更新日:2022年12月29日 (木)
公開日:2022年12月29日 (木)
交通事故で労災は使わない方がいい?メリットや注意点を解説
サマリー
通勤中や業務中に交通事故に遭った際、相手方の保険と労災保険のどちらを利用すべきか迷う方は少なくありません。
「労災は使わない方がいいのではないか」と不安に感じることもあるでしょう。
交通事故で労災保険を利用すると、治療費の打ち切りリスクを避けやすいなどの利点がある一方、慰謝料が支給されないといった注意点も存在します。
この記事では、交通事故で労災保険を使うメリットやデメリット、加害者への損害賠償請求との関係、手続き時の注意点について分かりやすく解説します。
交通事故で労災は使わない方がいい?労災保険を利用するメリット

仕事中や通勤中の交通事故であっても、「労災保険を使うと手続きが面倒そう」「相手の保険だけで十分ではないか」と考え、労災保険の利用をためらうケースが見られます。
しかし、労災保険には相手方の任意保険にはない多くのメリットが存在します。
治療費の打ち切りリスクを避けやすい
加害者側の任意保険会社が治療費を支払っている場合、治療が長引くと保険会社から一方的に治療費の支払いを打ち切られることがあります。
これに対して労災保険の「療養(補償)給付」を利用する場合、傷病が治癒(症状固定を含む)するまで給付が継続されます。
労災指定医療機関等で受診した場合は治療費が直接支払われる「療養の給付」となり、指定外の医療機関であっても立替えた治療費が後から支給される「療養の費用の支給」を受けられます。
そのため、相手方からの打ち切り打診を過度に気にせず治療に専念しやすい環境を整えられます。
被害者側の過失割合による過失相殺がない
交通事故では、被害者側にも過失があると損害賠償額からその割合分が差し引かれる「過失相殺」が行われます。
加害者の任意保険会社との示談交渉では、過失割合に応じて受け取れる賠償額が減額されることが一般的です。
一方、労災保険には過失相殺の仕組みがありません。被災者に一定の過失がある事故であっても、各保険給付の要件を満たしている限り、支給額が過失分減額されることなく全額支給されます。
相手方が無保険の場合でも補償を受けられる
事故の相手方が任意保険に未加入であったり、十分な資力を持っていなかったりする場合、損害賠償金を十分に回収できないリスクがあります。
労災保険は加害者の保険加入状況や資力に関係なく請求できるため、無保険事故であっても一定の補償を確保できます。
損益相殺の対象とならない「特別支給金」が支給される
労災保険には、本来の保険給付に加えて「特別支給金」が支給される制度があります。特別支給金は被災労働者の社会復帰促進や福祉向上を目的とする制度であり、損害のてん補を目的とするものではないため、加害者への損害賠償請求において控除(損益相殺)されません。
| 主な保険給付 | 一般の特別支給金 | ボーナス特別支給金 |
|---|---|---|
| 休業(補償)給付 | 休業給付日額の20% | ― |
| 傷病(補償)年金 | 第1級〜第3級:114万円〜100万円(一時金) | 算定基礎日額の313日分〜245日分の年金 |
| 障害(補償)年金 | 第1級〜第7級:342万円〜159万円(一時金) | 算定基礎日額の313日分〜131日分の年金 |
| 障害(補償)一時金 | 第8級〜第14級:65万円〜8万円(一時金) | 算定基礎日額の503日分〜56日分の一時金 |
| 遺族(補償)年金 | 300万円(一時金) | 算定基礎日額の245日分〜153日分の年金 |
| 遺族(補償)一時金 | 300万円(一時金) | 算定基礎日額の1,000日分から控除した額 |
このように、相手方からの賠償金とは別に特別支給金を受け取れる点は、労災保険を利用する大きなメリットの一つです。
交通事故における過失割合や損害賠償の仕組みについて詳しくはこちら
交通事故で労災保険を利用するデメリットと対象外となる損害
労災保険には多くの利点がある一方で、交通事故で生じるすべての損害を完全にカバーできるわけではありません。
制度の趣旨や補償範囲の違いから、労災保険だけでは補償されない損害項目や利用上の制限が存在します。
精神的損害に対する慰謝料は支給されない
労災保険は、被災した労働者の迅速かつ公正な保護を目的とした制度であり、治療費や休業補償などの実損害に対する給付を中心としています。
そのため、交通事故によって被害者が被った精神的苦痛に対する「慰謝料」は給付項目に含まれていません。
交通事故における入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料といった精神的損害に対する賠償は、労災保険からは受給できない点に注意が必要です。
労災保険の給付対象には精神的損害に対する慰謝料が含まれていないため、これらは別途加害者側へ請求する必要があります。
車両の修理費などの物的損害は補償対象外
交通事故では、被害者自身の身体的な怪我だけでなく、運転していた自動車やバイクの破損、着ていた衣服や携行品の破損といった物的損害が生じるケースが多く見られます。
