更新日:2026年8月4日 (火)

公開日:2026年8月4日 (火)

通勤中の事故で労災がおりない理由と認定基準|加害者への保険請求も解説

通勤中の事故で労災がおりない理由と認定基準|加害者への保険請求も解説 通勤中の事故で労災がおりない理由と認定基準|加害者への保険請求も解説

サマリー

通勤中に事故に遭った場合、労災保険法(労働者災害補償保険法)に基づく通勤災害として、各種給付を受けられる可能性があります。

しかし、通勤中の全ての事故が、実務上労災認定(通勤災害認定)を受けられるわけではありません。

労働基準監督署等の判断により法律上の通勤の定義から外れると判断された場合、労災保険からの給付は受けられなくなります。

仮に労災認定が受けられなかった場合でも、交通事故などで相手方(加害者)が存在する第三者行為災害であれば、相手方の自賠責保険や任意保険(自動車保険)に対して損害賠償請求を行うことが可能です(ただし、過失割合や個別事情により実際の賠償額は異なります)。

この記事では、被災労働者やご家族の方がご自身の状況を正しく客観的に判断できるよう、通勤災害の具体的な認定基準や労災保険が給付されない(不支給となる)典型例、万が一不認定(不支給決定)となった場合の法的な対処法(審査請求など)について詳しく解説します。

通勤中の事故なのに労災認定されない(不支給になる)ことがある理由とは?

通勤中に発生した事故であっても、法律および実務上、必ずしも通勤災害として認められるわけではありません。

労働者災害補償保険法(以下、労災保険法)7条等においては、通勤災害として労災認定を行うための要件が厳密に規定されています。

これは、単に住居と就業場所との間を移動している最中に発生した事故という事実だけでは不十分であり、その移動が労災保険法上の通勤の定義から外れていると労働基準監督署長に判断された場合、通勤災害の対象外(不支給)となる運用がなされているためです。

したがって、合理的な通勤経路を大きく外れる(逸脱)、または通勤とは関係のない私的な目的で行動を制限・変更する(中断)といった行為があった後の事故は、原則として通勤災害とは認められません。

通勤災害(労災)として認定されるための3つの必須要件

通勤中の事故が労災保険法上の通勤災害として認定されるためには、同法に規定された3つの要件をすべて満たしている必要があります。

具体的には、その移動が就業に関するものであるという就業との関連性を有し、かつ合理的な経路及び方法による移動であり、さらに移動の途中で逸脱や中断がないこと(または例外規定に該当すること)が求められます。

これらの厳格な要件は、事故が労働者個人の私的な行為・都合によって発生したものではなく、あくまで業務に就くため、または業務を終えたことによる移動において発生したという客観的事実を確認するために設けられています。

要件①|就業との関連性が認められる移動であること(移動の目的)

労災保険法における通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を合理的な経路及び方法により行うことを指し、業務に就くため、または業務を終えたことによる移動(就業との関連性)が前提となります。

具体的には、①住居と就業場所との間の往復②複数の事業場に雇用されている場合の事業場から他の事業場への移動③単身赴任先(赴任先の住居)と帰省先(就業前の住居)との間の移動、の3パターンがこれに該当します。

実務上重要なのは、当日のその移動が、当日の業務(就業)と直接的かつ密接に関連しているかどうかという点です。

例えば、所定休日などに、会社からの業務命令(指示)に基づかない単なる私的な忘れ物回収等の目的で会社へ向かう途中の事故は、一般的に就業との関連性が認められにくく、通勤災害の対象外(不支給)と判断される傾向があります(※実際の判断は個別具体的な状況により異なります)。

要件②|社会通念上、合理的と認められる経路・方法で通勤していること

通勤災害として労災認定されるためには、その移動が合理的な経路及び方法により行われる必要があります

これは、該当する労働者が一般的に利用すると認められる、社会通念上相当な経路や公共交通機関、自家用車等の交通手段を指します。

会社へ人事・労務上の手続きとして届け出ているルート・手段であるかどうかが一つの目安になりますが、仮に会社への届出ルートと異なっていても、それが社会通念上合理的であると労働基準監督署に判断されれば、通勤災害の要件を満たします

例えば、当日の当事象として交通渋滞や道路工事を避けるための一般的な迂回ルートを選択した場合や、鉄道の運転見合わせ(遅延)に伴い代替としてバスや他の路線を利用した場合など、客観的に合理的な理由があれば、通勤災害として認められる傾向にあります。

