更新日:2026年7月31日 (金)

公開日:2024年5月16日 (木)

遺言執行者の義務とは?民法改正後の法的責任と手続きの流れを解説

遺言執行者の義務とは?民法改正後の法的責任と手続きの流れを解説 遺言執行者の義務とは?民法改正後の法的責任と手続きの流れを解説

サマリー

遺言書で遺言執行者に指定されたものの、「具体的に何をすればいいのか分からない」「手続きでミスをしてトラブルになり、法的責任(損害賠償責任)を問われるのではないか」と不安を感じる方は少なくありません。

遺言執行者は、亡くなった方(被相続人・遺言者)の最終意思を、具体的な相続手続きを通じて実現する重要な役割を担います。そのため、法律で課せられた義務を正しく理解していない場合、実務上は他の相続人や受遺者から損害賠償を請求されるなどの紛争に発展する可能性があります。
特に、2019年(令和元年)7月施行の民法改正により、遺言執行者の権限・法的地位が明確化された一方で、相続人への通知義務をはじめとする法的責任も整理されました。

この記事では、遺言執行者の法的地位(民法改正のポイント)を整理したうえで、守るべき6つの義務、義務違反(トラブル)となり得る具体例や裁判例、実務上の手続きの流れ・期限の目安(いつまでに何をするか)、辞任・解任・就任拒否の可否、および弁護士などの専門家を遺言執行者に指定するメリットまでを体系的に解説します。

遺言執行者とは|定義・法的地位(民法上の位置づけ)

遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために、相続財産の管理その他、遺言の執行に必要な一切の行為を行う権利義務を有する者(民法上の地位)です。
相続人が複数いる場合や、遺産分割協議が不要な遺言が残されている場合でも、不動産の名義変更(相続登記)や金融機関での口座解約・払戻し手続きなどが滞りやすい場面があります。遺言執行者が指定されていることで、遺言の実行主体が明確になり、実務の進行が円滑になる傾向があります。
一方で、手続きの過程では相続人全員への説明や資料共有、財産の保全(善管注意義務に基づく対応)など、高い透明性と慎重な対応が求められます。これらが不十分な場合、たとえ不正の意図がなくても相続人間に不信感が生じ、結果として義務違反の指摘や損害賠償請求といった法的トラブルに発展する可能性があります。
ここでは、遺言執行者の主な役割と法的地位に加え、「誰が遺言執行者になれるのか」という要件について解説します。

遺言執行者の主な役割|具体的に何をするのか

遺言執行者の主な役割は、遺言書に記載された内容を相続手続として実際の名義や権利関係に反映させ、遺言者の最終意思を忠実に実現することです。
具体的には、一般的に以下のような遺言の執行に必要な実務を担います。

  • 相続人調査(戸籍謄本の収集・法定相続人の確定)
  • 相続財産調査および相続財産目録の作成・交付
  • 預貯金の解約・払戻し手続き(各金融機関での対応)
  • 不動産の名義変更(法務局での相続登記手続)
  • 株式など有価証券の名義変更・移管(証券会社での手続き)
  • 受遺者への財産の引渡し(遺贈の履行)
  • 動産や権利証などの重要書類の管理・引渡し
  • 役所や金融機関への各種届出

実務上、遺言書に明記されている財産だけを処理すれば完結するとは限りません。遺言書作成後に変動した財産や、記載から漏れている預貯金口座、未払いの税金・医療費などのマイナスの財産(債務)も含め、相続財産全体を把握したうえで、遺言の実現に必要な範囲で適切に整理することが求められます。
権限行使の基本は、遺言の趣旨(遺言者の意思)に沿って着実に執行手続きを進めることです。個人の損得で判断するのではなく、「遺言の実現に必要な手続きとして合理性があるか」「相続人全員に客観的に説明可能か」「証拠を記録として残せるか」といった観点を基準に進めることが、実務上は極めて重要とされています。

民法改正による地位の変化(2019年改正のポイント)

