更新日:2023年11月22日 (水)

公開日:2023年11月22日 (水)

素因減額とは?交通事故の損害賠償金が減額される理由と基準

素因減額とは?交通事故の損害賠償金が減額される理由と基準 素因減額とは?交通事故の損害賠償金が減額される理由と基準

サマリー

交通事故に遭い、相手方の保険会社から「以前からの持病や体質が影響している」として損害賠償金の減額(素因減額)を主張され、戸惑っている方もいるのではないでしょうか。素因減額は損害の公平な分担を図るための法的な考え方ですが、どのような場合でも認められるわけではありません。この記事では、素因減額の基本的な仕組みや判断基準、減額が争点となりやすい傷病の具体例、相手方から主張された場合の適切な対応について解説します。

交通事故における「素因減額」とは?

交通事故における「素因減額」とは、被害者が事故前から抱えていた身体的・精神的な要因(素因)が原因となって損害が発生・拡大した場合に、その寄与度を考慮して損害賠償額を減額する法的な仕組みです。

本来、被害者は事故によって生じた損害全額について加害者側へ請求できますが、損害の拡大に被害者側の要因が関係している場合、すべての責任を加害者に負わせることは公平を欠くことがあります。

素因減額は、加害者と被害者との間で「損害の公平な分担」を図るために認められている考え方です。

素因減額が損害賠償額に与える影響と割合の目安

素因減額が適用される場合、裁判や示談交渉においては、事故による衝撃の程度や事故前から存在していた疾患の内容・程度、事故を契機に生じた症状の重さなどが総合的に考慮されます。

これらを総合的に勘案した結果、過失割合による過失相殺とは別に、賠償額から一定割合が差し引かれることになります。

実務上、素因減額が認められる場合の減額割合は、事案によって異なりますがおおむね1割から5割程度となるケースが一般的です。

被害者側に何らかの持病や体質がある場合でも、当然に素因減額が認められるわけではなく、個別の事情に応じた慎重な判断が行われます。

素因減額の2つの類型:身体的素因と心因的素因

交通事故における素因減額は、損害の発生や拡大に影響を与えた被害者側の事情に応じて、大きく「身体的素因」と「心因的素因」の2つに分類されます。

身体的素因(既往症や体質的疾患)

身体的素因とは、事故前から被害者に存在していた既往症や体質的な疾患などの身体的な事情を指します。もともとあった疾患が事故による受傷と相まって症状を発生させたり、通常よりも症状を重症化・長期化させたりした場合に、減額の対象として検討されます。

ただし、平均的な体格や通常の体質と多少異なる身体的特徴があるというだけでは、原則として素因減額の対象にはなりません。極端な肥満など特別な事情がある場合を除き、通常の個性の範囲内にある身体的特徴は法的な「疾患」とは区別して扱われます。

身体的素因として考慮されるためには、単なる個体差や身体的特徴にとどまらず、医学的な「疾患」に該当するかどうかが重要な基準となります。

心因的素因(精神的傾向や精神疾患の既往)

心因的素因とは、被害者の性格、ストレスに対する耐性、社会適応力、精神疾患の既往歴といった心理的・精神的な要因のことです。事故によって通常発生する程度を明らかに超える損害が生じており、その損害拡大に被害者の精神的要因が寄与している場合に考慮されることがあります。

裁判実務において心因的素因による減額が検討される際には、主に以下のような事情が判断材料として挙げられます。

  • 事故の規模や衝撃が軽微であり、通常人に対して強い心理的影響を与えるものとはいえない場合
  • 被害者の訴える強い自覚症状に見合う他覚的な医学的所見が認められない場合
  • 一般的な加療相当期間を大幅に超えて通院や治療が必要となっている場合

心因的素因の有無や減額割合は、精神的な症状の程度だけでなく、事故態様の軽重や受傷内容、事故前の日常生活の状況などを総合的に勘案して判断される傾向にあります。

素因減額が争点となりやすいケース・認められにくいケース

実際の損害賠償実務や裁判においては、被害者が抱える疾患や身体の状態によって、素因減額が認められやすいケースと認められにくいケースが存在します。どのような傷病や状態が判断の対象になりやすいのかを把握しておくことが重要です。

素因減額が争点となりやすい代表的な傷病

身体的素因として頻繁に争点となるものに「椎間板ヘルニア」があります。頸椎や腰椎の椎間板ヘルニアについて、裁判例では2割から3割程度の素因減額を認める判断が見られます。

ただし、事故前にヘルニアの自覚症状や治療歴が全くなく、事故を契機として初めて症状が現れたような事案では、素因減額を否定している裁判例もあります。事故前の発症状況が大きな焦点となります。

背骨の中の靭帯が骨化して神経を圧迫する「後縦靭帯骨化症」も、素因減額が認められやすい疾患の一つです。裁判例では2割から3割、事案によっては5割程度の減額が肯定される傾向があります。

心因的素因においては、「うつ病」などの精神疾患が問題となることがあります。事故の数年前からうつ病の診断を受け頻繁に治療を継続していた被害者について、事故の態様が比較的軽微であったことなども総合的に考慮され、10%の素因減額が認められた裁判例(神戸地判平成26年8月20日)などが存在します。