ただし、特別な理由がないにもかかわらず著しく遠回りをするルートを選択した場合などは、経路の合理性が否定される可能性が高くなります。

なお、会社が就業規則等で禁止している方法(無届けの自家用車通勤など)での事故については、会社に対する規則違反(服務規律違反)の責任を問われる可能性はあるものの、移動経路・方法自体が社会通念上合理的であれば、労災保険法上の通勤災害として認定され得る実務運用となっています。

要件③|移動の途中で通勤経路を逸脱または中断していないこと

労災保険法上、通勤の途中で通勤とは無関係な目的により合理的な経路を外れることを逸脱、通勤の経路線上であっても通勤とは無関係な私的行為を行うことを中断と定義しています

例えば、仕事帰りに通常の通勤経路から離れて映画館に立ち寄った場合、原則としてその映画館へ向かうために経路を外れた(逸脱した)時点、あるいは映画を鑑賞した(中断した)時点で法律上の「通勤」は終了したものとみなされます

このように一度逸脱または中断が発生すると、その行為を行っている最中だけでなく、元の通勤経路に戻った後の移動も含め、原則として法律上の通勤とは認められなくなります

その結果、逸脱・中断の最中やその後に発生した事故については、通勤災害としての労災保険給付の対象外となるのが原則です。

ただし、労災保険法等に基づき、日用品の購入や医療機関での受診、選挙権の行使など日常生活上必要な最小限の行為を、やむを得ない事由で行うための逸脱・中断である場合は例外規定が適用されます。この場合、通常の経路に戻った後の移動中に発生した事故については、再び通勤災害として認められる余地があります。

ただし、これら例外に該当するかどうかの法的判断や労働基準監督署への実務対応は複雑なため、個別具体的な事案については、労働法務に精通した弁護士や社会保険労務士等の専門家へ相談することをお勧めします。

【具体例】通勤中の事故なのに労災保険がおりない・通勤災害と認められない代表的なケース

労災保険法上の通勤災害の要件を満たさないと判断され、労働基準監督署から労災認定が受けられない(不支給決定となる)ケースは実務上少なくありません。

特に、通勤中に発生した単独の自損事故のように相手方(加害者)が存在しないケースでは、移動の経路や目的において逸脱や中断が本当になかったのか、労働基準監督署による事実関係の調査や確認が極めて厳密に行われます。

ここでは、通勤中に負傷・被災したにもかかわらず、実務上通勤災害として認められにくい(不支給となりやすい)代表的な事故の事例を具体的に紹介します。

ご自身の被災状況がこれらの不支給典型例に当てはまっていないか、客観的な事実関係を整理・確認することが重要です。

なお、相手方のいない自損事故であっても、法律上の通勤の要件(合理的な経路・方法など)をすべて満たしていれば、原則として労災保険(通勤災害)の給付対象となります。

ケース①|帰宅途中に友人宅への訪問や娯楽施設へ立ち寄った場合(通勤の逸脱・中断)

仕事帰りに通常の経路を外れて友人宅を訪問したり、映画館やパチンコ店などの娯楽施設に立ち寄ったりする行為は、社会通念上、通勤とは関係のない純粋な私的目的(私的行為)であると労働基準監督署に判断されます。

このような立ち寄り行為や私的行動は、労災保険法上の通勤経路からの逸脱、または通勤行為そのものの中断に該当します。

一度でも逸脱や中断が発生すると、法律の規定により、その後の移動はすべて通勤とは認められなくなります。そのため、友人宅や娯楽施設を出て再び自宅へ向かう途中で事故に遭ったとしても、原則として通勤災害による労災保険給付を受けることはできません

これは、私的行為の介在によって、住居と就業場所との間の移動における通勤の連続性(一貫性)が完全に失われたとみなされるためです。

ケース②|退勤後に同僚との飲み会や食事会に参加した後の帰路での事故

退勤後に同僚や友人と居酒屋等で飲み会や食事会に参加する行為も、原則として私的な歓談・飲食であり、労災保険法上の通勤の中断に該当します。

たとえ会社主催の懇親会や部署の歓送迎会といった名目であっても、労働者に対して出席が強制されておらず、明確な業務命令に基づかない任意の参加である場合は、実務上私的な集まり(私的行為)と見なされるのが一般的です。

そのため、数時間に及ぶ飲み会や食事会が終了した後に帰宅する途中で起きた事故は、通勤行為の中断(および連続性の喪失)があったものとして扱われ、実務上、通勤災害として認定されることは原則として極めて困難です。

ケース③|所定休日の自主出勤や個人的な用所で会社へ向かう途中の事故(就業との関連性不足)