2019年(令和元年)7月施行の民法改正(相続法改正)により、遺言執行者の法的地位が明確化されました。改正前は「相続人の代理人とみなす」とされていましたが、改正後(民法第1012条第1項)は、法律が与える権利義務に基づいて「遺言の内容を実現する」ための独立した地位であることが明記されています。
これにより、遺言執行者がその権限の範囲内で遺言執行者として適法に行為をすれば、その法律効果が相続人に直接帰属する仕組みが整備されました。
例えば、特定の相続人が遺言内容に不満を持ち手続に反対している場合であっても、原則として、遺言執行者は遺言書の内容に従って独立して名義変更などの手続きを進めることが可能です。
この法改正の実務上の意義は、手続きの主体が遺言執行者に一本化されやすくなった点にあります。相続人の一部が非協力的であったり、連絡が取れなかったりする場面でも、遺言執行者の権限で適法に手続きを進められる余地が広がり、遺言の実現可能性が高まる傾向にあります。
その反面、権限が強力かつ明確になった分、手続きに瑕疵や義務違反があった場合の責任追及(損害賠償請求など)もよりシビアになり得ます。だからこそ、法定された就任通知義務の履行、財産目録の作成と交付、定期的な状況報告といった基本動作を確実に積み重ね、あらゆる判断の根拠や経過を記録(証拠)として残すことが強く求められます。

遺言執行者には誰がなれるか|資格・欠格事由

遺言執行者には特別な国家資格は必要なく、未成年者や破産者といった法律上の欠格事由(民法第1009条)に該当しない限り、親族などの個人でも、信託銀行などの法人でもなることができます。
そのため、相続人や受遺者自身が遺言執行者に就任することも法的には可能です。
しかし、特定の相続人に財産が偏る内容の遺言である場合や、もともと相続人同士の仲が悪い場合には、手続きの公平性・正当性について他の親族から疑念を持たれるリスクがあります。
実務上、相続人間の利害対立が見込まれるケースほど、中立的な第三者が就任する方が無用な紛争を予防する効果が期待できます。そのため、弁護士などの法律の専門家や法人が遺言執行者に指定されるケースも多く見受けられます。
通常、遺言執行者は遺言書の中で指定されます(あるいは指定を第三者に委託されます)。もし遺言書に指定がない場合や、指定された方がすでに死亡している、あるいは高齢等で就任を辞退した場合には、相続人や受遺者といった利害関係人が家庭裁判所に「遺言執行者選任の申立て」を行い、裁判所に適切な人物を選任してもらうことが可能です。

遺言執行者が守るべき6つの法的義務|具体的に何をしなければならないか

遺言執行者には、遺言の実現という目的に沿って、情報の透明性と相続財産の保全を確保するため、民法上、主に以下の6つの法的義務が課せられています。

ここからは、それぞれの義務の具体的な内容について解説します。

任務開始および遺言内容の通知義務(民法1007条)|いつまでに何をするか

遺言執行者に指定された者が就任を承諾した場合、直ちにその任務を開始し、遅滞なく(速やかに)すべての法定相続人に対して遺言の内容を通知しなければならないと定められています民法第1007条)。
これは、相続人が遺言書の存在を知らないまま遺産分割協議を行ったり財産を処分したりするトラブルを防ぐとともに、手続の透明性を確保して親族間の不信感を払拭するための重要な初期対応です。
通知の対象は、原則としてすべての相続人です。遺言によって財産を取得しない相続人や、兄弟姉妹のように遺留分(法律上最低限保障された遺産の取得割合)がない親族に対しても、トラブル予防の観点から等しく通知を行うことが実務上は強く推奨されています。
実務対応としては、就任の挨拶状とともに遺言書の写し(コピー)を添付し、「いつ・誰に・どのような内容を送付したか」を証拠として残します。必ずしも全員に内容証明郵便を利用する必要はありませんが、特定記録郵便やレターパック、あるいはメールの送信履歴など、後から客観的に証明できる方法で記録を保存しておくことが重要です。

相続財産目録の作成・交付義務(民法1011条)|どこまで調査するか

遺言執行者は、遅滞なく相続財産の状況を調査したうえで「相続財産目録」を作成し、これを相続人に交付する法的義務を負います(民法第1011条)。
この目録は、相続人が「遺産全体でどれくらいの価値があるのか、借金はないか」を正確に把握し、相続の単純承認・限定承認・相続放棄といった重要な法的判断を行うための前提資料となるためです。
財産調査の対象は、預貯金などのプラスの財産(積極財産)だけでなく、借金などのマイナスの財産(消極財産)も含まれます。「遺言書に書かれている財産がすべてだろう」と安易に判断せず、一般的に以下のような財産がないかを網羅的に調査することが求められます。

