このような状況では、貞操権侵害として、交際相手に慰謝料を請求できる場合があります。
この記事では、どのような場合に貞操権が侵害されたと言えるのか、相手に慰謝料を請求する場合はどの程度が認められうるのかを解説します。
弁護士に頼ることで得られるメリットも紹介しておりますので、お目通しいただければ幸いです。
目次
貞操権侵害とは?
貞操権侵害とは、性的自由や性的自己決定権を侵害することです。
貞操権とは、誰と・いつ・どこで・いかなる性的行為をするかについて、自ら決められる自由や権利です。誰と・いつ・どこで・いかなる性的行為をするかは、自らが決めることであり、他人が干渉したり強要したりできません。
例えば、あなたが独身と信じて性的関係を持った相手が実は既婚者だった場合、始めから既婚者だと知っていれば男女関係にはならなかったでしょうから、性的な判断の自由が奪われています。
このように、性的な意思決定の自由や権利を侵害された場合には、貞操権が侵害されたと言えます。
貞操権を侵害された場合はどのような責任追及ができる?
貞操権の侵害を受けた場合は、慰謝料を請求できます。
貞操権の侵害は、民法上の不法行為に該当します。
不法行為とは、故意(意図的に)または過失(不注意)により不法に相手の権利や利益を侵害する行為であり、不法行為を行った加害者は被害者の受けた損害に対して賠償する責任が生じることが民法に定められています。
そのため、貞操権の侵害を受けた場合には慰謝料を請求できます。
どのような事情があるときに貞操権侵害が認められる?
貞操権侵害と認められるためには、次のような事情が必要です。
一つずつ説明します。
相手と性的関係を持ったこと
貞操権侵害となるには、相手との間に性的関係があったことが必要です。
そもそも貞操権は性的関係を誰と持つのかを自分の意思で決める権利だからです。
そのため、たとえ既婚であることを隠されて交際していても、プラトニックな関係であれば貞操権を侵害されたことにはなりません。
性交渉およびそれに近い行為(性交類似行為)がなければ、貞操権が侵害されたと言えません。
自分の意に反する性的関係であったこと
貞操権が侵害されたと言えるためには、性的関係が自分の意に反するものであったことが必要です。
貞操権とは、性的関係を結ぶ相手を自分で選ぶ権利ないし自己の意思に反して性的な侵害を受けない権利だからです。
そのため、相手が既婚者だと薄々気づきながらも確認を取らずに性的関係を持った場合には、貞操権が侵害されたとは言えません。
誰と性的関係を持つかを自分で決める前提として、ある特定の事実を知っていれば決して性交渉を持たなかったという場合に、貞操権侵害に該当しうるものと考えられます。
暴力や脅迫などによって、無理やり性的関係を持たされた場合には、貞操権侵害のみならず、不同意性交等罪や不同意わいせつ罪という犯罪に該当する可能性もあります。
性的な判断の自由や自己決定権を不法に侵害されたこと
あなたの性的な意思決定の自由や権利が不法に侵害されたことが必要です。
たとえ既婚者が独身と偽って性的関係に及んだ場合でも、必ずしもすべてのケースで違法と評価されるわけではありません。
裁判実務では、相手の言動等が社会的見地から不相当とされる程度のものである場合に、性的自由ないし性的自己決定権を侵害するものとして、違法と評価しています。
相手の言動等が社会的見地から不相当とされる程度のものかどうかの判断は、個別具体的なケースに応じて、次の各要素から総合的に判断されることになります。
- 侵害行為の態様
- 相手の社会的地位・年齢
- あなたの年齢、婚姻歴の有無
- 両者のそれまでの関係
- 侵害行為の反復・継続性
- あなたの対応等
例えば、相手の嘘が巧妙で悪質性が高く、あなたがそれを信じてしまったとしても落ち度がないといえる状況なら、貞操権侵害に該当する可能性があります。
結婚を前提とした交際でなければ貞操権侵害による慰謝料請求は難しい?
