時効後は逮捕されないのか?時効期間の起算点と主な罪の時効期間について
刑事事件の時効は、加害者にとっても被害者(あるいはそのご遺族)にとっても非常に関心の高い問題の一つです。
以下では、刑事事件における時効の仕組みなどについて、事例を交えながら詳しく解説してまいります。
刑事事件の時効とは
刑事事件の時効とは、正確には「公訴時効」といいます。
公訴とは、検察官が行う起訴のことです。また、時効とは皆さんもよくご存じのとおり、「一定期間が経過すると~できない(あるいは、~することができる)」という意味です。
したがって、刑事事件の時効、つまり、公訴時効とは、一定期間が経過すると検察官が起訴することができない法制度のことをいいます。
よく、「時効が完成すると逮捕されない」などと言われます。
しかし、上記のとおり、法的には起訴されないだけであって逮捕されないことが保証されているわけではありません。
もっとも、逮捕は犯人を起訴するためでもありますから、時効が完成すると結果として逮捕されない、というわけです。
刑事事件では「公訴時効」のほかに「刑の時効」があります。
刑の時効とは、起訴され刑事裁判で有罪と認定され、判決で言い渡された刑が確定した後の時効のことで、公訴時効とは全く異なる時効です。
なお、時効という言葉は刑事のほか民事でも使われます。それが「取得時効」と「消滅時効」です。
取得時効とは、一定期間が経過することによって権利を取得する法制度のことです。
たとえば、他人の土地を他人の土地と知らないで(自分の土地だと誤信して)占有した場合は、占有開始から「10年」を経過した後、その土地を取得することができます。
他方で、消滅時効とは、一定期間が経過することによって権利が消滅してしまう法制度のことです。
たとえば、加害者の不法行為により取得する損害賠償請求権は、加害者及び損害を知ったときから「3年」(生命、身体を害された場合は5年)で消滅します。
刑事事件の時効の存在理由
そもそもなぜ刑事事件に時効という法制度が設けられているのか、つまり、時効の存在理由については主に以下の3つの説が唱えられています。
実体法説 | 時の経過により、犯罪に対する社会の応報・処罰感情が薄れ、犯罪の社会的影響力が微弱になり、これにより国家の刑罰権(人に刑を科す権限)が消滅するとする説 |
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訴訟法説 | 時の経過により、証人の記憶が曖昧なるなど証拠が散逸するため、適正な裁判の実現が困難となるとする説 |
新訴訟法説 | 犯人が一定期間起訴されないという状態を尊重して、国家機関(検察官)の起訴権限の行使を限定して個人を保護する制度であるとする説 |
もっとも、実体法説に対しては、時が経過したからといって、被害者やその遺族の処罰感情が薄れるわけではなく、むしろ厳しくなっていくのが現実、という批判があります。
訴訟法説に対しては、デジタル化の時代が到来し、様々な客観的な証拠が保存できるようになった現代で、この説がどこまで妥当性を有するかは状況によります。
また、この説では、罪によって時効期間が異なることを説明できない、という批判があり、時効制度を設けることそれ自体を疑問視する意見もあります。
他方で、「時効制度を設けないで国家機関が不意打ち的に犯人を逮捕する、起訴することは、被疑者・被告人側から訴訟を提起できない現在の法制度の下では不公平だ。」、「仮に、被告人にとって身に覚えのない罪だったとしても、事件から長期間が経過していると被告人側からアリバイの立証が困難となり、冤罪事件につながるおそれがある。」などと、上記の新訴訟法説、現在の時効制度に一定の意義を見出す意見もあります。
なお、最高裁判所(最判平成27年12月3日)は、時効制度の存在理由について「時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。」と判示しています。
刑事事件の時効期間の起算点と主な罪の時効期間
刑事事件の時効期間の起算点は「犯罪行為が終わった時」です。
たとえば、令和2年10月6日午後11時59分に、スーパーで商品をポケットに入れて精算せずに退店したというケースでは、遅くとも商品をポケットに入れて退店した段階で「犯罪行為が終わった時」といえます。
したがって、このケースの時効期間の起算点は令和2年10月6日となります(時間は考慮しません)。
他方、令和2年2月1日から同年9月30日まで、少女を自宅に監禁したというケースでは、その間、監禁行為(犯罪行為)が継続していたと考えられますので、令和2年9月30日が「犯罪行為が終わった時」といえます。
時効期間は罪の種類(刑の重さ)により異なります。
主な罪と時効期間の関係を以下の表にまとめてみました。
【主な罪と時効期間の関係】
罪の種類(刑の重さ) | 罪名 | 時効期間 |
---|---|---|
①死刑に当たる罪 | 殺人罪、強盗殺人罪、強盗・強制性交等及び同致死罪 など | なし |
②無期の懲役又は禁錮にあたる罪 | 強制わいせつ致死罪、強制性交等致死罪 など | 30年 |
③長期20年の懲役又は禁錮に当たる罪 | 傷害致死罪、危険運転致死罪、保護責任者遺棄致死罪、監禁致死罪 など | 20年 |
④②・③以外の懲役又は禁錮に当たる罪 | 自殺関与罪、同意殺人罪、業務上過失致死罪、過失運転致死罪 など | 10年 |
罪の種類(刑の重さ) | 罪名 | 時効期間 |
---|---|---|
死刑に当たる罪 | 現住建造物等放火罪 など | 25年 |
無期の懲役又は禁錮に当たる罪 | 強制わいせつ致傷罪、強制性交等致傷罪、強盗致傷罪、強盗・強制性交等罪 など | 15年 |
懲役15年以上の懲役又は禁錮に当たる罪 | 非現住建造物等放火罪、傷害罪、強盗罪、危険運転致傷罪 など | 10年 |
長期15年未満の懲役又は禁錮に当たる罪 | 建造物等以外放火罪、窃盗罪、詐欺罪、恐喝罪、業務上横領罪 など | 7年 |
長期10年未満の懲役又は禁錮に当たる罪 | 未成年者略取誘拐罪、過失運転致傷罪、横領罪、児童買春の罪、酒酔い運転罪 など | 5年 |
長期5年未満の懲役・禁錮又は罰金に当たる罪 | 犯人蔵匿・隠避罪、証拠隠滅罪、住居侵入罪、建造物侵入罪、公然わいせつ罪、公務執行妨害罪、暴行罪、過失傷害罪、過失致死罪、脅迫罪、強要罪、名誉棄損罪、器物損壊罪、酒気帯び・無免許運転罪、盗撮・痴漢・未成年者に対する淫行などの迷惑行為防止条例違反 など | 3年 |
拘留又は科料に当たる罪 | 侮辱罪、軽犯罪法の各罪 など | 1年 |
先ほどのスーパーでの万引きは窃盗罪に問われますから時効期間は7年です。
そして、時効期間の起算点である令和2年10月6日に7年をプラスした令和9年10月5日午後12時=令和2年10月6日午前0時に時効期間が満了(時効が完成)します。
まとめ
刑事事件で時効には公訴時効と刑の時効がありますが、通常は公訴時効のことを指すことが多いです。
公訴時効では時効の起算点や時効期間によく注意する必要があります。