サマリー
2026年6月、糖尿病治療薬マンジャロをSNSで無許可販売または販売目的で保管したとして、3名が薬機法違反の疑いで書類送検されました。薬機法24条1項は許可なく業として医薬品を販売することを禁じており、販売が成立していない保管でも処罰対象となり得ます。医師の診察に基づく処方は医療行為として整理される一方、診療が形式化し薬剤名や価格を前面に出す表示は、医療広告規制や薬機法上のリスクを生じさせます。
マンジャロ無許可販売事案の概要と法的な論点
2026年6月、糖尿病治療薬「マンジャロ」(一般名:チルゼパチド)をめぐり、医薬品販売業の許可を得ないままSNSを通じて第三者に販売した、または販売目的で保管していたとして、大阪府内在住の3名が医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「薬機法」といいます。)違反の疑いで書類送検されたことが報じられました。
マンジャロはGIP/GLP-1受容体作動薬に分類される医療用医薬品であり、承認された効能・効果は「2型糖尿病」です。
しかし、副次的な作用として食欲抑制作用があるとされており、この副次的作用を期待して、痩身目的で医師により処方されることがあります。
一方で、SNSでは、マンジャロの持つ食欲抑制作用に注目が集まっており、いわば「ダイエット薬」として認知されているため、同薬の痩身目的での需要が拡大し、正規の医療体制を経由しない個人間売買が生じかねない事態を招いています。
厚生労働省も、都道府県と連携したSNSパトロールの強化や、適応外使用で処方を行う医療機関への対応方針を示しています。
なお、報道によれば、書類送検された3名のうち1名は、2025年12月頃、自らが糖尿病治療のために処方を受けていたマンジャロの注射器2本を、無許可のままSNSを通じて知り合った人物に対し、1本あたり約6,000~7,000円で販売した疑いがもたれています。残る2名については、2026年2月頃、販売目的でマンジャロ5~8本程度を自宅に保管していた疑いがもたれています。3名とも容疑を認めているとされ、うち2名については検察官に厳重処分を求める意見が付されました。
本件で特に留意すべきは、実際に販売が成立していない保管のみの行為についても立件対象とされている点です。また「自己の治療のために処方を受けた薬を譲っただけ」という事情があっても、違法性を否定する根拠にはならないことが示されました。
薬機法における医薬品の販売規制と「業として」の判断基準
薬機法24条1項(医薬品の販売業の許可)
薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品を販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列(配置することを含む。以下同じ。)してはならない。ただし、医薬品の製造販売業者がその製造等をし、又は輸入した医薬品を薬局開設者又は医薬品の製造販売業者、製造業者若しくは販売業者に、医薬品の製造業者がその製造した医薬品を医薬品の製造販売業者又は製造業者に、それぞれ販売し、授与し、又はその販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列するときは、この限りでない。
薬局開設者または医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ、業として医薬品を販売し、授与し、またはその目的で貯蔵し、もしくは陳列してはならない旨を定めています。ここでいう「許可」とは、薬局開設許可や医薬品販売業の許可を指し、いずれも知事等による審査を経て付与されるものです。
この規制の背景には、医薬品が人体への作用が強い反面、不適切な保管や流通、使用により健康被害を生じさせるリスクがあるため、資格や設備、品質管理体制を備えた者にのみ流通を担わせるという趣旨があります。無許可でこれに違反した場合、3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、またはこれらが併科される可能性があります(薬機法84条1項9号)。
重要なのは、規制対象が「販売」「授与」という行為自体に限られない点です。同項は販売や授与の「目的」での貯蔵も禁止しており、実際の売買が成立していない在庫保管の段階であっても、販売目的が認められれば処罰対象となり得ます。今回の事案で保管のみを行っていた人物が書類送検されたのも、この規定に基づくものと考えられます。