貞操権侵害による慰謝料請求は、必ずしも結婚前提の交際でなければ認められないわけではありません。
しかし、過去の判例を見ると、交際相手が、積極的に独身であると偽るなどして、結婚に希望を抱かせ、性的関係を繰り返したような事案において、貞操権侵害を認定しているのも事実です。
既婚であることを隠されて性的関係に至ったことを理由に慰謝料を請求する場合は、少なくとも結婚を見据えた交際であったことが必要になる場合が多いです。
結婚話が出ておらず、将来的に結婚するかどうかに関係なく性的関係を伴う交際していた場合には、相手が独身であるかどうかは関係がない(性的な判断の自由は奪われていない)と考えられるからです。
よって、結婚に向けた期待すら形成される事情がない場合は、貞操権が侵害されたとは認められにくいでしょう。
次のような場合も、貞操権の侵害による慰謝料請求が認められる可能性は低いです。
- 相手と会ったのが数回だけだった
- いわゆるセックスフレンドとして体だけの関係だった
- 相手が結婚を考えていないことを知っていた
貞操権侵害による慰謝料請求が認められるための条件として、結婚を前提とした交際が必須というわけではありませんが、相手との交際において結婚の可能性を期待させるような状況があったことが求められるでしょう。
判例からみる貞操権侵害に基づく慰謝料の相場
過去の判例から導かれる慰謝料の相場は数十万円~200万円程度です。
相当の幅がありますが、次のような場合は、慰謝料額が高くなる傾向にあります。
- 相手の侵害行為の悪質性が高い
- あなたが被った代償が大きい(妊娠や中絶、流産、出産など)
- 交際解消前後の相手の対応が不誠実(侮辱、子の認知の拒絶など)
以下では、裁判所が認定した事実や慰謝料額の算定において考慮された事情にポイントを置きながら、3つの判例を紹介します。
どのような事情がある場合に、いくら程度の慰謝料が認められるかを確認してみましょう。
慰謝料50万円を認めた事例|東京地判令和2年3月2日
男女間のパートナー探しを目的としたサイトを通じて交際を開始した男女の事例です。
Point①Yは既婚者の登録・利用が禁止されたサイトに独身者として登録していた
既婚男性Yは、既婚者の登録・利用が禁止されているサイトに、利用規約違反となることを知りながら、結婚歴に[独身(離婚)]、結婚に対する意思に[良い人がいればしたい]などと入力して登録していました。
Xは、当時30代後半で結婚相手を探すために本件サイトに登録しており、サイトを通じてYと知り合い、互いにメッセージを交わすようになった後、2人で会ようになりました。
Point②Yは虚偽の説明によりXに独身であると信じこませた
Yは、28歳の時に離婚をしたという虚偽説明に加え、プライベートを打ち明けるかのような言動をしてXに信頼感を与えました。
Yが、嘘と真実を織り交ぜて話したことから、XはYが一度離婚を経験した独身男性であると信じました。
Point③Xは正式に交際するまで性交渉に及ばない旨をYに告げていた
XとYは、交際前に一度性交渉に及びましたが、Xが自らの行為が軽率だったと後悔して正式に交際するまでは性交渉に及ばないこととし、その旨をYに伝えていました。
Point④Yは同居や結婚を匂わせる発言を繰り返していた
Yは、「2人で一緒に住むときには、Xが飼っている犬を実家に置いてきて欲しい」と述べたり、Xとの交際を「遊びではなく、真剣に考えている」と伝えたり、「Xにとっては初婚であるから結婚式をあげたほうがいい。」と勧めるなど、同居や結婚を匂わす発言を繰り返していました。
その後、Yが正式に申し込み、Xがこれを受け入れた形で正式に交際することとなりました。Xは、正式な交際申込みを受け入れたことから、3回にわたりYと性交渉に及びました。
Yは、Xとの性交渉で避妊具を使用せず、Xに対しても「ピルを飲まなくていいのに。」「このお腹が妊娠して膨らんだらどうなるんだろう。」などと、Xの妊娠を期待するような発言もしていました。
Point⑤ SNSの投稿がきっかけで既婚者であることが発覚
SNSの投稿に、Yが平成23年時点において結婚していたことを窺わせる内容があったため、XはYが二度の離婚歴があるにもかかわらず結婚歴を詐称しているものと疑い、Yを問い詰めました。
その場で「まさか婚姻関係は継続していないよね。」と質問すると、Yは現在も妻と婚姻関係にあることを打ち明けました(それまでにYがXに対して既婚者であると自ら伝えたことはもとより、既婚者であることをほのめかしたこともありませんでした。)
裁判所の判断
裁判所は、YはXに対し、既婚者であることを隠して、自身のプライベートを打ち明けるかのような言動をしてXに信頼感を与えたり、Xとの結婚をほのめかす発言をしたりして、Xを誤信させ、Yとの婚姻に対する将来への期待も抱かせて、Xと交際関係を持つに至り、複数回にわたって性交渉に及んでいたのであるから、YがXの貞操権を侵害したものとし、50万円の慰謝料を認めました。
