黙秘権とは?なぜある?根拠や使える範囲・メリットデメリットを解説
刑事事件の被疑者や被告人になったとき、自身が持つ権利の中で重要なもののひとつが黙秘権です。
黙秘権は、単に【何も話さないで良い】との表面的な意味合いに留まらず、国家権力による不当な捜査から個人の尊厳を守り、公正な裁判を受けるための根幹をなす権利です。
しかし、黙秘権の具体的な適用範囲やその使い方について知らない方も多いでしょう。
この記事では、黙秘権の全体像を法的な側面から、そして実務上の観点からわかりやすく解説します。
ぜひ参考にしてください。
目次
黙秘権とは?|黙秘権の全体像と基本知識をわかりやすく解説
黙秘権を理解するための第一歩は、その定義と法的根拠を知ることです。
黙秘権の全体像と基本知識についてわかりやすく解説します。
黙秘権の定義
黙秘権とは、捜査機関の取調べや裁判などの刑事手続きにおいて、自己に不利益なことはもちろん、話したくないことは話さなくてもよい権利です。
捜査段階の被疑者や起訴された被告人はもちろん、逮捕・勾留されていない被疑者にも適用されます。
【Point|完全黙秘と一部黙秘とは?】 黙秘権の行使には、事件に関する一切の供述を拒否する完全黙秘(全部黙秘)と、特定の質問のみに答えない一部黙秘の2つがあります。
いずれの方法も法的に認められた権利であり、被疑者や被告人は自由に選択が可能です。
何を話すのか・何を話さないのかを、自由に決められるのが黙秘権の役割です。
黙秘権の根拠条文|日本国憲法と刑事訴訟法が保障する権利
黙秘権は、日本国憲法と刑事訴訟法によって明確に保障されています。
日本国憲法第38条1項では、次のように規定されています。
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
この憲法上の権利を受けて、刑事訴訟法では、次の2つの規定が定められています(刑事訴訟法第198条2項 ・同第311条1項 )。
第百九十八条 ②前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
第三百十一条 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。
黙秘権は、日本国憲法と刑事訴訟法によって明確に保障された重要な権利のひとつと言えるでしょう。
黙秘権はなぜある?|基本的人権の尊重と冤罪防止
黙秘権が保障されるに至った背景には、悲惨な歴史的教訓と近代法治国家の理念が存在します。
基本的人権の尊重
黙秘権は、【何人も自己に不利益な供述を強要されない。】との個人の尊厳と直結する権利です。
近代以前の国家では、拷問によって自白を強要することもありました。
このような歴史を反省し、国家権力と個人の力の不均衡から個人を守るために、基本的人権が確立されました。
その結果として、黙秘権が補償されています。
冤罪の防止
黙秘権は、冤罪を防止するための重要な手段です。
捜査機関による長時間の取調べや誘導的な質問、精神的な圧迫は、罪を犯していない人でも、不本意な自白を生み出す危険性があります。
逮捕した容疑者を起訴・有罪にするために、誘導的な取調べなどが行われる可能性も否定できません。
不当な捜査手法から身を守り、事実とは異なる自白による冤罪を回避するために、黙秘権は不可欠な防衛手段として機能します。
黙秘権はいつ使える?|具体的な使い方
黙秘権は、刑事手続きにおけるどの場面でも行使が可能です。
黙秘権を行使したい場合には、「黙秘します。」と一言述べるだけで構いません。
沈黙を貫く方法もあります。
黙秘権はいつでも行使できる
黙秘権は、逮捕される前から検察官による取調べ、そして刑事裁判の場に至るまで、いつでも行使が可能です。
通常、取調べが始まる前に警察官や検察官から黙秘権の告知がありますが、告知がなくても、あるいは告知がされる前でも行使ができます。
黙秘権の使い方
黙秘権を行使する方法は難しくありません。
黙秘権を行使する場合には、「黙秘します。」「何も話しません。」などと明確に告げるか、何も言わず沈黙を貫く方法でも構いません。
黙秘権はどこまで使える?|適用範囲と黙秘権の対象外
何でもかんでも黙秘権を使えるわけではありません。
黙秘権には対象外のものもあります。
黙秘権の適用範囲
黙秘権の適用範囲は、【自己が刑事責任を問われるおそれのある事項】かつ【供述】に及ぶとされいます。
したがって、何でも黙秘権が適用されるわけではありません。
黙秘権の対象外①|氏名・住所
刑事手続きにおいて、取調べの冒頭で氏名や住所を尋ねられることが一般的です。
氏名や住所の供述は、通常、刑事責任を問われる事項ではないため、黙秘権の保障の対象外とされる考え方が有力です。
ただし、法律上は、警察官や検察官は氏名や住所の供述を強制できません。
合理的な理由なく黙秘を続けた場合、捜査機関や裁判官に不当な印象を与え、結果として不利な立場になる可能性があるでしょう。
刑事責任に直接関係しない事項については、安易な黙秘は避け、弁護士と相談しながら慎重に判断することが重要です。
黙秘権の対象外②|身体検査
黙秘権は供述を拒否する権利であり、身体の強制的な検査を拒否する権利ではありません。
指紋や足型の採取、身長の測定、写真撮影、身体検査など、客観的な物理的証拠の収集を目的とする行為については、黙秘権の保障の対象外です。
黙秘権の対象外③|呼気検査
飲酒運転の容疑などで求められる呼気検査も、黙秘権の保障の対象外です。
呼気検査も同様に、被疑者の供述ではなく、体内のアルコール量を調べるための客観的な物理的証拠の収集を目的としているためです。
