【事例】
父親が死亡し、相続人として子供2人(太郎さんと次郎さん)がいます。
父親の遺産は、自宅の土地と建物、預貯金があり、父親は「財産のすべてを太郎に相続させる」との遺言書を残していました。
このような場合、次郎さんはどのような請求をすることが出来るでしょうか。
【回答】
遺留分侵害額請求権の行使の流れ
1 遺留分侵害額請求権の行使
次郎さんは、遺留分として1/2×1/2=1/4が認められています(詳しくは、2-3遺留分の計算方法をご確認ください)。
それにもかかわらず、太郎さんが父親の遺産をすべて相続するため、次郎さんは、太郎さんに対し、父親の財産の各4分の1を限度として、遺留分侵害額請求権を行使することができます(具体的な請求方法については、2-4の請求の方法をご確認ください。)。
2−1 遺留分侵害額相当額の金銭の支払請求
遺留分侵害額請求権の行使により、次郎さんは、太郎さんに対して、相続財産の4分の1に相当する金銭の支払いを求めることができます。
2−2 現物返還の原則(令和元年6月30日以前に発生した相続の場合)
(1)現物返還が原則であるため、次郎さんが遺留分減殺請求をすると、原則として、土地、建物の共有持分として各4分の1、預貯金の4分の1を取得することになります。
遺留分権利者に、遺留分減殺対象財産の選択権を否定する立場が通説となっており、次郎さんが預金のみ又は不動産のみの取得を希望していたとしても、それはできないと考えられているからです。
ただし、協議をして、太郎さんと次郎さんが合意をすれば、どのような分け方でも遺産を分配することができます。
(2)したがって、次郎さんとしては、不動産に関しては共有持分の登記の移転を求め、預貯金については、その4分の1を取得することになります。
3 価額弁償
(1)現物返還が原則ですが、遺贈を受けた人が、金銭を支払って不動産を確保したいと意思表示をした場合は、遺留分権利者は価額弁償を請求をすることができます。したがって、本件では、太郎さんが次郎さんに対して、不動産の分について、次郎さんに金銭を支払って賠償をしたいという意思表示をした場合は、次郎さんは価額弁償として金銭を請求することができます。
また、遺贈を受けた人は、特定の物件について、任意に選択して価額弁償を行うことができます。したがって、本件では、太郎さんは土地についてのみ、次郎さんとは共有とせず、金銭による弁償の意思表示をすることができます。
(2)ただ、遺贈を受けた人(本件では太郎さん)が価額弁償をする意思表示をしてきた場合、遺留分権利者(本件では次郎さん)としては注意をする必要があります。
遺贈を受けた人が価額弁償の意思表示をした後には、遺留分権利者としては、原則どおり、現物返還を求めることも可能ですが、価額弁償金の請求を選択し、金銭請求をすることも可能であるとされています。
しかし、遺留分権利者が、価額弁償の意思表示を受けた後、一度価額弁償の請求をすると、その後、現物返還の請求権を行使することができなくなってしまいます(最高裁平成20年1月24日)。そのため、遺贈を受けた人が無資力の場合、事実上金銭を得られなくなる危険性が生じますので、実際に支払いを受ける前の段階で価額弁償の意思表示をする場合には注意する必要があります。
(3)なお、遺留分権利者(本件では次郎さん)としては、遺贈を受けた人(本件では太郎さん)から、価額弁償の意思表示を受けたうえで金銭の提供を受けた場合には、目的物の返還や移転登記を求めることができません。
4 遺産の評価時期
遺留分を算定する前提として、遺産を評価する必要があります。
遺留分算定の基礎財産の価額算定の基準時は相続開始時となります。遺言の内容が遺留分を侵害しているかについては、相続開始時点を基準に判断されます。
預金については相続開始時の残高が評価額となるため、争いとはなりにくいですが、不動産の評価額については、争いになることがあります。
なぜなら、不動産の評価方法・評価額によっては、遺留分請求額が大きく変わってくる可能性があるからです。
5 不動産の評価額
不動産の評価額が争いになる場合、多くは遺贈を受けた人が価額弁償を望む場合です。すなわち、遺贈を受けた人は、不動産の評価額を安くし、価額弁償の際に支払うお金を安くしようとすることなどが考えられます。
遺贈を受け減殺請求を受けた人が、価額弁償する場合には、価額弁償する時点(裁判の場合は、事実審口頭弁論終結時)の時価で価額弁償額を計算します。
6 不動産の評価方法
不動産の評価方法としては、主なものとして固定資産税評価額、路線価、公示価格、実勢価格があります。
(1)固定資産税評価額
固定資産税評価額とは、固定資産税の課税の基準となる土地・建物の評価額のことをいいます。固定資産税評価額は一般的に時価よりも安く、地価公示価格の7割程度とされています。
(2)路線価
道路(路線)に面する宅地 1㎡あたりの評価額をいい、相続税や贈与税を算定するときの基準として適用されます。国税局が土地の公示価格、不動産鑑定士による鑑定評価価格や売買実例価格、精通者意見価格などを基準にして税務署別に 1月1日時点の路線価を発表し、毎年 8月頃に国税庁から公表されます。
地価公示価格の8割程度とされています。
(3)公示価格
公示地価とは、国土交通省が全国に定めた地点(標準地といいます)を対象に、毎年1月1日時点の価格を公示するものです。
公示地価は標準地を1㎡あたりの価格で表し、その性質は、特別な事情がない場合の適正な取引価格(と見込まれる価格)です。
国の公示地価と似たような位置付けの地価に、都道府県の基準地価があり、毎年7月1日時点の地価が9月頃に公表されます。
なお、基準地価には公示地価と同様に、公的な地価の指標となることを期待する他にも、公示地価の公示区域外において、地価を表示している点が大きく、公示区域外の地価を知りたいときには、基準地価が重要な指標となります。
(4)実勢価格
実勢価格とは、現実に不動産取引が行われる価格のことです。実際に対象となる不動産の近隣での取引事例が最も参考になります。
7 不動産の評価額の算定
遺留分算定の基礎となる財産額の算出にあたっては、時価による評価をする必要があります。
もっとも、不動産の評価額や評価方法について当事者間で合意をすることができれば、合意した額を遺留分の算定に使用することができます。
では、双方の主張する不動産の評価額に大きな隔たりがある場合は、どうすればいいのでしょうか。
当事者間で合意ができない場合には、最終的には裁判所が証拠に基づき時価の認定をすることになります。この場合、裁判所は必要に応じて、当事者に対し不動産鑑定を促すことがあります。
ただし、不動産の鑑定を行う場合には鑑定費用が発生し、その費用は少なくとも数十万円はしますので、鑑定前に話し合いでなるべく有利な評価額で合意することがより良い方法といえます。
では、次は、遺産に不動産があり、賃料収入がある場合を見ていきましょう。