
夫婦の関係にヒビが入り一方的に家を出ていかれたり、生活費を入れなくなったりといった状況に直面されている方は、大きな不安を抱えていらっしゃるでしょう。このような行為は、単なる夫婦喧嘩や不仲では済まされない、法律上の重大な違反となる悪意の遺棄に該当する可能性があります。
本記事では、悪意の遺棄が法律上どのような意味を持ち、どのような行為が該当するのか、そして慰謝料請求や離婚を有利に進めるための戦略について解説いたします。
目次
悪意の遺棄とは?法律上の定義と該当する行為
悪意の遺棄とは、民法770条1項2号が定める法定離婚事由(離婚原因)の一つです。法律上の悪意が何を意味するのかを理解することが、ご自身のケースが該当するかどうかを判断するにあたり重要です。
夫婦間の三大義務に違反していること
すべての夫婦は、同居・協力・扶助義務(民法752条)を負っています。(なお、生活費の分担(婚姻費用)については760条が根拠)。具体的には以下の行為です。
- 同居義務
夫婦は共に生活を営む義務があります。正当な理由がないにもかかわらず、一方的に家出をしたり別居を強行したりする行為は悪意の遺棄に該当する可能性があります。 - 協力義務
夫婦は共同生活の維持のために協力し合う義務があります。家事や育児の分担、また生活費を得るための経済活動への努力などが含まれますが、これらを行わない場合、悪意の遺棄に該当する可能性があります。 - 扶助義務
夫婦は互いに経済的に支え合い、同じレベルの生活水準を維持できるように努める義務です。これに反している場合は、悪意の遺棄に該当する可能性があります。
扶助義務はたとえ別居中であっても、離婚が成立しない限り原則として失われません。
悪意が意味する単なる別居や協力不足との違い
ここで言う悪意は、夫婦の共同生活を破綻させても構わない、あるいは破綻させることを意図した積極的な意思を指します。正当な理由のない同居・協力・扶助義務違反があり、かつその態様等から共同生活の維持を拒む意思が客観事情で認められる場合に悪意が問題となります。
裁判所が悪意の遺棄を認定する際、単に義務違反があったという事実だけでなく、その行為が悪意に基づいて行われたかどうかを審査します。例えば、生活費を渡さない行為が、単にリストラや病気による収入減が原因であれば悪意は認められません。健康で働く能力があるにもかかわらず、生活費を渡さずに配偶者を困窮させ、意図的に婚姻生活の破綻を目指した場合、悪意に該当します。
別居の長さそのものよりも、別居に至る経緯や態度、すなわち、積極的に夫婦関係の破綻を試みたかどうかや、義務違反に悪意があったかどうかが重要となります。
悪意の遺棄に該当する具体的な事例は?
ご自身の配偶者の行為が悪意の遺棄にあたるかどうか、判断がつかない方もいらっしゃるでしょう。ここでは、裁判で問題となりやすい代表的な事例を紹介します。
扶助義務違反:生活費(婚姻費用)を渡さないケース
配偶者に対して正当な理由なく生活費を渡さない行為は、扶助義務の深刻な違反であり、悪意の遺棄の典型例です。
別居後に婚姻費用の調停が成立(調書)又は審判で支払義務が定められたのに、履行しない行為は、単なる経済的な問題ではなく、共同生活の維持を意図的に拒否している悪意の強力な証拠となります 。
また、介護が必要な配偶者を置き去りにして別居し、生活費を一切渡さない場合や、不倫相手と同棲するために家を出て生活費を断ったようなケースは、悪意が強く認められる具体的な事例です。裁判所は金銭的な不払いを、生活基盤の破壊を意図した悪意の最も具体的な現れと見なす傾向があるため、金銭的な遺棄の証明は非常に重要です。
同居義務違反:一方的な家出や別居を強行するケース
配偶者の同意を得ずにあるいは十分な話し合いを経ずに、正当な理由なく一方的に家出をしたり、同居を拒否したりする行為は、同居義務違反に該当します。
単なる別居が直ちに悪意の遺棄となるわけではありません。その後の行動が悪意の有無を判断する上で重要です。判例では、夫が説明なく一方的に別居を開始し、妻が関係修復を求めたにもかかわらず、夫が話し合いを拒絶し続けた事例(東京地方裁判所平成29年9月29日判決)において、裁判所は一方的な別居と、その後の修復に向けた努力の欠如を、悪意の遺棄と認定する根拠としました。
協力義務違反:働けるのに働かない・家事育児を放棄するケース
健康で働く能力があるにもかかわらず、働く努力を怠り、家庭の経済基盤維持に協力しない行為は、協力義務違反です。 専業主婦・主夫が家事や育児を一切せず、共同生活維持に不可欠な協力義務を怠る行為もこれに該当します。ただし、家事・育児放棄については、直ちに悪意の遺棄と認められるわけではなく、裁判で認められるためには、悪質性の高い状態で一定期間続く必要があります。
悪意の遺棄として認められないケースは?
