黙秘権とは?|黙秘権を行使するタイミングやメリット・デメリットについて解説
黙秘権という言葉は聞いたことがあるけれど、実際にどのような場面でどのように使うか、どのような時に行使すべきかまでは知らない方が多いと思います。この記事では黙秘権とは何か、いつ、どのようなときに、どう使うか等を解説します。
目次
黙秘権とは?
黙秘権とは一体何でしょう?黙秘権とは、取調官からの取り調べの際に、あるいは刑事裁判の時に、供述したくないことは供述拒否できる権利です。
ここでは、黙秘権の詳細について解説します。
黙秘権の法的根拠
黙秘権は憲法で保障されている人権の1つです。
憲法第38条第1項、刑事訴訟法第198条第2項、同第311条第1項
黙秘権についての条文を見ていきましょう。
憲法第38条第1項 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
引用:e-GOV法令検索
黙秘権とは、憲法に自己に不利益な供述を強要されないと記載があり、人権の1つです。自分に不利益になる供述を拒める権利です。
憲法第38条の条文を受けて、刑事訴訟法に被疑者および被告人についての規定が設けられています。
刑事訴訟法第198条第2項 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
引用:e-GOV法令検索
刑事訴訟法第311条第1項 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。
引用:e-GOV法令検索
取り調べを始める前に、被疑者には黙秘権があることを捜査機関が伝えなければなりません。被告人には黙秘権があることを刑事裁判の冒頭(起訴状が朗読された後)で裁判官が伝えます。
捜査段階における黙秘権
捜査段階の被疑者には、取り調べを始める前に必ず毎回、黙秘権があることを伝えるという運用がなされています。黙秘権があることを伝えた上でなされた供述は、任意にされたものという推定が働きます。
取り調べに応じる義務
被疑者には自分に不利な供述を拒む権利がありますが、取り調べそのものを拒む権利はあるのでしょうか?
刑事訴訟法第198条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
引用:e-GOV法令検索
刑事訴訟法第198条第1項には、被疑者が置かれている以下2つの状況に応じてそれぞれ記載されていると言われます。
- 被疑者が逮捕又は勾留されている場合
- 被疑者が逮捕又は勾留されていない場合
被疑者が逮捕または勾留されていない場合
被疑者が逮捕又は勾留されていない場合には、出頭を拒み、または出頭後、何時でも退去できると記載されています。
身柄が拘束されていない場合には、捜査機関からの出頭要請を拒否できる、出頭要請に従い出頭しても、何時でも帰れます。ここから、身柄拘束されていない被疑者は取り調べに応じる義務はないとされます。
被疑者が逮捕または勾留されている場合
これは、「逮捕又は勾留されている場合を除いては」という部分の反対解釈です。被疑者は、逮捕または勾留されている場合には、取調室への出頭を求められたら拒むことができない、出頭後、退去できない(取り調べを受け続けなければならない)、と解釈し、身柄拘束されている被疑者には取り調べに応じる義務があるとされます。
被疑者は身柄拘束されていても取調べに応じる義務はないとする説もありますが、実際には、身柄拘束中に取調室に行くと言われても留置場の部屋から出ないでいたり、取り調べの最中に取り調べを受ける義務はないので部屋に戻りますと勝手に戻ったりすることは困難と思われます。
黙秘権の侵害
被疑者の黙秘権を侵害した取り調べにより得られた供述についてはどのように扱うべきか?という問題もあります。
黙秘権は憲法で保障された権利の一つなので、黙秘権侵害により手に入れた供述は全て違法収集証拠として扱うべきと考えられます。
黙秘権があることを事前に告げながらも、実際の取り調べでは、被疑者の黙秘権を侵害する以下のような発言が聞かれます。
- 「黙秘していると長くなるぞ」
- 「不利な結果になるぞ」
- 「黙っていないで何か言え」
- 「黙っているのは罪を認めているからだな?」 など
被疑者と取調官しかいない密室での取り調べは、黙秘権の侵害が起こりやすい環境です。黙秘権の侵害に対抗するためには、弁護人から差し入れられる被疑者ノートに、毎日の取り調べ状況を克明につづり、弁護人に見せることである程度防止できます。
弁護人は、取調官による黙秘権侵害の事実を発見した場合には、公安員会や検察庁に対し黙秘権侵害による自白の強要をやめさせるよう苦情申し入れをします。苦情が申し入れられた場合には、公安員会や監督官による調査が義務付けられているため、取り調べ時の圧力が和らいだり、追及の手が緩んだりします。場合によっては既に取られた調書の内容は信用できないとされ、不起訴になるケースもあります。
起訴された場合には、黙秘権を侵害する取り調べにより得られた供述調書は証拠として認められないと争えます。
取り調べの可視化による影響について
