日本医師会の調査では、1診療所あたりの未収金額は15~16万円で、件数や金額ともに「入院」未収金の影響が大きいとされています。
もっとも、医療機関の規模や取扱分野によって、その金額は大きく異なります。
未収の主な理由として、以下の2点が上位にあがっています。
- 生活困窮:「生活に困っており、医療保険の自己負担分の医療費を支払う資力はないようだ」
- 悪質滞納:「支払い能力はあるが、元々支払意思なし」
このことから、生活困窮や悪質滞納を要因とする未収金発生を念頭に対策を検討していくことが重要です。
その他の理由には、次の点も挙げられており、医療機関における未収金問題に対する体制整備など医療機関側での取組みも重要な対策です。
- 「回収の働きかけをしていないため、理由が分からない」
- 「時間外で会計事務ができないまま連絡が取れない」
診療報酬の消滅時効
令和2年4月1日以降に生じた診療等に関する債権の消滅時効は、5年となっています。それ以前に発生したものは3年です。
私立病院、公立病院を問わず、同じです。
時効が完成し、患者が消滅時効の利益を受ける旨の主張をすると、法的に回収できなくなってしまいます。
時効が完成しないようにするために、裁判上の請求や支払督促、患者に支払義務があることを承認させる(一部弁済してもらうことも承認に含まれます)など、時効の完成猶予(消滅時効期間をストップ)・時効の更新(消滅時効期間をリセット)の措置をとることが必要です。
もっとも、消滅時効の期間満了前には動こうと放置していると、上記の措置忘れたり、患者の経済状況が悪化したりして全く回収できなくなるおそれがあります。
そのため、未収金が生じたら、すぐに回収するための手段をとるべきです。
診療報酬の回収手段
診療報酬の主な回収手段は、以下のとおりです。
電話
最も穏便で、まず最初にすべき支払い催促方法です。
文書と異なりどのような請求をしたか証拠として残らないですが、未払いであったことを忘れていたという方に有効です。
いきなり厳しい言葉で追及するのではなく、払えない事情についてやさしく相談に乗ることが大事です。
書面での催告
電話で数回催促したものの支払われない場合は、書面で支払いを促しましょう。
生活困窮のために払えないなど未払い理由はそれぞれなので、文面は穏当なものに、まずは「支払い状況を伺う」というスタンスから始めましょう。
「一度ご連絡ください」「支払方法についてお話ししましょう」など、対話により支払いを促すようにしましょう。
電話を併用して、返済計画を立てていきましょう。
連絡がない、支払いがない場合には、徐々に「督促」という流れにしていきます。
督促状は、普通郵便で送るのが手軽かつ安価です。
その際は、振込用紙を入れておくと、患者側も支払いやすいでしょう。
普通郵便より強力な送付方法が、内容証明郵便です。
患者に対して催促をしたことが文書として証拠に残るので、支払いを期待できます。
督促状を数回送っても支払われない場合は、弁護士に依頼して弁護士の名前で送るのが良いでしょう。
未払いのまま逃げることはできない、とかなりの圧力をかけることができます。
悪質滞納者へは特に有効です。
自宅訪問
患者の自宅が近い場合は、自宅まで訪問して支払いを促すことも有効です。
実際に自宅に行くことで、踏み倒せないと患者に認識させることができます。
もっとも、訪問のための交通費や時間などのコスト面や、居留守で実際に会えないなどの問題もあります。
保険者徴収制度
強制徴収制度とは、善良な管理者と同一の注意をもってその支払を受けることに努めたにもかかわらず、患者側が支払わないときに、市町村等が代わりに未収金を徴収し医療機関側に支払う制度です。
患者の未払い額が60万円を超える場合に、
医療機関の回収努力として
- 療養終了後、月1回以上電話などで支払いを催告
- 療養終了後3カ月以内、および6カ月後に内容証明郵便による督促状を送付
- 療養終了後6カ月後に、少なくとも1回の自宅訪問による催促
などが求められています。
これまでにあげた支払催促をきちんと行い、証拠化しておく必要があります。
厚生労働省の調査では、平成18年度に実際に回収できたのは2件で、その金額は34万円となっています。
そもそも当時はこの制度が医療機関側でも周知されておらず請求自体が少なかった、医療機関側の回収努力が不十分だと判断されることが多かったため、このような数字になっています。
市町村では、夜間休日の家庭訪問、滞納処分を実施するにあたって詳細な財産調査など相当な回収努力を行っており、医療機関側にも文書での催告にとどまらない踏み込んだ回収努力が求められているようです。
支払督促
医療機関の申立てのみに基づいて、簡易裁判所の書記官が患者に支払いを命じる略式の手続である、支払督促を利用することも考えられます。
裁判所を介した手続であり、支払われない場合には強制執行の申立てが可能です。
書類審査のみで行われる手続なので、裁判所に出向く必要はなく、手数料が訴訟の半分程度であることがメリットです。
支払督促は、督促の対象となる金銭の額や支払時期、契約の有無などについて、医療機関と患者の双方で相違がない場合に向いている手続です。
患者が異議申立てをした場合は、通常の民事訴訟の手続に移行します。
患者の住所地が管轄地となるため、そもそも医療機関から近い住所地の患者を相手方という点、患者が反論する可能性が高い場合は、民事訴訟や民事調停など支払督促以外の手続をする方が良い点に注意が必要です。
民事調停
患者の住所がある地区の簡易裁判所に申立てをすることで始まります。
調停は、裁判のようにお互いにぶつかり合って勝ち負けを決めるのではなく、話合いによりお互いが合意することで紛争の解決を図る手続です。
調停手続では、一般市民から選ばれた調停委員が、裁判官とともに、紛争の解決にあたっています。
民事調停には、以下のような特徴があります。
- 申立てから終了まで手続が簡単
- 費用が訴訟に比べて低額
- 非公開の席で行われるので秘密が守られる
次の少額訴訟は、公開の場で行われるので傍聴することができますが、調停では傍聴される心配がありません。
