更新日:2026年8月14日 (金)

公開日:2026年8月6日 (木)

認知症の人が書いた遺言書は無効?有効・無効の判断基準等を解説

認知症の人が書いた遺言書は無効?有効・無効の判断基準等を解説 認知症の人が書いた遺言書は無効?有効・無効の判断基準等を解説

サマリー

認知症の人が書いた遺言書は無効?有効・無効の判断基準等を解説をテーマに、成立・適用の要件や判断基準、無効となる条件や対処法を解説。相続手続きを進める前に確認しておきたいポイントを整理します。

認知症と診断された方が作成した遺言書について、「有効なのか無効なのか」といったご相談は数多く寄せられます。特に、相続トラブルや遺言無効確認訴訟を避けたいという観点から、遺言書の有効性に関心を持つ方は少なくありません。認知症という理由だけで直ちに遺言書が無効になるわけではありません。しかし、将来の相続トラブルを避けるためには、民法上の要件を満たした適切な遺言書を作成することが重要です。
この記事では、認知症の方の遺言が有効と認められる条件や、無効と判断される基準、さらに将来的な相続紛争を防ぐための遺言書作成のポイントについて解説します。

認知症の人の遺言書が直ちに無効にならない理由

認知症と診断されていても、その方が作成した遺言書が直ちに無効になるわけではありません。遺言の効力を判断する上で最も重要なのは、遺言書を作成した時点で、本人に遺言能力や意思能力があったかどうかという点です。たとえ認知症であっても、作成時に遺言内容や財産承継の法的効果を理解し、その結果を判断できる状態であれば、遺言は有効と認められる可能性があります。したがって、認知症という病名だけで一律に遺言の効力が決まるわけではなく、個別具体的な事情を踏まえて判断されます。

遺言の有効性を左右する遺言能力とは

遺言能力とは、遺言者が遺言内容を正しく理解し、その遺言によって相続や財産分配にどのような法的効果が生じるかを認識できる判断能力のことです。具体的には、自分がどの財産を誰に相続させるのか、そしてその行為がどのような意味を持つのかを分かっている状態を指します。この遺言能力の有無が、遺言の有効性を判断する上で重要な基準となります。一般的に、遺言能力がない状態で作成された遺言は、法的に無効と判断されます。

認知症という病名だけで遺言の効力は決まらない

遺言の効力は、認知症という診断名だけで機械的に判断されるものではありません。認知症の症状には個人差があり、軽度の場合には、常に判断能力が低下しているとは限りません。裁判所における遺言無効確認訴訟などでは、認知症という事実だけでなく、遺言書作成時点における本人の具体的な心身の状態や言動が重視されます。そのため、実務上は、軽度の認知症で症状の影響が限定的な状況で作成された遺言について、有効と認められるケースも少なくありません。

遺言書が有効か無効かを判断する基準と遺言能力

遺言が無効かどうかは、民法で定められた方式違反などの形式的要件を満たしているかに加え、遺言者に遺言能力や意思能力があったかという実質的要件を踏まえて判断されます。
遺言無効確認訴訟などの裁判実務では、単一の事情だけでなく、医療記録や本人の言動、遺言内容の合理性など、複数の客観的証拠を総合的に考慮して、作成時の判断能力の有無が慎重に判断されます。ここでは、遺言能力を判断する際に重視される具体的な要素を解説します。

作成時の判断能力を示す医師の診断書

遺言書作成時点における本人の判断能力を客観的に示す資料として、精神科や老年科などの専門医による診断書は重要な証拠となります。この診断書には、単に認知症の診断名だけでなく、遺言能力や意思能力の有無について、具体的な医学的見解が記載されていることが望まれます。遺言書作成の直前または直後に診察を受けている場合、その診断書は、本人の意思能力や判断能力を判断する上で有力な資料となります。

長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)など認知機能検査の結果

長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)などの認知機能検査の結果は、遺言者の判断能力を評価する客観的な指標の一つとされています。これは、日付や場所、簡単な計算などに関する質問で構成されており、点数が低いほど認知機能の低下が疑われる傾向があります。ただし、認知機能検査の結果のみで、直ちに遺言能力の有無が断定されるわけではありません。あくまで、医療記録や本人の言動など、他の客観的証拠と合わせて総合的に判断される資料の一つとして扱われます。

遺言書の内容が合理的かつ理解可能か

遺言書に記載された内容も、遺言者の判断能力を判断する重要な要素となります。例えば、遺産分割の内容が著しく不公平であったり、生前の本人の意思と大きく矛盾していたり、財産内容や相続人に関する記載が事実と異なっていたりする場合には、本人が内容を十分理解しないまま作成した可能性が疑われることがあります。特に、法定相続分や遺留分を巡る争いが生じるケースでは、遺言内容の合理性が重視される傾向があります。
一方で、内容が簡潔かつ合理的であれば、本人の明確な意思に基づいて作成されたと判断されやすくなります。

