企業のマーケティングや広告活動において、景品表示法の遵守は、消費者の信頼を得て公正な競争を行う上で極めて重要です。
近年、この景表法の執行に新しい制度「確約手続」が導入されました。
この制度は、事業者が景表法違反の疑いを指摘された際に、行政処分(措置命令や課徴金納付命令)を回避できる可能性がある画期的なものです。
本記事では、弁護士の視点から、この確約手続の概要を分かりやすく解説し、2025年(令和7年)2月に認定された、パーソナルジムを運営するC株式会社の最新事例を参考に、特別価格・割引表示(有利誤認表示)における注意点と企業が取るべき対応について説明します。
景品表示法の「確約手続」とは?行政処分を回避する新制度
ここでは、景品表示法における確約手続の概要について説明します。
確約手続は、景表法違反の疑いがある事業者が、自ら是正措置や再発防止策を盛り込んだ計画(確約計画)を作成し、消費者庁長官に申請、その認定を受けることで、行政処分を経ずに問題を解決する制度です。
この手続きは2024年10月1日に施行されました。
確約手続の具体的な流れは、以下のとおりです。
消費者庁が調査の結果、景表法違反の疑いがあると判断した場合(違反行為が既になくなっている場合も含む)、対象事業者に対し、確約手続を利用できる可能性があることを書面で通知します。(景表法第26条、第30条)
通知を受けた事業者は、確約手続の利用を希望する場合、通知から60日以内に「確約計画」を作成し、消費者庁長官に認定を申請します。これはあくまで事業者の任意の選択で利用を希望しなければ通常の手続きになります。(景表法第27条、第31条)
※なお、消費者庁が確約手続通知を行う前であっても、違反被疑行為に関して調査を受けている事業者は、いつでも、調査を受けている行為について、確約手続の対象となるかどうかを確認したり、確約手続に付すことを希望する旨を申し出たりするなど、確約手続に関して消費者庁に相談することができるようです。
参考:確約手続に関する運用基準 消費者庁
確約計画には、主に以下の事項を記載する必要があります。
- 違反の疑いがある(あった)表示等の是正措置、またはその影響を是正する措置
(例:広告の修正・停止、消費者への告知)
- (必要な場合)消費者への被害回復措置
(例:返金対応)
- 実効性のある再発防止策
(例:社内ガイドライン策定、広告審査体制の構築・強化、役員・従業員への研修、内部監査、取締役会決議)
- 措置の実施状況に関する消費者庁への報告
提出された確約計画が、違反の疑いがある(あった)行為やその影響を是正するために十分であり、かつ、確実に実施されると見込まれる場合に、消費者庁長官はその計画を認定(確約認定)します。(景表法第27条第3項、第31条第3項)
- 確約認定の効果
計画が認定されると、その計画の対象となった行為については、原則として措置命令や課徴金納付命令は行われません。(景表法第28条、第32条)
- 計画の履行と監督
事業者は、認定された計画に従って措置を誠実に履行する義務を負います。消費者庁は、その実施状況について報告を求め、監督します。
- 認定の取消し
事業者が正当な理由なく計画を履行しない場合、虚偽の申請を行った場合などは、消費者庁は認定を取り消すことがあります。認定が取り消されると、改めて措置命令や課徴金納付命令が出される可能性があります。(景表法第29条、第33条)
事業者にとって確約手続は、行政処分やそれに伴う課徴金、レピュテーションリスクを回避できる可能性がある一方で、違反の疑いを事実上認め(ただし、認定自体は違反認定ではない)、自ら是正・再発防止にコミットメント(確約)する必要があります。
確約手続の最新事例:C株式会社の有利誤認表示(令和7年2月26日認定)
ここでは、確約手続が適用された最新の事例について、令和7年2月26日付の情報を基に解説します。
事案の概要
消費者庁は2025年(令和7年)2月26日、パーソナルジムを運営するC株式会社(以下「C社」)から申請された確約計画を認定しました。
C社は、2020年(令和2年)9月1日から2024年(令和6年)7月31日までの間、パーソナルジムのサービス提供にあたり、自社ウェブサイトで入会金に関する表示を行っていました。
具体的には、あたかも、表示された特定の期限までに無料体験を行い、かつ無料体験当日に入会した場合に限り、通常50,000円の入会金が値引きされるかのように表示していました。
しかし実際には、表示された期限を過ぎた後であっても、無料体験当日に入会した場合には同様に入会金の値引きが実施されていた疑いがありました。
この表示は、実際には適用される値引きの条件(期限)が広告で示されたものよりも緩やかであったにもかかわらず、特定の期限までに行動しなければ割引を受けられないかのように消費者に誤認させ、不当に顧客を誘引し、合理的な選択を阻害するおそれがあるとして、景表法第5条第2号に規定する有利誤認表示に該当する疑いが持たれました。
有利誤認表示とは、商品やサービスの価格、その他の取引条件について、実際のものや競合他社のものよりも著しく有利であると一般消費者に誤認させる表示のことです。
認定された確約計画の主な内容
消費者庁から確約手続の通知(令和7年2月3日付)を受けたC社は、以下の内容を盛り込んだ確約計画を申請し、認定されました。