被疑者と取調官のみによる密室での取り調べは、冤罪を生みやすいと言えます。そこで、取り調べを可視化するということが議論されてきました。
可視化の方法として考えられることは、以下の方法です。
- 取り調べに弁護人が同席する
- 取り調べ中は録音・録画をする
しかし、これらの対策下での取り調べでは被疑者が自供すると思えないとの反対意見が根強く、日本ではなかなか進まないのが現状です。
公判段階における黙秘権
起訴されて被告人となった場合も黙秘権は保障されます。
刑事訴訟法第291条第4項 裁判長は、起訴状の朗読が終わった後、被告人に対し、終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上、被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述する機会を与えなければならない。
引用:e-GOV法令検索
裁判官が、被告人に対して黙秘権等の権利について、以下のように説明します。
- 終始沈黙できること
- 個々の質問に対して陳述を拒否できること
- 陳述もできること
- 被告人が陳述したことは、被告人に有利・不利を問わず証拠となること など
しかし実際には、被告人が供述を拒否した場合には、被告人に不利益に評価される場合があるようです。裁判中であっても黙秘権の行使は難しいと言えます。
黙秘権を行使する方法
黙秘権を行使したいときには、「黙秘します」、「何もいいたくありません」と告げるか、無言のままでいましょう。
逮捕後の流れ、スケジュールは以下のように決まっています。
- 逮捕後48時間以内に検察官送致(2日間)
- 検察官送致後24時間以内に勾留決定(1日間)
- 勾留は最長20日間、勾留満期前に起訴(あるいは不起訴)
- 起訴されてから公判期日
- 公判
黙秘をする場合には取り調べ中の最長23日間と、起訴されてから公判が終了するまで、黙秘を続けることになります。
自分に不利益になる供述はしなくてもよいとしても、いつまでも黙秘していると取り調べが長くなります。
黙秘を続けていると、逃亡のおそれ、証拠隠滅のおそれがあるとみなされ、身柄拘束が続きます。反省してないとみなされ起訴されると、より重い刑がくだされる可能性があります。完全に黙秘を続けることは被疑者本人にとって不利益に働くこともあります。
自分に不利になる場合には供述を拒否できるのが黙秘権であるため、自分の氏名も黙秘できるという解釈も可能です。
逮捕直後の取り調べから完全黙秘を貫き、裁判でも氏名不詳のまま判決がくだされた事例もあります。
有罪判決が言い渡されると前科が付きます。前科がつくと不利益になるから自分の氏名を明かさない、氏名不詳のまま刑罰を受け、刑の執行が終われば自分の氏名には前科がつかずに終了する、という考えだと思われます。
黙秘権をどのように行使するかは非常に難しいです。事案によっては黙秘権を行使せずに全て供述し、被害者と示談をして不起訴を獲得する方が良いこともあります。被害者が示談に応じてくれなかったとしても、執行猶予で終わる可能性もあります。
一部だけ黙秘権を行使することが被疑者にとって有利になることもあります。
それぞれの事案に応じて黙秘権の行使の方法が変わります。黙秘権を行使するか否か迷った場合には刑事事件を多く手掛けている弁護士と相談しましょう。弁護士は個々の事案に応じた黙秘権の行使方法について適切なアドバイスをします。
黙秘権を行使するメリット・デメリット
黙秘権を行使するにあたってのメリットとデメリットについて解説します。
黙秘権を行使するメリット
黙秘権を行使するメリットは、自分に不利なことを供述しなくてよいことです。具体的にどのような場合にメリットがあるか解説します。
無実の場合
無実の場合でも、取調官は被疑者が有罪であると思って取り調べをします。被疑者が「やっていない」「知らない」などと伝えても聞く耳を持ちません。
そのような場合には一切何もしゃべらないでいることは最大の防御になります。
取調官の描くストーリーにのることの回避
取調官は、被疑者を取り調べる前に、他の証拠などから「このように犯罪が行われたに違いない」というストーリーを思い描いていることがあります。その場合にはそのストーリーに沿う供述を被疑者から引き出した供述調書の作成を目指しています。
実際にはそれと異なっていた場合には被疑者は取調官が思い描いていたストーリーとは異なる供述をします。被疑者の供述を認めようとしない取調官に対し黙秘権を行使すると、取調官が思い描いたストーリー通りの供述調書は作成できなくなります。
記憶があいまいな場合
事件当時の記憶があいまいな場合には、黙秘が安全です。逮捕された事件が過去の事である場合には当時の自分の行動すべてを正確に覚えていることは稀です。記憶があいまいなまま供述することで、取調官が調べた実際の行動とは違っていた場合には、嘘をついていると言われ、供述の信用性が落ちてしまいます。そうならないためには黙秘することが安全です。
黙秘権を行使するデメリット
本来ならば黙秘権の行使は憲法で保障されている権利ですが、黙秘権を行使すると色々なデメリットがあります。具体的に何が起こるか解説します。
取調官からの印象が悪くなる
