サマリー
相続税や贈与税の申告を控えるなかで、不動産や株式といった保有財産をどのように評価すべきか悩む方もいるのではないでしょうか。
財産評価基本通達は、適正かつ公平な課税を実現するために国税庁が定めた統一的な評価基準です。
土地の路線価方式や非上場株式の評価など細かな基準が示されている一方、例外規定である総則6項の適用関係や個別事情に応じた補正への理解も求められます。
この記事では、財産評価基本通達の基礎知識や主な財産の評価方法、総則6項の考え方について解説します。
財産評価基本通達の概要と税務申告における位置づけ
相続税法における「時価」と財産評価基本通達の役割
相続税や贈与税を計算する際、取得した財産の価値を金銭に見積もる作業が必要となります。
相続税法第22条では、取得した財産の価額は原則としてその取得の時における「時価」によるものと規定されています。
預貯金のように金額が一目瞭然である財産がある一方で、土地や家屋などの不動産、取引相場のない非上場株式などは、評価する人や方法によって金額に大きな差が生じがちです。
納税者ごとに評価基準が異なれば税負担に不公平が生じるおそれがあり、税務署ごとに判断が分かれれば課税実務に混乱が生じかねません。
そのため、全国一律で公平かつ客観的な評価基準を担保する統一ルールとして、国税庁により財産評価基本通達が定められています。
この通達によって、土地の路線価方式や建物の固定資産税評価額に基づく評価、各種財産の減額補正の計算式などが細かく規定されており、日々の申告実務における重要なよりどころとなっています。
法令と「通達」における法的性質の違い
法的な観点からみると、国会が制定する「法律」や行政機関が制定する「政令・省令」といった法令と、行政内部の指針である「通達」とでは位置づけが異なります。
通達は、上級行政機関が下級行政機関に対して職務遂行や法解釈の指針を示す行政内部の命令にすぎません。
したがって、裁判所や国民を法的に直接拘束する効力(法規範性)を持つものではないと解されています。
もっとも、税務署は原則として財産評価基本通達に従って課税処分を行うため、通達に沿って評価・申告を行うことが実務上の標準的な手続きとして機能しています。
このように、通達自体は外部を直接拘束する法令ではないものの、全国で画一的かつ公平な課税を維持するための実務的な規範として運用されています。
財産評価基本通達における主な財産の評価方法
財産評価基本通達では、財産の種類や性質ごとに具体的な評価方法が細かく定められています。
相続税や贈与税の申告実務においては、取得した財産をそれぞれの区分に応じた計算式や基準に当てはめて評価額を算出していきます。
不動産(土地・家屋)の評価方式
土地の評価には、市街地などで用いられる「路線価方式」と、それ以外の郊外地域などで用いられる「倍率方式」の2種類が存在します。
路線価方式では道路ごとに定められた路線価に面積を掛け、形状に応じた補正率などを加味して計算します。
倍率方式では、固定資産税評価額に国税局長が定めた所定の倍率を乗じて算出します。
家屋については、原則として固定資産税評価額に1.0倍を乗じて評価を行います。
ただし、他人に賃貸している家屋や貸宅地などの場合には、利用の制約を考慮して借家権割合や借地権割合などを控除する減額調整が行われます。
取引相場のない株式(非上場株式)の評価方式
市場での取引相場が存在しない非上場株式は、取得した株主の立場や会社の規模に応じて評価方法が分かれます。
同族株主などが取得する際は原則的評価方式がとられ、それ以外の少数株主が取得する際は特例的な「配当還元方式」が用いられます。
原則的評価方式には、類似する上場企業の株価等を基に評価する「類似業種比準方式」と、会社の純資産額を基に評価する「純資産価額方式」、およびこれらを併用する方式があります。
大会社、中会社、小会社という会社規模の区分に応じて適用割合が決定されます。
非上場株式の評価は判定要素が多く複雑になりやすいため、評価区分の判定や各種数値の算出を慎重に進めることが重要視されています。