慰謝料100万円を認めた事例|東京地判令和元年12月23日
会社員の未婚女性と自衛隊員の既婚男性が、飲食店の忘年会で知り合って交際を開始した事例です。
Point①Yは約4年半にわたり独身だと偽り続けた
XとYは、とある飲食店の常連客が集まる忘年会で出会いました。
Xは、元夫の女性関係が離婚理由の一つであったことから、不倫関係を嫌悪しており、交際前に、Yに対し独身かどうかを質問しましたが、このとき、Yは「結婚していない」と答えました。
その後、Yが都合のつくときに夜遅くにX宅に来て宿泊し、性交渉を持つようになり、交際が始まりました。
Xは、度々Yが既婚者ではないかと疑うことがありましたが、そのようなXを見かねた共通の知人が、Yに問い質しましたが、この時も、Yは独身であると説明しました。
Point②Yはひたすらに住所の開示を拒んだ
Yは、XがY宅に行きたいと望んでも、様々な理由をつけて来訪や住所の開示を断り続けました。
Xは、交際開始当初30代後半で、出産を遅らせる余裕がなかったため、早期の再婚を望んでいましたが、Yは「自衛隊員でなければXとの間に子を作っていた」などと巧妙な嘘をついて、住所の開示や同棲を拒否し続けていました。
自宅の住所も教えないのにも関わらず、「結婚はしていない、他の女性との交際(二股)もしていない。」と言い張るYの態度に、これ以上交際を続けるのは難しいかもしれないなどと悩んでいましたが、いざ本人に会うと別れる決心がつかず交際を継続していました。
結局、XとYとの間では結婚を約束することはありませんでした。
Point③Yは既婚者であることの発覚後も不誠実な対応を続けた
Xは、ある日、Yがご飯を冷凍するために一膳ずつラップにくるむ様子に強い違和感を覚え、やはり妻がいるのではないかと疑いました。
そこで、Xは、知人を通じて、Yが既婚者であるかどうかの調査を依頼したところ、Yが既婚者であることが判明しました。
Yは、「本気でXのことが好きだったから言えなくなった」、「Xと会って離婚も考えた」などと言い訳をしていましたが、Xが弁護士に依頼した旨を述べたところ、これを翻して「最初から既婚者であると知っていると思っていた」などと言い始めました。
さらに、Yは、事情を知った妻から許さないと言われた後に、Xに対して「あなたの本当の目的はお金と人を落としいれる事だったの…俺はもう誰も信じません!」などとメッセージを送信しました。
裁判所の判断
裁判所は、既婚者であることをことさらに隠し、積極的に独身であると偽ったYは、Xの貞操権ないし人格権を侵害したとして、不法行為責任を認めました。
その上で、約4年半にわたる交際期間中、一貫してYが独身であるとXが誤信していた原因となる言動及び態度をYが継続していたこと、既婚者であることの発覚後のYの言動がXの被害感情を著しく増幅させるものであった一方で、本件が婚約破棄にも当たらない事案であること等の事情を考慮して、Xが被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金額を100万円と認定しました。
慰謝料200万円を認めた事例|東京地判令和3年11月26日
既婚者の登録・利用が禁止されている婚活アプリを通じて交際を開始し、未婚女性が既婚男性の子を妊娠・出産した事例です。
Point①Yは既婚者であることを告げずにXと交際を開始した
XとYは、既婚者の利用が禁止されている婚活アプリを通じて知り合い、交際を開始しました。Yは、この際、自身が既婚者であることをXに告げていませんでした。
Point②Xの妊娠後もYは既婚者であることを告げなかった
XとYは、交際開始後、週に1回程度の頻度で会うようになり、避妊具を使用せずに性交渉を持つこともありました。
その後、Xは妊娠しましたが、Yは妊娠発覚後も既婚者であること告げませんでした。そればかりか、Yは、Xからの妊娠の報告を受け入れて出産に同意し、子どもが生まれたらどのように育てていくか等の話をしました。
このような態度から、Xは、出産後以降はYや子どもと共同生活ができるような期待を抱いていました。
Point③YはXの出産後すぐに連絡を絶った
ところが、Xの出産後、Yはすぐに連絡を絶ち、生活費を支払うこともなく、認知に応じるかも不明な態度をとり続けました。
その後、Xの長男を申立人、Yを相手方とする認知調停の申立手続に際し、Yの戸籍謄本を取得し、Xは、初めてYが既婚者であったことを知りました。
裁判所の判断
裁判所は、Yは、実際には、Xとの交際開始当初から既婚者であったのであるから、YがこれをXに告げずにXと性交渉を伴う交際を開始・継続したことは、Xとの結婚の現実的な可能性がないのに、これがあるように装って、Xに性交渉に応じさせたものというほかなく、このことは、XのYとの婚姻に向けた期待に乗じて、Xの自己決定権(貞操権)を侵害したものとして、Xに対する不法行為にあたるとし、200万円の慰謝料を認めました。