労災保険は労働者の身体や生命に対する被害を救済するための公的保険であるため、車両の修理費用や代車費用、物損に関連する評価損などは一切補償されません。
物的損害を回復するためには、相手方の任意保険や自賠責保険などに対して損害賠償を求める形になります。
同一の傷病に関して健康保険との併用はできない
健康保険は、労働者の業務外の事由による負傷や疾病などに対して給付を行う制度です。
交通事故のような第三者行為災害であっても、要件を満たせば健康保険を利用できる場合はあります。
しかし、同一の事故および傷病が業務災害や通勤災害に該当し、労災保険の給付を受けられる場合には、法律の規定により健康保険からの給付は行われません。
そのため、同じ治療に対して労災保険と健康保険を二重で併用することはできず、労災該当性がある傷病の治療には原則として労災保険の手続きを行うことになります。
労災から支給されない慰謝料・不足部分は加害者に請求できるか
労災保険の対象外となる精神的損害や物的損害、また労災給付だけでは補てんしきれなかった不足額については、事故の相手方である加害者に対して損害賠償請求を行うことが可能です。
労災保険から支給されない慰謝料や、給付額を超えた損害の不足分については、加害者側に対して別途賠償請求を行えます。
精神的損害に対する慰謝料は加害者側へ請求する
交通事故によって生じた精神的苦痛に対する慰謝料は、加害者側に請求することになります。
慰謝料には、怪我の治療のために要した期間や通院日数に応じた「入通院慰謝料」、後遺障害が残った場合の「後遺障害慰謝料」、被害者が死亡した場合の「死亡慰謝料」の3種類があります。
加害者が任意保険に加入している場合、症状固定や治療終了によって損害額が確定した後に、相手方の保険会社との示談交渉などを通じてこれらの慰謝料を請求するのが一般的な流れです。
労災給付と損害賠償の対応関係と不足分の控除・請求
慰謝料や物的損害のほか、労災給付の支給額だけでは実損害の全額を賄えない費目についても、差額を加害者側に請求できます。
ただし、同一の損害に対して労災保険と加害者側の双方案から二重に支払いを受けることはできません。
そのため、損害賠償の費目ごとに生じた損害額を算定し、既に対応する労災給付を受けた分を控除したうえで、残額を加害者側に請求する仕組みとなっています。
| 労災保険給付の費目 | 対応する損害賠償の費目 |
|---|---|
| 療養(補償)給付 | 治療費(入院雑費や通院交通費への充当が認められる例もあります) |
| 休業(補償)給付・傷病(補償)年金 | 休業損害 |
| 障害(補償)給付 | 後遺障害による逸失利益 |
| 介護(補償)給付 | 将来介護費 |
| 遺族(補償)給付 | 死亡による逸失利益 |
| 葬祭料・葬祭給付 | 葬儀費用 |
このように、費目ごとの対応関係を整理したうえで過不足を計算し、労災保険でカバーされない損害を適切に相手方へ請求していくことが重要になります。
休業損害の請求と労災の休業(補償)給付の関係
交通事故により仕事を休まざるを得なくなった場合、労災保険からの給付と加害者側への休業損害の損害賠償請求の双方を検討することになります。
両者の給付割合や調整の仕組みを正しく把握しておくことが大切です。
労災保険における休業補償の内訳と待期期間
労災保険から支給される休業(補償)給付は、給付基礎日額(労働基準法上の平均賃金相当額)の60%です。
これに加えて休業特別支給金として20%が支給されるため、労災保険からは合計で基礎日額の80%が支払われます。
ただし、休業を開始した初日から3日間は「待期期間」と定められており、労災保険からの給付は行われません。
業務災害の場合は事業主から平均賃金の60%の休業補償が行われますが、通勤災害の場合は事業主の補償義務がないため加害者側へ直接請求することになります。
職業別にみる休業損害の基礎収入の算定基準
加害者側に請求する休業損害は、原則として「基礎収入×休業期間」によって算定されます。
基礎収入の算定方法は、以下のように被害者の就労形態や職業によって異なります。
| 被害者の職業区分 | 基礎収入の算定方法・基準 |
|---|---|
| 給与所得者 | 事故前3か月の平均給与、または年収を基礎として算定 |
| 日雇労働者・非常勤日給者 | {(日給×過去3か月分の就業日数)÷90日}×休業日数 |
| 事業所得者(自営業など) | 前年の確定申告等を基準とし、得られるはずだった売上から必要経費(流動経費等)を控除した額 |
| 家事従事者(主婦・主夫) | 原則として賃金センサスの女性労働者の全年齢平均賃金などを基礎とする |
| 無職者 | 原則対象外。ただし治療期間中に就職する蓋然性が高い場合は前職の収入等を参考に算定されることがある |
不足分の加害者への請求と最大120%受領の仕組み
労災保険の休業(補償)給付(60%)を受給した場合、加害者側に対してはその支給分を差し引いた残りの損害部分(40%)を休業損害として請求できます。
