更新日:2026年10月21日 (水)
公開日:2026年10月19日 (月)
アスベスト労災で支給される金額は?給付の種類や計算方法を解説
サマリー
アスベスト(石綿)を扱う業務に従事し、中皮腫や肺がんなどを発症された方やそのご家族にとって、治療や生活を支える補償がどの程度受けられるかは切実な問題です。
アスベスト被害が労災と認定された場合、治療費の全額補助や休業補償、遺族年金など多岐にわたる給付が支給されます。
さらに、一定の要件を満たせば「建設アスベスト給付金」などの別制度を併せて受給できるケースもあります。
この記事では、アスベスト労災で支給される主な給付の種類や金額の目安、計算の仕組みや関連制度との関係について解説します。
アスベスト被害で支給される労災保険の主な給付と金額の目安

アスベスト(石綿)による健康被害が労働者災害補償保険(労災保険)として認定された場合、被災者の病状や生活状況に応じて複数の補償給付が支給されます。
支給される項目は多岐にわたり、治療中から症状固定後、万が一亡くなられた場合まで幅広くカバーされています。
療養補償給付(治療費の自己負担なし)
療養補償給付は、アスベスト疾患の治療にかかる費用を補償する制度です。
労災指定医療機関で診察や治療を受ける場合、窓口での支払いは発生せず、原則として自己負担なしで療養を受けることができます。
指定外の医療機関を受診した場合でも、一度自己負担した医療費について後から請求を行えば実費相当額が支給されます。
対象には診察や検査、手術、入院費用だけでなく、必要と認められた通院交通費なども含まれます。
休業補償給付(給付基礎日額の約80%)
休業補償給付は、アスベスト疾患の療養のために働くことができず、賃金を受けられない日が続いた場合に支給される給付です。
休業の4日目から支給対象となります。
支給額は、1日あたり「給付基礎日額」の60%に設定されています。
これに加えて社会復帰促進等事業から「休業特別支給金」として20%が上乗せされるため、合計で実質的に給付基礎日額の約80%を受け取ることができます。
休業補償給付と特別支給金を合わせることで、給付基礎日額の約80%相当が生活支援として支給されます。
障害補償給付および傷病補償年金
治療を継続したものの、症状が固定して後遺障害が残った場合には「障害補償給付」が支給されます。
障害の程度に応じた等級(第1級から第14級)によって支給形態が異なり、重度の第1級から第7級までは年金、第8級から第14級までは一時金となります。
また、療養開始後1年6か月が経過しても傷病が治っておらず、一定の重度障害の状態にある場合には、休業補償給付から「傷病補償年金」に切り替わり、等級に応じた年金が支給されます。
遺族補償給付・葬祭料
被災者がアスベスト疾患により亡くなられた場合、生計を維持されていたご遺族に対して「遺族補償給付」が支給されます。
受給資格要件を満たす遺族がいる場合は遺族補償年金となり、対象人数に応じて給付基礎日額の153日分から245日分の年金が毎年支給されます。
年金を受給できる遺族がいない場合には、所定の遺族に対して一時金が支給されます。
また、葬祭を執り行った方に対しては「葬祭料(葬祭給付)」として、31万5,000円に給付基礎日額の30日分を加えた額(または給付基礎日額の60日分のいずれか高い額)が支給されます。
| 給付の種類 | 主な受給要件 | 支給金額の目安 |
|---|---|---|
| 療養補償給付 | アスベスト疾患の治療を受けるとき | 診察・投薬・入院費等の実費(原則自己負担なし) |
| 休業補償給付 | 療養のため働けず賃金を受けない4日目以降 | 給付基礎日額の約80%(特別支給金20%を含む) |
| 障害補償給付 | 症状固定後に一定の障害が残ったとき | 第1級〜第7級は年金、第8級〜第14級は一時金 |
| 傷病補償年金 | 療養開始1年6か月経過後も治らず重度障害があるとき | 障害の程度に応じた年金(第1級〜第3級) |
| 遺族補償給付 | 被災者がアスベスト疾患で亡くなったとき | 遺族数に応じた年金(年153〜245日分)または一時金 |
| 葬祭料(葬祭給付) | 被災者の葬祭を執り行うとき | 31万5,000円+給付基礎日額30日分(または60日分) |
労災給付額を決める「給付基礎日額」の計算方法と特例
労災保険から支給される休業補償給付や遺族補償年金などの給付額は、「給付基礎日額」を基準に計算されます。
給付基礎日額は、原則として労働基準法上の平均賃金に相当する額であり、算定事由が発生した日以前の直近3か月間に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で割って算出します。
アスベスト疾患特有の「算定事由発生日」の捉え方