  • 不動産(土地・建物)
  • 預貯金(ネット銀行を含む)
  • 株式・投資信託などの有価証券
  • 生命保険(死亡保険金など)
  • 貸付金や未収金
  • 住宅ローンなどの借入金
  • 未払金(医療費やクレジットカード残高)
  • 未納の税金

実務においては、金融機関で取得する残高証明書や取引明細書、役所で取得する固定資産評価証明書や名寄帳といった裏付け資料(客観的な証拠資料)を揃え、財産目録とセットにして保管・交付します。公的な資料に基づいて明瞭に説明できる体制を整えておくことが、遺言執行者自身のリスク管理(損害賠償請求の回避)に直結します。

善良な管理者の注意義務(善管注意義務・民法1012条3項で準用する同644条)|どの程度の注意が必要か

遺言執行者は、自己の財産を扱う場合以上の注意を払い、誠実かつ慎重に任務を遂行する法的義務(善管注意義務)を負います(民法第1012条第3項、民法第644条)。
他人の重要な財産(遺産)を預かり、法的な手続きを行う責任ある立場であるため、日常生活における一般的な注意基準よりも高度な注意力が求められると解されています。
実務上、具体的には以下のような適切な対応・行動が求められます。

  • 相続財産の逸失や毀損を防ぐための適切な保管・管理
  • 必要に応じた火災保険の継続や現状の保全措置
  • 財産価値を不当に減少させるような独断的な処分行為の回避
  • 預かった金銭の厳格な分別管理(遺言執行者自身の自己資金との分離)
  • 遺言執行者と特定の相続人との間の利益相反行為の回避

特に遺産に不動産が含まれる場合、空き家のまま管理を放置したことによる建物の破損や、老朽化に伴う近隣トラブルが、直接的な損害(賠償責任)に直結しやすくなります。そのため、就任後早期に現況を確認し、適切な管理方針を立てることが重要です。
なお、この善管注意義務の要求水準は、就任した者の立場や専門性によって相対的に判断される傾向があります。例えば弁護士や信託銀行などの専門家が就任した場合は、一般の個人よりもさらに高度なプロとしての注意義務が課されると考えられています。

執行状況の報告義務(民法1012条3項で準用する同645条)|どのタイミングで何を報告するか

遺言執行者は、相続人や受遺者から遺言執行の進捗状況について報告を求められた場合にはいつでも状況を報告し、任務がすべて完了した際にも遅滞なくその結果(顛末)を報告する義務を負います(民法第1012条第3項、民法第645条)。
この報告義務は、長期化しやすい相続手続きの透明性を担保し、相続人が「現在どうなっているのか」という不安を抱かないようにすることで、無用な相続トラブルを予防する役割を果たします。
報告する内容は、「これまで何をいつ行ったか」「現在どこで手続きが止まっているのか」「次に何を予定しているか」が明確に伝わる形で整理することが、実務上は強く推奨されます。金融機関への照会状況、残高証明書の取得日、法務局への不動産登記申請日、最終的な支払いや引渡しのスケジュールなどを時系列の表(進行状況報告書など)でまとめておくと、説明の一貫性が保たれます。
報告の形式は、書面(手紙)でもメールでも法律上は問題ありません。ただし、「言った・言わない」のトラブルを防ぐため、送付した資料の控えとともに「いつ・誰に・どの内容を通知したか」の履歴を必ず保存しておくことが重要です。関係者全員に同じ情報を同じタイミングで一斉共有する運用を徹底することが、紛争予防の観点から極めて有効とされています。

受取物・財産の引渡し義務(民法1012条3項で準用する同646条)|何を誰に引き渡すのか

遺言執行者は、任務を遂行する過程で受領した金銭や、名義変更手続きが完了した重要書類などを、正当な権利者(相続人や受遺者)に対して確実に引き渡す義務を負います(民法第1012条第3項、民法第646条)。
遺言執行者はあくまで「手続を代行・実行する主体」にすぎず、対象となる財産を最終的に受け取る実体的な権利は、遺言で指定された相続人等に帰属するためです。
引渡しの対象となるものは多岐にわたり、具体的には以下のようなものが挙げられます。

  • 被相続人の預貯金を解約して金融機関から受け取った払戻金(現金・振込金)
  • 名義変更(相続登記)が完了した後の登記識別情報通知(旧・権利証)や不動産関連書類
  • 保険の解約返戻金や、それに伴う受領明細書類