所定の休日に会社からの具体的な業務命令がないにもかかわらず、自身の忘れ物を回収するため、あるいは会社の設備を私的に利用して個人の作業を行う目的で会社へ向かう途中の事故は、一般的に通勤災害の対象外(不支給)と判断される可能性が高いといえます。

なぜなら、労災保険法に基づく通勤災害の認定においては、その移動が当日の業務(就業)と直接つながっているという就業との関連性が存在することが絶対的な前提となるためです。

休日に労働者が自発的に行う自主出勤や、私的な目的で会社の施設・設備を利用するための移動は、客観的に見て業務に従事するための移動とは認められないため、同法が定める就業との関連性という必須要件を満たさないと判断されます。

したがって、このような状況下で発生した事故については、移動経路自体が普段と同じであっても、法律上の通勤災害とは認められない傾向にあります。

通勤災害の認定(逸脱、中断の有無や就業との関連性など)は、労働基準監督署が被災状況や会社側の出勤記録、当日の具体的な行動履歴などを総合的に考慮して心証形成を行い、最終的な決定を下します。判断が極めて微妙なケースも多いため、不支給決定に不服がある場合(審査請求等を行う場合)を含め、まずは労働法務を取り扱う弁護士などの専門家へ個別具体的に相談されることを強くお勧めします。

【例外規定】通勤経路の逸脱・中断があっても労災認定(通勤災害)されるケースとは

労災保険法上の原則として、合理的な通勤経路からの逸脱または中断があると、その行為を行っている間だけでなく、元の経路に戻ったその後の移動もすべて通勤とは見なされなくなります。

しかし、その逸脱・中断の目的が、労働者が日常生活を送るうえでやむを得ず行う必要最小限の行為(厚生労働省令で定めるもの)である場合は、法律上、例外的な取り扱いが認められています。

具体的には、労災保険施行規則8条に規定された日常生活上必要な行為に該当する場合、逸脱・中断の間に発生した事故は給付対象外となりますが、その行為を終了して元の合理的な通勤経路に戻った(復帰した)後の移動は、再び法律上の通勤と見なされます。

このため、厚生労働省令の要件を満たし、合理的な経路に復帰した後に発生した事故については、実務上も通勤災害として労災認定される余地があります。

例外①|日用品の購入やクリーニング店などへの立ち寄り(施行規則8条第1号)

仕事帰りにスーパーマーケットやコンビニエンスストア、ドラッグストア等に立ち寄り、当日の食料品や惣菜、日用品など、日々の生活を維持するために必要な物品を購入する行為は、日常生活上必要な行為の典型例として実務上広く認められています。

同様に、勤務の際に着用する衣服などをクリーニング店へ預けたり、受け取ったりする行為もこれに含まれます。

ただし、これらの行為はあくまで日常生活に不可欠かつ必要最小限の範囲(時間・距離)である必要があります。例えば、同じ買い物であっても、長時間に及ぶウインドウショッピングや、通勤経路から著しく離れた遠方の店舗へあえて立ち寄るようなケースでは、例外規定の適用(合理性)が否定され、不支給とされる可能性があります。

例外②|医療機関(病院・クリニック)での診察や治療(施行規則8条第2号)

退勤途中などに医療機関(病院・クリニック)で診察を受けたり、治療を受けたりする行為は、日常生活上必要な行為(施行規則第8条第2号)として認められます。なお、勤務時間中の移動(いわゆる中抜け等)での事故は業務災害の成否等が別途問題となるため、ここでは退勤等の通勤途中の移動を前提とします。

例えば、退勤途中に医療機関で風邪の診察を受けたり、持病の処方薬を受け取るためにかかりつけ医や調剤薬局へ立ち寄ったりする場合がこれに該当します。

この場合、医療機関の敷地内で診察や治療、会計を行っている時間は法律上の通勤の中断期間となるため労災対象外ですが、すべての診療等を終えて再び通常の合理的な帰宅経路に戻った後の移動中に発生した事故については、通勤災害として労災認定される傾向にあります。

例外③|保育園等への子供の送迎や要介護状態にある家族の介護(施行規則8条4・5号)

育児と仕事の両立といった社会情勢を反映し、出退勤の途中で未就学児や児童を保育園・幼稚園、学童保育などの施設に預けたり、迎えに行ったりする一連の送迎行為は、日常生活上必要な行為として認められています。

また、要介護状態(負傷、疾病、または身体上・精神上の障害により期間にわたり日常生活を営むのに支障がある状態)にある配偶者、子、父母、または同居し生計を一にする親族などを介護するため、継続的に実家や介護施設などに立ち寄る行為も同様に例外として扱われます。