素因減額が認められにくい身体的特徴や加齢現象

一方で、単なる身体的特徴にとどまる場合は素因減額が否定される傾向にあります。例えば、首が長く多少の頸椎不安定症がある被害者について、疾患とはいえない身体的特徴であるとして素因減額を認めなかった最高裁判決(最判平成8年10月29日)があります。

また、年齢相応の加齢や老化によって生じる一般的な身体の変化(骨や関節の軽微な変性など)についても、基本的には素因減額の対象にはならないと解されています。

骨の強度が低下する「骨粗しょう症」も高齢者等に広く見られるため、被害者の年齢相応であれば減額対象とならない傾向があります。ただし、35歳の被害者で骨密度が70歳代に匹敵する状態であった事案のように、年齢に比して著しい疾患と評価され、20%の減額がなされた裁判例(さいたま地判平成23年11月18日)もあります。

このように、素因減額が認められるかどうかは疾患の内容や程度、事故前の自覚症状の有無などが個別具体的に総合考慮されて判断されます。

素因減額の主張・立証と加害者側の要件

交通事故の損害賠償実務において、素因減額を成立させるためには、賠償金を支払う立場にある加害者側(相手方保険会社)が減額の根拠となる具体的事実を主張・立証する必要があります。

素因減額が認められると賠償額が減額されるため、利益を受ける加害者側がその必要性を示すことが原則とされています。

加害者側が主張・立証すべき主な要素

加害者側が素因減額を認めてもらうためには、単に被害者に持病があったと指摘するだけでは足りず、主に以下の要素について具体的な事実を示す必要があります。

  • 被害者の身体的・精神的特性が単なる個性や体質にとどまらず「疾患」に該当すること
  • その疾患と交通事故の双方が原因となって損害が発生・拡大したこと(因果関係)
  • 素因を考慮せずに全額を加害者に負担させることが、損害の公平な分担の観点から著しく不公平であること

このように、既往症の存在だけでなく、それが事故による症状の長期化や後遺障害の発生にどのように寄与したのかという医学的・法的な因果関係が厳格に問われます。

裁判における抗弁としての位置付けと職権判断

民事訴訟において、素因減額は被害者の請求に対して加害者側が反論として提出する「抗弁」の一つとして位置付けられています。

ただし、損害の公平な分担という趣旨から、訴訟資料の中に素因に関する事実が現れている場合には、加害者側からの明確な申し立てがなくても裁判所が職権で素因減額を考慮することが可能です。

裁判所は提出されたカルテや画像所見、医師の意見書などの証拠を総合的に評価し、素因減額の適否や具体的な減額割合を判断します。

そのため、相手方から素因減額を主張された際には、加害者側がどのような根拠や資料に基づいて主張しているのかを正確に把握し、医学的な知見を踏まえた反論を準備することが重要となります。

素因減額を主張された場合の対応と弁護士への相談

相手方の素因減額の主張が正当か確認する重要性

示談交渉において相手方保険会社から素因減額を主張された場合、その主張が法的に正当なものであるかどうかを冷静に見極める必要があります。相手方から提示された減額割合が、必ずしも裁判実務の基準に沿った適切な内容であるとは限りません。

事故前から存在していた症状や体格が単なる身体的特徴や通常の加齢現象にとどまる場合、原則として素因減額の対象とはなりません。また、既往症があったとしても、事故による損害の発生や拡大にどの程度寄与したのかは医学的かつ法的に慎重な検討が必要です。

相手方の主張をそのまま受け入れて示談に応じてしまうと、本来受け取るべき損害賠償額から不当に減額されてしまうおそれがあります。

法的主張の整理と示談交渉における弁護士相談の有用性

素因減額が争点となる事案では、事故の衝撃の程度、受傷前の通院歴や画像所見、受傷後の症状の推移など、客観的な証拠をもとに因果関係を整理しなければなりません。被害者本人がこれらの医学的・法的な論点を精査し、保険会社と対等に対話を進めることには大きな負担が伴います。

交通事故における素因減額の判断基準や裁判例の傾向を把握している弁護士に相談することで、相手方の主張に法的な根拠があるかどうかを客観的に検討できます。事故前の健康状態や治療経過を踏まえた適切な反論を組み立てる際にも、法律を扱う弁護士による整理が役立ちます。

また、示談交渉の窓口を弁護士に任せることで、相手方との直接のやり取りによる精神的な負担を軽減しつつ、公平な損害賠償の実現に向けた手続きを進めることが期待できます。提示内容に疑問がある場合は、早い段階で相談を検討するとよいでしょう。

コラム監修者

JUNICHI TASHIRO

JUNICHI TASHIRO

所属:福岡オフィス 支店長

福岡県北九州市出身。小倉高校、岡山大学法学部、神戸大学法科大学院を卒業後、新司法試験に合格し最高裁判所司法研修所を修了。弁護士として法曹界に入り、個人・法人問わず幅広い分野の相談・交渉に取り組む。ネクスパート法律事務所福岡オフィス所長として、依頼者にとって何が大事かを第一に考え、スピード感をもって解決することを信条とし、どこの事務所よりもネクスパート法律事務所に依頼したいと思ってもらえるよう日夜奮闘中。

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