遺言執行者が財産を一時的に預かって管理している間に、合理的な説明もないまま長期間自身の元に留め置いてしまうと、「使い込んでいるのではないか」と疑われ、重大なトラブルに発展するリスクがあります。税務申告や一部の手続きの都合上、引渡しまでに時間を要するケースもありますが、その場合でも遅延の理由と引渡しの目処を事前に説明し、関係者の理解を得ておくことが実務上は必須といえます。
また、預かった金銭は自身の生活口座とは明確に分けた「遺言執行者専用口座」等で分別管理し、入出金の履歴(通帳のコピー等)を根拠資料として残すことが極めて重要です。誰の権利分として受領し、いつ・どのように分配・送金したかを証拠とともに一貫して示せることが、自身の身を守る最大のポイントとなります。

任務を怠った場合の補償・賠償義務(民法1012条3項で準用する同647条等)|損害賠償責任の考え方

遺言執行者がこれまで述べたような法定の義務に違反(任務懈怠)し、故意または過失によって相続人らに損害を生じさせた場合には、債務不履行等に基づく損害賠償責任を負う可能性があります(民法第1012条第3項、民法第647条)。
この責任は、遺産の横領や私的流用(使い込み)といった悪質なケースに限りません。「手続きを長期間放置したことによる延滞税の発生」や、「空き家の管理不十分により建物の資産価値が著しく下落した」といった、過失による手続きの遅延や管理不足によって不要な損害を発生させた場合にも、賠償請求の対象となり得る点に注意が必要です。
実際に責任の有無が法的に争われる場面では、「その時点で何を・いつ行ったか」「なぜそのような判断を下したのか」というプロセスが重要な争点となります。裏を返せば、客観的な記録(証拠)が残っていないこと自体が、遺言執行者にとって最大の敗訴リスクとなり得ます。就任通知、金融機関への照会、相続人への状況報告、最終的な分配といったあらゆる局面において、必ず日付入りの書面や資料を記録として保存する運用が不可欠です。
少しでも実務対応に不安がある場合は、自身で抱え込まずに早い段階で弁護士などの専門家に相談し、手続きの正しい段取りや自身の権限の範囲を整理しておくことが、深刻な紛争や賠償リスクを予防する最善の策と考えられます。

遺言執行者の義務違反となり得る具体的な行為|どのような場合に問題となるか

遺言執行者の「義務違反」と聞くと、悪意を持った財産の横領などをイメージしがちですが、実務上問題となるのはそうした分かりやすいケースばかりではありません。むしろ、本業の忙しさや親族間対応の心理的負担から連絡を先送りにしてしまったり、手続きの進め方が分からず放置してしまったり、親族間の力関係に配慮して特定の人物にだけ情報を共有してしまったりと、悪意のない行動が結果的に義務違反と評価されるケースが少なくありません。
具体的には、以下のような行為が遺言執行者の義務違反として法的責任を問われる可能性があります。

それぞれのケースについて詳しく解説します。

正当な理由のない手続きの放置|遅延によるリスク

就任の通知、財産調査や財産目録の作成、金融機関の解約、不動産の名義変更といった本来行うべき執行手続きを、正当な理由なく長期間放置(ストップ)してしまった場合、善管注意義務違反として問題視される可能性が高まります。
遺言執行はただスピードを競うものではありませんが、実務が停滞する期間が長引くほど、結果として関係者に経済的損害をもたらすリスクが大きくなる傾向があります。
典型的な例として、相続税申告の期限(原則として「被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月以内」)への悪影響が挙げられます。遺言執行者の財産調査が遅れたことが原因で、相続人が期限内に正しい申告をできず、税務署から延滞税や無申告加算税を課されたり、追加の税理士費用が発生したりした場合、そのペナルティ相当額が「遺言執行者の放置による損害」として賠償請求の争点となる可能性があります。
これを防ぐため、実務上は就任の初期段階で「全体の工程表(スケジュール)」と「完了の目標時期」を相続人に示し、もし調査の難航等で遅延が見込まれる場合には、その理由と新たな見通しを直ちに報告・共有することが極めて重要です。進行状況を常に可視化しておくことで、相続人からの不満や疑念を未然に防ぎやすくなります。