介護記録や医療記録から判断される日常の言動

遺言書作成前後における本人の日常的な言動は、判断能力の状態を示す重要な資料となります。介護施設に入所している場合には、介護士等が作成する介護記録に、日々の会話内容や行動、心身の状態などが詳細に記録されていることがあります。
また、医療機関のカルテや診療記録も、判断能力を検討する上で重要な資料となります。これらの記録に、支離滅裂な発言や見当識障害に関する記載がある場合には、遺言能力が欠けていたと推認される一事情となる可能性があります。

過去の判例ではどのように判断されたか

過去の裁判例を見ると、一般的には中等度以上の認知機能低下が疑われる長谷川式スケール20点以下のケースであっても、他の事情から遺言が有効と判断された事例があります。一方で、それ以上の点数であっても、無効と判断されたケースも存在します。判例では、医師の診断や認知機能検査の結果に加え、遺言内容の複雑さ、作成経緯、遺言者と相続人との関係性など、個別具体的な事情を総合的に考慮して判断する傾向があります。裁判所は、これらの事情を踏まえて心証形成を行うため、一つの要素だけで結論が決まるわけではありません。

相続トラブルを防ぐ!有効な遺言書を作成する5つのポイント

認知症の疑いがある方の遺言作成では、将来「遺言能力がなかった」と主張され、遺言無効確認訴訟などの相続紛争に発展するリスクをいかに減らすかが重要です。作成方法を工夫し、客観的な証拠を十分に残しておくことで、遺言の有効性が争われる可能性を低減できます。ここでは、法的に有効性が認められやすく、相続人間の紛争予防にもつながる遺言書を作成するための5つのポイントを解説します。

ポイント1:判断能力が十分なうちに作成を始める

最も基本的かつ重要な対策は、判断能力が十分に保たれている段階で、できるだけ早く遺言書を作成することです。認知症は一般的に進行性とされており、症状の進行に伴って遺言能力が認められにくくなる可能性があります。本人の意思が明確なうちに作成へ着手することで、後から遺言無効を主張されるリスクを軽減できます。なお、遺言書は一度作成した後でも、状況の変化に応じて撤回や内容変更を行うことが可能です。

ポイント2:証拠力の高い公正証書遺言を選択する

自筆証書遺言よりも、公正証書遺言を選択することが一般的には推奨されます。公正証書遺言は、民法所定の方式に従い、公証役場で公証人が作成に関与し、2人以上の証人の立会いのもとで作成されます。公証人は法律実務の専門家として、遺言者の本人確認や意思能力の確認を行います。そのため、後に「本人が作成していない」「判断能力がなかった」と主張された場合でも、自筆証書遺言と比較すると、有効性が争われるリスクは一般的に低い傾向があります。作成には、公証役場での手続きが必要となります。

ポイント3:作成時に医師の立会いや診断書を活用する

遺言能力について後日争いになる可能性がある場合には、遺言書作成時に医師へ立会いを依頼したり、作成日と同日または近接した時期に、意思能力や判断能力に関する診断書を取得したりしておくことが有効と考えられます。特に、公正証書遺言の作成時に、公証人に加えて医師も同席している場合には、医学的・法律的双方の観点から本人の判断能力が確認された事情として、客観的証拠の一つになり得ます。

ポイント4:誰が読んでも理解しやすい内容にする

遺言書の内容は、できるだけ簡潔かつ明確に記載することが重要です。どの財産を、どの相続人に、どの割合または内容で承継させるのかを明確に記載し、複雑な条件や曖昧な表現は避けることが望ましいです。内容が過度に複雑である場合、本人が遺言内容を十分理解していたのか疑問視される要因になることがあります。遺言者の意思が明確に伝わる簡潔な内容であれば、判断能力が備わっていたことを示す間接事情として評価される可能性があります。

ポイント5:遺言書作成の経緯や理由を記録として残す

どのような理由や経緯でその内容の遺言書を作成するに至ったのかを記録として残しておくことも、有効な対策の一つです。
例えば、遺言書の付言事項に「長男に自宅を相続させるのは、長年同居し介護をしてくれたことへの感謝によるものです」といった理由を記載したり、作成時の様子を動画で記録したりする方法があります。これにより、遺言が本人の真意に基づいて作成されたことを補強する事情となり得ます。将来的に成年後見制度の利用や成年後見人の選任が必要になる可能性も踏まえ、本人の意思を明確にしておくことが望ましいでしょう。

認知症の親の遺言書を無効にする方法

親が残した遺言書の内容に納得できず、遺言作成当時に認知症であったことを理由として遺言の有効性を争いたい場合は、遺言能力の有無を踏まえた法的手続きを進める必要があります。遺言執行者が指定されている場合には、適切な対応を取らなければ、遺言内容に基づく遺産分割や相続手続きが進められる可能性があります。
ここでは、認知症による遺言能力の欠如を理由に遺言の無効を主張したい場合の対処法について、調停や訴訟の流れを含めて段階的に解説します。