これら子供の送迎や家族の介護を目的とした必要最小限の逸脱・中断を終え、再び通常の合理的な通勤経路に復帰した後の移動については、法上の通勤として再開されたものと見なされます。

例外④|選挙の投票や、一定の職業訓練・学校教育を受ける行為(施行規則8条3・6・7号)

個人の日常生活を維持する行為だけでなく、公民としての権利行使や、社会生活・職業生活を営む上で必要不可欠とされる特定の行為についても、例外として認められています。

具体的には、国政選挙(衆議院議員・参議院議員選挙)や地方自治体の首長・議員選挙における投票(期日前投票を含む)、その他これに準ずる公民としての権利を行使する行為がこれに該当します。

また、職業能力開発促進法に規定される公共職業能力開発施設等で行われる職業訓練や、学校教育法1条に定められる学校等で職業に必要な技術・知識を習得するための教育を受けるために立ち寄る場合も、例外(施行規則第8条第6号・第7号)として扱われます。この場合も同様に、訓練や授業を終えて通常の通勤経路に復帰した後の移動中に発生した事故については、通勤災害として労災保険給付の対象となり得ます。

これら厚生労働省令で定める例外的な行為であっても、逸脱・中断を行っているその最中に起きた事故(例:スーパーの店内での転倒、保育園の敷地内での負傷、病院内での事故など)については、依然として通勤災害の認定対象外(不支給)となります。あくまで通常の通勤経路に復帰した後の事故が救済対象となる点にご留意ください。

判断に迷う事実関係がある場合は、速やかに弁護士などの専門家へ相談し、事実関係の立証責任を適切に果たすためのアドバイスを受けることを推奨します。

【もしもの時】通勤災害の労災申請が不認定(不支給)になった場合に取るべき3つの対処法

通勤中の事故について労災保険(通勤災害)の申請を行ったものの、労働基準監督署長から不支給決定(不認定)の通知を受けた場合でも、法律上講じることのできる救済措置や対応策は残されています。

労働基準監督署長による決定内容(事実認定など)に納得がいかない場合には、法に基づき行政に対する不服申し立て(審査請求など)の手続きを進めることが可能です。

また、最終的に労災保険の給付対象外となった場合でも、健康保険に切り替えて自己負担を抑えつつ治療を継続することや、交通事故のように相手方(加害者)が存在する場合は、その加害者側に対して損害賠償を請求することで、被災労働者の経済的負担を軽減できる余地があります。

対処法①|労働者災害補償保険審査官へ審査請求(不服申し立て)を行う

労働基準監督署長による不支給決定に不服がある場合、その不支給決定通知書を受領し決定があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に、都道府県労働局に配置されている労働者災害補償保険審査官に対して、行政上の不服申し立てである審査請求を提起することができます

万が一、審査請求が棄却(決定が覆らない)された場合には、その決定書の謄本が送付された日の翌日から2か月以内に、厚生労働省に設置されている労働保険審査会に対して再審査請求を行うことが可能です。さらに、これらの行政上の手続きを経ても是正されない場合は、国を被告として裁判所に決定の取り消しを求める行政訴訟(不支給決定取消訴訟)を提起する道も残されています。

ただし、一度下された労働基準監督署長の処分を覆すには、当時の移動の合理性や就業との関連性を裏付ける客観的な証拠(事実関係の立証資料)の再提出が不可欠となります。これら法的な論理構築や手続きの進行は極めて専門性が高いため、労働法務や労災問題に精通した弁護士や社会保険労務士などの専門家へ相談することを強くお勧めします。

対処法②|労災から健康保険への切り替え手続きを行い、窓口負担を軽減する

労災保険の通勤災害として認められなかった場合、医療機関の窓口では自由診療(全額自己負担・10割)としての取り扱い、あるいは一時的な立て替えが必要になります

しかし、通勤災害に該当しない(業務外・通勤外の)私的な傷病については、本来の健康保険(社会保険や国民健康保険など)の適用対象となるため、速やかに切り替えの手続きを進める必要があります。

具体的な実務手続きとして、まずは治療を受けている医療機関の窓口に対し、労働基準監督署から労災の不支給決定を受けた事実を速やかに伝え、労災扱いから健康保険(一般的な3割負担等)での受診扱いに変更してもらえるよう相談します。