一部の親族を優遇する不公平な執行|公平性・中立性の問題

特定の相続人(例えば同居していた長男など)にだけ進捗を詳しく教える、他の親族への連絡をその特定の人物経由に限定する、必要な同意を取得するプロセスを人によって変える、執行にかかる費用負担の計算を一方に偏らせるといった属人的な対応は、他の相続人から「不公平な執行を行っている」と受け取られ、善管注意義務違反を主張される原因になり得ます。
遺言執行者は「遺言者の意思」に忠実に行動する権限を持ちますが、だからといって手続きの運用プロセスまで不透明・不公平にしてよいわけではありません。「全財産を長男に相続させる」といった、他の相続人から見て不満が出やすい(遺留分侵害が問題になり得るような)遺言内容である場合ほど、遺言執行者には極めて高い透明性と中立的な振る舞いが求められます。
具体的なリスク回避策としては、書面やメールを利用した「相続人全員への一斉同報連絡」、財産目録など「同一資料の同時送付」、個別の問い合わせに対する「回答内容の記録化と全関係者への共有」などが非常に有効とされています。実務においては、最終的な財産の分配結果だけでなく、「手続きの過程(プロセス)がいかに公平・オープンであったか」が法的な評価を左右する重要なポイントとなります。

相続財産の不適切な管理・使い込み|どのような行為が問題となるか

遺産である現金や預貯金を自分自身の生活費などに充てる私的流用(使い込み・横領)が重大な義務違反になるのは当然ですが、それ以外にも「空き家となった不動産の管理を放置したことによる建物の劣化や不法投棄の誘発」や、「市場相場や処分の必要性を十分に調査・検討しないまま、不当に安い価格で資産を売却してしまう行為」なども、不適切な財産管理として法的責任を問われる可能性があります。
これらは、遺言執行者の善管注意義務違反、財産の引渡義務違反、そして最終的な損害賠償責任(民法上の責任)が複合的に争点となりやすい、極めてリスクの高い領域です。
実務上の最も基本的な防衛策は、預かった相続財産を自己の固有資産と絶対に混在させない「分別管理」の徹底です。金融機関の口座凍結解除後に払戻しを受ける際は、必ず「遺言執行者名義の専用口座」等で受け皿を用意し、1円単位の入出金であっても領収書や振込明細などの根拠書類をセットで厳重に保管しておくことで、後日親族から疑義を向けられた際にも堂々と反証できるようになります。
また、遺言書において不動産や高額な有価証券の売却(換価処分)が指示・許容されている場合であっても、遺言の文言を形式的に捉えるだけでなく、現在の相場や売却の合理性を慎重に検討し、事前に相続人へ方針を説明したうえで合意のプロセスを記録に残すことが、実務上は強く推奨されています。

遺言書に書かれていない権限外の行為|どこまで権限があるのか

遺言執行者は「遺言の内容を実現するため」の強力な権限を有しますが、その権限は決して無制限・万能なものではありません。
例えば、遺言書に一切記載されていない別の不動産を独断で売却・処分したり、遺言に指示がないにもかかわらず被相続人の葬儀費用や法要費用を勝手に遺産の中から差し引いて支出したりする行為は、法的に与えられた「権限外の無権限行為」として無効を主張されたり、賠償を求められたりする可能性があります。
遺言執行者がどこまで手出しできるか(権限の範囲)は、遺言書の具体的な文言、遺言によって達成すべき本来の目的、そして民法上認められた執行行為の限界などを総合的に考慮して厳格に判断されます。もし「○○の財産はよしなに処分してくれ」といった曖昧な文言である場合、自身の都合の良いように解釈して独断で手続きを強行することは、極めてリスクが高いといえます。
自身の権限範囲についての判断に少しでも迷う場合には、自己判断で動く前に弁護士などの専門家に「遺言書の法的な解釈」や「取り得る手続の選択肢」について見解を求め、必要に応じて家庭裁判所の判断を仰ぐといった慎重な姿勢が求められます。早期に法的な論点を整理しておくことが、結果的に最も円滑かつ安全な解決につながる傾向があります。

