立ち退き料は賃貸借契約において、貸主が借主に退去を求める際に支払われる補償金です。
物件の用途が居住用か事業用かによって、立ち退き料の算定根拠は変化し、特に店舗やテナントの場合は高額になるケースが目立ちます。契約形態や契約違反の有無などによっては、立ち退き料を支払わずに退去を求められる場合もあります。
これから立ち退きを求めようと検討している貸主にとって、正しい知識を身につけることが重要です。本記事では、立ち退き料が必要となる理由や相場、計算方法から不要となるケースや交渉の具体的な流れに至るまで、幅広く解説します。この記事を参考に、トラブルを回避しながら円滑に立ち退き手続きを進めてください。
立ち退き料とは?
立ち退き料とは、物件の明け渡しに応じる代わりとして借主に支払われる金銭的な補償です。引っ越しや移転に伴う費用だけでなく、居住権や営業権などの権利を失うことへの補償的意味合いも含まれます。居住用・事業用にかかわらず、借主の負担軽減を図る目的で設定されるケースが一般的です。
立ち退き料が必要になる場面は?
借主の生活や事業に影響を及ぼすことに対する補償という位置付けで立ち退き料が支払われます。
建物の老朽化で取り壊しや再開発が予定されている場合、あるいは貸主自身が建物を使用することを理由に退去が必要になる場合など、正当事由を補完する意味合いで立ち退き料が発生します。立ち退き料の支払いが行われることで、借主に対する不利益を緩和するという目的があります。貸主から退去を求める場合は、正当事由を立証するとともに、適正な立ち退き料を提示することが重要です。
店舗や事務所では、営業中断の損失を補填するために高額な立ち退き料が求められることがあります。特に店舗物件では宣伝費や内装工事費の回収が難しくなるため、その分が上乗せされる点に注意しましょう。
立ち退き料の相場・目安は?
物件の種類や用途による立ち退き料の相場や目安となる金額を紹介します。立ち退き料の相場は契約内容や地域、借主が受ける影響度によって変動しますので、状況別に把握しておきましょう。
居住用物件の相場
アパートやマンションなどの居住用物件の場合、家賃の6~12か月分程度が立ち退き料の目安とされることが多いです。実際には、地域の家賃水準や建物の状況、借主の転居先にかかる費用などが考慮されます。例えば家賃が月7万円台の場合でも、100万円から200万円程度を補償するケースが見られ、具体的な金額の決定には個別の事情が大きく影響します。
店舗・テナントの相場
店舗やテナントでは、営業損失や内装撤去費、広告費の再投資などが要求されるため、立ち退き料が大きくなりがちです。月額賃料の5~10年分が目安とされる場合もあり、居住用に比べると大幅に高額になるケースがあります。中には家賃10万円の物件でも、1000万円を超える立ち退き料が提示される例もあるほどです。
判例にみる具体的な金額
判例を確認すると、家賃7万4000円の居住用物件で200万円の立ち退き料が認められた事例があります。店舗物件では、営業実態や地域の商圏規模などを考慮して、賃料の数年分から十数年分といった高額が認定された事例も存在します。こうした裁判例を参考にして、立ち退き料の相場の金額を把握するとよいかもしれません。
立ち退き料の内訳は?
立ち退き料の中には、物件の移転費用や営業補償など複数の項目が含まれます。
単純に家賃相当分だけでなく、移転そのものにかかる費用や新物件の契約時に発生する諸経費など、細かい補償項目があります。事業用物件の場合は営業損失をカバーするための補償も大きなウェイトを占めます。こうした内訳を明確に把握しておくと、交渉の際にもスムーズに合意点を見出せる可能性があります。
移転費用(引っ越し費用)
引越し業者に支払う費用や荷物の一時保管料など、実際に移動を伴う経費が該当します。居住用だけでなく、店舗や事務所は設備や在庫品の移動コストも考慮されるため高額になるケースがあります。事前に複数社の見積もりをとり、金額の交渉材料にするのが望ましいでしょう。
仲介手数料・礼金・敷金差額
新たな物件を契約する際には、仲介手数料や礼金、敷金などの費用が発生します。そのため現在の契約と次の契約で条件が異なる場合、差額分の補填が必要になるケースがあります。特に敷金は返還されるタイミングや金額が不確定なため、交渉上の協議ポイントになりやすいです。
営業補償・借家権補償
店舗や事務所の立ち退きでは、営業補償が大きな割合を占めます。営業を一時停止または完全に終了せざるを得ない場合、その期間の売上損失や顧客離れが補償の対象となります。さらに、借家権の価値を金銭換算することで、通常の居住用補償より高額な支払いが認められるケースも多く見受けられます。
慰謝料・迷惑料
慰謝料・迷惑料は、立ち退きに伴う精神的負担や迷惑を補償するために支払われることがあります。実質的な損失額だけでなく、長年住み慣れた地域を離れることへの心情的ダメージに対する補償です。交渉次第では金額に幅が大きく生じるため、慎重な話し合いが必要です。
立ち退き料の計算方法は?