一方、労災から支給される休業特別支給金(20%)は損害のてん補を目的としていないため、損益相殺(二重取り防止のための控除)の対象になりません。
加害者への請求額から差し引く必要がないとされています。
労災保険の休業(補償)給付(60%)と特別支給金(20%)を受給した上で、未てん補の休業損害(40%)を加害者に請求した場合、合計で最大120%相当の補償を受け取れる可能性があります。
なお、勤務先から恩恵的に給与全額の補填を受けている場合などは、重複して加害者側に休業損害を請求することはできません。
実際の就労状況や受給内容に応じた整理が必要です。
交通事故で労災保険を申請する際の注意点と示談の影響

業務中や通勤中の交通事故では、労災保険への給付請求と加害者側への損害賠償請求(自賠責保険や任意保険への請求)の双方が関係してきます。
この両方を利用する際には、同一の損害に対して二重に補償を受けること(損害の二重取り)を防ぐため、支給調整と呼ばれる法的な仕組みが設けられています。
労災先行・損害賠償先行における支給調整の仕組み
労災保険への請求と加害者側への損害賠償請求のどちらを先行させるかは、基本的に被害者が選択できます。
どちらを先に進めるかによって、支給調整の手続きの流れが異なります。
労災保険の手続きを先行した場合、国(政府)が被害者に対して労災給付を行います。
その後、支給された保険給付の価額の限度で、国が加害者に対する損害賠償請求権(または保険会社に対する支払請求権)を被害者から代位取得します。
被害者は、労災給付でカバーされなかった残りの損害について加害者側に請求することになります。
一方、加害者側への損害賠償請求や自賠責保険への請求を先行した場合は、受領した賠償金のうち労災給付と同一事由にあたる金額が、後の労災給付から控除されます。
もし受領した損害賠償の価額が労災保険の給付予定額を超えている場合は、その費目に関する労災給付は行われません。
示談成立が労災給付に与える影響と注意点
加害者側の保険会社と示談を交わすタイミングには、十分な注意が必要です。
加害者に対して有する損害賠償請求権の全部をてん補する内容で示談を先に成立させてしまうと、原則としてその後に労災保険の給付を受けることができなくなります。
加害者側と損害賠償の全額てん補を内容とする示談が成立すると、以降は労災給付を受けられなくなるリスクがあります。
示談書の中に「本示談により一切の債権債務関係が消滅した」とする清算条項が含まれていると、労災保険側から損害はすでに全額補填されたと判断され、以後の給付請求が認められない可能性があります。
示談を先行させるか労災給付を先に受けるかは、損害額や受給できる給付内容を整理した上で慎重に判断することが大切です。
交通事故と労災保険の手続きに関する弁護士への相談
業務中や通勤中の交通事故では、労災保険への各種給付の申請と、加害者側(任意保険会社など)に対する損害賠償請求の双方が関わります。
療養(補償)給付や休業(補償)給付といった労災給付と、加害者側の損害賠償項目の間では重複てん補を防ぐための支給調整が必要となり、手続きが複雑化しやすい傾向があります。
労災保険と相手方保険のどちらを先行させるべきか、損益相殺の対象となる費目と対象外の特別支給金をどのように切り分けるかなど、法的な知識が求められる場面が少なくありません。
適切な手順を把握しないまま示談を先行させてしまうと、受給できるはずの労災給付が受けられなくなる恐れもあります。
弁護士に相談する主な利点
弁護士に相談することで、過失割合や加害者の任意保険加入状況などの個別事情を踏まえ、労災保険と損害賠償請求のどちらを優先して進めるのが適切かについて見通しを立てやすくなります。
支給調整の仕組みに沿った正確な損害額の算定や、手続きの順序に関する助言を受けることが可能です。
また、労災保険からは支給されない精神的損害(入通院慰謝料や後遺障害慰謝料など)や物的損害について、加害者側へ漏れなく請求を行うためのサポートが得られます。
休業損害や逸失利益の基礎収入の算定においても、適切な基準に照らした請求内容を整理しやすくなります。
労災給付と損害賠償の重複や漏れを防ぎ、適正な補償を受けるためには、複雑な支給調整の仕組みを正しく把握した上で手続きを進めることが重要です。
相手方の保険会社との示談交渉や労働基準監督署への申請手続きを被害者自身で同時に進めることは、怪我の治療中において大きな精神的・時間的負担になりがちです。
弁護士へ相談することで、煩雑な手続きや交渉の対応を委ね、治療や日常生活の回復に専念しやすい環境を整えられます。
コラム監修者
RUI SATO
所属:代表(東京オフィス)
明治大学付属中野高校卒業、明治大学法学部・法科大学院修了。2012年弁護士登録(東京弁護士会)、2016年ネクスパート法律事務所を創設。一般民事・企業法務に加え、ブロックチェーン分野にも注力し、海外法人設立支援業務などにも取り組む。AIを活用した弁護士業務の改善・事業開発に取り組み、一般社団法人 イノベーション法務支援機構代表理事就任。公正取引委員会・中小企業庁講師、日弁連代議員、東京弁護士会常議員等を歴任。