遺言執行者の義務違反に関する裁判例を紹介|どのようなケースで責任が認められたか

【裁判例】東京地方裁判所平成19年12月3日判決

実務において遺言執行者の義務違反が現実に問題となった場合、実際にどのような法的責任(損害賠償責任など)が問われるのでしょうか。
ここでは、法定された「通知義務」および「相続財産目録の交付義務」などを怠ったとして訴訟に発展した実際の裁判例をもとに、裁判所がどのように判断したかを紹介します。
この事案は、包括遺贈(財産を特定せず割合で譲る遺言)に関して指定された遺言執行者らが、他の法定相続人に対して財産目録を一切交付せず、また事前の就任通知や状況報告も行わないまま、独断で遺産である不動産を売却・処分したことの適法性が争点となり、法定相続人側が遺言執行者らに対して精神的苦痛等に基づく損害賠償(慰謝料等)を求めたケースです。
裁判所は判決において、「遺言執行者には、相続人に対して遅滞なく被相続人の相続財産目録を作成・交付し、遺言執行の進捗状況について適宜説明・報告すべき法的な義務がある」と明確に示したうえで、被告となった遺言執行者らがこれらの基本義務を著しく怠ったと認定しました。その結果、法定相続人側の損害賠償請求が一部認容され、遺言執行者に対し、3人の原告(相続人)それぞれへ25万円(合計75万円)の損害賠償金の支払いが命じられています。
このように、財産の横領がなくても「報告や目録の交付をサボった」という手続き上の瑕疵だけで、現実に損害賠償責任が認められるケースがある点に十分な注意が必要です。

遺言執行手続きの具体的な流れと期限の目安|いつまでに何をするか

遺言執行者に就任してから任務が完了するまでの一般的な手続きの流れと、実務上意識すべき期限・スケジュールの目安について解説します。

工程・フェーズ 時期・期限の目安 主な実施内容・ポイント
1就任承諾と通知 就任後直ちに 全相続人・受遺者へ就任通知および遺言書写しの送付
2相続人・財産調査 速やかに 戸籍収集による相続人確定、金融機関照会・固定資産評価等の調査
3財産目録作成・交付 1〜3か月以内 裏付け資料とともに全相続人へ目録を交付(放棄判断期日前に対応)
4具体的手続きの執行 順次進行 預貯金解約・名義変更・不動産相続登記・株式名義書換・遺贈履行
5完了報告・精算 任務完了後遅滞なく 収支計算書の作成・引渡し・業務完了報告書の交付

法律上、遺言執行そのものに「いつまでに終わらせなければならない」という絶対的な期限はありません。しかし、実務上は「相続税の申告・納税期限(被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月以内)」という重要な周辺期限が存在します。これを遵守するため、時間のかかりやすい金融機関での手続きや不動産登記、複雑な権利関係の整理などは前倒しで着手することが現実的です。初期段階で大まかな工程表(スケジュール)を作成して関係者に共有しておくことで、万が一手続きが難航した場合でも客観的な説明がしやすくなります。

遺言執行者は辞任・解任・拒否できる?|いつ・どのように可能か

遺言書の中で遺言執行者に指定されていたとしても、本人が就任を承諾しない限り、遺言執行者としての法的義務や地位は発生しません(就任の拒否・辞退は自由に可能です)。
就任を引き受けるかどうかは、想定される業務量の手間、親族・相続人間の関係性、利害対立の有無、法的な専門知識の必要性などを総合的に踏まえて慎重に判断することが重要です。もし負担が大きく引き受けない(辞退する)と決めた場合には、速やかに相続人全員へその旨を通知し、必要に応じて相続人らが家庭裁判所に「遺言執行者選任申立て」を行えるよう促すことが、実務上の適切な配慮とされています。
一方で、一度就任を承諾して任務を開始した後の「辞任(途中でやめること)」については、いつでも自身の都合で自由に行えるわけではありません。民法の規定上、就任後に辞任するためには「正当な事由」があり、かつ「家庭裁判所の許可」を得ることが厳格に要件とされています民法第1019条第2項)。
正当な事由として認められ得る例としては、自身の重い病気などの健康上の理由、遠方への転居で実務対応が物理的に困難になった場合、相続人間の対立が激化して中立的な業務遂行が不可能になった場合、複雑な法的トラブルが発生し弁護士等の専門家の関与が不可欠となった場合などが挙げられます。単に「面倒になったから」という理由では許可されません。
また、「解任」については、遺言執行者が任務を怠ったり不適切な行為を行ったりした場合に、相続人などの利害関係人が家庭裁判所に「遺言執行者解任の申立て」を行い、裁判所の審判によって強制的に役職を剥奪される手続きです(民法第1019条第1項)。明確な不正行為だけでなく、極度な業務の遅延や、相続人との信頼関係の完全な破綻が解任事由と判断されるケースもあります。
万が一、辞任や解任が想定される事態に陥った場合は、そのまま放置するのではなく、これまでの業務記録や預かり資産の状況を直ちに整理し、次の執行者へ引き継ぎ可能な状態を整えておくことが、後日の損害賠償請求を回避するうえで極めて重要です。

