オフィスの移転を検討している企業にとって、退去後の原状回復をどこまでしなければならないか悩むところだと思います。
居住用のマンションやアパートの原状回復とは異なる点がありますので、本記事で解説します。

オフィスの賃貸借における賃借人の原状回復義務はどこまで?
オフィスの賃貸借における賃借人の原状回復義務は、賃貸借契約の内容によって異なります。
以下でそれぞれ解説します。
特約がない場合|通常損耗は原状回復の対象とならない
事業用の建物賃貸借契約において、原状回復に関する民法の規定と異なる定め(特約)がない場合は、通常消耗は原状回復の対象となりません。
通常消耗とは、賃借人の故意・過失ではなく、オフィスとして通常の使い方をしていても発生する傷や汚れです。
2020年に施行された改正民法では、賃借人の原状回復義務の範囲が明確化され、以下の範囲については、賃借人は、原状回復の義務を負わない旨が示されています(民法621条)。
- 通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗
- 賃借物の経年変化
- 賃借人に帰責事由がない損傷
これは住居だけでなくオフィスビルや店舗にも適用されます。そのため、賃貸借契約でこの民法の規定と異なる特約が設けられていなければ、通常損耗は賃借人の原状回復義務の対象とならないと解されます。
特約がある場合|契約書の内容どおりに原状回復義務を負う
事業用の建物賃貸借契約において、原状回復に関する民法の規定と異なる定め(特約)がある場合、賃借人は原則として、その特約どおりに原状回復義務を負います。
オフィスの賃貸借契約では、ほとんどの場合、通常損耗を賃借人負担とする特約(通常損耗補修特約)が定められています。事業用途で物件を使用するにあたっては、不特定多数の人が出入りする可能性が高いため、居住用で使用するよりも損耗の程度が予想しにくいからです。
原状回復義務について、特約で盛り込まれる可能性が高いものは、以下のとおりです。
- パーテーションの撤去
- 配線の撤去、交換
- 配電盤の回復と交換
- 照明器具の取り替え
- 天井の塗り替え
- 床や壁の取り替え
- 窓の清掃
オフィスの賃貸借における原状回復の特約の効力に関する判例
民法621条の規定は強行法規ではないため、いつでも契約当事者の合意により、これと異なる定めができます。
ただし、通常損耗や経年劣化に対する修繕義務を賃借人に負担させる特約は、賃借人に法律上・社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課すことになるため、特約が有効に成立するためには、一定の要件を満たさなければなりません。
最高裁平成17年12月16日判決は、合意の成立について、以下のように示しています。
建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから,賃借人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。
この最高裁判決は、居住用物件における原状回復義務の特約について示したものですが、同判決の法理は、オフィスの賃貸借にも適用されると考えられています。
以下、オフィスの賃貸借における原状回復特約の効力に関する判例を紹介します。
通常損耗を原状回復に含める趣旨の特約を有効とした判例
オフィスビルの賃貸借契約書で、通常損耗を原状回復に含める特約が設けられたことの有効性を争った事例で、裁判所が特約の有効性を認めた判例です(東京高裁平成12年12月27日判決)。
裁判所は、賃貸借契約書上の記載内容や造作及び諸設備の新設・撤去・変更に関する規定方法から、賃借人が特約によって通常損耗も含めて修繕等の義務を負うことを認識したうえで、賃貸借契約時に特約による義務負担の意思表示をしたものと判断しました。
この判例は、前述の最高裁判決以前のものですが、その考えは最高裁判決と矛盾するものではないと考えられます。
通常損耗を原状回復に含める趣旨の特約の成立を否定した判例
事業用の建物賃貸借契約の終了に伴う敷金の清算において、通常損耗も含めて賃借人が原状回復義務を負う旨の合意が成立していたか否かについて争われた事案です(東京簡裁平成21年4月10日判決)。
この事例では、賃貸借契約書に次のような条項がありました。
契約が期間満了又は解約により終了するときは、終了日までに賃借人は本件貸室内の物品等一切を搬出し、賃借人の設置した内装造作諸設備を撤去し、本件貸室を原状に修復して賃貸人に明け渡すものとする。
裁判所は、この文言に照らし、賃借人が賃貸物件に変更等を施さずに使用した場合に生じた通常損傷についてまで賃借人に回復義務を認める特約を定めたものと解することはできない、と判断しました。
加えて、オフィスの賃貸借においても、賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるためには、明確な合意が必要と示しました。
オフィスの原状回復で注意すべき点は?
オフィスの原状回復で注意すべき点は、以下の3つです。
余裕を持って退去までのスケジュールをたてる
余裕を持って、退去までのスケジュールを立てましょう。
原状回復の工事は、通常2週間から1か月ほどかかります。引っ越し作業が終わらなければ原状回復の工事はできないため、退去日から逆算して引っ越し・原状回復工事の予定を立てましょう。
特に繁忙期とされる3月から4月にかけては、早めに作業を進めていかなければいけません。原状回復工事を完了させて賃貸人に引き渡すのが必須だということを念頭に置きましょう。
原状回復の工事にかかる費用を把握する
原状回復の工事にかかる費用を把握しておきましょう。
原状回復工事を依頼する業者から必ず見積もりを取って、どのぐらいの金額がかかるのか確認をします。原状回復工事費用は、オフィスの規模や立地によって差はありますが、小・中規模オフィスは坪単価2万円から5万円、大規模オフィスは坪単価5万円から15万円が目安になるといわれています。
あまりにも高額な見積もりを出されたら、依頼した業者に理由を聞いてみたほうがいいかもしれません。
原状回復の工事の見積もりの内訳を精査する
原状回復の工事の見積もりを取得したら、内訳を確認しましょう。
特に〇〇工事一式と記載がある場合は、どのような工事が含まれているのか、詳しい内容を確認したほうがよいです。依頼したいと考えていた工事費用が入っていなかったら、トラブルになる可能性が高いからです。
ビルの共用部分も見積もりに含まれていないか、実寸よりも広い床面積で見積もりが出されていないかも確認をしましょう。
まとめ
オフィスを退去する際の原状回復は、住居を退去する場合と異なる点が多々あります。
賃貸借契約書の内容が重要となりますので、オフィスの退去を決めたら、まずは契約書を確認しましょう。原状回復義務がどこまであるのかを確認し、費用の概算を出していきましょう。
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