シンガポールにおけるWeb3起業

近時、Web3の領域では有力な起業家が日本を脱出し、シンガポールでビジネスを立ち上げる事例が多く見られます。本稿では、Web3ビジネスを起業する国としてのシンガポールの魅力などについて解説します。

目次

シンガポール概要

シンガポールの概要は以下のとおりです。

  • 人口約570万人
  • 多国籍・多民族国家であり、外国人にとって生活しやすい
  • 物価が高い(体感として日本の1.5倍-2倍)
  • 日本との時差は1時間
  • 日本-シンガポール間のフライトは約6時間
  • 簡単な英語ができれば生活には困らない
  • 海外投資家・起業家にフレンドリーなビジネス環境・税制
  • 東南アジアへの展開を見据える場合、地理的優位性あり

Web3ビジネスを海外で立ち上げる場合であっても、当初はどうしても日本側とのコミュニケーションが発生するケースが多いと思われます。そのことを考えると、時差1時間、フライト時間6時間という点はビジネス環境として魅力です。また、シンガポールには日本人が多く住んでおり、日本食に困らないといった点も生活をする上で魅力的な国と言えます。ただし、物価は高いのでこの点は覚悟する必要があります。

シンガポールにおける法人設立・運営の難易度

シンガポールの法人設立手続きは非常に簡明であり、書類さえそろえば数週間で法人設立が可能です。ただし、VISAの取得及び銀行口座開設については他国と比較して難易度が高いので、留意する必要があります。

シンガポールは、外資を受け入れることで発展してきた国であり、従前はVISA取得の難易度が高くなかったものの、近年は政府がシンガポール国民の雇用保護強化の姿勢を強く打ち出しており、VISAの取得・更新の難易度が年々上がっています。日本人の数を増やす場合、必然的に支払い給与額をあげることやローカル従業員の数を増やすことを考えなければならないため、これらのことを考慮した上でビジネスプランを練る必要があります。

また、Web3ビジネスを立ち上げるにあたっては銀行口座の開設も大きな課題になりうる点に留意しなければなりません。シンガポールが金融ハブとして成長した背景もあり、シンガポールの銀行はマネーロンダリング対策に多額のコストを費やしています。政府としてはWeb3ビジネスにおける銀行口座開設の支援を表明しておりますが、銀行としてはマネーロンダリング等に利用されるリスクのあるWeb3ビジネス関連の口座を開きたくないというのが正直なところであり、銀行口座開設がWeb3ビジネスをシンガポールで立ち上げる際には注意すべきポイントになります。

シンガポールと暗号資産

シンガポールでは著名なWeb3プロジェクトが多く立ち上げられており、既に日本人Web3起業家が多く移住しています。このようにWeb3コミュニティとして魅力が高い点も、シンガポールがWeb3ビジネスの立ち上げ国として選択される大きな理由となっています。

また、シンガポールの法制度・税会計制度は、日本やアメリカなどと比較すると、クリプトフレンドリーかつシンプルです。法制度を運用する規制当局の信頼性も高く、東南アジアにありがちな担当者によって言うことが変わる、対応が放置されるといった問題も少なく、不明な点があっても当局への照会により迅速に解決が可能な点も大きな魅力と言えます。

なお、シンガポールにおける暗号資産ビジネスの主な管轄省庁は、Monetary Authority of Singapore (MAS)ですが、MASは暗号資産に対してはあくまで中立的な立場を表明しております。しかし、2022年1月に広告規制が強化され、4月には当局の権限を強化する法案が可決されるなど、法制としてはむしろ規制強化の方向に舵を切っているように見受けられます。政府公表によれば2022年4月時点で過去2年にライセンスを付与した会社数が11件にすぎない(報道によれば170社ほどがライセンス取得申請をしていたようです)など、ライセンス取得のハードルは決して低くありません。

シンガポールにおける暗号資産の税務

日本では保有トークンが法人税法上期末時価評価の対象になりうるという大きな問題があり、事実上トークンを活用したビジネスが大きく制限されていますが、シンガポールにはそもそもキャピタルゲイン課税の制度が存在しないため、トークンの含み益はもとより、売却益に対しても課税はされません。

また、シンガポールの法人税率は17%、個人所得税率も最高23%と日本と比較すると税率の低さが際立ちます。

詳細は別記事に譲りますが、暗号資産に対する課税については政府がガイドラインを出しており、その課税方針はシンプルなものとなっています。勿論、さまざまな活用法が日々編み出されている暗号資産ビジネスの税務上の判断は決して簡易なものではありませんが、他国と比較すると税務上の複雑さは低いと言えます。

なお、2022年3月にNFTが課税対象となることが報道されましたが、その内容は2022年8月現時点では明らかにされていません。

シンガポールにおける暗号資産の法務

シンガポールでは、日本の資金決済法に相当するPAYMENT SERVICE ACT (PSA)及び日本の金融商品取引法に相当するSECURITIES AND FUTURES ACT (SFA)が暗号資産ビジネスを実施する上で特に留意すべき法律となります。

PSAは2019年に成立した比較的新しい法律であり、一定の暗号資産ビジネスに対してライセンスの取得を義務付けておりますが、前述のとおりPSA上のライセンス取得は容易ではありません。シンガポールにおいてWeb3ビジネスを立ち上げる場合、想定ビジネスがPSA上のライセンス取得必要業務に該当するのか否か、該当する場合にはライセンス取得が要求されない形でビジネスモデルの変更が可能かどうかといった事項を事前に確認することが重要となります。なお、日本と比較するとライセンス取得が要求される業務分野が狭い部分もありますので、シンガポールの方が柔軟なビジネス設計が可能となっています。

SFAは主に株式や社債などの金融商品について規制する法律であり、特に暗号資産ビジネスの規制に主眼がおかれた法律ではありませんが、発行するトークンが証券類似のものとしてSFAの規制を受ける場合、目論見書の登録義務が発生するなどスタートアップでは通常対処不可なコンプライアンス負担が発生します。そのため、SFAの規制を受けないことを確認した上で、ビジネスを開始する必要があります。

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