預貯金・上場株式・その他の動産の評価方式
預貯金は、原則として課税時期(相続開始日など)における預金残高に、同日時点で解約した場合に支払われる既経過利息(税引後)を加算して評価します。
上場株式については、課税時期当日の最終価格のほか、課税時期の属する月、その前月、前々月の3か月間における毎日の最終価格の平均額のうち、もっとも低い金額を選択して評価額とすることが認められています。
自動車や貴金属などの一般動産は、売買実例価額や精通者意見価格などを参考に評価されます。
個別の価値が少額にとどまる家庭用財産などについては、実務上、家財一式としてまとめて評価されるのが一般的です。
| 財産の種類 | 主な評価方法 | 評価の基準となる数値など |
|---|---|---|
| 土地(市街地等) | 路線価方式 | 路線価 × 地積 × 各種補正率 |
| 土地(郊外等) | 倍率方式 | 固定資産税評価額 × 地域別の評価倍率 |
| 家屋 | 固定資産税評価額方式 | 固定資産税評価額 × 1.0(自用の場合) |
| 非上場株式(同族株主) | 類似業種比準方式 / 純資産価額方式 | 類似上場企業の指標や会社の純資産額 |
| 非上場株式(少数株主) | 配当還元方式 | 過去2年間の平均配当金額 |
| 上場株式 | 市場価格方式 | 課税時期の終値または直近3か月の平均終値の最低額 |
| 預貯金 | 残高+既経過利息 | 相続開始時の預入残高および経過利息額 |
「総則6項」の趣旨と通達によらない評価が行われるケース
財産評価基本通達には、原則的な評価方法とともに「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」という規定が置かれています。
これが実務上「総則6項」と呼ばれる例外規定です。
この規定は、通達の計算基準を形式的に当てはめることで適正な時価から大きく乖離し、納税者間の実質的な公平を損なうような事態を避けるために設けられています。
総則6項の適用が問題となる主なケース
総則6項が問題視される典型的な場面としては、過度な節税を目的とした取引が挙げられます。
通達に定められた評価額と実際の取引価額(時価)との間に大きな開きが生じる仕組みを利用し、意図的に税負担を圧縮しようとする行為が該当しやすい傾向にあります。
具体的には、相続開始の直前に多額の借入れを行って不動産を購入し、相続開始後速やかに売却したケースや、路線価等と市場売買価格との乖離が大きいタワーマンションなどを利用した取引が知られています。
また、短期間での非上場株式の移動や組織再編を通じた極端な株式評価額の引き下げなども挙げられます。
形式的には通達のルールに沿った申告であっても、実質的な租税負担の公平を害すると判断された場合には、例外的に時価での再評価が行われる可能性があります。
最高裁判例に見る判断の基準
2022年4月の最高裁判決では、相続直前に購入された不動産の評価を巡り、総則6項の適用による課税処分が適法と判断されました。
この裁判では、通達通りの評価額と実際の購入・売却額との間に著しい乖離が存在していた点に加え、節税を主な目的として取引が行われていた背景などが総合的に考慮されています。
裁判所は、他の納税者との間で看過できない不均衡が生じ、実質的な租税負担の公平に反するという「特別な事情」がある場合には、通達によらない評価が許容されるとの判断枠組みを示しました。
形式的に通達の基準を満たしている場合であっても、取引の時期や目的、経済的合理性の有無によっては総則6項の対象となる場合があるため、取引の実態に即した慎重な検討が求められます。
財産評価を行う際の注意点と実務上の留意事項
財産評価基本通達に基づいて財産を評価する際は、路線価や固定資産税評価額を機械的に当てはめるだけでは十分でない場合があります。
財産ごとの個別要因を適切に反映させないと、本来よりも高く評価されて過大納付につながったり、低く見積もりすぎて申告漏れを指摘されたりするおそれがあります。
土地の形状や権利関係に応じた減額補正の検討