- 取締役会決議
同様の有利誤認表示を再び行わない旨を取締役会で決議すること。 - 消費者への周知徹底
過去に行った有利誤認表示の疑いがある行為の内容について、一般消費者に周知徹底すること(例:ウェブサイトでの告知)。 - 実効的な再発防止策
同様の行為が再び行われることを防止するため、広告表示に関するガイドラインの見直し、審査体制の強化、従業員教育、内部監査などの各種措置を講じること。 - 消費者への被害回復(返金)
違反被疑行為が行われていた期間(令和2年9月1日~令和6年7月31日)にパーソナルジムに入会した一般消費者に対し、支払われた入会金の一部を返金すること。 - 消費者庁への報告
上記①から④までの措置の履行状況を消費者庁に報告すること。
事案の意義
このC社の事例は、以下の点で重要です。
有利誤認表示への適用
確約手続が、優良誤認(品質・内容の誤認)だけでなく、価格や取引条件に関する有利誤認表示の事案にも適用されることを明確に示しました。特に期間限定キャンペーンや割引条件に関する表示は、有利誤認に繋がりやすい典型例であり、企業は細心の注意が必要です。
消費者への直接的な被害回復
確約計画の内容として、金銭的な返金が含まれた点が注目されます。これにより、不当表示によって不利益を被った可能性のある消費者に対し、直接的な救済措置が図られることになります。確約手続が、単なる違反是正だけでなく、実質的な消費者保護にも資する制度であることを示しています。
企業による自主的な解決
企業が自ら問題点を認識し、返金を含む具体的な是正・再発防止策を策定・実行することで、行政処分を回避しつつ、消費者からの信頼回復に繋げる道筋を示しています。
確約手続を踏まえた企業の景表法コンプライアンス
ここでは、確約手続の導入と最新の適用事例を踏まえ、企業が注意すべき景表法コンプライアンスについて説明します。
最新のC社の事例と確約手続の運用状況は、企業に対し、景表法コンプライアンス、特に価格・取引条件に関する表示(有利誤認表示)の重要性を改めて示唆しています。企業が留意すべきポイントは以下のとおりです。
価格・割引表示の正確性・明確性の徹底
C社の事例は、キャンペーン期間や割引の適用条件に関する表示が、実際よりも厳しいものであるかのように誤認させた点が問題となりました。「期間限定」「今だけ」「〇〇した方限定」といった限定性を訴求する表示を行う際は、その条件や期間を正確かつ明確に表示し、表示どおりに運用することが絶対条件です。安易に期限を延長したり、表示と異なる条件で割引を適用したりすると、有利誤認表示となるリスクが極めて高まります。キャンペーン開始前の表示内容チェックと、キャンペーン期間中の運用管理を徹底する必要があります。
消費者への被害回復措置の可能性
確約計画の内容として、消費者への金銭的補償(返金など)が求められるケースがあることが、今回の事例でより明確になりました。違反表示によって消費者に不利益を与えた場合、その回復措置まで計画に盛り込むことが、認定を得るための要素となり得ます。
確約手続という選択肢の認識と理解
万が一、自社の表示等に景表法違反の疑いが生じ、消費者庁の調査を受け、確約手続の通知を受けた場合、この制度が選択肢の一つであることを認識しておく必要があります。どのような場合に利用を検討すべきか、メリット・デメリットは何かをあらかじめ理解しておくことが望ましいでしょう。
確約手続利用の慎重な判断と専門家への相談
確約手続の利用は任意ですが、申請すれば必ず認定されるわけではありません。計画が不十分と判断されれば認定されず、結局、措置命令や課徴金納付命令を受ける可能性もあります。また、計画の策定・実行(特に返金対応など)にはコストと労力がかかります。違反の疑いの内容、課徴金の見込み額、企業の評判への影響、計画実行の実現可能性などを総合的に考慮し、景表法に詳しい弁護士に早期に相談し、確約手続を利用することが得策か否か、利用する場合の計画内容について、専門的な助言を得ることが重要です。
実効性のあるコンプライアンス体制の日常的な構築
確約手続で求められるような再発防止策(取締役会決議、ガイドライン、チェック体制、研修、監査)は、本来、違反が指摘される前に、企業が自主的に整備・運用しておくべきものです。景表法違反のリスクを低減し、万が一問題が発生した場合にも迅速かつ適切に対応できるよう、日頃から実効性のあるコンプライアンス体制を構築し、従業員の意識向上を図ることが、最も重要です。
まとめ
景品表示法に新たに導入された確約手続は、事業者による自主的な問題解決を促し、行政処分の迅速化・効率化を図る制度です。
2025年2月に認定された最新事例(C株式会社)では、価格・割引に関する有利誤認表示が対象となり、消費者への返金を含む計画が認定されました。
この事例は、特にキャンペーン表示の正確性の重要性と、確約手続における直接的な消費者被害回復の可能性を示唆しています。
企業としては、景表法違反を未然に防ぐためのコンプライアンス体制、とりわけ広告表示のチェック体制を日頃から強化することが最優先ですが、万が一、違反の疑いを指摘された場合には、確約手続という選択肢があることを念頭に置き、早期に弁護士へ相談するなど、適切な対応をとることが求められます。