医療機関側の秘密だけでなく、患者側のプライバシーにも配慮された解決方法といえます。
少額訴訟
未払い額が60万円以下の場合、少額訴訟という簡易裁判所を使った手続が行えます。
保険者徴収制度が60万円を超える場合に利用できることから、金額で棲み分けがされています。
少額訴訟の主な特徴は、以下のとおりです。
- 1回の期日で審理を終えて判決をすることができる
- 裁判官と共にラウンドテーブル(丸いテーブル)に着席する形式
- 分割払いなど柔軟な判決がなされうる
- 訴訟の途中で和解もできる
- 判決書や和解調書に基づいて、強制執行を申し立てることができる
患者の支払能力に合わせた柔軟な判断がなされ、医療機関側も自分で訴訟対応ができる(もちろん弁護士に依頼することもできます)など、非常に利用しやすい制度です。
通常訴訟
協議での解決が難しそうな場合、通常の民事訴訟で裁判官の判決による解決を求めることになります。
請求する金額が140万円以下であれば簡易裁判所、140万円を超えるなら地方裁判所になります。
複数回の期日が想定されるので、通常訴訟では、弁護士に依頼するのが良いでしょう。
診療報酬未収の予防・対策
事後的な回収には、労力や時間などのコスト面の問題もあります。
また、必ず全額回収できるとは限りません。
そのため、未収金対策を検討するにあたっては、発生をいかに未然に防止するかが重要です。
生活困窮者への対応として、一部負担金減免制度の周知、生活保護申請の支援、無料低額診療事業の紹介など行えるよう、MSV(医療ソーシャルワーカー)を配置するなど患者に対する相談体制を整備することが考えられます。
未収が問題になりやすい入院については、入院時にオリエンテーションを実施し、医療費の支払い方法・高額療養費制度などの各種制度について説明・確認を行い、退院時にはカード支払いの案内、退院当日に支払いができない場合には一部入金、カード支払いを勧めるなど、未収金の発生防止に努めることが重要です。
入院の場合は連帯保証人をつけることも重要です。
入院外来を問わず、期日に支払いがなされない場合は、念書等をとりつつ、患者や家族の連絡先等の情報を確実に得ることも重要です。
注意点
医師には、「診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」という応招義務があります。
応招義務が免れる「正当な事由」が認められるかは、以下の点を考慮して考えます。
- 患者について緊急対応が必要であるか(病状の深刻度)
- 診療時間・勤務時間内かどうか
- 患者と医療機関・医師との信頼関係
医療費不払い
以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療しないことは正当化されません。
しかし、支払能力があるにもかかわらず悪意を持ってあえて支払わない場合等には、診療しないことが正当化されます。
具体的には、以下のとおりとされています。
- 保険未加入等医療費の支払い能力が不確定であることのみをもって診療しないことは正当化されない
- 医学的な治療を要さない自由診療において支払い能力を有さない患者を診療しないこと等は正当化される
また、特段の理由なく保険診療において自己負担分の未払いが重なっている場合には、悪意のある未払いであることが推定される場合もあります。
患者の迷惑行為
診療・療養等において生じた、または生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等)には、新たな診療を行わないことが正当化されます。
入院患者の退院や他の医療機関の紹介・転院等
医学的に入院の継続が必要ない場合には、通院治療等で対応すれば足りるため、退院させることは正当化されます。
病状に応じて大学病院等の高度な医療機関から地域の医療機関を紹介、転院を依頼・実施すること等も原則として正当化されます。
最後に
診療報酬の未払金の予防・回収については、前もってルール・体制を確立しておくことが重要です。
また、未収金発生の予防・未収金の回収のためにも、患者の氏名・住所・電話番号・メールアドレスの取得、保険証の確認を確実にしておかなければなりません。
患者との間で診療報酬について争いが生じていると病院のイメージダウンになる、労力や時間などのコスト面、などを考えると、診療報酬の回収をためらわれるかもしれません。
しかし、未収金問題を放置すると、モラルハザードを引き起こし、未収金発生を助長して患者間の公平性を損なうことになりかねないことから、毅然とした態度で臨む必要があります。
そこで、まずは弁護士にご相談ください。
債権回収一般に言えることですが、未収金が発生した早い段階での対応が重要です。
弁護士から請求することで、回収可能性が高くなることもあります。
ネクスパート法律事務所では、当事務所と顧問契約を締結されている医療機関について、二日常の法律相談や薬機法関係の相談に加えて、未払診療報酬の回収も継続的にサポートしています。
とある顧問先クリニックでは、クリニックが何度も請求したにもかかわらず、施術済みの料金約80万円が支払われないまま2年が経過したものがありましたが、当事務所が対応を引き継いで交渉したところ、一括で返済していただけました。
また、一括払いが経済的に厳しい方に対しては、状況を確認したうえで、分割払いにして継続的に支払っていただいています。
当事務所の顧問先には、大手美容クリニック、化粧品の販売会社、製薬会社などが多く、美容・医療の分野が強みです。
日々の契約書審査に加え、広告チェック、各種許認可のサポートも行っており、法務面での包括的なご支援をすることが可能です。
- 顧問契約プラン:月額5.5円(税込)~
- 成功報酬:回収することができた金額の22%(税込)~
※ 債権回収に要した実費(郵送料等)は、別途ご負担いただく必要がございます。
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