医療機関での直接精算が困難な期間(すでに月をまたいでいる場合など)については、一度かかった医療費の全額(10割)を自己負担で立て替える必要があります。その上で、後日ご自身が加入している健康保険組合や全国健康保険協会(協会けんぽ)等に対して療養費支給申請書を提出することにより、社会通念上認められる保険診療分のうち、自己負担分(原則3割等)を除いた残りの金額(原則7割等)について払い戻し(還付)を受けることができます。

対処法③|第三者(加害者)がいる場合は、民法に基づく損害賠償請求を行う

通勤途中の事故が、第三者(加害者)の過失や不注意によって引き起こされた交通事故などである場合、行政上の労災認定がどうなるかに関わらず、労働者は加害者に対して民法709条(不法行為)に基づき、発生した損害の賠償を請求する法的な権利を有しています

相手方に請求できる損害賠償の主な項目には、実費としての治療費や通院交通費、負傷により仕事を休まざるを得なかった期間の減収を補償する休業損害、後遺障害が残った場合の将来の減収分である逸失利益、そして肉体的・精神的苦痛に対する入通院慰謝料・後遺障害慰謝料などが含まれます。

実務上は、加害者本人が直接対応することは少なく、加害者が契約している自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)や任意保険会社の担当者と、示談交渉を進めていくのが一般的です。

労災保険はあくまで労働者の最低限の生活補償・療養補償を目的とした公的保険制度であるため、精神的苦痛に対する損害補填である「慰謝料」の給付項目自体が存在しません。そのため、事故によって受けた精神的・身体的苦痛に対する適正な賠償を受けるためには、加害者側の自動車保険(自賠責・任意保険)に対して適切に損害賠償請求(示談交渉や民事訴訟)を行うことが極めて重要となります。

労災保険からの給付(休業補償など)と、加害者側からの損害賠償(休業損害など)を両方から二重に受け取ることは、同一の損害に対し二重の利得となるため法律上制限され、実務上控除(支給調整)が行われます。どの手続きを優先すべきか、過失割合がどのように影響するかといった判断は、自賠責法や民法の複雑な解釈が絡むため、交通事故や労災事故の取り扱い実績が豊富な弁護士へ個別具体的に相談し、最適な法的戦略を立てることを強くお勧めします

交通事故で請求できる賠償金の費目については、「交通事故で請求できる賠償金の費目とは|ケース別の相場も解説」で詳しく解説しています。

【徹底比較】加害者がいる通勤事故では労災保険と自賠責保険のどちらを優先すべき?

相手方(加害者)が存在する交通事故(法律・実務上でいう第三者行為災害)の場合、被災した労働者は、公的補償である労災保険(通勤災害)への給付請求権と、加害者が加入する自賠責保険(または自動車任意保険)に対する民事上の損害賠償請求権の両方を有しています。

どちらの保険制度を優先して手続きを進めるか、あるいはどのようにこれらを併用(併給)するかは、実務上、被災労働者自身が自由に選択することが可能です。

ただし、労災保険と自賠責保険(任意保険)には、それぞれ補償範囲や過失割合の適用有無といった制度上の異なる特徴・メリット・デメリットが存在するため、事故の個別具体的な状況(過失の有無や怪我の程度など)に応じて慎重に判断する必要があります。

過失割合に争いがある場合や、治療が長期化する懸念があるケースなど、実務上はまず労災保険を先行して適用(労災先行)させることが推奨される傾向にあります。

労災保険と自賠責保険はどちらも請求可能(ただし二重取りは不可)

通勤中に発生した交通事故においては、国の労災保険制度と、加害者側の自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)の双方に対して、それぞれ独立して請求手続きを行うことができます。

ただし、同一の損害項目(例:同一期間に対する治療費や休業補償など)について、双方の保険から重複して二重に給付(賠償)を受けることは法律上認められていません

どちらか一方の保険から先に給付や賠償を受けた場合、その受領した金額の限度において、もう一方の保険からの給付(または賠償)が差し引かれる支給調整(控除)が行われる仕組みになっています。

例えば、労災保険から休業(補償)給付のうち補償本体(給付基礎日額の60%部分)として10万円の支給を受けた場合、加害者側の保険(自賠責・任意保険)に請求できる民事上の休業損害から10万円分が差し引かれます。ただし、労災保険から別途支給される休業特別支給金(20%部分)については、判例上、加害者側からの損害賠償額から控除(減額)されない運用となっているため、この部分は実質的に上乗せして受け取ることができます。

メリット|過失相殺による減額がなく、治療費の窓口負担もない労災先行の強み

自身にも一定の過失がある事故や、相手方の任意保険会社との示談交渉が難航しそうな場合は、治療費の支払いについて労災保険(療養給付)を先行させて手続きすることをお勧めします。