また、薬機法24条1項の「業として」の要件について、最高裁判所は、反復継続して不特定または多数人に対して有償で医薬品を譲渡する意思のもとに行われる行為があれば足りると判断しており(最決昭和41年10月27日刑集20巻8号1027頁)、現実に複数回・多数人に販売した実績までは求められません。「1回しか売っていない」「知人にしか譲っていない」といった事情があっても、それ自体で無許可販売等の成立が否定されるわけではない点に注意が必要です。
処方箋医薬品の流通管理と医師による処方の適法性
薬機法49条1項(処方箋医薬品の販売)
薬局開設者又は医薬品の販売業者は、医師、歯科医師又は獣医師から処方箋の交付を受けた者以外の者に対して、正当な理由なく、厚生労働大臣の指定する医薬品を販売し、又は授与してはならない。ただし、薬剤師等に販売し、又は授与するときは、この限りでない。
マンジャロのように厚生労働大臣が薬機法49条1項に基づき指定する医薬品は、「処方箋医薬品」として厳格な流通管理が行われます。薬局開設者や医薬品販売業者であっても、医師等からの処方箋の交付を受けた者以外の者に対して、正当な理由なく販売・授与することはできません。これに違反した場合は、3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、またはその併科が科されることがあります(薬機法84条1項17号)。
処方箋医薬品は、使用者本人の病状や副作用リスクなどを医師が個別に確認したうえで安全に使用できるよう設計されています。SNS等での個人間譲渡は、こうした確認プロセスを経ないまま医薬品が流通することを意味し、薬機法上の問題にとどまらず、譲り受けた人の健康被害のリスクや、重篤な副作用が生じた際に医薬品副作用被害救済制度の対象外となる不利益も伴います。
他方で、医療機関が診察のうえ患者に医療用医薬品を処方すること自体は、薬機法24条1項が規制する無許可販売とは性質が異なります。医師が患者を診察し、治療上の必要性や安全性を医学的に判断して処方する行為は医療行為の一環であり、無許可の者が医薬品を仕入れて販売する行為とは前提が異なるためです。
この区別は、自由診療やオンライン診療の実務において重要な意味を持ちます。医師が実質的な診察を行い、患者ごとの症状を踏まえて治療方針を判断しているのであれば、それは医療行為として整理されます。一方で、形式上はオンライン診療の体裁を取りながら、実態としての診察が形式的なものにとどまり、薬剤名や価格、入手のしやすさを前面に押し出して患者に医薬品を選ばせるような運用になっている場合には、実質的に医薬品の販売に近いものと評価されるリスクがあります。問われるのは「医療機関が関与しているか」ではなく、「実質として診察・処方が行われているか」という点です。
自由診療での医療広告規制と薬機法上のリスク
医療機関が自由診療でマンジャロ等を用いた治療を広告する場合には、医療法に基づく医療広告規制との関係も検討が必要です。医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(令和8年3月30日最終改正。以下「医療広告等ガイドライン」といいます。)上、未承認医薬品等を用いた治療内容は、原則として広告可能事項に含まれません。もっとも、医療機関のウェブサイトのように患者が自ら求めて閲覧する媒体については、限定解除要件と、未承認医薬品の処方等にかかる要件(以下「付加要件」といいます。)を満たすことで、例外的に未承認医薬品等を用いた治療についても記載が可能となります。
ここでいう「未承認医薬品等」には、国内で承認を受けていない医薬品だけでなく、承認された効能・効果と異なる形で使用する、いわゆる適応外使用も含まれます。マンジャロは国内承認医薬品ですが、承認された効能・効果は「2型糖尿病」に限られるため、美容・痩身・ダイエット目的での使用は適応外使用に該当し、限定解除要件および付加要件を満たさない限り広告できません。医療広告の限定解除や付加要件についての解説は別記事で行います。