立ち退き料は一律ではなく、物件や契約条件によって変動します。実務では複数の計算方式が用いられ、状況に応じて最も妥当な方式を採用することが多いです。交渉時には、双方が納得できる根拠を示すため、計算根拠を明確にすることが重要です。
収益還元方式(差額賃料還元方式)
物件が生み出す収益力をベースに、明け渡しによる損失を補う形で算定する方式です。特に店舗やオフィスなど、貸主・借主いずれも事業として賃料収益を見込む場合に適用されるケースが多いです。家賃と実際の収益の差額を長期的に考慮し、補償額を定めます。
割合方式
家賃や売上高など、一定の数値に対してあらかじめ設定した割合を掛ける方式です。簡易的に算出できる反面、借主が実質的に被る損害を正確に反映しきれない場合もあります。補償内容を大まかに把握したいときや交渉の起点として使われることが多いです。
収益価格控除方式
物件の収益価格を算出し、明け渡しによって失われる収益部分を控除して補償額を求める方式です。特に事業用物件では、移転で失われる将来的な利益を評価するため、この方式が検討されることもあります。実際には専門的な知識や資料が必要であり、弁護士や不動産鑑定士の協力が求められるケースもあります。
比準方式
近隣や類似条件の立ち退き事例を参考に補償金額を決定する方式です。過去の裁判例や周囲の実勢を踏まえることで、客観的な相場感を得られるというメリットがあります。ただし、各物件の特殊事情を必ずしも正確に反映できない可能性がある点には注意が必要です。
居住用物件の立ち退きで気をつけるべき点|ケース別
居住用物件の立ち退き交渉では、借主の日常生活が影響を受けるため、慎重かつ丁寧な対応が求められます。トラブルに発展しないよう、書面化や細かなコミュニケーションを怠らないことが円滑な交渉のカギとなります。ここでは、老朽化や建て替えなどでの退去交渉において気をつけるべきポイントを整理します。
老朽化による取り壊しの場合
老朽化で取り壊しが必要な場合には、早めに借主に告知し、代替物件や補償について具体的に示すことが重要です。早期に計画を知らせて借主の移転先選びをサポートしつつ、引越し費用やその他の補償額を提示することが大切です。老朽化を理由とする正当事由を主張する際も、実際の建物調査結果などを示すことで信頼を得やすくなります。
建て替えやリフォームの場合
大規模リフォームや建て替えによって、借主に一時的な退去を求めるケースもあります。この場合、工事期間や再入居の可否について明確に示し、仮住まいや家賃補助などを検討することがポイントです。将来的に再契約を予定する場合は、条件面を詳しく提示することで借主の不安を和らげることができます。
借主が応じない場合の対処法
交渉が難航し、借主が立ち退きに応じない場合には、法的手段を検討します。まずは調停や仲介を利用し、話し合いの場を設けることが多いですが、それでも合意に至らなければ裁判に発展する可能性があります。強制執行を行う際にはさらなるコストと時間がかかるため、できる限り協議での解決を目指すことが望まれます。
借主とのトラブルを避けるコツ
正当事由や立ち退き料の根拠を明確に示し、早期に書面化することで不信感を与えにくくなります。日常的なコミュニケーションを疎かにせず、借主の質問や要望を真摯に受け止めて対応する姿勢が重要です。交渉が長期化すると負担が増大するため、初動段階から適切な専門家に相談することも有効です。
事業用物件の立ち退き気をつけるべき点|ケース別
店舗や事務所の場合、移転によって発生する営業損失や新たな設備投資などが補償対象となるため、立ち退き料は高額化する傾向にあります。特に長年営業していた店舗では顧客基盤の喪失が深刻となり、売上補償が加算されるケースが多く見受けられます。貸主側は正当事由を主張するとともに、相応の補償を提示しなければトラブルが長期化しやすい点に注意しなければいけません。
営業権や営業休止補償
事業用物件の立ち退きでは、売上が減少またはゼロになる期間の損失補償が大きな論点です。営業権とは、店舗が持つ地域での知名度や顧客関係を金銭的に評価したものです。実際には帳簿や営業実績を詳細に示し、補償額に反映させる必要があります。
移転雑費や工作物補償
店舗内の内装や看板など、一度設置すると再利用が難しい工作物の撤去費用も補償対象となります。設備の移転や新店舗でのレイアウト変更など、細かな費用が積み重なるため、事前に見積もりを用意しておくのがおすすめです。こうした雑費を含めた総額を正確に算出することが、スムーズな交渉の前提となります。
交渉の注意点
事業に関わる契約書や会計資料を整理し、説得力のある根拠を示すことが重要です。交渉時には、一度の話し合いで全てを決めずに、段階的に条件を詰める柔軟性が求められます。専門家の助言を得ながら、事前に想定される問題点を洗い出し、貸主と借主双方が納得できる着地点を探ります。
立ち退き料が不要になるケースは?