労災指定医療機関を受診して労災保険の手続きを行えば、原則として療養の給付として治療費の全額が直接医療機関に支払われるため、被災労働者の窓口での自己負担(内払いや立て替え)は一切発生しません。

また、民事上の損害賠償(自賠責・任意保険)では被災労働者側の落ち度に応じて賠償額が減額される過失相殺が行われますが、労災保険にはこの過失相殺という概念が存在しません。そのため、自身の過失割合が大きい事故であっても、必要な治療費や休業補償が過失を理由に減額されることなく全額給付される点が、公的保険ならではの非常に大きなメリットです。

さらに、怪我のために仕事を休まざるを得なくなった場合の休業給付では、給付基礎日額の60%(休業給付)に加えて、前述の通り加害者側からの賠償金から差し引かれない休業特別支給金(20%)が国から一律上乗せされ、実質的に合計80%の補償が受けられます。自賠責保険の休業損害(原則として日額6,100円、実損を立証できれば上限19,000円)には傷害分全体で120万円という限度額があるため、長期間の休業を余儀なくされるケースでは、労災保険の方が実務上、安定的かつ手厚い保護を受けられる傾向にあります。

過失割合については、「交通事故の過失割合とは|決め方・納得できない場合の反論方法を紹介」で詳しく解説しています。

賢い使い分け|労災保険でカバーされない慰謝料や逸失利益は加害者側の保険に請求

国の労災保険制度は、被災労働者の実損害(治療費や休業による減収の実費)を補填・救済することを目的としているため、精神的・肉体的苦痛に対する損害賠償である慰謝料(入通院慰謝料・後遺障害慰謝料など)は給付項目に一切含まれていません

そのため、事故に伴う適正な慰謝料を受け取るためには、労災保険の手続きとは別に、加害者側が加入する自賠責保険や自動車任意保険会社に対して、民事上の損害賠償請求(示談交渉等)を行う必要があります。

また、万が一症状固定後に後遺症が残ってしまった場合の逸失利益(将来の得べかりし利益)や、実損害額が労災保険の給付上限額を超えてしまった場合の超過損害分についても、同様に加害者側の任意保険等へ請求を立てることになります。

このように、医療機関での治療や休業補償の手続きは、自身の過失による減額リスクがなく、限度額に縛られない労災保険で安定して進め、労災保険からは一切支給されない慰謝料などの損害項目については、加害者側の任意保険等に対して適切に請求・交渉するという両制度の併用・使い分けが、実務上、被災労働者にとってリスクが少なく、かつ補償を最大化しやすい合理的なアプローチであると考えられています。

ただし、過失割合が完全に0(ゼロ)の事故である場合や、相手方の任意保険会社が最初から非常に良好な条件で一括対応を申し出てきている場合など、個別事情によっては自賠責・任意保険を先行させた方が手続きがスムーズに進む例外的なケースもあります。どちらを選択すべきかの最適な法的判断は、事故の規模や過失割合、お怪我の状況によって大きく異なるため、まずは交通事故や労災問題の処理実績が豊富な弁護士に相談し、見通しを確認することをお勧めします。

通勤災害の労災申請手続きの流れと会社への報告義務について

通勤中に事故(通勤災害)に遭った場合、労災保険から各種給付を受けるためには、労働基準監督署長に対して法令で定められた所定の請求手続きを行う必要があります。

この手続きを進めるための第一歩は、まず会社に対して事故が発生した事実を速やかに報告・共有することです。

通常、労災保険の申請手続きは会社の人事・総務担当者などを経由して行われますが、法的な請求権者は被災労働者本人です。そのため、会社が手続きに協力してくれない場合であっても、労働者自身が直接、管轄の労働基準監督署へ申請(直接請求)することが可能です。

万が一の事態に備え、また給付をスムーズに受給するためにも、事故発生から労災認定に至るまでの基本的な実務フローを正しく理解しておくことが大切です。

事故発生直後、速やかに会社へ状況を報告する

通勤中に事故に遭った場合は、安全を確保した上で、まずは速やかに直属の上司や勤務先の人事・労務・総務担当部署へ事故の発生を連絡・報告してください

報告の際には、事故が発生した日時、正確な場所、事故の具体的な態様(状況)、負傷(ケガ)の部位や程度、および搬送先・受診予定の医療機関などを、客観的事実に基づきできるだけ詳細かつ正確に伝えます。

この報告が著しく遅れると、会社側での事実関係の把握や証明が困難になるだけでなく、労働基準監督署の審査においても本当に通勤途中の負傷なのかという疑念を持たれる要因となり、結果として後の労災認定手続きがスムーズに進まなくなる(または不支給リスクが高まる)可能性があります。

