更新日:2026年9月12日 (土)

公開日:2026年8月7日 (金)

交通事故で労災は使わない方がいい?メリット・デメリットと判断基準

交通事故で労災は使わない方がいい?メリット・デメリットと判断基準 交通事故で労災は使わない方がいい?メリット・デメリットと判断基準

サマリー

通勤中や業務中に交通事故に遭った際、「労災は使わない方がいい」と耳にしたり、保険会社から自賠責保険での対応を勧められたりして、判断に迷う方もいるのではないでしょうか。

実際には事故の状況や過失割合、治療期間などによって適した選択肢は異なります。

この記事では、労災を使わない方がいいと言われる理由や利用が検討されるケース、労災保険を利用するメリット、自賠責保険との補償内容の違いや併用時の注意点について分かりやすく解説します。

交通事故で「労災を使わない方がいい」と言われる理由と検討されるケース

交通事故で「労災を使わない方がいい」と言われる理由と検討されるケース

「労災を使わない方がいい」と言われる主な理由

労災保険は、業務や通勤による被災に対して労働者の生活を保障する公的な制度です。

そのため、民事上の損害賠償で請求できる「入通院慰謝料」などの精神的苦痛に対する給付項目が設けられていません。

また、労災保険の給付を受けるためには所定の請求書を作成し、勤務先の証明や医療機関の証明を取得して労働基準監督署へ提出するなど、一定の手続き負担が生じます。

加害者側の任意保険会社が一括対応してくれる場合に比べて被害者自身の手間が増えることや、慰謝料項目がないことから、「労災は使わない方がいい」と説明されることがあります。

労災を使わない選択肢が検討される代表的なケース

事故態様や損害の規模によっては、労災申請を行わずに加害者側の保険対応のみで進めた方が、手続きを簡潔に済ませられる場合があります。

  • 加害者側の過失が100%(過失割合10対0)で、怪我が比較的軽微な場合
  • 治療費や休業損害、慰謝料などの総額が自賠責保険の傷害枠(120万円)に収まる見込みの場合
  • 短期間の通院で改善する見込みが高く、申請書類作成などの時間的コストを避けたい場合

被害者側に過失がない事故では過失相殺による減額が問題とならないため、相手方保険会社との示談対応を中心に進める方法が検討されることがあります。

事故状況によっては労災利用が有利になる場合も多い

労災を使わない選択肢が検討されるのは、主に軽微な事故で自賠責保険の限度額内に収まるようなケースに限られます。

被害者側にも過失割合がある場合や、治療が長期化する恐れがある場合には、労災保険を利用するメリットが大きくなります。

事故の態様や過失割合、治療見込みによって適切な選択は異なるため、自身の状況を踏まえて判断することが大切です。

通勤中・業務中の交通事故で労災保険を利用する主なメリット

通勤中や業務中の交通事故において労災保険を利用することには、民事上の損害賠償手続きだけでは得られない複数の利点が存在します。

制度の特徴を理解しておくことで、状況に応じた適切な対応を選択しやすくなります。

自身の過失割合による減額(過失相殺)を受けにくい

交通事故では、双方に不注意がある場合に過失割合が認定され、相手方への損害賠償請求では過失相殺によって受け取れる賠償額が減額されるのが一般的です。

一方、労災保険の給付には原則として民事上の過失相殺が直接適用されません。

そのため、自身に一定の過失がある事故であっても、治療費や休業補償などを安定して受けやすい特徴があります。

加害者側保険会社による治療費対応終了の影響を受けにくい

加害者側の任意保険会社が治療費を一括して支払っている場合、通院期間が一定程度に達すると保険会社側の判断で治療費の支払いが打ち切られるケースがあります。

労災保険を利用している場合は、医師が医学的な必要性を認めている限り、治癒または症状固定と判断されるまで治療を継続しやすい環境が保たれます。相手方保険会社の意向に左右されにくい点は大きな安心材料です。

休業給付と休業特別支給金により合計80%相当が支給される

怪我によって仕事を休み、賃金が得られない状態が続く場合、労災保険からは休業4日目以降について給付基礎日額の60%に相当する休業(補償)給付が支給されます。

これに加えて、社会復帰促進等事業から給付基礎日額の20%に相当する「休業特別支給金」が支給されるため、実質的に合計80%相当の給付を受け取ることができ、休業中の生活維持に役立ちます。