医薬品の販売に関する表示は、医療広告規制のみならず、薬機法上の広告規制の対象にもなり得ます。薬機法上の広告該当性は、一般に顧客誘引性、特定性、一般認知性の3要件により判断されます。また同法68条は未承認医薬品等の広告を禁止しており、承認済みの医薬品についても、虚偽・誇大な効能効果等を標榜すれば同法66条の規制対象となります。
実務上、医療機関が広告として医薬品を用いた治療内容を説明する行為が、薬機法上の医薬品広告に該当するかという点は慎重な判断を要します。医療広告等ガイドラインでは、医療行為として医薬品等を使用または処方する旨を説明するにとどまる場合には、薬機法上の広告規制の対象とはならないと整理されています。したがって、「当院では糖尿病に関する診療を行っている」「医師が診察のうえ治療方針を判断する」といった説明は、直ちに医薬品そのものの広告にはあたりません。
しかし、表示の実態が医療行為としての説明の範囲を超え、医薬品そのものの販売を訴求するものと評価される場合には、薬機法上の広告規制も及ぶとされています。
オンライン診療や美容領域の自由診療では、診療が形式化し、実質的に医薬品の通信販売に近づいてしまうケースが懸念されます。例えば、薬剤名と価格を前面に押し出した表示や、ECサイトのように医薬品を選択させる導線、「最短当日発送」など入手の容易さを強調する表現などは、実質的に医薬品そのものの取得を誘引する表示と評価されるリスクがあります。この場合、無許可販売の問題に加え、薬機法66条や68条との抵触が問題となる可能性があります。広告の主語が「治療」から「薬」に置き換わったと捉えられる表示は、薬機法上のリスクを高める要因となり得ます。なお、診療実態が形骸化していると評価される場合には、医師法20条が禁じる無診察治療・無診察処方の問題も併せて生じる可能性があります。
行政によるSNS監視の強化と実務担当者がとるべき対応
本件を受け、厚生労働省は都道府県と連携したSNSを含むネットパトロールの強化方針を示しており、薬機法違反が確認された場合には対応を講じる考えを明らかにしています。自治体の薬務課等においても、SNS上で特定の医薬品の転売を示唆する投稿に対し警告を行うなど、糖尿病治療薬関連の投稿への監視体制が維持されているとされます。
行政の監視は、自社サイトや広告用ランディングページにとどまらず、インフルエンサー投稿やアフィリエイト広告、口コミサイトにも及びます。医療機関自身が直接発信していない場合であっても、第三者による投稿が医薬品の取得を誘引する内容であれば、広告管理上の問題として指摘されるリスクが生じ得ます。
以上を踏まえると、医療用医薬品を取り扱う実務においては、少なくとも次の観点からの日常的な点検が有用と考えられます。
第一に、自由診療・適応外使用を伴う治療については、医療広告等ガイドラインが定める限定解除要件および付加要件を満たしているかを個別に確認すること。第二に、広告表示が「治療内容の説明」の範囲にとどまっているか、薬剤名や価格、入手容易性を前面に出す「薬の販売」的な表示になっていないかを精査すること。第三に、申込導線やウェブサイトのUIが、実質的な診察を伴わない医薬品選択・購入の場になっていないかを確認すること。第四に、自社発信のみならず、第三者による投稿についてもモニタリングの体制を整備すること。
医薬品の広告・販売規制については、表示の文言だけでなく、サービス設計や申込導線を含めた実態で判断される傾向にある点に留意し、適切な運用を継続することが求められます。
まとめ・ご相談はネクスパート法律事務所へ
本記事では、マンジャロの無許可販売摘発事例をもとに、医療用医薬品の流通および広告に関する法規制を解説しました。医師の診察に基づく処方そのものは医療行為として整理される一方、診療実態が形骸化し、薬剤の販売や入手の容易性を前面に押し出す表示となっている場合には、薬機法や医療法、さらには医師法上のリスクが生じる可能性があります。
実務においては、広告表現の文言だけでなく、ウェブサイトのUIや申込導線を含めたサービス全体のリスクを正確に評価することが極めて重要です。適切なサービス設計と広告運用を維持するためにも、法的な疑問が生じた際は専門家への相談を検討されることをお勧めします。
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※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。具体的な対応については弁護士にご相談ください。