養育費の取り決めをすることは離婚の要件とされていないため、養育費の取り決めをしないまま離婚をするケースも少なくありません。
しかし、離婚後に養育費を請求しようとしても、子と離れて暮らす親から支払いを拒否されることもあります。この場合、家庭裁判所の調停・審判手続きにより養育費の支払いに関する債務名義を取得し、不払いが生じたときは裁判所への執行手続きの申立てのステップを踏みます。
これらの手続きには一定の時間を要するため、養育費を必要とする世帯にとって負担が大きく、養育費の請求を断念する原因の一つになり得ます。
そこで、2024年5月24日に公布された改正民法では、養育費を取り決めずに協議離婚をした場合に、その取り決めができるまでの間の暫定的な養育費の額を定める応急的な措置として、法定養育費制度を創設しました。
この記事では、今後導入が予定されている法定養育費制度について解説します。
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目次
法定養育費とは?
法定養育費とは、離婚時に養育費の取り決めをしていなくても、離婚後の一定期間、法務省令で定められた金額の支払いを請求できる制度です。
改正民法の施行後は、子と暮らす親が、子と離れて暮らす親に対して、離婚日から一定期間、毎月末に法定養育費の支払を請求できるようになります。
法定養育費は誰でも請求できる?
法定養育費は、養育費の取り決めをせずに協議上の離婚をし、離婚時から引き続き子の監護を主として行っている人が請求できます(改正民法766条の3第1項)。
条文上は、[父母が子の監護に要する費用の分担についての定めをすることなく協議上の離婚をした場合]としていますが、法定養育費の規定は、改正民法766条が準用されている次の場面でも準用されます。
- 裁判上の離婚をした場合
- 家庭裁判所が当事者の訴えに基づき婚姻を取り消した場合
- 父が認知をした場合
つまり、改正民法の施行後に離婚した場合や子が認知された場合には、離婚時(認知日)から引き続き子の監護を主として行っている人は、法定養育費を請求できます。
離婚時に養育費の取り決めを行わなかった理由は問われません。
改正民法が施行されると、離婚後の共同親権が認められるところ、父母双方が親権者となる場合には、実際に子と同居するなどして物理的な子の養育を主として担当している父母の一方が請求権者となるでしょう。
法定養育費制度はいつから導入される?
2024年5月24日に公布された改正民法は、公布日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行されます。
したがって、法定養育費制度は、遅くとも2026年5月までに導入される見込みです。
法定養育費はいつからいつまでの分を請求できる?
法定養育費は、離婚の時から、最長で子が成年に達した日まで請求できます。
法定養育費の始期
法定養育費は、離婚時に遡って請求できます。
現在の裁判実務では、養育費は、原則として請求時より前に遡って請求できないとの考え方が主流です。
しかし、法定養育費を必要とするのは、父母の協議等によって養育費の取り決めができない場合であり、DV等により離婚後すぐに養育費を請求できない事情が伴うこともあると考えられます。
そのため、改正民法では養育費の支払の始期を離婚の時と定め、離婚時に遡って一定額の支払いを請求できるものとしています。
なお、婚姻外で生まれた子について、父が認知をした場合の法定養育費の発生始期は、父の認知の日です。
法定養育費の終期
法定養育費は、以下のいずれか早い日が終期となります。
- 父母が協議により養育費の取り決めをした日
- 養育費に関する審判が確定した日
- 子が成年に達した日
上記はあくまで法定養育費の終期であり、協議や調停・審判等で養育費の取り決め等がされる場合には、その支払期間は子が未成年である間に限定されるわけではありません。
補足|始期や終期が月の途中の場合は日割り計算
法定養育費の始期や終期が月の初日(または末日)出ない場合、当該月の法定養育費の額は、日割り計算で算出します。
法定養育費の金額はいくら?
改正民法では、法定養育費の額につき、[父母の費用を受けるべき子の最低限度の生活の維持に要する標準的な額その他の事情を勘案して子の数に応じて法務省令で定めるところにより算定した額]と規定しています。
本記事公開日現在では、具体的な金額や計算方法等は明らかになっていませんが、改正法の文言から、生活保護基準に照らした金額になることが予想されます。
法定養育費は、義務者の実際の収入などを個別に考慮せず、法令で定められた基準に基づいて決定されます。したがって、裁判実務で用いられている養育費算定表の額よりも、比較的低めに設定される可能性が高いでしょう。
法定養育費制度が導入されたら養育費を確実にもらえる?