契約形態や入居者側の過失などによっては、立ち退き料が発生しない場合があります。
立ち退き料は必ず支払われるものというイメージがありますが、事情によっては支払い義務が生じないこともあります。以下で立ち退き料が発生しないケースについて解説します。
定期建物賃貸借契約の場合
定期賃貸借では基本的に契約期間終了時に契約が終了するため、更新拒絶に対して立ち退き料が発生しないのが一般的です。これは契約当初から期間終了後の退去を想定しているためで、正当事由の問題が起こりにくいからです。ただし、契約書の条件によっては例外も生じるため、事前に内容をよく確認する必要があります。
借主に契約違反がある場合
借主が家賃を長期間滞納しているなどの契約違反がある場合、貸主が退去を求める正当事由になります。この場合は、もともと借主側に非があるとして、立ち退き料を支払わないまま契約解除が可能とみなされる場合があります。もっとも、裁判で事実関係が争われる際には、滞納月数や金額などを総合的に判断されることに留意が必要です。
建物の重大な危険がある場合
地震や火災など、建物が安全面で重大な危険にさらされている場合は、緊急避難的に物件の明け渡しを求めることがあります。こうした場合は、正当事由のなかでも特に公共性や人命の安全を優先するため、立ち退き料が不要と判断されることが少なくありません。実際には行政の勧告や専門家の調査結果も踏まえて協議が進められます。
合意解除による支払免除
貸主と借主が自由な意思で合意に至り、立ち退き料なしで退去することを双方が了承すれば、法的な支払い義務はなくなります。例えば、借主自身が転居を希望するタイミングと重なり、双方に協力メリットがある場合などが該当します。合意には書面化が必須で、後になって争いが起きないよう契約条項を明確に記載しておくことが肝要です。
立ち退き料を安く抑える方法
貸主が負担を抑えるためには、事前の準備や誠実な交渉が重要です。
立ち退き料は借主の理解を得られる形で提示しなければ、交渉が長引く要因になります。一方で貸主にとっては大きな出費となりやすいため、適切な手段を講じて費用を抑える工夫が必要です。借主にも納得してもらえる代替策や特典を提示しつつ、長期的な関係維持を視野に入れたアプローチが大切です。
代替物件を提供する
借主がスムーズに移転できる物件を紹介して引越しに伴う負担を軽減すれば、結果として立ち退き料を低減できる場合があります。特に同じエリアや家賃帯の物件を確保しておくと、借主が納得しやすくなります。提供する物件の内容や条件を具体的に示すことで、信頼関係も高められるでしょう。
原状回復費用や敷金を先に返却する
通常、退去時には原状回復のための費用精算が行われますが、これを一定額貸主が負担する、もしくは敷金を先に返却することで、借主の経済的負担を実質的に下げられます。こうした手厚い措置が提示されると、借主も立ち退きに同意しやすくなるため、総額としての立ち退き料を抑える効果が期待できます。
再度入居の確約や特典を提示する
建て替え後やリフォーム後に、優先的に再契約できる条件を提示するのも一つの方法です。家賃の優遇や一時的なフリーレントといった特典を付与することで、借主の心理的負担を軽減できます。将来的に再入居する前提があることで、借主が一時的な立ち退きに応じやすくなる傾向があります。
誠意ある交渉と合意内容の書面化する
交渉のなかで、貸主が誠実に対応しているという姿勢を示すことは極めて重要です。口頭だけの約束では後のトラブルにつながりやすいため、合意内容は書面で明確に残します。双方が納得できる条件を丁寧にすり合わせることで、費用を抑えつつスムーズな退去を実現できます。
立ち退き交渉の流れ
解約通知から実際の退去に至るまでの標準的な流れを確認するのは、スムーズに立ち退き交渉を行う上で重要です。
立ち退き交渉は、解約通知の段階から始まり、実際の明け渡しまで複数のステップを経て行われます。重要なのは、スケジュール感を共有しておくことと、条件を合意するプロセスを明文化することです。もし合意が得られない場合は、公的な調停や裁判手続きに移行することを検討する必要があります。
①解約通知を送る
まずは貸主が借主に解約の意向を伝えるところから始まります。通知後は、借主の疑問点や要望を聞き取り、具体的な退去スケジュールや補償条件を提示していきます。初期段階で話し合いをしっかり行うことで、後々の交渉を円滑に進められます。
②借主と交渉し合意書を作成する
解約通知を送ったあとは、借主と交渉し、合意ができれば合意書を作成します。
交渉では、立ち退き料や退去期限など、具体的な条件のすり合わせが中心となります。合意に至ったら、口頭の約束だけではなく書面で正式に合意書を作成しておきます。特に支払い時期や分割払いの可否など、金銭にまつわる事項は明確化が不可欠です。
③物件を明け渡す
退去日が確定した後は、引越しの段取りや建物の状態確認を勧めます。原状回復の範囲や清掃費用負担など、細かな事項について事前に確認しておくことが重要です。スムーズに物件を引き渡すために、両者が協力して準備を進めましょう。
調停・裁判になった場合
交渉が難航して合意に至らない場合、次の手段として調停や裁判に進むことを選択するケースがあります。公的機関を利用することで、公平性が担保される半面、時間も費用も大幅に増加します。大きなトラブルや損失を回避するためにも、可能な限り話し合いによる解決を目指すことが望まれます。
立ち退きトラブルを避けるためのポイントは?