加害者が無保険やひき逃げの場合でも公的補償を受けられる

加害者が任意保険に加入していない場合や、ひき逃げによって相手方が特定できない場合、相手方からの速やかな賠償金回収が困難になることがあります。

労災保険は労働者の保護を目的とする公的制度であるため、相手方の資力や保険加入状況、身元の特定状況にかかわらず、要件を満たせば所定の給付を受けられます。

後遺障害が残った場合の年金・一時金や特別支給金の制度がある

症状固定後に後遺障害が残った場合、認定された障害等級に応じて障害(補償)年金または障害(補償)一時金が支給されます。

さらに、障害特別支給金や障害特別年金・一時金といった独自の上乗せ給付項目も用意されており、後遺障害が残った場合にも手厚い補償制度が整えられています。

労災保険と自賠責保険の補償内容・仕組みの違いを比較

労災保険と自賠責保険は、いずれも交通事故の被害者を救済するための公的制度ですが、制度の趣旨や補償範囲、算定の仕組みには明確な違いが存在します。

両制度の主な違いを整理すると、下表のようになります。

項目 労災保険 自賠責保険
支払限度額(傷害) 一律の上限なし(必要性が認められる範囲) 被害者1名につき120万円が上限
過失割合による減額 原則として減額されない 過失が7割以上の場合に重過失減額あり
精神的苦痛への慰謝料 給付項目なし 入通院慰謝料・後遺障害慰謝料の対象となる
休業補償の割合 基礎日額の最大80%(特別支給金含む) 原則として実損額(上限あり)
後遺障害への補償 障害(補償)年金・一時金、特別支給金等 後遺障害慰謝料、逸失利益等(等級別限度額あり)

補償限度額と過失割合による減額ルールの違い

自賠責保険では、傷害部分の支払限度額が被害者1名につき120万円と定められています。

この枠内には治療費だけでなく、通院交通費、休業損害、慰謝料などがすべて含まれるため、治療期間が長引くと上限に達することがあります。

これに対して労災保険では、治療費(療養補償給付)や休業(補償)給付に一律の金額上限は設けられていません。

医学的な必要性が認められる限り、必要な給付が継続される仕組みです。

また、過失割合の扱いも大きく異なります。

自賠責保険では、被害者側に7割以上の重大な過失がある場合に保険金が減額される「重過失減額」の制度がありますが、労災保険では原則として過失相殺による減額が行われません。

慰謝料の有無と両制度を併用する際の調整ルール

自賠責保険や任意保険には、入通院期間や後遺障害の程度に応じた「慰謝料」が損害項目として認められています。

一方、被災労働者の最低限の生活保障を主な目的とする労災保険には、精神的苦痛に対する慰謝料の給付項目はありません。

そのため、業務中や通勤中の交通事故では、治療費や休業補償は労災保険から受給し、労災保険から支給されない慰謝料部分は加害者側の自賠責保険や任意保険に請求するという併用方法が実務上よく用いられます。

ただし、治療費や休業損害など同一の損害項目について、労災保険と自賠責保険の双方から二重に支払いを受けることは認められていません。

二重取りを防ぐため、受給状況に応じて支給調整や求償の手続きが行われることになります。

同一の損害項目について二重受給はできないため、どの費目をどちらの保険へ請求するか適切に整理することが大切です。

労災申請による会社への影響と会社が非協力的な場合の対処法

勤務中や通勤途中に交通事故に遭った際、「労災申請をすると勤務先に迷惑がかかるのではないか」「職場の保険料が上がってしまうのではないか」と懸念し、手続きをためらう方も見られます。

交通事故に遭い会社への影響を心配して労災申請書類を前に悩む会社員

しかし、労災保険の仕組みや制度上の取り扱いを正確に把握することで、こうした不安を解消できる場合があります。

通勤災害は原則として会社の労災保険料率(メリット制)に影響しない

事業規模などに応じて労災保険料率が上下する仕組みとして「メリット制」が存在しますが、この制度は主に業務中の事故である「業務災害」を対象としています。

通勤途中の事故である「通勤災害」については、原則としてメリット制の算定対象に含まれないため、労災保険を利用したことのみを理由に会社の保険料負担が増加することはありません。

そのため、通勤中の事故であれば、会社への経済的な影響を過度に心配する必要はないとされています。

労災申請は労働者の権利であり会社の承諾がなくても可能

労災保険の給付請求は、被災した労働者自身に認められた法律上の権利です。

会社側の了解や同意がなければ申請できないわけではありません。

申請手続きの負担や手続きへの誤解から、勤務先が労災申請に消極的な姿勢を示すケースもありますが、労働者自身の意思で手続きを進めることができます。

会社が事業主証明を拒否する場合の手続きの流れ

労災保険の請求書類には事業主が事故の発生などを証明する記入欄が設けられていますが、会社側が協力を拒む場合でも申請自体を行う手段が用意されています。

  1. 労災請求書の事業主証明欄を未記入(空欄)のままにする
  2. 会社が証明を拒否している経緯や理由を記載した「事業主証明不能理由書」を作成する
  3. 請求書に理由書を添付し、管轄の労働基準監督署へ直接提出する