突発的な事故による怪我とは異なり、中皮腫や肺がんなどの石綿関連疾患は、アスベストを吸い込んでから発症までに数十年という長い潜伏期間が存在します。
そのため、ばく露当時の賃金ではなく、「いつの時点の賃金を基に計算するのか」が大きな問題となります。
アスベスト疾患における算定事由発生日は、原則として「医師により確定診断がなされた日」や「自覚症状が現れて初めて医師の診察を受けた日」などと判断されるのが一般的です。
退職後や転職後に発症した場合でも、発症直前の就業状況や受診日を基準に算定が行われます。
退職から長い年月が経過してからの発症であっても、診断日時点の基準に基づき算定日額を算出する仕組みが用意されています。
最低・最高限度額とスライド制による調整
発症時に定年退職していたり、嘱託勤務などで賃金水準が下がっていたりする場合、原則どおりの計算を行うと給付額が極端に低くなってしまうおそれがあります。
こうした不合理を防ぐため、労災保険法では年齢階層ごとの「最低限度額」および「最高限度額」が設定されています。
算出した給付基礎日額が最低限度額を下回る場合には、自動的にその年齢区分の最低限度額まで引き上げられます。
また、長期にわたり年金給付等を受けるケースでは、社会全体の賃金水準の変動に応じて支給額を見直す「スライド制」も適用されます。
| 仕組み・特例 | 概要 | アスベスト事案における影響 |
|---|---|---|
| 算定事由発生日の特定 | 原則として確定診断日や初診日を基準とする | 過去のばく露作業時ではなく発症当時の就労状況を踏まえて日額が算出される |
| 年齢階層別最低・最高限度額 | 年齢区分ごとに日額の下限と上限を設定 | 退職後で無職の場合や減収後であっても最低限度額が保障される |
| スライド制
(賃金変動調整) |
毎年度の厚生労働省の賃金動向統計に応じて日額を改定 | 年金受給期間中の物価や平均賃金の変動に応じた実質的な受給額が維持される |
労災保険と「建設アスベスト給付金」「石綿救済法」の金額関係と併用
アスベスト被害に対する補償制度は労災保険だけではありません。
一定要件を満たす場合、労災保険給付に加えて「建設アスベスト給付金」を受け取ることが可能なほか、労災の対象外となるケースを救済する制度も存在します。
労災認定後に請求できる「建設アスベスト給付金」
「特定石綿被害建設業務労働者等給付金(建設アスベスト給付金)」は、過去に建設現場などで石綿粉じんに曝露し、健康被害を被った労働者や一人親方などを対象とした国の給付金制度です。
支給金額は疾患の種類や病態等に応じて定められており、中皮腫や肺がんなどの場合は最大で1,300万円程度が支給されます。
労災保険による給付を受けている方であっても、要件を満たしていれば追加でこの給付金を請求できます。
労災認定を受けている場合は、労働基準監督署の認定等に関する書類を提出することで、医学的知見に関する審査手続きの一部が簡略化される運用がとられています。
石綿健康被害救済制度(石綿救済法)との違いと対象の棲み分け
「石綿健康被害救済制度」は、労働者としてではなく近隣住民として石綿を吸入した方や、労災保険の請求時効を経過してしまった遺族などを対象とした公的救済制度です。
労災保険と石綿救済法の両方の要件に該当する場合、基本的には補償水準が手厚い労災保険の受給が優先されます。
石綿救済法による給付(医療費や特別遺族弔慰金など)は、労災補償を受けられない隙間を埋める位置づけとなっています。
各制度の比較と受給額の調整ルール
主な制度の概要や対象者、労災保険との関係を整理すると以下のようになります。
| 制度名 | 主な対象者 | 給付内容・金額の目安 | 労災保険との関係 |
|---|---|---|---|
| 労災保険 | 業務で石綿に曝露した労働者 | 療養全額補償、休業補償(給料の約8割)、遺族年金等 | 基礎となる補償制度 |
| 建設アスベスト給付金 | 対象期間に一定の建設作業に従事した労働者・一人親方等 | 疾病等に応じ最大1,300万円程度の一時金 | 要件を満たせば労災と併せて受給可能 |
| 石綿救済法 | 工場周辺住民や労災時効経過後の遺族等 | 医療費自己負担分、特別遺族弔慰金(最大約297万円)等 | 労災受給が優先
(労災受給中は原則併給不可) |
なお、給付金や損害賠償を複数請求する際には調整ルールに注意が必要です。
労災保険の給付と建設アスベスト給付金は原則として両方受け取れますが、既に国との間で同趣旨の和解金や損害賠償金を受領している場合はその額が控除されます。
また、勤務先企業に対して民事上の損害賠償請求を行う場合、労災保険から支給された休業補償給付や遺族補償年金などの同一性のある給付額は、損害賠償額から差し引かれる(損益相殺)仕組みとなっています。
アスベスト労災の申請手順と押さえておくべき注意点