円滑な立ち退きのためには事前の準備とお互いを尊重する姿勢が欠かせません。
立ち退きの際には、どうしても利害が対立しがちです。貸主はできるだけ早く退去してほしいと考え、借主は不安や損失を感じるかもしれません。こうした感情面の摩擦を和らげるためにも、入念な資料準備やコミュニケーション、高い透明性が求められます。ここでは、立ち退きトラブルを避けるためのポイントを解説します。
スムーズな交渉に向け周到に準備をする
スムーズな交渉に向け、周到に準備をしましょう。
物件の現状や修繕履歴、契約書の内容などをあらかじめ整理し、借主と情報を共有できるようにしておきます。交渉を始める前に、近隣や類似条件の立ち退き事例などをリサーチし、相場観をつかんでおくのも有効です。こうした下準備によって、交渉を短期間でまとめるための土台が整います。
交渉内容を記録し合意内容を書面化する
口頭でのやり取りは後から食い違いが生じやすいため、話し合いの内容をメモやメールで残す習慣をつけましょう。最終的に合意に至った場合は、必ず書面に残し、署名や捺印を取り交わすことが重要です。こうした手続きを怠ると、後日トラブルが発生した際に証拠を示すことが難しくなります。
親身なコミュニケーションを心掛ける
親身なコミュニケーションを心掛けましょう。
借主が抱える事情や不安点を聞き取り、理不尽な押し付けにならないよう配慮する姿勢は欠かせません。コスト削減やスケジュール調整など、借主側の要望を汲むことで、合意に近づける可能性が高まります。トラブルの原因となりやすい情報不足を防ぐために、定期的な連絡や説明を行いましょう。
弁護士に相談する
交渉が複雑化しそうな場合には、早い段階で弁護士に相談するのが効果的です。法的なトラブルを未然に防ぎ、客観的なアドバイスを得られるメリットがあります。結果として、時間や費用をかけずに円満解決を目指せる可能性が高まります。
立ち退き料に関するよくある質問
立ち退き料に関するよくある疑問点をまとめて解説します。
正当事由があれば立ち退き料はゼロでいいの?
正当事由があっても、借主の不利益を緩和する目的で立ち退き料が上乗せされるケースが多くみられます。裁判所も立ち退き料の提供によって正当事由を補完するという考え方を取ることが一般的です。正当事由があるからといって、自動的に立ち退き料がゼロになるわけではありません。
店舗や事業用と居住用では何が違う?
事業用物件では、営業補償や内装撤去費用など居住用にはない費用が追加で発生します。そのため一般的に居住用よりも高い立ち退き料が要求される傾向があります。長年営業していた場合などは、得意先や売上基盤を失う補償を加味するため、更に高額になる可能性があります。
高額な立ち退き料を請求されたら?
立ち退き料の相場や根拠を確認し、必要であれば資料を整え交渉に臨みます。妥当性に疑問がある場合は、弁護士に相談して専門的な判断を仰ぐのが得策です
交渉が難航して合意できない場合は?
調停機関や裁判所を活用し、第三者の関与を得ながら解決を図る方法があります。特に金額面や退去時期などで折り合いがつかない場合、公的機関の調整によって公平な結論を得やすくなります。最終的には強制執行に至る可能性もあるため、円満解決に向けた交渉努力が大切です。
まとめ
立ち退き料は物件の特性や契約内容によって変化しますが、正確な知識と適切な交渉が大切です。最終的には、貸主と借主双方が納得できる落としどころを見つけるため、専門家の支援や十分な情報収集を行いながら、計画的に交渉を進めることが望まれます。
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