特に土地の評価においては、形状や周辺環境などの個別事情を反映させる減額補正の規定が細かく設けられています。
たとえば、正方形や長方形ではない不整形地、道路に接していない無道路地、道路との間に高低差がある土地、都市計画道路予定地などは、利用上の制約を考慮した補正の対象となります。
また、他人に土地を貸している借地権や、貸家が建っている貸家建付地のように、権利関係に制約が存在する場合も評価額が減額される調整が行われます。
こうした補正要因を見落とさずに適用することが、適正な水準での申告を行うための前提となります。
土地の形状や権利関係に応じた減額補正を漏れなく確認し、適正な評価額を算定することが実務上重要です。
現地調査と客観的資料の収集が重要となる理由
財産評価の実務においては、登記簿謄本や公図といった書面上の確認にとどまらず、現地調査を実施することが不可欠とされています。
公図と実際の境界に相違がある場合や、私道負担、建築基準法上の道路後退(セットバック)が必要な部分の存在などは、現地を確認して初めて判明することも珍しくありません。
さらに、不動産だけでなく、過去数年分の預貯金通帳の入出金履歴や生命保険契約の内容、贈与契約書の有無など、財産の動きを裏付ける客観的資料を幅広く収集しておくことも欠かせません。
客観的な証拠資料を丁寧に整理することが、正確な財産目録の作成と申告漏れの防止につながります。
複雑な財産の評価や相続手続きにおける弁護士等への相談
評価区分の判断が難しい財産における留意点
取引相場のない非上場株式は、会社規模の判定や株主の区分など、前提条件の確定から慎重な判断が求められます。
類似業種比準方式や純資産価額方式、配当還元方式といった評価方式の選択を誤ると、評価額に大きな差が生じる可能性があります。
また、借地権や借家権が絡む権利関係の複雑な不動産や、複数の利用区分が存在する広大な土地なども、評価の算定が難航しやすい財産といえます。
各種の減額補正が適用できるかどうかの判断には、事実関係や法令上の要件を整理する作業が伴います。
財産の評価を誤ると、税務申告における過大納付や申告漏れの指摘を受けるおそれがあるだけでなく、遺産分割協議における合意形成にも影響を及ぼしかねません。
申告漏れや遺産分割トラブルを防ぐための対応
財産の評価額は、税額計算の基準となるにとどまらず、遺産分割において各相続人の取得分や代償金の額を協議する際の重要な判断材料となります。
評価額の妥当性を巡って意見が対立すると、協議が長期化する要因にもなります。
財産の範囲や権利関係についての争い、将来の紛争予防を見据えた遺産分割方法の検討が必要な場合には、税務面だけでなく法的な観点からの確認が役立つことがあります。
評価区分の判断に迷う財産がある場合や手続きに不安を抱える場合には、状況に応じて弁護士や税理士などの外部の専門家へ相談し、助言を得ながら客観的な手続きを進めることが推奨されます。
コラム監修者
Shunsuke Teragaki
所属:代表(東京オフィス)
広島県広島市出身。修道中学・高校を経て、慶應義塾大学商学部で経営・会計・商取引を学ぶ。その後、青山学院大学法科大学院を修了して2011年に新司法試験に合格し、最高裁判所司法研修所を修了(65期)。2013年1月に第二東京弁護士会に弁護士登録し、都内法律事務所で個人・法人を問わず幅広い分野の相談・交渉に取り組む。
2016年1月に佐藤塁と共にネクスパート法律事務所を創業し、共同代表として、東京オフィスを拠点に、企業のコーポレート法務、M&A・事業承継、薬事・医事法務を中心に取り扱う。商学部で培った経営の視点を生かし、法的な可否にとどまらず、事業への影響や実行可能性まで含めた選択肢を示すことを重視している。
また、一般社団法人薬機法医療法規格協会の代表理事、一般社団法人日本美容サロン協議会の監事、一般社団法人睡眠ヘルスケア協議会の外部有識者(認証評価委員)を務め、医療・美容・ヘルスケア分野の広告規制や業界の自主的なルールづくりにも関わっている。依頼者に最適な見通しと戦略的な解決策を示すことを信条とし、丁寧かつ粘り強い対応で信頼を築いている。