遺言執行者に弁護士を指定する4つのメリット|なぜ専門家が選ばれるのか

遺言執行者の業務は、金融機関や役所での多岐にわたる煩雑な事務作業に加え、親族間の複雑な感情や利害関係が絡むストレスの多い環境下で、的確な法的判断を連続して迫られます。
このような状況下で一般の個人(特定の相続人など)が遺言執行者に就任した場合、本人がどれほど誠実・適切に手続きを進めていたとしても、他の親族から「自分に有利なように財産を隠しているのではないか」と疑念を持たれやすいという構造的な不利が生じる傾向があります。
そのため、遺言書の作成段階から、あるいは就任辞退後の選任において、弁護士を遺言執行者に指定(選任)するケースが増えています。弁護士の関与は、単なる面倒な手続きの代行にとどまらず、「法的トラブルの予防線」を初期段階から構築し、関係者全員の責任リスクを最小限に抑えられる点に大きな意義があります。
特に、「遺留分侵害額請求」が予想されるケース、遺言書の文言解釈で揉めそうなケース、不動産や非上場株式など財産の種類が多岐にわたるケースでは、素人判断で進めると後から手続きのやり直しや高額な裁判費用(争訟コスト)が発生するリスクが高まります。初期段階から法律の専門家である弁護士に実務を委ねることで、結果としてトラブル解決にかかる時間や全体的な費用の抑制につながる可能性が高くなります。
ここでは、遺言執行者に弁護士を指定する4つの具体的なメリットを解説します。

メリット1|予期せぬ法的トラブルに対する高度な対応力

遺言執行の過程では、他の親族から「遺言書は偽造だ(あるいは認知症で無効だ)」といった遺言無効の主張がなされたり、遺留分侵害額請求が行われたり、生前の使途不明金を巡る激しい紛争が生じたりと、単なる事務手続きから「法的な争い」へと移行する局面が少なくありません。
弁護士が遺言執行者に就任している場合、こうした突発的なトラブルに対しても、事実関係の冷静な整理、証拠に基づく法的評価、相手方との交渉対応などを一体的かつ迅速に進めることが可能です。
実務上特に重要となるのは、争点が生じた際に「協議で解決できるか、家庭裁判所での調停や訴訟に移行すべきか」という手続選択の判断です。集めるべき証拠やアプローチの選択を誤ると、解決までの期間が数年単位で長引き、弁護士費用等の負担も増大してしまいます。
もちろんトラブルが顕在化した後に弁護士へ依頼(代理人就任)することも可能ですが、初期段階から遺言執行者として関与していれば、すでに財産調査や手続プロセスの記録が完璧に整備されているため、いざ紛争が発生した際にも極めてスムーズかつ有利に対応できる傾向があります。

メリット2|親族間の感情的な対立を防ぐ緩衝役(防波堤)

相続トラブルは、純粋な法律論だけではなく、「昔から兄ばかり贔屓されていた」といった長年の感情的なしこりが原因で対立が激化し、手続きが完全に停滞してしまうケースが多々あります。親族の一人が遺言執行者となった場合、いくら法律に則って公平に手続きを進めようとしても、「自分たちに都合の悪い情報を隠しているに違いない」と色眼鏡で見られ、正当な説明すら受け入れてもらえないことが珍しくありません。
ここに、法律の専門家であり中立的な第三者である弁護士が介入し、すべての情報共有や法的な説明を担うことで、執行手続きそのものが「親族同士の感情的なぶつかり合いの場」になることを防ぐ効果があります。同じ内容の説明であっても、利害関係のある親族から言われるのと、中立的な専門家から法的根拠をもって説明されるのとでは、相手方の納得度が大きく変わります。
また、親族間のあらゆる連絡窓口が弁護士に一本化されるため、「言った・言わない」の不毛な口論が生じにくくなり、相続人同士が直接顔を合わせて罵倒し合うような精神的ストレスを大幅に軽減できる点も大きなメリットです。