また、自動車やバイク、自転車などが絡む交通事故である場合は、道路交通法上の法的義務(報告義務)に基づき、会社への連絡と並行して必ず直ちに警察へ110番通報等による届け出を行ってください。

警察への届け出を行わないと、後日、自動車安全運転センターから事故の公的な客観的証拠となる交通事故証明書が発行されず、労災申請や相手方任意保険会社への損害賠償請求において、事故の事実関係を立証することが極めて困難になります。

会社が手続きに非協力的な(労災隠しの)場合は、労働基準監督署へ直接請求する

労災(通勤災害)の申請は、通常、被災労働者本人が作成・記入した給付請求書(例:治療費に関しては療養給付請求書[通勤災害用](様式第16号の3)など)にある事業主証明欄に会社から署名・捺印(通勤の事実等の証明)を受け、それを会社経由または労働者自身が労働基準監督署(あるいは労災指定病院)へ提出することで行われます。

しかし、会社側が手続きが煩雑である、労災を使うと会社のペナルティになる、または保険料が上がる(※実際には通勤災害はメリット制による労災保険料の増減に影響しません)といった誤った認識や身勝手な理由から、請求書への証明を拒否したり、手続きに協力してくれないといった、いわゆる事業主の不協力(労災隠しを疑われる行為)に直面するケースが実務上存在します。

このような場合でも、前述の通り労災保険の請求権は労働者自身にあるため、会社の証明がなくても、会社の事業場所在地を管轄する労働基準監督署へ直接、請求書類を提出(直接請求)することができます。会社が記入を拒否した事業主証明欄は空欄のままで差し支えありませんが、実務上は会社が証明を拒否している理由などを記した事業主不協力の申立書(書式自由)を添付して提出することが推奨されます。

具体的な申請書類の書き方や、通勤経路の合理性を立証するための添付資料(シフト表や定期券の写しなど)がわからない場合は、労働基準監督署の労災課の窓口で直接相談することで、実務的な教示を受けることができます。

ただし、会社との間で出退勤の事実や通勤経路を巡ってトラブルに発展している場合や、事業主不協力への対応に不安がある場合は、労働基準監督署への提出前に、労災問題や労働法務の取り扱い実績が豊富な弁護士などの専門家に相談し、適切な書面作成や事実関係の整理についてサポートを受けることを強くお勧めします。

【Q&A】通勤中の事故で労災保険がおりないケースに関するよくある質問

ここでは、通勤中の事故と労災認定(通勤災害)の実務に関して、多くの被災労働者やご家族から寄せられる代表的な疑問について解説します。

会社への届出状況や雇用形態による違い、会社側の不適切な指示への対応策など、実務上重要なよくある質問と回答をまとめました。

会社に届け出ていない経路(ルート)や交通手段での事故も、通勤災害の対象になりますか?

社会通念上、合理的な経路及び方法であると認められれば、労災保険(通勤災害)の対象となります

労災保険法上の通勤災害認定において最も重視されるのは、会社への届出内容との一致ではなく、事故当日に実際に選択した移動経路や交通手段が社会通念上、合理的であったかという点です。会社への無届け通勤や経路変更について、社内規則(就業規則)に基づく服務規律違反の責任を問われる可能性は別途ありますが、労災保険の給付可否とは切り離して判断されます。

例えば、会社にはバス通勤と届け出ていたものの、当日の天候不良(大雨など)や電車の遅延、道路渋滞を回避するために別の公共交通機関や迂回ルートを利用した場合など、当日の状況に照らして客観的な必要性・合理性があれば、通勤災害として認められる傾向にあります。

ただし、当日の移動において特段の理由(工事や事故による通行止め等)がないにもかかわらず、著しく遠回りをするルートを選択した場合などは、経路の合理性が否定され、通勤災害の対象外(不支給)と判断される可能性が高くなります。

パートやアルバイト、契約社員であっても、通勤災害は正社員と同様に認定されますか?

はい、雇用形態に関わらず正社員と全く同様に認定されます

労災保険(労働者災害補償保険)は、正社員、契約社員、パート、アルバイト、日雇い労働者といった雇用形態の名称に関わらず、事業主に雇用されて賃金を支払われるすべての労働者に強制的に適用される公的制度です。

したがって、パートやアルバイト勤務の方であっても、通勤の3要件(就業との関連性・合理的な経路方法・逸脱中断がないこと)をすべて満たしている最中の事故であれば、正社員と何ら変わることなく、各種労災保険給付(療養給付や休業給付など)を受給する正当な権利があります。

会社から「通勤中の事故だから労災ではなく健康保険を使って治療して」と言われましたが、従うべきですか?