黙秘権行使のメリットとデメリット|慎重な判断の必要性
黙秘権は、使い方次第で強力な武器にもなれば、自身の状況を悪化させるリスクにもなりえます。
その行使には、メリットとデメリットを慎重に比較検討することが不可欠です。
メリット①|不利な供述調書の作成を回避
黙秘権を行使するメリットは、捜査機関による不利な供述調書の作成を回避できる点です。
逮捕された直後の動揺した精神状態では、不用意な発言をするかもしれません。
記憶が曖昧な状態で話すことで、事実と異なる供述をする可能性もあります。
その供述が嘘だと判断された場合には、供述全体の信用性を失うリスクもあります。
黙秘権を行使することで、これらのリスクを避け、あなたに不利益が及ぶことを回避できます。
メリット②|証拠不十分による不起訴・無罪の可能性
証拠不十分により不起訴・無罪の可能性が高まります。
客観的な物証や第三者の証言が乏しい事件では、被疑者の自白が最も有力な証拠とされます。
自白を示す供述調書が作成されないことは、被疑者にとって有利に働きます。
黙秘を貫くことで自白が得られず、そのほか有力な証拠も集まらなければ、検察官は起訴を断念して不起訴処分を下したり、起訴された場合でも、裁判で犯罪事実を立証できず、無罪判決が下されたりする可能性が高まります。
デメリット①|身柄拘束の長期化のおそれ
黙秘権の行使によるデメリットは、身柄拘束の長期化のおそれです。
被疑者の供述が得られないために捜査が難航し、捜査未了や証拠隠滅のおそれを理由に勾留期間が長期化する可能性があります。
身柄拘束の長期化が、自白を強要する圧力として機能する側面もあるでしょう。
デメリット②|量刑との関係で不利になる可能性
黙秘権の行使が、量刑に不利に働く可能性があります。
黙秘権の行使は、被疑者・被告人の権利のため、黙秘権を行使したことで不利益を受けることはあってはなりません。
しかし、実際の裁判では、罪を犯したことが明白な場合にも関わらず黙秘を貫いたことで、謝罪や反省の意思が見られないと評価され、量刑で不利に考慮される可能性があります。
特に被害者がいる事件では、黙秘を続けることで被害者から「反省していない。」と受け取られ、示談交渉が難航する可能性が高く、結果として量刑に影響する可能性もあるでしょう。
警察や検察の取り調べで黙秘を貫くのは難しい?
刑事ドラマのイメージとは異なり、実際の取調べの場で黙秘を貫き通すことは、精神的負担を伴います。
なぜなら、捜査機関は、自白を得るために様々な手法を駆使する可能性があるからです。
例えば、供述が得られるまで同じ質問を何度も繰り返したり、長時間の取調べを続けたりするケースもあるでしょう。
したがって、黙秘権の行使については、弁護士の適切なアドバイスを受け、弁護士のサポートを受けながら行うことが重要です。
黙秘権の行使を検討すべき3つのケース
黙秘権の行使を検討すべきケースは、次の3つです。
- 冤罪事件の場合
- 客観的証拠が乏しい場合
- 記憶が曖昧な場合
ただし、黙秘権を行使すべきかどうかは、個々の事案の内容や状況によって異なるため、事前に弁護士に相談することをおすすめします。
冤罪事件の場合
冤罪事件の場合です。
そもそも身に覚えのない容疑であれば、捜査機関の誘導に乗って事実と異なる供述をするリスクを避けるため、黙秘を貫くこともひとつの選択です。
客観的証拠が乏しい場合
客観的証拠が乏しい場合です。
自白が唯一の有力な証拠となるような事件では、黙秘を貫くことで起訴される可能性を低くできる場合があります。
記憶が曖昧な場合
記憶が曖昧な場合です。
曖昧な記憶のまま供述すると、捜査機関に「嘘をついている。」などと判断され、信用性を失うリスクがあります。記憶が整理できるまで黙秘を続けるのもひとつの選択です。
黙秘権を行使しない方が賢明な2つのケース
黙秘権を行使をしない方が賢明なケースは、次の2つです。
- 客観的証拠が揃っている場合
- 事案が軽微で不起訴が見込まれる場合
ただし、黙秘権を行使すべきかどうかは、個々の事案の内容や状況によって異なるため、事前に弁護士に相談することをおすすめします。
客観的証拠が揃っている場合
客観的証拠が揃っている場合です。
自白供述をしなかったとしても、その他の証拠で犯罪を立証できる場合は、当然有罪判決を受ける可能性があります。
物証や複数の証言など、客観的証拠によって有罪が明らかである場合、黙秘を続けても結果は変わらず、かえって「反省していない。」と判断され、量刑で不利に扱われる可能性があります。
事案が軽微で不起訴が見込まれる場合
事案が軽微で不起訴が見込まれる場合です。
軽微な犯罪で、被害者との示談や反省によって早期釈放や不起訴処分が見込めるケースでは、黙秘による勾留長期化を避けるため、正直に認めるのもひとつの選択です。
黙秘権の行使については弁護士のアドバイスをもらうことが大切
黙秘権は、刑事事件において個人の尊厳を守るために認められた、重要な権利です。
しかし、その行使には、メリットだけでなく、デメリットを伴うため、慎重な判断が求められます。
黙秘権を有効に行使するためには、早期に弁護士に相談することが大切です。
弁護士は、客観的証拠の有無や事案の性質を考慮し、被疑者・被告人にとって最適な選択を取ってくれるでしょう。
まとめ
黙秘権は、日本国憲法と刑事訴訟法で保障された重要な権利です。
しかし、黙秘権にはメリットだけでなく、デメリットも伴うため、その行使については、弁護士に相談し、適切に判断してもらうことが重要です。
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