ステップ1:相続人全員で遺言の有効性を協議する

まずは、法定相続人全員で、遺言書の有効性や遺言能力の有無について協議することが重要です。相続人全員が「この遺言は無効である」との認識で一致した場合には、遺言書によらず、相続人間の遺産分割協議によって財産の分け方を決定することが可能です。この場合、後日の相続トラブルを防ぐ観点から、相続人全員が合意した内容を遺産分割協議書として書面化しておくことが一般的です。

ステップ2:家庭裁判所へ遺言無効確認調停を申し立てる

相続人間での話し合いがまとまらない場合や、一部の相続人が遺言の有効性や遺言能力の存在を主張している場合には、家庭裁判所に遺言無効確認調停を申し立てることになります。調停とは、裁判官と調停委員が中立的な立場で関与し、当事者双方の主張や事情を確認しながら、話し合いによる解決を目指す手続きです。調停自体に判決のような法的拘束力はありませんが、中立的な第三者を介することで、客観的な視点から解決策を模索できる場合があります。

ステップ3:調停で解決しない場合は遺言無効確認訴訟を提起する

調停でも合意に至らなかった場合には、最終的な手段として、地方裁判所を中心に遺言無効確認訴訟を提起することになります。訴訟では、原告側(遺言の無効を主張する側)が、遺言作成時に遺言能力を欠いていたことについて、客観的証拠に基づき立証責任を果たす必要があります。裁判所は、提出された医療記録や陳述書などの証拠を総合的に精査し、心証形成を行ったうえで、遺言の有効・無効について判断します。

訴訟で遺言無効を主張するために必要な証拠

遺言無効確認訴訟において遺言の無効を主張するためには、遺言者が当時遺言能力を欠いていたことを示す客観的証拠が重要になります。具体的には、認知症の進行状況を示す医療記録(カルテ)、専門医の診断書や鑑定書、介護記録、本人の日常言動を把握していた親族・介護関係者の陳述書などが、重要な証拠として扱われる傾向があります。これらの証拠を適切に収集し、遺言能力の欠如について一貫性のある主張を構成できるかが、訴訟実務上の重要なポイントとなります。

認知症の方の遺言書に関するよくある質問

認知症の方の遺言に関して、多くの方が抱く疑問について解説します。

Q.遺言書が無効になった場合、相続財産はどうなる?

A.遺言書が無効と確定した場合、その遺言は法的効力を有しないものとして取り扱われます。そのため、相続財産は、民法で定められた法定相続分に従って分配されるか、または相続人全員による遺産分割協議によって分け方を決定することになります。遺産分割協議がまとまらない場合には、家庭裁判所での遺産分割調停や審判へ移行することがあります。

Q.公正証書遺言であれば必ず有効になる?

A.必ずしも有効になるとは限りません。公正証書遺言では、公証人が本人の遺言能力を確認したうえで作成手続きを進めるため、自筆証書遺言と比較すると無効と判断されるリスクは低い傾向があります。もっとも、例外的に、後から遺言能力の確認が不十分であったと判断され、無効となる可能性もあります。特に、遺言作成当時に重度の認知症であった可能性がある場合には、相続人間で遺言の有効性が争点となるケースがあります。

Q.遺言書作成を弁護士に依頼するメリットは?

A.弁護士に遺言書作成を依頼するメリットは、法的要件を満たした遺言書を作成し、将来的な相続トラブルのリスク軽減を図れる点にあります。特に、遺言能力に不安があるケースでは、医師との連携や診断書の取得、公正証書遺言の活用など、有効性を裏付ける客観的証拠の整備について助言を受けられる場合があります。また、相続人間の利害関係を整理し、相続紛争の予防に向けた助言を受けられる点もメリットといえます。

まとめ

認知症と診断された方が作成した遺言書であっても、その有効性は、遺言作成時点における遺言能力の有無によって判断されます。認知症という病名のみで直ちに遺言が無効になるわけではありませんが、将来の相続トラブルを防ぐ観点からは、判断能力が十分な段階で、証拠力の高い公正証書遺言を作成しておくことが重要とされています。また、医師の診断書を取得することや、遺言作成時の状況・経緯を記録として残すことなど、客観的証拠を確保する工夫も重要です。
ネクスパート法律事務所には、相続分野を取り扱う弁護士が在籍しています。認知症だった被相続人の遺言書について、有効性や遺言能力の判断にお悩みの方は、弁護士へ相談することも検討するとよいでしょう。

コラム監修者

RUI SATO

RUI SATO

所属:代表(東京オフィス)

明治大学付属中野高校卒業、明治大学法学部・法科大学院修了。2012年弁護士登録(東京弁護士会)、2016年ネクスパート法律事務所を創設。一般民事・企業法務に加え、ブロックチェーン分野にも注力し、海外法人設立支援業務などにも取り組む。AIを活用した弁護士業務の改善・事業開発に取り組み、一般社団法人 イノベーション法務支援機構代表理事就任。公正取引委員会・中小企業庁講師、日弁連代議員、東京弁護士会常議員等を歴任。

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