アスベストによる健康被害で労災給付を受けるには、労働基準監督署に対する請求手続きが必要です。
アスベスト疾患は曝露から発症までに数十年かかることが多いため、一般的な労働災害とは異なる準備や注意点が求められます。
労災申請の大まかな流れと必要書類
申請手続きは、原則として被災当時の勤務先所在地を管轄する労働基準監督署に対して行います。
まずは労災該当の可能性があるかを窓口で相談し、所定の請求書様式を取り寄せるのが一般的な進め方です。
提出が必要となる主な書類には、医師による診断書や意見書、レントゲンやCT画像などの検査結果があります。
さらに、過去にアスベストを扱う業務に従事していた期間や具体的な作業内容を記載した申立書の提出も求められます。
- 医療機関で精密検査を受け、診断書や医学的資料を取得する
- 所轄の労働基準監督署へ相談し、給付請求書を入手する
- 職歴の整理や事業主の証明取得など、申請書類を作成・提出する
- 労働基準監督署による実地調査や医学的判定の実施
- 支給または不支給の決定通知および給付金の振込
労災給付の種類別に見る「請求時効」
労災保険の各種給付には法律上の請求時効が設けられています。
時効が成立すると給付を受け取る権利が消滅してしまうため、期限の確認と早めの手続きが大切です。
| 給付の種類 | 時効期間 | 時効の起算日(起算点) |
|---|---|---|
| 療養補償給付(医療費立替分) | 2年 | 療養の費用を支払った日の翌日 |
| 休業補償給付 | 2年 | 療養のため労働できず賃金を受けない日の翌日 |
| 障害補償給付 | 5年 | 傷病が治ゆ(症状固定)した日の翌日 |
| 遺族補償給付 | 5年 | 被災労働者が死亡した日の翌日 |
| 葬祭料 | 2年 | 被災労働者が死亡した日の翌日 |
療養補償や休業補償は2年、遺族補償や障害補償は5年と給付ごとに時効が異なるため注意が必要です。
なお、アスベスト疾患では死亡後に初めて労災の可能性に気づく事例も少なくありません。
遺族補償給付の時効は「死亡の翌日」から進行しますが、病名判明が遅れた場合など個別の事情が考慮されることもあるため、時間が経過していても諦めずに確認することが推奨されます。
当時の勤務先が倒産・廃業している場合の対応
石綿を扱っていた当時の会社がすでに倒産や廃業をしており、請求書への「事業主証明」が得られないケースは珍しくありません。
このような場合でも、労災申請自体を行うことは十分に可能です。
事業主の証明がなくても、本人の申立書に廃業の旨を記載し、雇用保険の被保険者記録や厚生年金の加入記録などを添付して職歴を疎明します。
当時の同僚や元関係者による証言、給与明細、作業手帳なども有力な客観証拠となり得ます。
勤務先が既に存在しない場合であっても労災保険の請求権が直ちに失われるわけではありません。
過去の資料が見当たらない場合でも、公的記録の照会によって就労歴が確認できる事例があります。
資料不足を理由に断念せず、まずは労働基準監督署の相談窓口などで確認してみる方法が考えられます。
まとめ
アスベスト労災で支給される金額は、療養補償や休業補償といった給付の種類、認定される障害等級、当時の賃金をもとに算出される給付基礎日額などによって個別に異なります。
労災保険だけでなく、条件を満たせば建設アスベスト給付金などの他制度を併せて請求できるケースもあるため、受給可能な補償の全体像を把握することが大切です。
過去の就労記録の収集や時効の確認など、手続きの進め方に迷う場合は、所轄の労働基準監督署などの公的窓口や、弁護士法人ネクスパート法律事務所への相談をご検討ください。
コラム監修者
Shunsuke Teragaki
所属:代表(東京オフィス)
広島県広島市出身。修道中学・高校を経て、慶應義塾大学商学部で経営・会計・商取引を学ぶ。その後、青山学院大学法科大学院を修了して2011年に新司法試験に合格し、最高裁判所司法研修所を修了(65期)。2013年1月に第二東京弁護士会に弁護士登録し、都内法律事務所で個人・法人を問わず幅広い分野の相談・交渉に取り組む。
2016年1月に佐藤塁と共にネクスパート法律事務所を創業し、共同代表として、東京オフィスを拠点に、企業のコーポレート法務、M&A・事業承継、薬事・医事法務を中心に取り扱う。商学部で培った経営の視点を生かし、法的な可否にとどまらず、事業への影響や実行可能性まで含めた選択肢を示すことを重視している。
また、一般社団法人薬機法医療法規格協会の代表理事、一般社団法人日本美容サロン協議会の監事、一般社団法人睡眠ヘルスケア協議会の外部有識者(認証評価委員)を務め、医療・美容・ヘルスケア分野の広告規制や業界の自主的なルールづくりにも関わっている。依頼者に最適な見通しと戦略的な解決策を示すことを信条とし、丁寧かつ粘り強い対応で信頼を築いている。