貞操権侵害に基づく慰謝料請求の時効
貞操権侵害に基づく慰謝料請求の時効期間は、以下のとおりです。
- 貞操権侵害の事実および相手の氏名・住所を知った時から3年
- 貞操権侵害の事実があった時から20年
貞操権侵害の事実を知った時および相手の氏名・住所を特定できた時から3年が過ぎると、慰謝料を請求する権利が時効により消滅します。貞操権侵害を受けたこと(相手が既婚者だったこと等)を知らないまま20年が過ぎても慰謝料請求権が時効で消滅します。
時効が迫っている場合、相手に内容証明郵便を送付して慰謝料の支払いを催告するなどの方法により、時効が6か月延長(時効完成の猶予)されます。
その間に訴訟を提起し、確定判決または確定判決と同一の効力を有するものによって慰謝料等の支払いが確定すれば、時効期間はリセット(更新)されます。
貞操権侵害に基づく慰謝料請求を弁護士に依頼するメリット
既婚男性に騙されて性的関係に及び、貞操権侵害に基づく慰謝料を請求する場合には、相手の妻からの慰謝料請求のリスクも考慮して慎重に進めなければなりません。
そのようなリスクを回避するためにも、貞操権侵害の慰謝料請求は弁護士に依頼するのがおすすめです。
適切な金額で慰謝料を請求できる
弁護士に依頼すれば、あなたが置かれた状況を整理したうえで適切な金額で慰謝料を請求できます。
貞操権侵害にあたるかどうかや、その慰謝料の金額は個別の事情や様々な要素が考慮されて決まります。
不当に高額な慰謝料を請求すると、相手の反感を買い、交渉が決裂するおそれがあります。相場を調べずに交渉に挑むと、あなたが負った精神的苦痛に対して低すぎる慰謝料で合意してしまうリスクもあります。
そのようなリスクを回避するためにも、貞操権侵害の慰謝料請求は弁護士に依頼するのがおすすめです。
証拠収集について助言を受けられる
貞操権侵害に基づく慰謝料請求に強い弁護士に依頼すれば、個別の事情に応じて必要となる証拠の種類や、それらの集め方について詳しい助言を受けられます。
相手が貞操権侵害の事実をすぐに認めて慰謝料請求に応じてくれれば証拠は必要ありませんが、貞操権侵害の事実を否定されることが多いです。
そのため、相手があなたの大切な権利を侵害した事実を示す証拠の収集が必要です。
証拠の収集・選定においては、ご自身の判断で取捨選択をするのではなく、関係がありそうな資料をなるべく弁護士に共有いただき、弁護士と話し合いながら取捨選択を行うのがベストです。
ご自身では、「これは証拠にならないだろう。」と思っている資料でも、弁護士の目から見て、有力な資料になりうることも少なくありません。
相手が素性を偽っていて、氏名・住所の特定など個人情報を得る必要がある場合は、弁護士会の照会制度を利用して調査してもらえることもあります。
弁護士に依頼すれば、あなたに有利な証拠や適切な法解釈を示し、相手や裁判所を説得するなどして、あなたの利益のために活動してくれるでしょう。
トラブルを大きくせずに解決できる可能性が高まる
弁護士に依頼することで、トラブルを大きくせずに解決できる可能性が高まります。
既婚男性に貞操権侵害に基づく慰謝料を請求する際は、相手の妻に交際の事実が知られるリスクがあることにも注意しなければなりません。
あなたとしては、貞操権侵害を受けた被害者と思っていても、相手の妻からしたら単なる不倫相手にしか見えないことが多いです。あなたが騙された立場であることを説明しても、言い訳としか受け止められず、逆に不貞行為に基づく慰謝料を請求されることも多々あります。
相手が弁護士を立ててくることも想定されます。
弁護士であれば、予想されるリスクへの対策を取りながら、慰謝料請求の手続きを慎重に進められます。弁護士があなたの代わりに相手との連絡や交渉を行うため、精神的・時間的負担も軽減され、スムーズな解決を目指せるでしょう。
さいごに
独身と信じて交際していた相手が、実は既婚者だったとわかったときのショックは、計りきれないものだと思います。
あなたを騙し続けていた相手に、慰謝料の支払いを求めても、真摯に対応してくれるとは思えません。
不本意にも既婚者と交際した事実や、性的関係を含むプライベートな問題は他人に相談しづらいことでもあり、誰にも打ち明けられないまま、一人で抱え込み、ストレスを感じられているのではないでしょうか。
そんな時、どうしたら良いのか、相手に慰謝料を請求できるのかなどを弁護士に相談することで、精神的に少しは楽になるかもしれません。
貞操権侵害で慰謝料を請求できるのか確認したい方や、相手の妻からの慰謝料請求がご不安な方は、一人で悩まず、ネクスパート法律事務所にご相談ください。
経験豊富な弁護士と共に解決の一歩を踏み出してみませんか?