悪意の遺棄と認められるには、配偶者が共同生活をやめようとしたことに正当な理由があったかどうかが重要です。正当な理由が認められれば義務違反とはならず、悪意の遺棄と認められる可能性は低いです。ここでは悪意の遺棄として認められないケースについて解説します。
DV・モラハラ等から逃れるための別居
DVやモラハラを理由に自身の安全を確保するため家を出た場合、別居がやむを得ない正当な手段と判断されます。こうした状況では、別居そのものが悪意の遺棄と判断されにくいでしょう。
病気や怪我による一時的な別居
病気療養や介護など、夫婦のどちらかが別の環境で過ごさなければ適切な治療や看護が受けられない場合、悪意の遺棄と判断されにくいです。必要性が認められれば、別居は正当な判断とされる可能性が高いです。
仕事等を理由にした別居
仕事や転勤の都合で一時的に離れざるを得ない状況は、悪意の遺棄と判断されにくいです。夫婦間で互いに協力し合っている限りは悪意の遺棄とならないことが多いです。
合意に基づく別居
婚姻関係を見つめ直すための冷却期間として、夫婦間で合意の上で別居する場合も悪意の遺棄とならないことが多いです。
生活費の支払いを拒否する正当事由がある場合
別居の原因が相手方にあるなどの正当な事情があれば、扶助義務違反と即断されない可能性があります。例えば、過度のギャンブルや借金を繰り返し、家庭の経済を危機に陥れているような場合には、生活費の支払いについて慎重に考えざるを得ません。裁判で生活費の不払いが問題になった際も、相手の落ち度や金銭感覚などを踏まえ、裁判所は支払義務の一部免除や減額を判断するケースがあります。
悪意の遺棄を理由に離婚は成立する?
悪意の遺棄は民法で定められている法定離婚事由ですので、認められれば離婚は成立します。
一般的に、性格の不一致などで離婚を求める場合、裁判で婚姻関係の破綻を認めてもらうには3年から5年の長期別居期間が必要です。ただし、悪意の遺棄が立証できればそれが原因で婚姻関係が破綻したことが明らかであるため、離婚が認められる可能性が高まります。
悪意の遺棄を理由に離婚を実現する方法は?
悪意の遺棄を理由に離婚を実現し適切な慰謝料を得るためには、以下のステップを踏んで事を進めていきましょう。
婚姻費用を確保する
ご自身の生活費を確保するため、家庭裁判所に婚姻費用分担請求調停を申し立てます。これにより、婚姻費用の具体額が裁判所手続で確定し(債務名義化され)、不履行時の強制執行が可能になります。相手が支払いを拒否すれば、悪意の遺棄の立証を強化できます
証拠を集める
悪意の遺棄を証明できる証拠を集めましょう。悪意の遺棄を理由に離婚を裁判で勝ち取るためには、感情的な訴えだけでなく、客観的な証拠が必要です。
・経済的な遺棄を証明する証拠
生活費をもらえないなど、扶助義務違反を立証するためには、金銭の流れを客観的に示す証拠が必要です。具体的には以下の内容です。
- 通帳の記録|生活費が渡されていないことがわかる通帳や、相手名義の口座の入出金記録
- 収入状況の記録|相手の収入がわかる源泉徴収票や確定申告書など、働く能力があることの証明
- 法的手続きの記録|婚姻費用分担請求調停を申し立てた記録など相手が法的な義務を意図的に無視している証明
・同居・協力義務違反を証明する証拠
一方的な別居や協力義務の放棄は、主に以下の証拠で立証できます。
- 転居を示す証拠|相手の引っ越しがわかる住民票、新しい住居の賃貸契約書など
- 意思表示の記録|相手が同居の拒否を一方的に伝えたLINE、メール、会話の録音データ (注)証拠は適法な方法で収集してください。無断のアカウント侵入・盗聴等は違法となり得ます。
- 協力放棄の証拠|働けるのに働かない、家事・育児を放棄している状況を示す映像や録音
- 日記やメモなどの記録
悪意の遺棄が長期間にわたってなされた事実を証明するため、詳細な日記や記録が有力な証拠となります。
日記には、いつ(日付・時間)、どこで、誰が、何を、どのように行ったのかを具体的に客観的な事実のみを記述します。これは、法廷で証拠能力を認められるための必須条件です。
悪意の遺棄の立証は、行為の継続性と被害者の困窮を示す証拠の有無が重要です。働けるのに働かない証拠(協力義務違反)と生活費を渡さない証拠(扶助義務違反)が重なることで、悪意の遺棄と認められる可能性が高まります。
悪意の遺棄で慰謝料請求はできる?
