業務上過失致死傷罪はどんな罪?判例とともに詳しく解説
一昔前、刑法の業務上過失致死傷罪といえば交通事故に適用される罪で、私たちの生活にも馴染みの多い罪の一つでした。
しかし、現在は、交通事故については刑法とは別の法律が適用されることとなっており、馴染みのない罪となってしまいました。
今回は、この業務上過失致死傷罪について解説してまいります。
目次
業務上過失致死傷罪とは
業務上過失致死傷罪は刑法211条前段に規定されています。
(業務上過失致死傷等)
第二百十一条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
「業務上~処する。」までが業務上過失致死傷罪に関する規定です。また、「重大な過失~同様とする。」までが重過失致死傷罪という別の罪に関する規定です。
なお、業務上過失致傷罪に似た罪として「過失傷害罪(刑法209条)」、「過失致死罪(刑法210条)」があります。
過失傷害罪の罰則は「30万円以下の罰金又は科料」、過失致死罪の罰則は「50万円以下の罰金」で、業務上過失致死傷罪の方が、はるかに罰則が重たいことがお分かりいただけると思います。
これは、業務上過失致死傷罪が通常人に比べて特別な注意義務を払うことが要求される一定の業務に従事する者に適用される罪、と考えられているからです
以下、業務上過失致死傷罪の成立要件や罰則について個別に解説してまいります。
業務上
「業務上」とは業務を行う上で、という意味です。
「業務」とは、人が社会生活を維持する上で反復継続して行う事務で、かつ、一般に人の生命・身体に対する危険を伴うものをいいます。業務の例は以下のとおりです。
【業務の例】
- 電車の運行・整備事務
- 各種危険物、食品、医薬品の製造・保管・運搬・販売
- 医師、看護師の医療行為
- 児童、生徒に対する保育・監護事務
- 交通保全施設の管理・運営事務
- 土木、建築工事の施行・保安事務 など
なお、業務は適法なものである必要はありません。したがって、反復継続性を有する限り、無免許医師による医療行為なども業務に当たります。
必要な注意を怠り
「必要な注意を怠り」とは過失のことをいます。
過失とは一定の業務に従事する者に要求される注意義務を怠ったことです。
この注意義務は、ある一定の結果を予見(予測)すべき義務(結果予見義務)と一定の結果を回避すべき義務(結果回避義務)から成り立っています。
したがって、結果予見義務違反+結果回避義務違反=過失=必要な注意を怠った、ということになります。
注意義務の具体的内容は業務の性質に照らし、法令の規定・監修・条理などによって客観的に定まり、その業務に従事する通常の水準にある者の注意能力を標準として、それぞれの具体的状況に即して決せられます。
たとえば、小学校の担任の教諭には、一般的に、児童に対する体育教育の場面において、児童に事故が起きないよう、現場で児童一人一人を指導・監督すべき注意義務があるといえます。
にもかかわらず、プールの体育授業において児童の溺死事故が起きた場合、教諭が児童一人一人を指導・監督すべき(必要な)注意義務を怠ったとして業務上過失致死罪に問われる可能性がある、というわけです。
もっとも、担任の教諭だからといって、全てのケースにおいて上記のような注意義務が課されるわけではありません。
前述したとおり、教諭に課される注意義務の内容は、授業内容は適切だったのか、児童の体調はどうだったのかなど、当時の具体的状況に即して決せられます。
罰則
罰則は「5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」です。
業務上過失致死傷罪については懲役より禁錮又は罰金を科されることが多いです。
交通事故(人身事故)と業務上過失致死傷罪
業務上過失致死傷罪はかつて、交通事故にも適用されていた罪でした。
しかし、2007年(平成19年)6月12日から、業務上過失致死傷罪に代わり、刑法211条2項に設けられた「自動車運転過失致死傷罪」が適用されるようになりました。
さらに、その後、2014年(平成26年)5月20日から、交通事故には刑法とは別の「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」が適用されるようになりました。
そして、多くの交通事故については、その法律の中に設けられた「過失運転致死傷罪」が適用されるようになっています。
業務上過失致死傷罪の適用事例
では、業務上過失致死傷罪がどんな罪なのかさらに理解を深めていただくため、過去に同罪が適用された判例についてご紹介してまいります。
最高裁平成20年3月3日
HIVに汚染された非加熱製剤の投与を受けた患者の死亡事案です。
最高裁は、「厚生労働省薬務局生物製剤課長は非加熱製剤の製造・使用や安全確保にかかる薬務行政の担当者として、薬品による危害発生防止の注意義務があって防止措置の中には監督権限を有する製薬会社への措置も含まれる」と判示しています。
東京高裁平成21年3月30日
市営プールでの死亡事故事案です。
東京高裁は、「市教育委員会体育課管理係長は、市から委託を受けてプールの管理等に関する業務を受けていた受託業者の代表者らに対して、プールの吸水口を覆っている防護柵が設計に従ってビスで確実に柵受板に固定されているかどうか確認する防護柵点検措置を取るよう指示し、かつ、自ら現にその措置が取られているか確認するなどの注意義務を負っていたのにこれを怠り、遊泳者を吸水口から接続している吸水管内に吸い込ませるなどして死亡させた」と判示しています。
最高裁平成19年3月26日
手術際の患者の取り違え事案(心臓手術が予定されていた患者に肺癌手術を行い、肺癌手術が予定されていた患者に心臓手術を行った事案)です。
最高裁は、患者の取り違えに気づき一定の措置を講じたとして一審で無罪判決を言い渡された心臓手術を予定していた麻酔医について、「一定程度の確認のための措置は取ったものの、確実な措置を取らなかった点において過失がある」と判示しています。
最高裁平成22年5月31日
花火大会の群衆なだれによる死傷事案です。
最高裁は「花火大会雑踏警備における警察署地域官かつ現地警備本部指揮官及び警備会社支社長は、雑踏事故を容易に予見でき機動隊の出動を要請して歩道橋内への流入規制をして雑踏事故の発生を未然に防止すべき注意義務があった」と判示しています。
まとめ
業務上過失致死傷罪は、交通事故以外の、人の生命・身体に危害を及ぼすような事務についている方に適用され得る罪です。
もっとも、業務や事務の範囲は広いですから、「自分は関係ない」と思っていても立場上、適用される可能性もあります。
日頃の行動には十分注意しなければなりません。