労働基準監督署へ直接提出された場合、担当官が会社や関係者への調査を行い、勤務実態や事故の経緯などを確認したうえで労災認定の可否を判断する流れとなります。

交通事故と労災保険に関するよくある質問

交通事故における労災保険や自賠責保険の取り扱いについて、被害者の方から多く寄せられる質問と一般的な考え方をまとめました。

Q. 加害者側の保険会社から「自賠責保険で対応してほしい」と言われた場合はどうすればよいですか?

その場ですぐに同意せず、ご自身の怪我の状況や過失割合、今後の治療見込みを考慮したうえで慎重に判断することが大切です。

相手方保険会社は手続きの円滑化などを理由に自賠責保険での対応を案内することがありますが、被害者に過失がある場合や治療が長引く可能性がある場合は、労災保険を利用した方が有利になるケースもあります。

Q. 比較的軽度のむちうちでも労災申請を検討する実益はありますか?

事故直後は軽症に思えるむちうちであっても、時間の経過とともに痛みやしびれが悪化し、通院が数カ月以上に及ぶケースは珍しくありません。

治療が長期化して自賠責保険の傷害枠(120万円)を超えてしまうと、治療費の打ち切りや自己負担の不安が生じる可能性があります。

あらかじめ労災保険の手続きを行っておくことで、治療費を気にせず通院を継続しやすい環境を整えられます。

Q. 労災保険と自賠責保険・任意保険を併用する際の手続きはどのように進めますか?

一般的には、治療費や休業に関する補償を労災保険から受給し、労災では給付されない入通院慰謝料などを加害者側の自賠責保険や任意保険へ請求する形で進められます。

  1. 医療機関の窓口で労災利用を伝え、労災指定医療機関で治療を受ける(または費用を立て替えて請求する)
  2. 所轄の労働基準監督署へ労災保険の各種給付請求書と「第三者行為災害届」を提出する
  3. 治療終了後(症状固定後)、慰謝料や労災で補填されなかった損害について加害者側保険会社と示談交渉を行う

なお、同一の損害項目について二重に給付を受け取ることはできないため、相手方保険会社や労働基準監督署と連携しながら調整手続きを進める必要があります。

交通事故での保険利用の選択に迷った場合の弁護士への相談

通勤中や業務中の交通事故において、労災保険と加害者側の自賠責保険・任意保険のどちらを優先して利用すべきか、あるいはどのように併用すべきかは、被害者の状況によって異なります。

事故の態様や過失割合、怪我の程度、治療が長期化する見込みの有無などによって、適した請求順序や利用すべき制度はケースバイケースです。

初期段階での選択が、その後の通院環境や手続きの手間に影響を与えることもあります。

請求順序や制度の選択に迷いやすい理由

実務上、自身の過失割合が大きい場合や加害者が無保険の場合には労災保険の先行が適している傾向がある一方、過失がなく自賠責保険の枠内で早期に終了する見込みであれば自賠責保険を中心に対応する方法も検討されます。

しかし、事故直後の段階で治療期間や後遺障害の有無を正確に予測することは難しく、どの保険から請求を進めるのが適切か判断に迷う場面は少なくありません。

給付調整や相手方保険会社対応への疑問

労災保険と自賠責保険・任意保険を併用する際は、同一の損害項目について二重取りを防ぐための支給調整(求償や控除)が行われます。

この調整関係や書類の作成手続きは複雑であり、被害者自身だけで正確に把握することが負担となるケースもあります。

また、相手方保険会社から「労災は使わずに進めてほしい」と打診された場合や、会社側の協力が得られにくい場合など、対応に苦慮することも珍しくありません。

保険利用の選択肢や請求順序、給付調整の仕組みについて疑問がある場合は、交通事故実務を扱う弁護士への相談を検討してみるのもひとつの方法です。

個別の事故状況を踏まえた助言を受けることで、手続きの見通しを立てやすくなります。

コラム監修者

RUI SATO

RUI SATO

所属:代表(東京オフィス)

明治大学付属中野高校卒業、明治大学法学部・法科大学院修了。2012年弁護士登録(東京弁護士会)、2016年ネクスパート法律事務所を創設。一般民事・企業法務に加え、ブロックチェーン分野にも注力し、海外法人設立支援業務などにも取り組む。AIを活用した弁護士業務の改善・事業開発に取り組み、一般社団法人 イノベーション法務支援機構代表理事就任。公正取引委員会・中小企業庁講師、日弁連代議員、東京弁護士会常議員等を歴任。

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