サマリー
「手術により生じた損害について一切の責任を負わない」という全部免責条項は、消費者契約法8条1項1号・3号により無効となります。責任を一部だけ免除する条項も、故意または重大な過失がある場合には無効です。それでも同意書には意味があり、病状・手術内容・リスク・代替治療を記載しておけば、説明義務を尽くしたことの客観的な資料になります。記載すべき項目と書式例を解説します。
ご相談の内容
Q:獣医師をしておりますが、手術を行う際に医療事故が起きてしまった場合に備えて、「手術により生じた損害に関しては何らの責任も負わない」との内容の同意書を作成し、飼い主さんにご署名いただくことはできるでしょうか?
回答の結論
A:責任を一切負わないという内容の条項に関しては、無効と考えられます(消費者契約法8条1項1号・3号)。
手術を行う際の獣医師の法的責任
一般的に、獣医師と飼い主間で締結されるペットの手術に関する契約は、手術が必要となった原因を取り除くという結果を保証するものではなく、あくまで手術を行うという事実行為の委託を受けるに過ぎないため、民法上の準委任契約に該当するものと考えられます(民法656条)。
この場合、獣医師としては、飼い主に対し、獣医師として通常要求される程度の注意義務を払う必要があります(善管注意義務)(民法644条・656条)。
善管注意義務を履行したといえるか否かは、当該治療が、診療当時の平均的な獣医学の水準に照らして適切であったかという基準に基づき判断されます。
人の医療に関する事例ですが、東京高裁は、結核性気管支狭窄症に対する気管支成形手術において、執刀医が肺動脈と気管支の癒着の剥離操作を進めた結果、肺動脈本幹を損傷した事案について、当該部分が剥離操作に耐えられるかを慎重に判断し、危険が生じた場合には直ちに操作を中止すべき注意義務があったとして執刀医の過失を認め、使用者である病院経営法人に慰謝料50万円の支払を命じました。最高裁もこの判断を是認しています(最判昭和43年7月16日判時527号51頁、原審東京高判昭和42年7月11日)。手術に伴う危険が予見できる場合には、危険が現実化したときに直ちに手を止める判断まで求められることになります。
また、獣医師は、治療行為を行うに当たり、飼い主に対し、治療方法や他の代替手段が考えられるような場合には、適切にその説明を行っていたかどうかという義務(以下「説明義務」といいます。)をも負うこととなります。
以上の善管注意義務や説明義務を履行していない場合には、獣医師は債務不履行責任や不法行為責任を負うこととなり、飼い主から損害賠償請求を受ける危険があります。
獣医師は、飼い主から請求があれば診療事務の処理状況を報告する義務も負います(民法645条・656条)。
免責条項の有効性
手術同意書に「手術に伴い生じた損害に関して、当院は一切の責任を負いません。」との免責条項を設けることで、手術に伴い生じる損害を一切負わないこととすることはできるでしょうか。
飼い主が個人であり、獣医師が事業として診療を行っている場合、診療契約は消費者契約に当たります(消費者契約法2条3項)。そして、消費者契約法8条1項は、次の条項を無効と定めています。
消費者契約法8条1項1号・3号
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
「手術に伴い生じた損害に関して、当院は一切の責任を負いません。」という条項は、債務不履行責任と不法行為責任の全部を免除するものであり、1号・3号のいずれにも当たって無効となります。消費者庁の逐条解説も、「いかなる理由があっても一切損害賠償責任を負わない」といった条項は本号に該当し無効となるとしています。
では、「10万円を上限として責任を負います。」のように責任の一部を免除する条項はどうでしょうか。獣医師に故意または重大な過失がある場合の一部免除条項も無効です(同項2号・4号)。また、軽過失の場合の一部免除条項であっても、重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを条項上明らかにしていなければ無効となります(同条3項)。
したがって、責任制限条項を置く場合は、適用範囲を軽過失の場合に限る旨を明記する必要があります。
同意書の必要性
免責条項を記載できないとすれば、同意書を作成する意味があるのかと疑問が生じるかもしれませんが、同意書を作成することで上記説明義務違反に関するクレームを防ぐことができます。
というのも、同意書は、上記の説明義務を果たしていたか等の客観的資料となりますので、重要な役割を果たします。
そして、同意書に記載すべき事項、すなわち説明義務を果たしていたというためには、基本的には、次の事項について記載する必要があります。
- 病状
- 手術内容
- 手術に伴い生じるリスク
- 他にどのような治療方法があるか
同意書の例としては以下のとおりです。
同意書の書式例
同意書
患 者 ●●ちゃん
飼い主 ●● ●●様
●●動物病院 獣医師 ●● ●● ㊞
1 病名、手術名
2 現在の症状
3 手術内容
4 麻酔の有無
5 手術予定日
6 手術に伴い生じる危険性及び合併症の可能性
7 他の治療法及びそのメリット・デメリット
8 予後及び後遺症
9 その他
上記の内容を十分ご理解いただいた上で、以下の欄にご署名・ご捺印下さい。
私は、上記手術に関する事項等について獣医師から十分に説明を受け、理解しました。その上で、手術をすることに
□ 同意します。
□ 同意しません。なお、手術を受けないことによる結果について、担当獣医師・獣医院の責任を追及しません。
同意日 : 年 月 日
患者名 :
飼い主氏名 : ㊞
住所 :
代理人等氏名 : ㊞
住所 :
上記署名者に対して手術に関する説明を行いました。
説明日 : 年 月 日 担当医: ㊞
上記署名者が本文書において手術に同意若しくは拒否されたことを確認しました。
確認日 : 年 月 日 担当医: ㊞
なお、手術を受けないことによる結果について責任を追及しない旨のチェック欄も、獣医師の説明義務違反まで免れさせるものではありません。手術を受けない選択をした場合に生じ得る結果についても、十分に説明した記録を残しておく必要があります。
まとめ・ご相談はネクスパート法律事務所へ
以上のとおり、手術を行う際には、しっかりと説明義務を果たした上で同意書を作成する必要があります。
もっとも、手術が最先端の医療技術に基づく場合には、同意書の内容もそれに伴い変える必要があります。
ネクスパート法律事務所では、そのようなペット法務を強みとするチームで対応させていただいております。また、日頃分からないことがあれば、チャットワーク等でご相談いただき、弁護士からすぐに返答させていただくサービスも提供しております。
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※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。具体的な対応については弁護士にご相談ください。