サマリー
相続税対策は親の判断能力があるうちに進めることが重要です。認知症発症後にできなくなる贈与・遺言・不動産売買の注意点を弁護士が解説します。
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「親が元気なうちに相続対策をしておけばよかった」——相続の現場でよく聞かれる後悔の言葉です。2026年10月23日に配信された記事では、相続税対策として検討される贈与や遺言、不動産売買について、親の判断能力が低下する前に着手すべきだと指摘されています。
相続税対策は親の判断能力があるうちに…贈与や遺言、不動産売買ができなくなる前に考えたいこと
出典:Yahoo!ニュース(みんかぶマガジン)
判断能力が低下してしまうと、贈与契約も遺言作成も不動産売買もすべて「本人の意思」を前提とする法律行為であるため、実行が極めて難しくなります。本コラムでは、なぜ早めの対策が必要なのか、法的根拠とともに解説します。
なぜ判断能力があるうちに相続税対策が必要なのか
贈与・遺言・不動産売買は、いずれも民法上「意思能力」および「行為能力」を有する人が行う法律行為です。民法第3条の2には「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と明記されています。認知症が進行し意思能力がないと判断されれば、生前に結んだ贈与契約や不動産の売買契約は、後になって相続人間の紛争の火種となり、無効を主張されるリスクがあります。
また、遺言についても民法第963条が「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と定めており、判断能力が欠けた状態で作成された遺言は無効とされる可能性があります。相続税対策の各手法は「本人の意思が明確なうちでなければ実行できない」という共通の制約があることを、まず押さえておく必要があります。
生前贈与による相続税対策とその期限
生前贈与は相続財産を減らし相続税の負担を軽減する代表的な手法です。暦年課税制度では、受贈者1人あたり年間110万円の基礎控除が認められており、これを超えない範囲で複数年にわたり贈与を行うことで、相続財産を計画的に圧縮できます。
ただし、2024年の税制改正により、相続開始前の生前贈与加算の対象期間が従来の3年から段階的に7年に延長されています(相続税法第19条)。つまり、相続開始直前の駆け込み贈与は加算対象となり節税効果が薄れるため、贈与による対策は、判断能力がしっかりしている早い段階から計画的に始めることが不可欠です。認知症の診断を受けた後では、贈与契約自体の有効性が争われるおそれがあり、税務署からも租税回避目的を疑われやすくなります。
遺言作成は「遺言能力」が争点になりやすい
遺言は、自身の死後の財産分配について意思を残す重要な手段ですが、作成時点で遺言能力(民法第963条)があったかどうかは、相続開始後に相続人間で最も争われやすいポイントの一つです。軽度の認知症であっても、医師の診断書や公正証書遺言作成時の公証人の確認記録などによって能力の有無が争われるケースは少なくありません。
公正証書遺言は、公証人が関与するため自筆証書遺言に比べて無効リスクを下げやすい方式ですが、それでも判断能力が明らかに低下した後に作成されたものは、後日、他の相続人から遺言無効確認訴訟(民事訴訟)を起こされる可能性があります。遺言は「元気ないつか」ではなく、判断能力に疑いが生じる前の早い段階で作成し、定期的に見直すことが望ましいでしょう。
不動産売買・成年後見制度との関係
相続税対策として、収益不動産の組み換えや売却による納税資金の確保を検討する家庭も多くありますが、不動産売買契約も意思能力を前提とする法律行為です(民法第3条の2)。判断能力が低下した後に不動産を動かす必要が生じた場合、原則として家庭裁判所に申し立てて成年後見人を選任してもらう必要があります(民法第7条以下)。
しかし成年後見制度は本人の財産保護を目的とする制度であるため、後見人が就任した後は「相続税対策のための贈与」や「資産組み換えのための売却」など、本人の利益に直結しない行為は家庭裁判所に認められにくいのが実情です。成年後見が開始すると、事実上、能動的な相続税対策はほぼできなくなると考えておくべきです。判断能力の低下が疑われる前に、家族信託の活用も含めて対策を検討しておくことが重要です。
家族信託という選択肢
近年注目されているのが家族信託です。信託法に基づき、親(委託者)が子(受託者)に財産の管理処分権限を託すことで、判断能力が低下した後も、あらかじめ定めた信託契約の範囲内で不動産の管理や売却、資産の組み換えが可能になります。成年後見制度と異なり、家庭裁判所の許可を都度得る必要がなく、柔軟な資産管理ができる点がメリットです。ただし、家族信託の契約締結自体も意思能力があるうちでなければ行えないため、ここでも「早めの着手」が前提となります。
まとめ
贈与、遺言、不動産売買、家族信託——相続税対策として検討されるいずれの手法も、親(本人)に意思能力があることが大前提です。認知症等により判断能力が低下してしまうと、新たな対策を講じることは極めて困難になり、既に行った法律行為についても無効を主張されるリスクが残ります。報道でも指摘されている通り、相続税対策は「まだ早い」と先延ばしにせず、判断能力が明確なうちに着手することが何より重要です。
相続税対策の進め方や、認知症発症後の財産管理・成年後見制度の利用、遺言の有効性などでお困りの場合は、弁護士法人ネクスパート法律事務所までご相談ください。
コラム監修者
佐藤 塁
所属:代表(東京オフィス)
東京都杉並区出身。明治大学付属中野高校、明治大学法学部を経て、明治大学法科大学院を修了。2011年に新司法試験に合格し、最高裁判所司法研修所を修了(65期)。2012年12月に弁護士登録(東京弁護士会)し、都内の法律事務所での勤務を経て、2016年1月に寺垣俊介とともにネクスパート法律事務所を創業。代表弁護士として一般民事から企業法務まで幅広い分野を手がけるとともに、全国に拠点を持つ事務所の経営にあたる。
早くからテクノロジーと法務の融合に取り組み、2021年にはAIを利用した法律文書作成サービスを開発するLegal AI株式会社の代表取締役に就任(現在は退任)。当時はAI技術が発展途上で技術的な壁に直面したが、この挑戦を通じて「法務業務こそAIの力を借りれば飛躍的に変わる」という確信を得る。以来そのビジョンを持ち続け、生成AIが広く普及した現在は事務所の業務全体でAIの活用を進めている。2026年には日本弁護士連合会「弁護士業務改革シンポジウム」にパネリストとして登壇した。ブロックチェーン・Web3分野の法務や海外法人の設立支援にも取り組み、公益法人主催のセミナー等で講師を務める。
公正取引委員会・中小企業庁「適正取引推進講習会」講師、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員を歴任。弁護士業務のかたわら、2014年に東京青年会議所に入会して以来、10年以上にわたりボランティア活動に取り組む。2017年からは国際的な社会奉仕団体であるライオンズクラブに所属し、2022年には東京数寄屋橋ライオンズクラブ第57代会長を務めた。献血の呼びかけ、障がい者スポーツ大会の支援、保護犬活動のほか、弁護士として小中学生への法教育や薬物乱用防止教育にも携わっている。