会社側の指示に従う必要はありません。必ず労災保険を使用してください。

健康保険法55条等の規定により、労災保険の対象となる業務災害および通勤災害による傷病(怪我や病気)の治療に対して、一般的な健康保険(健康保険組合、協会けんぽ、国民健康保険など)を使用することは法律上認められていません(禁止されています)。

会社が労災保険の手続きを嫌がり健康保険の使用を強要する行為は、労災保険法施行規則23条に定められた事業主の助力義務に反する不適切な対応です。また、労災隠し(※主に業務災害で問題となる違法行為)の手口と類似しており、健康保険の不正利用(違法な手続き)を労働者に強いることにもつながりかねません。

通勤の要件を満たす事故であるならば、後日の複雑な切り替え手続き(医療費の立て替え精算など)を防ぐためにも、最初から必ず労災保険を適用させて医療機関を受診すべきです。

もし会社が請求書への証明を拒否する、あるいは健康保険の使用を執拗に迫るなど非協力的な態度を取る場合は、会社の言いなりにならず、速やかに管轄の労働基準監督署の窓口(労災課)へ直接出向くか、労働法務に精通した弁護士に相談してください。

まとめ|通勤中の事故で労災がおりないリスクを回避し、適切な補償を受けるために

通勤中の事故において労災認定がおりない(不支給となる)のは、原則としてその移動が労災保険法上の3つの必須要件(①就業との関連性、②合理的な経路及び方法、③移動の途中に逸脱・中断がないこと)のいずれかを欠いていると労働基準監督署長に判断された場合です。

特に、仕事帰りの個人的な娯楽や同僚との飲み会など、通勤とは無関係な私的行為が介在すると、通勤の連続性が失われたとみなされ、労災認定を受けることは原則として極めて困難になります。

ただし、日用品の購入や子どもの送迎、医療機関での受診など、厚生労働省令(施行規則8条)で定める日常生活上必要な最小限の行為のための寄り道であれば、通常の通勤経路に復帰した後の移動については例外的に通勤災害の対象となり得ます。

万が一、労働基準監督署から不支給決定が下された場合でも、あきらめる必要はありません。決定に服さない場合の審査請求(不服申し立て)、業務外の傷病として健康保険への切り替え、そして交通事故のように相手方が存在する第三者行為災害であれば民事上の損害賠償請求(自賠責・任意保険への請求や示談交渉)といった、次なる具体的な対処法が用意されています。

通勤災害の認定基準や、加害者側の保険(自動車保険)との支給調整・使い分けの実務は、個々の事故状況や過失割合、立証資料の有無によって判断が非常に複雑に分かれます。

少しでも会社の対応に不信感を抱いた場合や、労働基準監督署への申請方法・事実関係の証明に迷った場合、あるいは加害者側との示談交渉を不利にせず補償を最大化したい場合には、一人で悩まず、できるだけ早い段階で労災事故や交通事故の解決実績が豊富な弁護士などの専門家へ相談し、適切なサポートを受けることが、確実な法的救済への何よりの近道となります。

通勤中の交通事故や労災申請、加害者側との損害賠償請求・示談交渉に関するお悩みは、ぜひネクスパート法律事務所にご相談ください。

労災事故や交通事故の解決実績が豊富な弁護士が、被災労働者やご家族の状況を丁寧にヒアリングし、実務・法律の双方に根ざした適切な対処方法を分かりやすくアドバイスいたします。

初回相談は30分無料、事務所での対面相談のほか、全国どこからでも利用可能なリモート相談(オンライン相談)にも柔軟に対応しています。

「会社が労災を認めてくれない」「自賠責保険とどちらを優先すべきか分からない」など、少しでも不安なことがあれば、まずはお気軽にお問い合わせください。

コラム監修者

RUI SATO

RUI SATO

所属:代表(東京オフィス)

明治大学付属中野高校卒業、明治大学法学部・法科大学院修了。2012年弁護士登録(東京弁護士会)、2016年ネクスパート法律事務所を創設。一般民事・企業法務に加え、ブロックチェーン分野にも注力し、海外法人設立支援業務などにも取り組む。AIを活用した弁護士業務の改善・事業開発に取り組み、一般社団法人 イノベーション法務支援機構代表理事就任。公正取引委員会・中小企業庁講師、日弁連代議員、東京弁護士会常議員等を歴任。

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