法定養育費制度が導入されても、養育費を確実にもらえるとは限りません。
子と離れて暮らす親が支払能力を欠くために法定養育費を支払えない場合や、法定養育費を支払うことで生活が著しく切迫することを証明したときは、その全部または一部の支払いを拒否できるからです。
改正民法では、すでに発生した部分についても、家庭裁判所が免除や支払の猶予等の処分を命じられることを定めています(改正民法766条の3第3項)。
もっとも、この拒否権は、法定養育費としての支払いを拒める要件を定めるものであるため、子と暮らす親側の資力その他の事情を考慮した結果、父母間の協議や裁判所の審判等によって、養育費の支払義務を負担させる余地はあります。
法定養育費が支払われない場合は債務者の財産を差し押さえられる?
法定養育費に不払いが生じた場合には、債務者の財産等を差し押さえられます。
改正民法が施行されると、養育費債権に一般先取特権が付与されます。
一般先取特権とは、一定の債権について、債務者のすべての財産から優先的に弁済を受ける権利のことです。現行法では、共益の費用や雇用関係から生じる債権、葬式の費用、日用品の供給について、一般先取特権が認められています。これらの債権を、他の債権より優先させているのは、人が生活するうえで欠かせないものであるという考え方からです。改正民法では、養育費債権もこれらの債権と同様に、優先順位を高くすることとしました。
養育費債権に一般先取特権が付与されると、調停や審判等の手続きを経ずに執行手続きを申立てられるようになります。つまり、債務名義や執行文がなくても、父母間の養育費支払いの合意書など一般先取特権の存在を示めす証書があれば、債務者の財産等の差し押さえが可能となります。
法定養育費にも一般先取特権が付与される予定です。法定養育費の額は一定の法定額であることから、執行申立てにあたり、債務者の収入等に関する事項を記載した文書の提出が不要になると考えられます。
したがって、改正民法の施行後は、養育費の確保がより実効的になると考えられています。
法定養育費についてよくある質問
法定養育費について皆様が疑問に思っていることについて解説します。
改正民法の施行前に離婚した場合も法定養育費を請求できる?
改正民法の施行前に離婚した場合は、法定養育費は請求できません。
施行前に家庭裁判所に婚姻が取り消された場合、父が子を認知した場合も同様です。
離婚時の取り決め額が法定養育費より低い場合は法定養育費を請求できる?
離婚時に取り決めた養育費の金額が法定養育費より低いからといって、法定養育費は請求できません。
法定養育費は、離婚時に父母間で養育費の支払いについて取り決めをしていなかった場合に請求できるものだからです。
仮に法定養育費を請求債権として執行手続きを申立てたとしても、債務者から離婚時の養育費の合意の存在を理由に執行停止を申立てられるでしょう。
法定養育費制度が導入されても養育費の取り決めが大切な理由
民法改正により一定額の法定養育費の支払いを早期に受けられるようになっても、それだけで子の養育に必要な費用を賄えるとは限りません。
法定養育費の金額は、今後、法務省令で、子の最低限度の生活の維持に要する標準的な費用の額等を勘案して定められるからです。この基準では、義務者の収入が考慮されないため、協議や家庭裁判所の手続きを利用して養育費を取り決めれば本来得られるはずの養育費の額よりも、低い金額しか受け取れない可能性があります。
あなた一人では、離婚時に配偶者と養育費について話し合うことが困難と思われる場合でも、弁護士が間に入ることでスムーズに協議が進むこともあります。離婚問題に精通した弁護士であれば、ご家庭の事情に応じて適正な養育費の額を算出できます。
改正民法の施行後は、調停や審判手続きを経ずに差し押さえが可能となるところ、弁護士が作成した合意書であれば、不備等によって申立てが認められないリスクも排除できるでしょう。弁護士のサポートを受ければ、養育費の支払いが滞った場合も執行手続きにスムーズに移行できます。
養育費は、子が健やかに成長するために必要な費用です。法定養育費制度が導入されても、養育費について夫婦でしっかり話し合うことが大切です。
夫婦間で合意ができない場合には、諦める前に弁護士に相談することをおすすめします。
まとめ
改正民法では、親は子の心身の健全な発達を図るため、その子を扶養し、自己と同程度の生活を維持させる義務があることが明確に規定されました。施行後は、離婚時に父母が養育費を取り決めなかった場合でも、法定養育費として一定額を請求できるようになります。
しかし、「法定養育費が請求できるから養育費を取り決めずに離婚しても大丈夫」ということではありません。法定養育費は、あくまで合意ができない場合の最低限度の補償にとどまるものと考えられるからです。
そのため、法定養育費制度が導入されても、これをあてにせず、夫婦間で養育費について話し合うことが大切です。