取調官にとっては、黙秘権は憲法で保障された権利であるため取り調べの前に告知はするけれども、黙秘権行使は最もやってほしくないことです。
取調官は事件についての自白調書を作成するために取り調べをします。黙秘されると自白調書は作成できません。そのため、被疑者が黙秘すると取調官からの印象は悪くなり、取り調べ中の態度も非常に威圧的になります。
身柄解放がされない
黙秘権を行使すると、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあるとの理由により、身柄拘束が続きます。起訴後の保釈も認められない可能性があります。
より重い刑が言い渡される可能性がある
黙秘権を行使すると、反省していないとみなされ、起訴されるとより重い刑が言い渡される可能性があります。
黙秘権を行使すべきケース・すべきでないケース
黙秘権を行使すべきか否かは事案によって異なり、行使したことがかえって被疑者にとって良くない結果をもたらすことがあります。
黙秘権を行使すべきケースと、行使すべきではないケースについて解説します。
黙秘権を行使すべきケース
黙秘権を行使すべきケースについて解説します。
無実の場合
無実の場合には、被疑者は自分が犯人ではないと主張するため取り調べは過酷なものとなります。取調官から正直に話せと強圧的に言われながら「自分はやっていない、無実だ」と言い続けることは精神的にも肉体的にも厳しいです。「本当はやっていないけれど認めてしまった方が楽になる」などと思ってしまう方もいます。このようなケースでは、取調官に何を言われても何もしゃべらないで黙秘権を行使すべきです。
他に証拠がほとんど無い場合
物証がほぼ無い場合には、公判を維持できません。そのため捜査機関としては、物証を支える被疑者の自白調書が必要になります。この場合には取り調べ中黙秘を貫くと証拠不十分で不起訴になる可能性が高いので、黙秘権を行使すべきです。
自分に有利な証人がいる場合
自分に有利な証言をしてくれる証人がいる場合に、その証人について話してしまうと被疑者に有利な証言を信じようとしない捜査機関が、証人を共犯者に仕立て上げたり証言を潰そうとしたりする可能性があります。このような場合にも黙秘権を行使すべきです。
黙秘権を行使すべきでないケース
黙秘権を行使しない方が良いケースについて解説します。
有罪であることを認識している場合
自分がした行為が犯罪であり、起訴されたら有罪で間違いないとはっきりと認識している場合には黙秘権を行使すべきではありません。
取り調べに素直に応じ、罪を認めて反省することで執行猶予がつく可能性がでてきます。
事案が軽微で不起訴が見込まれるケース
事案が軽微で、被害者と示談が成立すれば不起訴が見込まれるケースの場合には黙秘権は行使すべきではありません。
正直に認めて被害者に謝罪し、示談に応じてもらえるようにしましょう。
早期釈放を目指す場合
黙秘権を行使すると、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあるとみなされ、身柄拘束が続き、起訴後も保釈が困難になります。早期釈放を目指す場合には、黙秘権を行使しないほうが良いケースとなります。ただし、取り調べに対し正直に自白したとしても、早期釈放されるかどうかは捜査機関の判断となるため、確実に早期釈放されるとは限りません。
黙秘権の行使については以下の記事をご参照ください。
黙秘権を行使するなら弁護士に相談を
黙秘権の行使についての判断は非常に難しいため、行使するかどうか悩んでいる場合には弁護士に相談しましょう。
黙秘権の行使は難しい
上述した通り、黙秘権を行使すべきか否か、行使するとしても全部行使するのか、一部行使するのか、一部行使する場合にはどの範囲で行使すべきか等は事案によって異なり、その判断は難しいです。
取り調べ状況やその後の証拠収集によっても状況は変化します。
黙秘権を行使すべきか否か迷ったときには早期に弁護士に依頼し、取り調べの都度弁護士に接見に来てもらいましょう。
被疑者ノートを活用する
取り調べは密室で行われます。被疑者が黙秘権を行使したにもかかわらず、供述を迫る威圧的な取り調べや脅迫をしてくる可能性があります。
弁護士から被疑者ノートを差し入れてもらい、取り調べ時のやりとりの詳細を書留めておき、弁護士が接見に来た時に見せましょう。
黙秘権を行使したにもかかわらず、威圧的な取り調べや脅迫があった場合には、黙秘権侵害の証拠となります。
被疑者ノートについては以下の記事をご参照ください。
黙秘権を侵害された時の苦情申し入れ
黙秘権は憲法で保障された権利です。黙秘権は重要な権利であるにもかかわらず、現在でも黙秘権侵害の取り調べがなされている状況です。
黙秘権を侵害する取り調べが行われた場合には弁護士は警察署長、検察庁、公安員会に対し苦情申し入れをします。
まとめ
黙秘権は憲法で保障された権利であり、刑事訴訟法にも規定されています。しかしながら、現在でも黙秘権を侵害する取り調べがおこなわれています。
被疑者だけで黙秘権を侵害する取り調べへの対抗は困難です。黙秘権を行使すべきか迷った場合には早期に弁護士に相談し、その後の取り調べについてもサポートをしてもらうため刑事事件を多く手掛けている弁護士への依頼をおすすめします。