メリット3|複雑で膨大な事務作業からの解放|手続負担の大幅な軽減

遺言執行の日常的な実務は、銀行などの各金融機関、法務局、市区町村役場といった複数の窓口を相手に、厳格なルールの下で大量の書類を収集・提出する地道な作業の連続です。
具体的には、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本の収集、各銀行での残高証明書や取引明細の取得、役所での名寄帳や評価証明書の取得、法務局での不動産登記申請(司法書士との連携)、預貯金の解約・分配、精算書や詳細な業務報告書の作成など、膨大な手間と時間がかかります。
これらの窓口は基本的に平日の日中しか開いていないため、仕事や家事、介護を抱える一般の個人が合間を縫って対応しようとすると、どうしても手続きの遅延や書類の不備・漏れが生じやすくなります。そして、手続きの遅れは「何か裏で良からぬことをしているのでは?」という親族の疑念を招き、その弁明に追われてさらに実務が遅れるという悪循環に陥りがちです。
弁護士を遺言執行者に指定(または選任)すれば、こうした煩雑な書類収集から窓口対応、スケジュール管理までの実務を一任できるため、親族は日々の生活を崩すことなく、重要な局面での報告確認に専念することができます。

メリット4|自身と親族を守る損害賠償リスクの徹底排除

前述のとおり、遺言執行者が抱える最大のリスクは、現実に使い込みなどの不正を働くことだけでなく、手続きの不手際によって「不正をしていると疑われる状況」を自ら作り出してしまうことにあります。報告の遅れ、説明不足、自己資金との混同(分別管理の不徹底)、証拠資料の保存漏れなどは、他の親族からの不信感を増幅させ、最悪の場合は善管注意義務違反として損害賠償請求の対象となる典型的な要因です。
法律の専門家である弁護士が遺言執行者として関与することで、法定された就任通知、財産目録の適時交付、定期的な進捗報告といった必須の枠組みを初期段階で完璧に整備し、法的な権限の範囲を厳密に守りながら安全に実務を進行させることができます。
これにより、後から「義務違反だ」と難癖をつけられる余地を排除し、遺言執行者に指定された本人はもちろん、親族全体が泥沼の紛争や訴訟に巻き込まれるリスクを未然に防ぐことが可能になります。特に揉めることが予想される相続においては、「結果的に正しく分けたか」と同じくらい「どのような透明なプロセス(手続き過程)を踏んだか」が法的に極めて重要視されます。プロによる手続設計と証拠記録の保全は、もっとも確実なリスク管理策といえます。

まとめ|遺言執行者の義務とリスク管理の要点

遺言執行者は、あくまで「遺言者の最終意思を実現するための法的な実務担当者」であり、相続人同士の利害を調整したり、誰かの味方をしたりする立場ではありません。そのため、親族の感情や力関係に左右されることなく、中立かつ客観的に、遺言の趣旨に忠実に手続きを進める毅然とした姿勢が求められます。
遺言執行者が負う義務の中核は、就任直後の遺言内容の通知、正確な相続財産目録の作成と交付、善管注意義務に基づく厳格な財産管理、適時適切な進捗報告、そして正当な権利者への確実な財産の引渡しにあります。これらはすべて、手続きの透明性を高め、「疑われるリスク」を排除するための重要なルールです。
後日の損害賠償請求などの法的トラブル(義務違反リスク)を確実に防ぐための要点は、「全関係者への同時かつ公平な情報共有」「スケジュールを見据えた期限管理」「財産の徹底した分別管理」、そして「すべての判断や通知内容の証拠化(記録保存)」に尽きます。
もし「自分には荷が重い」「親族間で揉めそうで不安だ」「何から手をつければ良いか分からない」と少しでも不安を感じる場合は、一人で抱え込まず、早い段階で弁護士などの専門家に相談・依頼することが、結果として最も安全で円滑な解決へとつながります。

ネクスパート法律事務所では、初回相談は30分無料です。

対面相談のほか、リモート(オンライン)相談にも対応しているため、事務所への来所が難しい場合でも相談しやすい体制を整えています。ぜひお気軽にお問い合わせください。

 

コラム監修者

Shunsuke Teragaki

Shunsuke Teragaki

所属:代表(東京オフィス)

広島県広島市出身。修道高校、慶應義塾大学商学部、青山学院大学法科大学院を卒業後、新司法試験に合格し最高裁判所司法研修所を修了。弁護士として法曹界に入り、個人・法人問わず幅広い分野の相談・交渉に取り組む。ネクスパート法律事務所の代表弁護士として、依頼者に最適な見通しと戦略的な解決策を示すことを信条とし、丁寧かつ粘り強い対応で信頼を築いている。

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