悪意の遺棄が認められれば、精神的苦痛に対して慰謝料請求が可能です。悪意の遺棄は、夫婦の平穏な婚姻生活を送る権利を侵害する行為で、民法上の不法行為にあたるからです。
悪意の遺棄を理由とする慰謝料相場の目安は?
悪意の遺棄を理由とする慰謝料の相場は、実務上50万〜300万円程度と紹介されることがありますが、個別事情(期間・悪質性・経済状況・手続の段階等)により大きく増減します。婚姻期間の長さ、遺棄行為の悪質性や継続期間、被害者が被った精神的・経済的な苦痛の度合い、そして加害者側の経済状況など、複合的な要因によって変動します。
例えば、以下のケースは慰謝料が高額になる可能性があります。
- 悪意の遺棄に加えて、不貞行為(浮気・不倫)、DV、モラハラなどが同時に行われていた場合
- 意図的に生活費の支払いを拒否し続け配偶者を困窮させた場合
- 婚姻費用の調停・審判後の支払い命令すら無視し続けた場合
悪意の遺棄を疑ったらすぐに弁護士に相談・依頼すべき理由
悪意の遺棄は法律的に複雑な問題であり、特に悪意の遺棄の立証は専門家の視点が必要です。ご自身の権利を守り問題を有利に解決するためには、早い段階で弁護士に相談したほうがよいでしょう。悪意の遺棄を疑ったら、すぐに弁護士に相談・依頼すべき理由を紹介します。
証拠保全等の法的なサポートが得られる
弁護士に相談・依頼すれば、悪意の遺棄を証明する証拠保全等の法的なサポートが得られます。悪意の遺棄に関する証拠、特にデジタルデータや会話の録音などは、時間が経つと消去されたり、証拠能力が失われたりする可能性があります。弁護士は、初期の段階でどのような証拠を集め、どのように保存すべきか、的確なアドバイスができます。
ご自身のケースが単なる不仲ではなく、悪意の遺棄に該当するかどうか、慰謝料請求が可能かどうかを、専門的な法律の知識に基づいて正確に判断し、明確な法的主張が組み立てられます。
婚姻費用・慰謝料を適切に請求できる
弁護士に相談・依頼すれば、婚姻費用・慰謝料を適切に請求できるようにサポートが可能です。交渉を弁護士に一任することで、感情的な対立を避け、法的な根拠に基づいた冷静な交渉を進められます。これにより、慰謝料や財産分与を含めた最終的な離婚条件を有利に進められます。
まとめ
この記事では、法定離婚事由の一つである悪意の遺棄について解説いたしました。
悪意の遺棄とは、夫婦の同居、協力、扶助の三大義務を、共同生活の破綻を意図して侵害する行為です。悪意の遺棄が疑われる場合、証拠を確保するなど、適切なステップを踏むことが重要です。早い段階で離婚問題に詳しい弁護士に相談し、ご自身の権利を守るために問題解決を進めることをお勧めします。
ネクスパート法律事務所には、離婚全般に実績のある弁護士が在籍しています。初回相談は30分無料ですので、ご自身が受けているのが悪意の遺棄ではないかとお悩みの方は、一度ご連絡ください。




