります。
殺人事件の量刑判断は、行為責任の原則から、まず犯情により大枠を設定しますが、その犯情としては、行為態様、結果、動機、凶器の有無・種類、被害者との関係、共犯関係、計画性が主に重視されます。
以下においては、殺人罪の内容、殺意の意義と種類、殺意の認定、第1審(裁判員裁判)における判決結果を概観した上、殺意の有無の判断、殺人事件の量刑判断における犯情について、説明することとします。
目次
殺人罪の内容
犯罪の成立
殺人罪は、人を殺すことによって成立します(刑法199条)。
殺人行為は、人を死亡させる現実的危険性のある行為を開始したときに実行の着手があり、被害者が死亡したときに既遂に達します。
殺人の実行に着手したが死亡の結果が発生しなかった場合が殺人未遂です。
殺人未遂罪も処罰されます(刑法203条)。
刑罰
殺人罪は、死刑、無期又は5年以上の懲役に処せられます。殺人未遂罪の法定刑も同じです。
殺意の意義と種類
殺意の意義
殺意とは、殺人罪における故意であり、人の死亡という結果が生じることを認識・認容することです。
裁判員裁判などでは、人が死ぬ危険性(可能性)が高い行為をそのような行為であるとわかって行ったこと、などと説明されることがあります。
殺意の分類
確定的殺意
確定的殺意とは、人の死という結果発生を意図(意欲)した場合及び意図(意欲)はしていないが、死の結果発生が確実であると認識していた場合をいいます。
未必的殺意
未必的殺意とは、死の結果発生を意図(意欲)せず、かつ、死の結果発生が不確実であることをいいます。
殺意の認定
被告人の自白は、殺意認定のための唯一の直接証拠ですが、被告人が殺意を否認している場合には、殺意の有無は、情況証拠(間接証拠から認定・推認できる間接事実)から判断することになります。
情況証拠
凶器の種類
相手に致命傷を負わせるに足りる形状及び性能を有する凶器で、行為者において凶器の形状・性能を認識していれば、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
凶器の用法
相手に強烈な打撃を与えるように凶器を使用(例えば、力を込めて繰り返し凶器を使用)していれば、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
創傷の部位
創傷の部位が身体の枢要部(頭部や胴体などの身体の四肢以外の全部分)に該当し、行為者においてその部位を認識しながら、あえて攻撃に出ていれば、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
創傷の程度
創傷の程度(刺創・切創の場合は創傷の深さ)、創傷の数が死の結果を招来する可能性が大きい程度にまで達し、生じた創傷の程度が行為者の予期し得た範囲内のものであれば、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
動機の有無
相手に対し殺意を抱くに至ったと考えられるような動機(例えば、深刻な怨恨ないし憤懣)があれば、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
犯行後の行動
犯行後、死の結果を回避する措置を採っていれば、行為者において死の結果の発生を意に介していなかったわけですから、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
総合判断
上記各情況証拠は、いずれもそれぞれが独立してではなく、相互に相まって殺意の有無を認定する判断基準となります。
殺意が争われる場合は、情況証拠から殺意の有無を判断することになります。
一般的には、殺意の存在を認定するについて最も重視されるのは、創傷の部位及び程度、並びに凶器の種類及び用法とされます。
他方、動機の有無、犯行後の行動は、殺意を是認する方向においては補充的な意味を有するにとどまる場合が多いとされています。
第1審(裁判員裁判)における判決結果
平成30r年版犯罪白書(平成29年の統計)によれば、第1審(裁判員裁判)における殺人罪の判決結果は、下記の表のとおりです。
総数(223) | 実刑(有罪の実刑率) 173(78.3%) (実刑で占める率) |
執行猶予 (有罪の執行猶予率) |
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量刑 | 無罪 | 死刑 | 無期 | 20年を超える | 20年以下 | 15年以下 | 10年以下 | 7年以下 | 5年以下 | 3年以下 | 48 (21.7%) |
人数 | 2 | 3 (1.7%) |
6 (3.5%) |
7 (4.0%) |
26 (15.0%) |
40 (23.1%) |
30 (17.3%) |
22 (12.7%) |
22 (12.7%) |
17 (9.8%) |
裁判員裁判における量刑判断は、行為責任の原則(量刑を「被告人の犯罪行為に相応しい刑事責任を明らかにすること」と捉える考え方)から、まず犯情(犯罪行為それ自体に関わる事実)の評価をもとに、当該犯罪行為に相応しい刑の大枠を設定し、次いで、その大枠の中で、被告人に固有の事情等の一般情状を、刑を調整させる要素として被告人に有利ないし不利に考慮し、量刑の一般的傾向ないしいわゆる量刑相場を踏まえながら、最終的な刑を決定するという手法が採られています。
そして、殺人事件の場合、犯情としては、行為態様、結果、動機、凶器の有無・種類、被害者との関係、共犯関係、計画性が主に重視されます。
では、具体的に見てみましょう。
行為態様としては、残虐性、執拗性、危険性などが考慮されます。
結果としては、死亡者数(1名なのか、2名なのか、3名以上なのか)、殺人未遂による傷害者数やその傷害の程度などが考慮されます。
動機としては、怨恨、嬰児殺、児童虐待、介護疲れ、無理心中、心中目的、家族関係、けんか、金銭トラブル、男女関係、DV、保険金目的、憤怒、自己保身・発覚のおそれ、無差別殺人、わいせつ目的、背景なし・不明などが考慮されます。
凶器の有無・種類としては、自動車、薬物・毒物、刃物類、ひも・ロープ類、棒状の凶器、銃、凶器なしなどが考慮されます。
被害者との関係では、親、子(就学前の子、未成年の子、成年の子)、配偶者(内縁を含みます)、その他の親族、交際相手、元配偶者・元交際相手、友人・知人、勤務先関係、関係なし、不明などが考慮されます。
共犯関係では、単独犯、共犯:主導的立場、共犯:従属的立場、共犯:幇助犯などが考慮されます。
まとめ
殺意が認められなければ、殺人罪は傷害致死罪に、殺人未遂罪は傷害罪で処断されます。
殺意が認められるかどうかは被告人にとって切実です。
殺意が争われる場合は、情況証拠から殺意の有無を判断することになります。
殺人事件の量刑判断では、行為責任の原則から犯情が最も重視されます。
殺意の認定にしろ、量刑の判断にしろ、証拠をどう見極めるかにかかっていますので、法律のプロである弁護士に頼ることになります。
